狂犬と処刑人
第三十三話
狂犬と銃撃手
地下資料室は既に原形を失っていた。
《ハイ・ディメンター》によって抉り取られた壁面は存在そのものが削り取られたように消失し、その奥にあった通路や部屋までも巻き込みながら崩壊を続けている。普通の破壊とは違う。砕けるのではない。燃えるのでもない。ただ消える。その異様な光景の中心で、カレンは静かに立っていた。
両手は緑色に発光している。
怒りは消えていない。
むしろ来夏を処刑した時より強くなっていた。
「もう一回聞く」
カレンが言う。
「レアニスを売ったか」
カールは崩れた本棚の陰へ身を隠しながら息を吐いた。
「売ってない」
「証明しろ」
「無理だ」
「じゃあ死ね」
交渉終了だった。
次の瞬間。
地下資料室が消えた。
《ハイ・ディメンター》。
緑色の閃光。
轟音ではない。
消失。
空間そのものが削られる。
カールは横へ転がる。
コンマ一秒後。
さっきまで立っていた場所が跡形もなく消滅した。
「相変わらず無茶苦茶だな」
「褒めるな」
「褒めてない」
返事をしながらも手は止まらない。
腰のホルスターから拳銃を抜く。
二丁。照準。射撃。銃声が地下施設へ連続して響く。
カレンは避けない。
弾丸を見ている。
読んでいる。
最低限だけ身体をずらす。
数発は肩を掠める。
だが止まらない。
近付いてくる。
真っ直ぐに。獣のように。
「銃は効かねぇぞ」
「知ってる」
カールは冷静だった。
最初から当てる気などない。
必要なのは位置取りだけ。
パン。
パン。
パン。
追加射撃。
カレンが初めて違和感を覚える。
狙っている場所がおかしい。
自分ではない。
周囲だ。
壁。
柱。
床。
あらゆる場所へ撃ち込んでいる。
そして。
カールが起爆装置を押す。
爆発。
轟音。
地下全体が揺れる。
壁面内部へ事前に仕込んでいた爆薬が連鎖起爆し、崩壊寸前だった地下資料室が完全に瓦解する。
天井が落ちる。
鉄骨が降る。
視界が土煙で埋まる。
軍人らしい戦い方だった。
能力ではない。
地形を兵器に変える。
「チッ」
カレンが舌打ちする。
瓦礫を吹き飛ばす。
《ハイ・ディメンター》。
緑色の光が走り、落下してくる鉄骨ごと空間を削り取る。
だが。
その瞬間。
閃光弾。
白熱光。
爆音。
視界が奪われる。
「うわっ」
上階で来夏の死を知らされたばかりのセレンが顔をしかめる。
「本気で殺し合ってる」
「そう」
ティナが答えた。
「止める?」
「無理」
「だよね」
誰も地下へ降りようとしない。
二人とも知っている。
今の二人へ割り込める人間は存在しない。
地下では戦闘が激化していた。
カールは移動する。
撃つ。移動する。撃つ。また移動する。
軍隊式。特殊部隊式。対能力者戦闘。
徹底して距離を取る。
正面から戦わない。
有利な場所で戦う。
不利になったら爆破する。
合理的だった。
だからカレンは嫌いだった。
「正々堂々やれ!」
「死ぬぞ」
「知るか!」
「知れ」
会話にならなかった。
次の瞬間。
ロケット弾。
轟音。
爆発。
カレンのいた場所が吹き飛ぶ。
まるで戦場だった。
異世界で再現された現代兵器。
魔石を応用した推進薬。
カールが何年も掛けて作った代物。
普通の能力者なら終わっている。
だが。
爆炎の中から緑色の光が見えた。
《ハイ・ディメンター》。
爆発ごと消し飛ばしている。
無茶苦茶だった。
「本当に厄介だなお前」
カールが呟く。
「お互い様だ」
声が近い。
反射的に振り向く。
いた。
目の前。
カレンが笑っている。
目前まで来ている。
速い。
ロケット弾も。爆薬も。全部突破された。
そして緑色の拳。
カールは咄嗟に後退する。
しかし避け切れない。
左肩へ掠る。
《ハイ・ディメンター》。
肩当てが消滅する。
肉が裂ける。血が飛ぶ。肩ごと持っていかれそうになる。今までで一番死に近かった。
「次は当てる」
カレンが言う。
「そうか」
カールは息を吐く。
「なら」
「こっちも本気だ」
その瞬間。
魔力が噴き出した。
空気が震える。
地下施設が軋む。
セレンとティナが同時に顔を上げる。
「まずい」
セレンが言う。
「オーバードライブ」
ティナも立ち上がる。
覚えている。
研究施設で見た。
パイロと戦った時。
あの力。
地下資料室。
カールの目が変わる。
世界が遅くなる。
瓦礫。
空気。
埃。
全部。
静止して見える。
《オーバードライブ》。
認識加速。
肉体加速。
身体を壊しながら限界を超える能力。
カレンが笑う。恐怖はない。
むしろ嬉しそうだった。
「やっとか」
「待たせたな」
二人が構える。
地下本部は崩壊寸前。
仲間達は上階で見守るしかない。
そして遠く北方。
雪山の要塞で。
パイロ・フェニックスは静かに笑っていた。
「それでいい」
老人は酒を飲む。
「殺し合え、最後までな」
父親の呟きは誰にも届かない。
だが確実にレアニスの崩壊は始まっていた。




