炎の果て
第二十話
炎の果て
地下最深部は崩壊していた。
施設全体を支えていた魔力炉は既に限界を超え、天井には巨大な亀裂が走っている。数百トン単位の岩盤が崩れ落ち、各所で爆発が連鎖し、研究設備は火柱を上げながら倒壊していた。エドワード・グラスが五十年かけて築き上げた王国最大の秘密研究施設は、今まさにその寿命を迎えようとしている。
しかし、その中心だけは異様な静けさに包まれていた。
カールとパイロ・フェニックス。
父と子。
二人が向かい合っている。
カレン達も介入しない・・・いや、できなかった。
本能で分かる。
ここへ割って入るべきではない。
これは誰にも止められない戦いだ。
「ようやくだな」
パイロが笑う。
「その目だ」
老人の目には戦意しかなかった。
五十年ぶりに目覚めた男が最初に求めたものは世界征服でも復讐でもなかった。
戦いだった。
そして相手は自分の息子。
それだけで十分らしい。
「鬱陶しいな」
カールは吐き捨てる。
「死んでも変わってねぇ」
「死んだから変わる奴は三流だ」
パイロは楽しそうだった。
「強くなったな」
「嬉しくない」
「知ってる」
その返答にカールは少しだけ笑った。
本当に嫌な男だった。
次の瞬間パイロが消える。
見えなかった。
速すぎる。
カールは本能で横へ跳ぶ。
一瞬遅れて背後が吹き飛んだ。
衝撃、爆音、拳一発で数十メートル先の岩盤が消滅している。
「速い!」
来夏が叫ぶ。
「何あれ!?」
「親父だ」
カールは短く答える。
「昔からあんな感じだ」
説明になっていなかった。
パイロは止まらない。
右拳。
左拳。
回し蹴り。
単純な攻撃だけで地下施設が崩壊していく。
特殊な技術ではない。
スキルでもない。
純粋な暴力。
それだけだった。
カールは走る、滑り込む、飛び退く、回避する。
一撃でも受けたら終わる。
そう理解していた。
そして同時に分析している。
呼吸、足運び、重心、癖。
軍人時代から染み付いた習慣だった。
どんな怪物にも隙はある。
必ず。
しかし今回は違った。
見つからない。
弱点がない。
圧倒的だった。
そして、パイロ自身も理解していた。
息子が押されていることを。
だから笑う。
「どうした」
拳が振り下ろされる。
床が割れる。
「そんなものか」
さらに追撃。
「失望させるな」
カールは舌打ちした。
相変わらずだ。
いつもそう。
出来て当たり前。
強くて当たり前。
失敗は許されない。
幼い頃から聞かされ続けた。
その時だった。
カレンが前へ出る。
両手が緑色に発光している。
《ハイ・ディメンター》。
触れた対象を次元ごと吹き飛ばす絶対破壊能力。
彼女は無言だった。
そして。
パイロへ突撃する。
緑色の拳。
次元崩壊。
直撃。
空間が裂ける。
パイロの左肩が消える。
爆発ではない、破壊でもない、存在の消失。
それでもパイロは笑う。
「それだ!」
肘打ち。
カレンが吹き飛ばされる。
壁を三枚破壊してようやく止まる。
血を吐く・・・しかし笑っている。
同類だった、最悪な意味で。
セレンも動く。
《ザ・ミラーズ》。
空間反転。
上下左右。
距離感。
平衡感覚。
全てを狂わせる。
その瞬間に来夏がゲートを展開した。
《メビウス・ゲート》。
十。
二十。
三十。
無数のゲート。
地下空間そのものを迷路に変えていく。
ティナも続く。
《ロータス・クイーン》。
巨大樹木出現。
根が伸びる。
蔦が絡む。
地面そのものが植物へ侵食される。
レアニス総攻撃。
今までで最大の連携だった。
パイロは初めて後退する。
一歩。
二歩。
たったそれだけ。
しかし十分だった。
全員が理解する。
通る。
攻撃が通る。
なら倒せる。
そう思った。
だがパイロは笑っていた。
本当に嬉しそうに。
「いい仲間だ」
視線はカールへ向く。
「お前には勿体ないな」
「余計なお世話だ」
「その通りだな」
そして。
構える。
本気だった。
初めて。
本当に初めて。
怪物が本気で息子を殺しに来る。
カールは理解した。
このままでは勝てない。
絶対に。
足りない。
経験も。
技術も。
力も。
全部。
昔から同じだった。
追い付けない。
届かない。
どれだけ努力しても。
目の前の男だけは。
その瞬間。
来夏が叫ぶ。
「カール!!」
セレンも叫ぶ。
「後ろ!」
ティナが植物を伸ばす。
カレンが走る。
しかし遅い。
パイロが目の前にいた。
拳が振り上げられる。
死ぬ。
誰もがそう思った。
その時だった。
カールの中で何かが切れる。
限界だった。
怒り。
恐怖。
悔しさ。
憎しみ。
尊敬。
全部。
全部が一つになる。
そして。
魔力が爆発した。
地下空間が揺れる。
岩盤が軋む。
空気が震える。
レアニス全員が振り返る。
初めて見る。
カール本人ですら。
知らなかった力。
世界を渡った時に手に入れたもの。
ずっと眠っていたもの。
それが目を覚ます。
パイロは笑う。
心の底から。
本当に嬉しそうに。
「そうだ」
「それを待っていた」
父と子、二人の拳がぶつかる。
轟音。
地下最深部全体が白く染まる。
そして誰も見たことのない戦いが始まった。




