雨の日の休日
第二十五話
雨の日の休日
ゴルディとの戦闘から四日後、王都には珍しく朝から雨が降っていた。
石畳を叩く雨音は途切れることなく続き、街全体を薄い灰色の霧が包んでいる。こんな日は依頼人も少ない。暗殺依頼も、調査依頼も、護衛任務も来ない。結果としてレアニス全員が本部へ押し込められることになっていた。
そして当然のように暇になる。
「暇だ」
カレンが言う。
「知ってる」
来夏が答える。
「暇だ」
「二回言った」
「本当に暇なんだ」
「働け」
「雨だから休み」
意味が分からなかった。カールは窓際に座りながら資料を読んでいた。表向きは楽園計画関連の残存資料だが、実際には別の内容も混じっている。北部山岳地帯。廃城。旧軍事施設。パイロ・フェニックスが潜伏している可能性のある場所を独自に調査していた。
誰にも言っていない。
言うつもりもない。
それが後々問題になることを、この時はまだ誰も知らない。
本部の居間では来夏とセレンがカードゲームをしていた。
「勝った」
セレンが言う。
「何で!?」
来夏が叫ぶ。
「三連敗なんだけど!?」
「弱いから」
「酷くない?」
「事実」
セレンは容赦なかった。
来夏は机へ突っ伏す。
ティナはその隣で鉢植えへ水をやっていた。
異常な量だった。
部屋の中がほぼ庭園になっている。
「増えてない?」
来夏が聞く。
「増えた」
「何で?」
「可愛いから」
完全に私物化していた。
そんな平和な空気をぶち壊したのはカレンだった。
突然立ち上がる。
そして。
「よし」
「何が」
来夏が嫌な予感を覚える。
「勝負だ」
「帰る」
即答だった。
しかし遅い。
カレンは既に《ハイ・ディメンター》を発動していた。
両手が緑色に発光する。
次元ごと消し飛ばす危険な能力である。
「待て」
カールが顔を上げる。
「屋内で使うな」
「大丈夫だ」
「何が」
「加減する」
「信用できない」
全員一致だった。
十分後。
なぜかレアニス本部裏庭に即席闘技場が完成していた。
対戦カード。
カレン対来夏。
来夏は本気で帰りたそうだった。
「何で私」
「一番暇そうだった」
「理不尽!」
その理不尽さがこちらの組織らしかった。
戦闘開始。
来夏は即座に《メビウス・ゲート》を展開する。
空間接続。
高速移動。
地面。
屋根。
背後。
あらゆる位置から出現する。
本来なら非常に厄介な能力だ。
しかし。
カレンは笑っていた。
「遅ぇ」
「またそれ!?」
緑色の拳が振るわれる。
《ハイ・ディメンター》。
空間そのものが抉れる。
ゲートごと破壊。
来夏は全力で回避する。
一瞬遅れていたら消えていた。
本当に。
存在ごと。
「殺す気だろ!」
「当たらなければ死なねぇ!」
それは格闘家の理論だった。
結局来夏は十五分逃げ続けた。カレンは十五分追い掛けた。
勝負として成立していなかった。
観客だったセレンは本を読み始めている。
ティナは植物を植えていた。
誰も真面目に見ていない。
平和だった。
少なくとも今は。
夜になる。
雨はまだ降っていた。
本部の明かりも少なくなり、皆それぞれの部屋へ戻っている。
しかしカールだけは起きていた。
机の上に広げられた地図。
北部山岳地帯。
廃要塞。
そして赤い印。
パイロの目撃地点。
地下研究所崩壊後から集め続けている情報だった。
誰にも見せていない。
見せられない。
これはレアニスの仕事ではない。
カール個人の執着だからだ。
―その頃、王国北部。
雪の積もる廃要塞。
暖炉の前に座っていたパイロ・フェニックスは、報告書を受け取っていた。
報告者はスノウ。
そしてゴルディ。
二人とも無傷だった。
「どうだった」
パイロが聞く。
「強いです」
スノウが答える。
「ですがまだ足りません」
「そうか」
パイロは少し笑う。
「なら育つ」
「はい」
「特にカレン・オルタニアは危険です」
ゴルディが続けた。
「あと少しで私を殺せました」
「そうか」
「楽しみですね」
老人は窓の外を見る。実際の所レアニスのメンバーには興味がなかった。あのカレンですらである。全てカールを自分と戦えるために育てるための教材であり餌でしかない。足りないのであればこちらも餌を提供するまでだとまで考えていた。この男にとって自分以外は駒でしかない。
降り続く雪。遠い王都。
そしてカール・・・いや、”白鷹の正義の味方”ホーク。
「もう少しだ」
誰へ向けた言葉でもなかった。
だがその声には、戦いを待つ獣のような期待が混じっていた。




