血染めの舞踏会
第二十八話
血染めの舞踏会
マリオネットとの戦闘から五日後、王都は表面上の平穏を取り戻していた。しかしレアニスの本部では誰も楽観していない。スノウ、ゴルディ、黒猫の少女、そしてマリオネット。ここ最近だけで四人もの高ランク能力者が確認されている上に、その全員がパイロ・フェニックスと繋がっている。偶然で済ませられる話ではなかった。
特にカールは夜になるたび一人で資料室へ籠もるようになっていた。北部山岳地帯。少女達の出現地点。補給路。隠れ家候補。誰にも見せていない地図には少しずつ書き込みが増えている。
それに気付いている者もいた。カレンだった。ただし今はまだ何も言わない。何かを観察するような目で見ているだけだった。
「気持ち悪いな」
カレンが言う。
「何がだ」
カールが答える。
「最近ずっと考え事してる」
「元からだろ」
「違うな」
カレンは窓の外を見る。
「最近は隠してる顔だ」
カールは何も言わなかった。その日の依頼は護衛任務だった。王都で開かれる貴族達の舞踏会。その参加者の中に暗殺予告を受けた人物がいるらしい。本来なら王国軍案件だが、相手が能力者である可能性が高い以上、レアニスへ依頼が回ってくるのも不思議ではなかった。
「舞踏会か」
来夏が嫌そうな顔をする。
「またドレス着るの?」
「諦めろ」
セレンが言う。
「似合わないけど」
「喧嘩売ってる?」
「事実」
今日も平和だった。
夜。
王城近くの大貴族邸宅。
会場は煌びやかな灯りに包まれ、数百人規模の招待客が集まっている。楽団の演奏が流れ、貴族達はダンスを踊り、高価な酒が惜しげもなく振る舞われていた。
レアニスは護衛として配置される。
カールは会場全体を監視していた。
カレンはドレス姿に不機嫌そうだった。
来夏は落ち着かない様子で辺りを見回している。
ティナだけは食事に夢中だった。
「仕事しろ」
カールが言う。
「してる」
ティナは答える。
「食べながら」
全く反省していない。異変は午後九時二十三分。カールが真っ先に気付いた。音が消えたのである。
違和感だった。ほんの僅か、しかし確実に。楽団の演奏は続いている。人々も喋っている。なのに何かがおかしい。
「来夏」
「うん」
来夏も気付いていた。
「いる」
その瞬間、照明が落ちた。会場が暗闇に包まれる。
悲鳴。
混乱。
怒号。
次の瞬間だった。
鮮血が舞う。
誰かの首が飛んだ。
続いて二人。
三人。
四人。
会場の至る所で人体が切断される。
攻撃が見えない。
誰も。
カールですら。
「散れ!」
叫ぶ。
その直後。
巨大な斬撃が舞踏会会場を横断した。
数十メートル。
空間そのものを切断したかのような攻撃。
壁が裂け柱が崩れ天井が落下する。
貴族達が悲鳴を上げる。
暗闇の中心。
そこに少女がいた。
長い赤髪、黒いドレス、年齢は十六歳ほど。血のような赤い瞳。
その右手には異様なほど長い刀が握られている。
少女は静かに笑う。
「初めまして」
「私はスカーレット」
「お姉様達の妹です」
またか。
全員が同じことを思った。
しかし今回は違う。
強い。
見ただけで分かる。
今までの誰とも。
違う。
「気を付けろ」
カールが言う。
「コイツ」
「強いぞ」
少女は嬉しそうだった。
「ありがとうございます」
「褒められました」
そう言った瞬間。
消えた。
速い。
異常なほど。
カレンですら一瞬見失った。
次の瞬間。
斬撃。
轟音。
会場の半分が吹き飛んだ。
《ハイ・ディメンター》を発動したカレンが咄嗟に拳を振るい、次元ごと斬撃を消し飛ばしたことで辛うじて被害は抑えられる。
緑色の光・・・次元崩壊。空間ごと裂けた斬撃が消滅する。
しかしスカーレットは楽しそうに笑っていた。
「それですね」
「聞いていた通り」
「面白い」
「私もそう思う」
カレンが笑った。
「久しぶりにな」
戦闘は激化する。
《ザ・ミラーズ》。
《メビウス・ゲート》。
《ロータス・クイーン》。
全てが投入される。
だがスカーレットは止まらない。
圧倒的な剣技。
圧倒的な速度。
そして能力。
彼女の刀は空間を切断していた。
壁。
床。
植物。
防御。
何も意味がない。
斬る。
それだけ。
それだけで全てが消える。
しかし。
戦闘は突然終わった。
スカーレットが刀を収めたのである。
「時間です」
「逃がすか!」
来夏がゲートを展開する。
だが間に合わない。少女は最後にカールを見る。
真っ直ぐにまるで何かを確かめるように。
そして微笑んだ。
「もうすぐですよ」
意味深な言葉だけを残し。
闇の中へ消えた。
戦闘終了後。
会場は半壊していた。護衛対象は守った。
だが被害は大きい。今までで最も危険な敵だった。
そして。
カールは少女の最後の言葉を考えていた。
もうすぐ。
何が。
何のために。
答えはまだ見えない。
その夜。
―雪山の廃要塞
暖炉の前にはパイロ・フェニックスが座っていた。
スノウ。
ゴルディ。
黒猫の少女。
マリオネット。
スカーレット。
五人の少女達が集まっている。
その中央でパイロは静かに酒を飲む。
「見えたか」
「はい」
スカーレットが頷く。
「準備は整っています」
「そうか」
パイロは笑った。
「なら始めるか」
その瞬間。
壁に貼られた地図へ視線を向ける。
赤い印が幾つも付けられている。
レアニス本部、王都、軍施設。
そしてカール。
その名前だけが黒い円で囲まれていた。
嵐は近付いている。
誰もまだ気付いていなかった。




