帰りたかっただけ
内容が重複したため回想シーンとして書き直しました
それは来夏がレアニスへ加入して一年ほど経った頃の話だった。
カールもまだ加入する前の話。
来夏は一人で王都を歩いていた。
別に任務ではない。
散歩でもない。
癖だった。
一人で考えたい時がある。
特に元の世界のことを思い出した時はそうだった。
学校。友達。家族。スマホ。コンビニ。電車。
どうでもよかったはずの日常。
今では何より恋しい。
レアニスは居心地が悪くなかった。
カレンは面倒臭い。
セレンは無愛想。
ティナは植物しか見ていない。
それでも。
居場所だった。
だけど。
帰りたい。
その気持ちは消えない。
夕暮れ。
王都北区画の人気の少ない路地。
来夏は不意に足を止めた。
誰かいる。
気配がする。
「誰?」
振り返る。
そこには男が立っていた。
黒いコート。無表情。年齢は三十代ほど。一般人には見えない。訓練されている。
「レアニスの来夏さん」
男が言う。
「何で名前を」
「知っています」
その言葉に来夏の顔色が変わる。転移者であること。レアニス所属であること。
自分の名前。全部知られている。
「何者?」
「冒険者ギルドです」
来夏は眉をひそめた。
冒険者ギルド・・・王国最大の組織。
裏では情報機関としても機能している。
そういう噂は聞いたことがあった。
男は一枚の書類を差し出した。
古い資料。
転移魔法理論。
異世界転移研究。
来夏の呼吸が止まる。
「これ」
「興味がありますか」
「あるに決まってるでしょ」
即答だった。
帰還。
その言葉だけで。
理性なんて吹き飛ぶ。
「元の世界へ帰りたいですか」
男が聞く。
残酷なほど静かな声だった。
来夏は答えられない。
答えなんて決まっている。
帰りたい。
ずっと。
ずっと。
「帰れるの」
「可能性はあります」
男が答える。
「研究は続いています」
「ただし」
「協力者が必要です」
来夏は理解した。
話がうますぎる。
だから危険だ。
間違いなく。
「何をすればいいの」
「簡単です」
「レアニスの情報を定期的に報告してください」
沈黙。
長い沈黙。
「嫌」
来夏は答えた。
反射だった。
理由もなく。
男は驚かない。
予想していたのだろう。
「そうですか」
「残念です」
「帰還研究は非常に高価です」
「協力者は歓迎されますが」
「非協力的な方の優先順位は低くなります」
脅しだった。
遠回しな。
だが確実に。
来夏は唇を噛む。
汚い。
本当に。
汚いと思った。
でも。
帰りたい。
その頃の来夏はまだ若かった。
未来を知らない。
仲間の死も。
レアニスの崩壊も。
何も。
だから考える。
セレンなら大丈夫。
ティナも強い。
カレンなんて怪物だ。
多少情報が漏れても問題ない。
そう思ってしまった。
本気で。
「何を教えればいいの」
男が少しだけ笑う。
契約成立だった。
その夜。
レアニス本部。
ティナは植物を抱えて寝ている。
セレンは本を読んでいる。
カレンは酒を飲んでいる。
いつも通りだった。
「遅かったな」
カレンが言う。
「迷った」
来夏は笑う。
嘘だった。
胸が痛い。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
でも大丈夫だと思った。
皆強いから。
皆ならどうにかなるから。
自分は帰る方法を探しているだけだから。
その楽観が。
その甘さが。
未来で自分自身を殺すことになるとは。
この時の来夏はまだ知らなかった。




