オーバードライブ
第二十二話
オーバードライブ
研究所崩壊から三日後。 レアニス本部の医務室には珍しく静かな空気が流れていた。
ティナは窓際で植物の世話をしている。来夏は椅子へ座ったまま果物を齧り、セレンは本を読んでいる。そしてカレンだけが暇そうに天井を見上げていた。
その中央、ベッドへ寝かされているのがカールだった。
「いつ起きるんだ」
カレンが聞く。
「知らない」
ティナが答える。
「スキル使用による魔力の異常消費」
スキルは超能力ではない。どちらかというと魔法に近い。その為使用には魔力を消費する。転移者はこの世界に属した時点で魔力を与えられる。それも現地の人間より多い相当な量を。個体差はあるがカールに付与された魔力は相当なものだ。例え魔力のリボ払いをしても即日一括払いに変更できるだろう。
「三日だぞ」
「それだけ凄かった」
セレンが本を閉じた。
「見たことない量だった」
誰も否定しない。
地下最深部で起きた最後の現象。
あれは全員の記憶に焼き付いていた。
カール自身も覚えていない。正確には途中から記憶が曖昧だった。覚えているのはパイロ・フェニックスの拳が迫ってきた瞬間までだ。その後身体の奥で何かが弾けた。それだけだった。
目を覚ますと天井が見えた。
「……生きてるな」
第一声はそれだった。
すると来夏が果物を投げ付けてくる。
「この馬鹿!」
リンゴが顔面へ直撃した。
「痛ぇ」
「超心配したんだけど!」
「そうか」
「もっと申し訳なさそうにしろ!」
少し元気が出たらしい。しばらくして全員が集まる。そして話題は当然能力のことになった。
「結局何だったの?」
来夏が聞く。
「最後のアレ」
カールは黙った。
実は本人も理解していない。
地下最深部で発生した魔力暴走。
パイロと正面から衝突した時の力。
そして研究所崩壊直後。
レアニス全員が見た現象。
「説明してやるよ」
不意に声が響いた。全員が振り返る。扉の前にいたのはアサシンギルド長だった。
ギルド長は埃だらけの一冊の古い書物を机へ置く。
相当に古い。
「転移者記録だ」
ページを開く。
そこには過去の転移者達について記されていた。
魔王。
英雄。
錬金術師。
賢者。
様々な異世界人の記録。そしてある一文で手が止まる。
《極限状態にて発現する第二能力》
カールの表情が変わる。
「おい」
「転移者には稀にある」
ギルド長が答える。
「この世界へ来る際、本来とは別の力を獲得するケースだ」
「二つ目のスキル」
来夏が呟く。
ちなみにカールのスキルは女性に高揚感をもたらす≪デンジャー・フェロモン≫、これまでは運よく発動しなかったが女性だらけのレアニスで発動したらドロドロの殺戮劇が繰り広げられるであろう。発動してなく良かった・・・今の所は。
「そういうことだ」
部屋が静まり返る。カールは思い返していた。パイロと拳が衝突した瞬間世界が遅くなった。
違う。
止まったのだ。
正確には自分だけが加速した。
魔力。
重力。
時間。
全てを燃料として肉体性能を強制的に引き上げる。限界を無視して壊れることを前提に。
「オーバードライブ」
カールは呟く。
自然と理解していた。
能力名も特性もなぜか分かる。
「使った瞬間、全部見えた」
「全部?」
セレンが聞く。
「親父の動き」
「空気の流れ」
「重心」
「筋肉」
「呼吸」
「全部」
地下最深部で起きたことを思い出す。
パイロの拳。
本来なら見えない。避けられない。だが見えた。
完全に。スローモーションのように。
そして殴り返した。
ギルド長は頷いた。
「認識加速系だな」
「強いのか?」
カレンが聞く。
「強い」
即答だった。
「間違いなく英雄級だ」
来夏とセレンが顔を見合わせる。
それほどか。
そう思っているらしい。
ギルド長は続けた。
「ただし欠点もある」
「だろうな」
カールは苦笑する。
三日寝ていた。
十分すぎる代償だ。
「身体が耐えられない」
「予想通りだ」
ギルド長も頷く。
「今のお前では長くて数十秒」
「その後は?」
「下手をすれば死ぬ」
部屋が静まり返る。しかしカレンだけは笑った。心底楽しそうに。
「最高じゃねぇか」
「どこが」
来夏が引く。
「強敵相手限定の切り札だろ?」
「まあ」
「最高じゃねぇか」
二回言った。
本当に気に入ったらしい。
その日の夜。
本部屋上。
カールは一人で空を見上げていた。
研究所は崩壊した。
グラスは捕まった。
楽園計画も壊滅した。
それなのに心は落ち着かない。
理由は分かっていた。
生きている。
パイロ・フェニックスは・・・絶対に、確実に確定的に明らか。
あの程度では死なない。すると不意に扉が開く。
カレンだった。
缶コーヒーを投げてくる。現代の流通物は高額だ。缶コーヒーですら宝石並の価値がある。目が覚める飲み物等この世界にはないしカフェインの存在も解明されていない。なにより現代の物品はそれだけで高級ブランドなのだ。カレンなりの労いの気持ちなのだが、カールはそんなことを知る由もなく器用に受け取る。
「珍しいな」
「暇だった」
彼女らしい理由だった。
二人で夜景を見る。
しばらく沈黙。
やがてカレンが聞いた。
「怖いか」
カールは笑う。
少しだけ。
「親父がか?」
「ああ」
数秒。
考える。
そして答える。
「怖いな」
正直だった。
「でも」
「次は勝つ」
カレンが笑う。
獰猛に。
いつものように。
「そう言うと思った」
遠くで雷が鳴った。
そして二人は知らない。
―その頃。
王国北部の山岳地帯で崩壊した研究所跡地から離れた洞窟の中で一人の老人が目を開いていた。
パイロ・フェニックス。
怪物は生きている。
そして彼もまた人生で初めて息子との再戦を望んでいた。




