狂犬女王
第三十四話
狂犬女王
地下資料室だった場所は既に戦場へ変わっていた。
崩壊した壁。
吹き飛んだ本棚。
露出した配管。
床に刻まれた無数の爆発痕。
《ハイ・ディメンター》によって抉り取られた空間は異様な傷跡として残り、その周囲にはカールが持ち込んだ爆薬や弾頭の残骸が散乱している。
もはやアサシンギルド本部ではない。
戦争の跡地だった。
その中心でカールは息を整えていた。
《オーバードライブ》。
発動時間は既に危険域へ突入している。
視界は研ぎ澄まされている。
心拍も。
呼吸も。
筋肉も。
全てが極限を超えている。
その代償として全身に激痛が走っていた。筋繊維が裂けている。骨も悲鳴を上げている。
長く戦えば自分が先に壊れる。それは理解していた。
「終わりか?」
カレンが聞く。
崩れた瓦礫の向こうから歩いてくる。
両手は緑色。
《ハイ・ディメンター》。
今も発動したまままるで生きた災害だった。
カールは答えない。
代わりに腰のポーチを開く。
手榴弾。閃光弾。煙幕。魔石爆薬。さらに拳銃を再装填する。
その様子を見てカレンが笑う。
「そうだ」
「まだだ」
「まだ殺し合える」
狂っていた、完全に。
しかし今のカレンは昔から知っているカレンだった。
敵を前にした時の顔。戦う時の顔。来夏を殺した時の顔ではない。
純粋な戦闘狂だった。
次の瞬間。
カールが爆薬類を投げる。
三発。五発。八発。爆薬が空中へ散る。同時に射撃。
弾丸が起爆装置へ命中する。
連鎖爆発。
轟音。
地下全域を炎が覆う。
普通の人間なら蒸発する火力だった。
しかし緑色の光が炸裂する。
《ハイ・ディメンター》。
空間そのものが消失する。
爆風が消える。炎が消える。衝撃波すら消える。理不尽だった。
攻撃そのものを破壊している。
だがカールはその瞬間を待っていた。
《オーバードライブ》発動。
世界が遅くなる。
爆炎の動き。瓦礫の落下。空気の流れ。全部見える。
そして一つだけ見えたわずかな隙。
《ハイ・ディメンター》を振った後の硬直。
コンマ数秒。ほんの一瞬。
そのためにここまで戦ってきた。
前進。加速。人間の限界を超える速度。拳銃を捨てる。
ナイフを抜く。軍用コンバットナイフ。
喉を狙う。カレンも反応する。だが僅かに遅い。
血が飛ぶ。
首筋。
初めて・・・初めてカレンへ有効打が入った。
「おぉ」
カレンが笑う。
「やるじゃねぇか」
「黙れ」
「嬉しいぞ」
「黙れ」
「本当に」
本気で嬉しそうだった。
カールは理解してしまう。
この女は最後まで変わらない。
絶対に。
その時だった。
カレンが踏み込む。今までで最速だった。《ハイ・ディメンター》最大出力。両腕が完全な緑色へ染まる。空気が軋む。空間そのものが悲鳴を上げる。ティナとセレンは上階で顔色を変えていた。
「まずい」
セレンが立ち上がる。
「巻き込まれる」
「カレン」
ティナも呟く。
知っている。これは以前見たことがない。つまり本気だ。
カレンは笑う。
「最後だ」
「そうだな」
カールも答える。
「最後だ」
互いに理解していた。
次の一撃で終わる。
カールは最後の爆薬を取り出す。高濃度魔石爆弾。地下研究所攻略用に作った切り札。
異世界と現代の技術の結晶。本来ならパイロへ使う予定だった。
だが今は違う。
目の前にいるレアニス最強。狂犬女王。
その相手へ向けて投げる。
爆弾と拳。
交差する。
カレンが笑う。
「来い」
「終わらせる」
《ハイ・ディメンター》が振り抜かれる。
緑色の閃光・・・次元崩壊。
そしてカールは《オーバードライブ》を限界まで解放した。
世界が止まる。
本当に。
完全に静止する。
肉体が壊れる音が聞こえる。
骨が砕ける。
筋肉が裂ける。
限界だった。
あと一歩で死ぬ。それでも前へ出る。
そして初めてカレンの懐へ潜り込む。
誰も成功できなかった距離。
レアニスで。王国で。おそらくパイロ以外誰も。
「悪いな」
カールが言う
「裏切ってはいない」
「知るか」
カレンは笑った。
「次で証明しろ」
そこで戦場が白く染まる。
爆発。
崩壊。
地下施設全域を飲み込む光。
そして決着の瞬間が訪れる。
遥か北方。
パイロ・フェニックスは窓の外を見ていた。
静かに。
酒を飲みながら。
「そうだ」
老人は笑う。
「それでいい」
息子と狂犬女王・・・どちらが生き残るのか、最後の時は目前まで迫っていた。




