六人目
第二十九話
六人目
舞踏会襲撃事件から三日が経過していた。
王都全域の警戒態勢は依然として続いている。スカーレットによって破壊された貴族街の被害は大きく、王国軍も本格的に動き始めていた。しかし問題は敵の居場所が分からないことだった。
スノウ。
ゴルディ。
黒猫の少女。
マリオネット。
スカーレット。
これまで確認されただけでも五人。
しかも全員が高ランク能力者でありながら、誰一人として本気を見せていない。
それが不気味だった。
「そろそろ名前で呼びたいな」
来夏が机へ突っ伏しながら言う。
「黒猫の少女とか長い」
「同意」
セレンが頷く。
「あと何人いるかも分からない」
「増えるかも」
ティナが言う。
「嫌」
珍しく全員一致だった。
そんな中、本部へ新しい情報が届く。
差出人不明。
内容は短かった。
《旧水道施設》
《地下区画》
《今夜》
それだけ。
普通なら罠と判断する。
だが・・・カールは資料を読んだ瞬間に立ち上がった。
「行くぞ」
「即決か」
カレンが笑う。
「罠だろ」
「だろうな」
「嫌いじゃないわよ、そういうの」
やはり止まらない。王都旧水道施設は現在使われていない。
地下へ続く巨大設備は半ば廃墟と化しており、犯罪者達が隠れ家として利用することも珍しくなかった。
レアニスが到着した時には既に日が落ちている。
薄暗い地下通路。湿った空気。長年放置された石造りの壁。
そして。
「静かだな」
カールが呟く。
静かすぎた。
敵がいる場所の静けさではない。何かが待っている静けさだった。
最深部へ辿り着いた瞬間、全員が足を止める。
広い。
異様なほど。
地下空間そのものが丸く切り取られている。
そして中央。
少女が一人立っていた。
銀色の短髪、黒い軍服、年齢は十四歳ほど。他の姉妹達より幼い。
だが空気が違った。
重い。圧力がある。
カールは即座に理解した。
強い。
今までで最強かもしれない。
少女はレアニスを見る。
そして。
敬礼した。
「初めまして」
声は静かだった。
「私はアイリス」
「六番目です」
また妹だった。
来夏は頭を抱えた。
「何人兄弟なんだよ!」
「いっぱいです」
「雑!」
「細かいことは気にしないでください」
少女は真顔だった。
だが。
その直後カールの顔色が変わる。
少女の腰。
拳銃。ナイフ。ワイヤー。予備弾倉。全てが軍用装備だった。
戦闘スタイルが違う。
能力者ではない。
近い。
自分と。
「お前」
カールが言う。
「誰に教わった」
「父です」
即答だった。
空気が変わる。
まただ。
またパイロ。
全員がウンザリしていた。
アイリスは笑うでもなく答える。
「戦い方も」
「射撃も」
「ナイフも」
「全部父から」
カールは理解した。
少女達は部下ではない。
弟子だ。
パイロが集めた能力者達。自分なりに育てた怪物と言う名の駒。
そして戦闘が始まる。
最初の攻撃は銃声だった。
乾いた音。
一発。二発。三発。
速い。
異常なほど。
カールが即座に回避する。
軌道が読めない。
ただ上手いだけじゃない。予測して撃っている。
「面白いじゃん」
カレンは笑う。
《ハイ・ディメンター》発動。
両手が緑色に発光する。
次元破壊。
床を踏み砕いて突撃する。
しかし当たらない。
アイリスは後退しない。
最小限だけ動く。
無駄がない動き。
その動きは軍人だった。
戦場を知っている動きだった。
来夏が《メビウス・ゲート》を展開する。
側面。背後。頭上。同時攻撃。
だがアイリスは振り向きもしない。
拳銃を撃つ。
ゲート出口へ。
全弾命中。
来夏は慌てて引き下がる。
「何で分かるんだよ!」
「見えてるから」
「ズルい!」
「これは戦争だから」
会話が成立していなかった。
セレンも動く。
《ザ・ミラーズ》。
空間反転。感覚操作。
だがアイリスは驚かない。
足元へナイフを投げる。
壁へ反射。天井へ反射。三回跳ねる。
そしてセレンの肩を掠めた。
「っ!」
「予め反転すると分かっていれば対応は容易いです」
そう言った。
戦況は膠着していた。全員で攻めても崩れない。スノウ達とは違う。
この少女は訓練されている。パイロに。徹底的に。
だがその時だった。
アイリスが不意に動きを止める。全員が警戒する。
罠か。
違う・・・通信だった。耳元へ手を当てている。
数秒後、少女は頷く。
そして微かに笑った。
初めて。
本当に少しだけ。
「残念」
「終わりです」
「何?」
来夏が聞く。
少女はカールを見る。真っ直ぐ・・・じっと。
「父が呼んでいます」
「誰をだ」
カールが聞く。
「あなたを」
地下空間が静まり返った。
次の瞬間アイリスの背後に転移陣が開く。
スノウ。
ゴルディ。
マリオネット。
スカーレット。
黒猫の少女。
そしてアイリス。
六人全員が揃う。
圧倒的な威圧感だった。
しかし誰も攻撃しない。
全員が笑っている。
まるで準備が終わったかのように。
「また会いましょう」
スノウが言う。
「次は本番です」
ゴルディが続く。
「楽しみ」
黒猫の少女が呟く。
そして最後にアイリスが言った。
「父は待っています」
「カール」
その名前を残し、六人の少女達は転移の光の中へ消えた。
帰路。
誰も喋らなかった。そしてカレンだけがカールを見ていた。
ずっと。無言で。
その視線は獲物を観察する肉食獣によく似ていた。
カールはまだ気付いていない。
自分が隠している秘密と。
最近続けている単独行動を。
カレンが既に疑い始めていることに。




