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黒猫と紅茶

 第二十六話

 黒猫と紅茶


 ゴルディとの戦闘から数日後、レアニス本部には久しぶりに穏やかな空気が流れていた。


 もっとも、それは平和という意味ではない。嵐の前の静けさに近かった。スノウ。ゴルディ。そして王国北部で暗躍する謎の少女達。敵が存在することは分かっている。だが居場所も本当の目的も分からない。だから動きようがないのだ。結果として全員暇になっていた。


 カレンは暇になると暴れる。


 来夏は遊び始める。


 セレンは本を読む。


 ティナは植物を増やす。


 カールは銃器の整備と資料に埋もれる。


 いつもの光景だった。




「暇だ」




 カレンが言う。




「毎日聞いてる」




 来夏が答える。




「暇だ」






「二回目」






「暇だからな」






「無敵かよ」




 来夏は諦めた。


 その日の依頼は珍しかった。

暗殺ではない。護衛でもない。調査だった。王都中央区で頻発する窃盗事件。

それだけなら珍しくない。しかし盗まれる物が奇妙だった。


 紅茶。


 茶葉。


 ティーカップ。


 ティーポット。


 砂糖。


 菓子。


 関連する物だけが消えている。




「アホなのか?」




 カレンが言う。




「多分アホ」




 来夏も同意した。




 だが依頼料は高い。




 だから行く。




 それがレアニスだった。


 調査を始めた初日で異変は見つかった。


 王都中央区。


 高級商店街。


 消失現場の全てに同じ痕跡が残っていたのである。


 黒い毛。




 猫の毛だった。




「猫?」




 セレンが首を傾げる。






「猫」




 ティナが答える。




 植物好きな彼女は猫も好きだった。




 そして。




「黒猫」




 カールが毛を観察しながら言う。




「かなり大型だな」






「大型の猫?」






「それライオンじゃない?」




 来夏が呟いた。


 その夜。レアニスは囮捜査を行っていた。人気のない路地。高級紅茶店の倉庫。そこに大量の茶葉を置いて待つ。




「本当に来るのか?」




 カレンが聞く。






「知らん」






「役に立たねぇな」






「来なかったら帰る」






「それは嬉しい」




 平和だった。少なくとも三分前までは。

異変は突然起きる。




 ガシャン。




 倉庫裏で物音がした。




 直後黒い影が走る。




 速い、異常なほど。




 来夏が反応する。






「いた!」






 《メビウス・ゲート》発動。




 転移。




 追跡。




 しかし。




 追い付けない。




 相手の速度も異常だった。




「何アレ!」




 叫ぶ。




「速すぎる!」






「捕まえろ!」




 カレンが笑う。




 追い掛ける。そして数分後。



―王都屋根上




 レアニスは犯人を発見した。

少女だった。年齢十三歳ほど。


黒髪。


黒いフード。


金色の瞳。


そして周囲に十匹以上の黒猫を従えている。

少女は紅茶缶を抱きながら座っていた。






「見つかった」




 のんびりした声だった。




 来夏が思わず突っ込む。






「盗んだ自覚ある!?」






「ある」






「あるんだ」






「でも必要だった」






「何で」






「お茶会」




 真顔だった。


全員黙る。

理由が予想の遥か下を行った。


しかしその瞬間だった。

カールの表情が変わる。


少女の首元・・・見覚えがある紋章があった。


雪の結晶。


ゴルディと同じ。スノウと同じ。敵側だ。



「来夏」



「分かってる」




 空気が変わる。




 少女も気付いた。笑顔が消える。




「面倒」




 少女が呟く。同時に黒猫達の身体が膨張する。

骨格変化。筋肉増殖。爪伸長。一瞬で大型魔獣へ変貌した。


 十匹。


 いや。


 二十匹以上。


屋根の上を埋め尽くす。



「お茶会中止」




 少女が立ち上がる。






「殺す」




 戦闘開始だった。


 最初に飛び出した魔獣をティナの植物が迎撃する。《ロータス・クイーン》によって屋根を突き破った巨大な蔦が猫型魔獣の身体へ巻き付き、そのまま締め上げる。しかし相手も尋常ではない。鋭い爪で植物を切り裂きながら強引に脱出してくる。


 セレンは《ザ・ミラーズ》を展開し、突撃してくる群れの感覚を反転させた。魔獣達は方向感覚を失い、互いに衝突を始める。その隙へ来夏が《メビウス・ゲート》で飛び込み、次々と蹴り倒していった。


 だが数が多い。


 そして少女自身も能力者だった。




「行って」




 少女が指を鳴らす。




 猫達が一斉に加速する。




 まるで影だった。


 カレンが前へ出る。




 両手が緑色へ発光する。




 《ハイ・ディメンター》。




 次元を破壊する絶対攻撃。




 緑色の光が夜空を切り裂く。




 拳が振るわれた瞬間、魔獣三体がまとめて消滅した。




 骨も。




 肉も。




 爪も。




 何も残らない。




 空間ごと消える。






「雑魚だな」




 カレンが笑う。






「嫌い」




 少女が初めて不機嫌そうな顔をした。






「カレン・オルタニア」






「知ってるのか」






「父に聞いた」




 その一言。




 カールだけが反応した。




 父。




 誰のことか分かっている。




 パイロだ。少女は屋根の縁へ下がる。

風が吹く。黒猫達が集まる。


そして少女は笑った。


初めて。


少しだけ。



「今度はお姉様も一緒」



 次の瞬間。



 猫達が爆散する。煙幕が広がり視界が遮断される。

そして煙が晴れる頃には少女も消えた。


 戦闘終了後。屋根の上で全員が黙り込んでいた。


「また妹か」


来夏が呟く。


「増えてる」


 ティナが言う。


「嫌な予感しかしない」


 セレンも同意だった。


 カールだけは遠くを見る。




 少女が言った言葉。




 父に聞いた。




 それはつまり。




 パイロが彼女達をまとめているということだ。


 その頃・・・王国北部、雪山の廃要塞。




 黒猫の少女は暖炉の前へ座っていた。




 スノウ。




 ゴルディ。




 そして新たな少女達。




 皆が集まっている。



 その中央でパイロ・フェニックスは静かに笑った。



「どうだった」



「強かった」


 黒猫の少女が答える。



「でもまだ足りない」



「そうか」


 パイロは満足そうに頷く。

そして壁へ掛かった王国地図を見る。

赤い印と青い印。大量のメモ。何かを計画している。

それだけは間違いない。そしてその中にはレアニス本部の位置まで記されていた。

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