人形師
第二十七話
人形師
黒猫の少女との戦闘から一週間後、レアニス本部は奇妙な平穏の中にあった。
新たな襲撃はない。スノウも現れない。ゴルディも姿を見せない。黒猫の少女についても有力な情報は見付かっていなかった。それにもかかわらず、誰一人として安心していない。むしろ不気味だった。あれほど危険な敵が急に大人しくなるはずがないからだ。
カールは資料を整理しながら窓の外を見た。王都はいつも通り賑わっている。商人は商売を続け、職人は働き、貴族は無駄に金を使う。平和な光景だった。
だが、その平和が長く続かないことを彼は経験として知っていた。
「暇だ」
カレンが言う。
「五分前にも聞いた」
来夏が答える。
「暇だからな」
「永久機関かよ」
「褒めてるか?」
「全然」
異変が起きたのは昼過ぎだった。
王都中央広場。
人が突然暴れ始めたのである。
最初は酔っ払いかと思われた。しかし数分後には状況が一変する。男だけではない。女も。老人も。子供も。数十人の人間が同時に凶暴化し、まるで誰かに操られているかのように周囲を襲い始めた。
報告を受けたレアニスは即座に現場へ向かう。
広場へ到着した時、セレンが真っ先に異変へ気付いた。
「変」
周囲を見回す。
「動きがおかしい」
カールも同意だった。人間の動きではない。関節の曲がり方、歩き方、視線、全てがおかしい。
「操られてるな」
そう呟いた瞬間だった。
暴徒化した男が飛び掛かってくる。
カレンは反射的に拳を振り上げた。
しかし。
「殺すな!」
カールが叫ぶ。
寸前で止まる。
《ハイ・ディメンター》が発動していたら人間ごと周囲の空間が消し飛んでいた。
「危ねぇな」
カレンが舌打ちする。
「面倒な敵だ」
暴徒達は次々と襲い掛かってくる。
しかし本人達に敵意は感じられない。
瞳に意思がないのだ。
人形だった。
生きたまま。
ティナが《ロータス・クイーン》を発動する。
地面から伸びた植物が暴徒達の身体へ絡み付き、一人ずつ拘束していく。しかし数が多い。十人。二十人。三十人。王都全体で同じ現象が起きているらしい。
「数が多い」
ティナが呟く。
「かなり多い」
「嫌な情報だな」
来夏が顔をしかめた。その時だった。
セレンが空を見上げる。
「あそこ」
指を差した先には王都の時計塔がある。
その最上部には誰かが立っていた。
少女だった。
長い銀髪。
黒いドレス。
年齢は十七歳ほど。
その両手からは無数の糸が伸びている。
細い。
透明。
肉眼ではほとんど見えない。しかし確かに存在していた。その糸の先が暴徒達へ繋がっている。カールの目が細くなる。
「本体か」
来夏が即座に《メビウス・ゲート》を展開する。
時計塔上空へ繋ぐ。
「行く!」
飛び込む。
セレンも続く。
しかし。
少女は逃げない。
むしろ笑った。
「ようこそ」
優雅に一礼する。
「私はマリオネット」
「お姉様達の妹です」
まただった。また少女。また仲間。
レアニス全員が嫌な顔をする。姉妹が多すぎる。
「何人いるんだよ」
来夏が本気で聞いた。
「秘密です」
マリオネットは笑った。
次の瞬間糸が動く。
空間そのものを切り裂くほどの速度だった。
来夏が咄嗟に回避する・・・時計塔が切断される。
石造りの建築物が上から斜めに崩れ落ちた。
「はぁ!?」
「当たると死にますよ」
「知ってるよ!」
既に嫌というほど。
戦闘が始まる。
セレンの《ザ・ミラーズ》。
来夏の《メビウス・ゲート》。
ティナの《ロータス・クイーン》。
そして。
カレンの《ハイ・ディメンター》。
全員が連携して少女へ迫る。
だがマリオネットは強かった。
糸一本・・・それだけで建物が切れる。
地面が裂ける。
防御不能。
回避必須。
純粋な殺傷力だけならスノウ以上だった。
「面白ぇ」
カレンが笑う。
緑色の光が両手を包む。
《ハイ・ディメンター》。
次元破壊。
空間ごと敵を消し飛ばす拳が放たれる。
マリオネットは糸で受ける。
そして。
糸ごと空間が消失した。
初めて少女の表情が変わる。
「それ」
「欲しいですね」
「やらねぇよ」
カレンは笑った。
獲物を見付けた肉食獣の笑みだった。
しかし直後。
マリオネットは戦わなくなった。
後方へ跳び糸を回収する。
そして微笑む。
「今日はここまでです」
「逃がすか!」
来夏が追う。
だが遅い。
少女の身体が光に包まれる。
転移。
消失。
まるで最初から存在しなかったかのように。
―
拘束されていた住民達は全員無事だった。
死者もいない。
しかし全員が理解していた。
敵は試している、王都を・・・レアニスを。
そして一人一人のスキル・・・能力を。
―その夜、北部山岳地帯。雪に埋もれた廃要塞。
パイロ・フェニックスは暖炉の前で酒を飲んでいた。
周囲にはスノウ。
ゴルディ。
黒猫の少女。
そしてマリオネット。
全員が集まっている。
「どうだった」
パイロが聞く。
「強いです」
マリオネットが答えた。
「ですが」
「ですが?」
「カレン・オルタニアが危険です」
パイロは笑った。
分かっている。
自分もそう思っている。
《ハイ・ディメンター》。
次元ごと吹き飛ばす異常能力。
放置すれば脅威になる。
しかし。
問題はそこではなかった。
パイロの視線は別の名前へ向いていた。
カール・ホーク。
息子。
そして。
最近になって独自に動き始めた男。
「まだ焦るな」
老人は静かに呟く。
「もう少しだ」
何かを待っているような声だった。
その意味を知る者はまだ誰もいなかった。




