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監視者

 第三十二話

 監視者


 来夏が死んでから二日が経っていた。


 レアニス本部からは騒がしさが消えている。


 いつもなら聞こえていた馬鹿みたいな文句も、意味のない会話も、無駄に元気な声もない。


 空席だけが残っていた。


 誰もそこへ触れない。


 誰も話題にしない。


 しかし忘れているわけではなかった。


 特にカレンは。


 来夏を殺したことを後悔してはいない。


 裏切りは許さない。


 今でもそう思っている。


 だが。


 気分は最悪だった。




「……」




 黙ったまま酒を飲む。




 視線は窓の外。




 その横顔を見ながらセレンが小さく息を吐いた。




「まだ考えてるの」






「別に」






「考えてる顔」






「うるせぇ」




 カレンは答える。




 そして黙る。


 その頃。


 カールは地下資料室にいた。


 誰も来ない場所。


 誰も知らない場所。


 資料の山。


 地図。


 暗号文。


 その中央で一枚の古い紙を見つめている。




 王都情報局。




 監視命令書。




 今から数年前の日付。




 そして。




 カールの名前。


 あの日。


 異世界へ来て間もない頃。


 カールはまだどこにも所属していなかった。


 転移者。


 元軍人。


 身元不明。


 危険人物。


 そんな扱いを受けていた。




 王都情報局の地下施設。




 薄暗い部屋。




 窓のない会議室。




 そこで男と会った。




「仕事を受けろ」




 男は言った。




「断る」




 カールも即答した。



「レアニスを監視しろ」



「興味ないな」



「王都は興味がある」



 男の声は冷静だった。



「危険すぎるんだよ」



「あの連中は」




 レアニス。

当時から王都にとって危険人物の集まりだった。




 カレン。




 ティナ。




 セレン。




危険なスキルを持った能力者ばかり。

本来この世界で力を持つべき武技を極めた英雄や叡智を持った賢者。

そんな人間は一人もいなかった。

代わりにいるのは制御不能の変わり者の異端者ばかり。

この世界のお偉方はそんな現状が心底気に入らなかった。


だから監視が必要だった。



政府の理屈としては理解できる。



だが。



カールにも考えがあった。




「分かった」




 最終的に了承した。




 男は満足そうに笑った。




 だが。




 その瞬間から。




 カールは王都を騙し始めた。


 偽情報。偽報告。偽任務。偽戦力。送った情報の大半は捏造だった。

王都にはレアニスを管理していると思わせる。

レアニスには監視されていないと思わせる。

そのためのダブルスパイ。それが真実だった。


 だが問題がある。証拠だけ見れば。カールもスパイだ。来夏と何も変わらない。

そこが致命的だった。資料室の扉が開く。カールは振り返らない。誰か分かっていた。




 足音で。




 殺気で。




 長い付き合いで。




「やっぱりな」



 カレンだった。


彼女の手には書類がある。


王都情報局。監視報告書。接触記録。任務履歴。


全て。


証拠だった。

カールは小さく息を吐く。

終わったな・・・そう思った。




「いつからだ」




 カレンが聞く。






「最初から」




「来夏と同じか」




「違う」




「証明できるか」




 沈黙。




 できない。証明できる方法がない。

偽情報を流していた事実はあっても。

それを証明する資料は存在しない。

むしろ王都側がもう処分しているだろう。




「なるほどな」




 カレンが笑った。






「最悪だ」




 小さな声だった。

だが怒りは来夏の時より深い。

来夏は裏切った。だが馬鹿だっただけだ。




 カールは違う。




 隠した。




 ずっと。




 何年も。




 仲間を騙し続けた。




 彼女にはそう見えていた。




「聞け」



 カールが言う。



「聞きたくねぇ」



「それでも聞け」



「嫌だ」



「俺はレアニスを売ってない」



「黙れ」




 初めて怒鳴った。




 地下室の空気が震える。






「来夏もそう言った」






「……」






「皆理由がある」






「皆事情がある」






「知るか」




 緑色の光が灯る。




 《ハイ・ディメンター》。




 次元破壊。




 レアニス最強。




 そして裏切り者にのみ向けられる死刑宣告。




「お前もか」




 カールは静かに聞く。






「お前も殺すのか」






「ああ」




 即答だった。






「殺す」






「そうか」






「裏切り者だからな」






「そうだ」




 カレンの瞳に迷いはない。来夏を殺した時と同じ。

それ以上かもしれない。その瞬間。地下資料室が爆発した。




 《ハイ・ディメンター》。




 緑色の光が走る。




 次元そのものが消し飛ぶ。




 本棚。壁。床。全てが消滅する。

カールは横へ飛んだ。



轟音。崩壊。地下施設全体が揺れる。


上階。



セレンが顔を上げる。



「始まった」



「うん」



 ティナが答えた。



 二人とも止めない。




 止められないことを知っている。




 これは話し合いでは終わらない。




 来夏の死で全てが変わった。

地下では再び緑色の閃光が走る。

 カレンが本気だった。




 殺すために。




 そしてカールも理解していた。もう逃げられない。言葉では届かない。




 なら残る方法は一つだけだった。



怪物同士の決闘。


そして遥か北、雪の積もる廃要塞。




 パイロ・フェニックスは笑っていた。




 窓際で、静かに。楽しそうに。




「始まったか」




 誰も答えない。




 必要ない。




 老人は知っている。




 必ずこうなることを。




 仲間同士の殺し合い。




 疑念。




 裏切り。




 崩壊。




 全て予定通りだった。






「いいぞ」






「もっと壊れろ」




 炎の怪物は椅子へ深く腰掛ける。

その瞳は息子ではなく。

レアニスそのものを見ていた。

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