狂犬の勘
第三十話
狂犬の勘
スカーレットとの戦闘から数日が過ぎていたが、カレンの機嫌はずっと悪かった。
別に敵が強かったからではない。
負けたからでもない。
もっと単純な理由だった。
何かがおかしい。
それだけだった。
カレンは理屈で考える人間ではない。資料を読み漁ることもなければ、状況分析で敵を追い詰めるタイプでもない。しかし、その代わりに異常なまでの直感を持っている。そしてその直感はこれまで何度もレアニスを救ってきた。
今、その勘が警鐘を鳴らしていた。
仲間の中に何かがある。
何かを隠している。
そんな感覚だった。
「なあ」
本部の食堂でカレンが言う。
「最近どう思う」
「何が?」
来夏がパンを齧りながら聞き返す。
「敵」
「強いね」
「違う」
カレンは腕を組んだ。
「強いとかじゃねぇ」
「知りすぎてる」
食堂が少し静かになる。
セレンも本から顔を上げた。
ティナも植物への水やりを止める。
誰もが一度は考えていたことだった。
敵は知りすぎている。
レアニスの能力。配置。戦術。行動パターン。まるで長期間観察しているかのように。
その日の夜。カレンは珍しく一人で行動していた。誰にも言わず本部を出る。
目的地もない。ただ歩く。勘に従って。それだけだった。
そして。
見つけた。
王都南区画・深夜。人気のない通り。
カールがいた。
誰かと会っている。
男だった。
フードを被っていて顔は見えない。
しかし王都側の人間であることだけは分かる。
カレンは物陰から見ていた。
会話は聞こえない。
だが親しそうだ。
初対面ではない。
それだけで十分だった。
翌日。
カレンは何も言わなかった。
問い詰めもしない。
怒鳴りもしない。
ただ観察する。
そして気付く。
カールだけではない。
来夏もだ。
こっちも怪しい。
外出が多い。
報告しない。
時々姿を消す。
偶然にしては出来過ぎていた。
数日後。
レアニスは新たな任務へ向かっていた。
護衛任務。
簡単な仕事のはずだった。
だが街道へ到着した瞬間、カレンは確信する。
罠だった、完全に。敵が待っている。
しかもこちらの到着タイミングまで正確だった。
襲撃開始は馬車到着からわずか一分後だった。
森が爆発する。
矢が飛ぶ。
魔法が降る。
完全包囲。
準備されていた。
偶然ではあり得ない。戦闘は激しかった。
《ロータス・クイーン》。
《ザ・ミラーズ》。
《メビウス・ゲート》。
《ハイ・ディメンター》。
レアニス総出で敵を蹴散らしていく。
だが。
カレンは戦いながら周囲を見ていた。
敵ではない、仲間を。
来夏が一瞬だけ固まった。
ほんの少し。敵側の合図を見た瞬間に。
その違和感をカレンは見逃さない。
敵も気付く。そして慌てて動く。遅かった。
カレンの勘はもう確信へ変わっている。
その夜。
任務終了後。
レアニス本部。
全員が揃っていた。
珍しく誰も喋らない。
理由は一つだった。
カレンが笑っている。
危険な時の顔だ。
全員知っている。
敵を見付けた時の顔。
「一つ聞く」
静かな声だった。
誰も答えない。
「誰だ」
沈黙。
「誰が流してる」
空気が止まる。
来夏の顔色が変わった。
カールも動かない。
セレンとティナだけが状況を理解できずにいる。
「敵が知りすぎてる」
カレンが続ける。
「偶然じゃねぇ」
「何が言いたい」
カールが聞く。
「言葉通りだ」
カレンは笑った。
獲物を前にした肉食獣の笑みだった。
「裏切り者がいる」
来夏の手が震える。
本当に僅かに。カレンはそれを見逃さなかった。
「来夏」
名前を呼ぶ。
来夏の身体が固まる。
「お前か」
「違う!」
反射的だった。
「いや」
カレンの笑みが消える。
「違わねぇな」
空気が凍る。カールは目を閉じた。
最悪の形だった。来夏は本当にスパイだ。
だが敵ではない。愚かだっただけだ。甘かっただけだ。仲間達を信頼していた。
だから大丈夫だと思っていた。その結果が今だった。
「帰りたかったんだよ!」
来夏が叫ぶ。
涙声だった。
「元の世界に!」
「だから!」
「だから能力とか少し情報流しただけで―」
「ちっ・・・」
カレンが舌打ちした瞬間手から緑色の閃光が走る。
その光の軌跡は来夏の胴体を両断していた。
肉は別次元に飛ばされ来夏の腹部にまるでレーザーで切断された様な跡が残る。
部屋の空気が冷えた。
「な、なに・・・?」
来夏の意識はまだ残っていた。突然の事で痛みも感じていない。
カレンは来夏の頭部を何度も踏みつけた。
「あたし最初に言ったよね?裏切りとふざけた男は大嫌いだって」
カレンが髪をかき上げて来夏の下半身を蹴り飛ばす。
「多少のヘマなら目を瞑る、でもねぇ・・・」
「カレン、やめて!」
拳を構えるカレン。
セレンとティナが割って入ろうとする。
しかしもう遅かった。
≪来夏だったもの≫は次元の彼方に飛ばされた。
「ふぅ・・・新しい新入り、補充しないとね」
カレンは緑色に輝く拳をゆらゆらとぶらつかせながら、血まみれの身体をこちらに向けていた。
それは≪お前たちも裏切ったら同じ目に遭わせる≫という警告だった。
カールは理解していた。
次に疑われるのは間違いなく自分だ。
レアニス最大の亀裂は。
とうとう決定的な形で表面へ現れようとしていた。




