炎の血
第二十話
炎の血
地下最深部は崩壊を始めていた。
グラスが暴走させた施設は既に限界を迎えている。天井からは鉄骨やコンクリート片が絶え間なく降り続き、床には巨大な亀裂が広がり始めていた。施設を支えていた発電設備も各所で火を噴いており、遠くでは爆発音が断続的に響いている。
だが誰も逃げようとはしなかった。
少なくともレアニスの面々は・・・そしてカールも。
目の前にはパイロ・フェニックスが立っている。
五十年もの間死んでいたはずの男。
世界中に恐れられた怪物で自分の父親。
その事実だけで十分だった。
「試してみるか」
カールがライフルを構えるとパイロは笑った。
「そうだ」
ゆっくりと拳を握る。
「それでいい」
まるで何十年も待っていたような声だった。
「まずは見せてみろ」
「何をだ」
「何になったかだ」
カールが先に動いた。
引き金を引く。
乾いた銃声。
さらに二発。
三発。
ライフル弾が一直線に飛ぶ。
頭部。
喉。
心臓。
殺傷を前提にした射撃だった。
だが。
パイロは避けない。
受けた。
弾丸が装甲に命中し火花が散る。
金属音が虚しく響く・・・それだけだった。
傷一つ付いていない。
「嘘だろ」
来夏が呟く。
カールは驚かなかった。
親父ならそうだ、そういう男だった。
拳銃も、ライフルも、装甲車も、昔から意味がなかった。
次の瞬間パイロが動く。
ただの踏み込み。
それだけで地面が爆発した。
空気が震え視界から消える。
速い。
いや、速すぎる。
カールは本能だけで回避した。
コンマ数秒後。
彼のいた場所が吹き飛ぶ。
拳だった。
ただの右拳。
しかし衝撃だけで床が抉れ、鉄骨が曲がり、コンクリートが粉々になる。
「相変わらずか」
カールは後退しながら笑う。
「本当に滅茶苦茶だな」
「褒め言葉だ」
パイロは楽しそうだった。
今度はカレンが動く。
待てなかった。
いや。
見ていられなかった。
全力で飛び込む。
拳。
衝突。
轟音。
地下施設全体が震える。
しかし。
カレンが吹き飛ばされた。
数十メートル。
壁を二枚貫通し。
ようやく止まる。
血を吐く。
肋骨も数本折れていた。
普通なら戦闘不能。
だが立ち上がる。
狂犬女王だった。
「最高じゃねぇか」
笑う。
本当に楽しそうだった。
その笑みを見て初めてパイロも笑った。
「気に入った」
「テメェの評価なんていらねぇ」
カレンは吐き捨てた。
一方でセレンと来夏は側面へ回る。
《ザ・ミラーズ》。
《メビウス・ゲート》。
二人の能力が同時に発動する。
視界反転と空間接続。
通常ならどんな相手でも対応できない連携だった。
しかし。
パイロは止まらない。
感覚が狂っても、方向を失っても関係ない。
力任せに殴る。
それだけで空間が吹き飛ぶ。
ゲートが消え反転した空間が砕ける。
「何その攻略方法!」
来夏が思わず叫ぶ。
「馬鹿じゃないの!?」
「多分そう」
セレンも同意する。
ティナも植物を展開する。
地下空間全域が緑に染まる。
巨大植物。
拘束蔦。
捕食花。
全てを同時展開し数秒で森が生まれる。
だがパイロは炎を放った。
火炎放射器ではない。
スキルでもない。
ただ腕部装甲から噴出した高熱。
一瞬だった。
森が消える。
植物が灰になる。
ティナが固まる。
「嫌い」
低い声だった。
「本当に嫌い」
珍しく怒っている。
一方パイロは戦いながらカールを観察していた。
楽しそうに。
念入りに。
獲物を見る猛獣ではない。
成長した息子を見る父親でもない。
戦士を見る目だった。
「なるほどな」
「何だ」
カールが聞く。
「強くなった」
パイロは言う。
「昔のお前なら死んでた」
「嬉しくねぇよ」
「だが足りん」
笑う。
「全然足りん」
その瞬間。
装甲が開く。
背部ユニット展開。
両腕展開。
肩部展開。
まるで封印が解かれるようだった。
カールの顔色が変わる。
見覚えがあった。
あまりにも。
軍の極秘資料。
父親の戦闘記録。
第二次世界大戦。
ベルリン。
ナチス残党掃討戦。
その資料にあった姿。
「冗談だろ」
思わず呟く。
「第二形態じゃねぇか」
来夏が叫ぶ。
「ゲームかよ!」
誰も笑えなかった。
そして地下施設全体へ警報が鳴り響く。
崩壊速度加速。
エネルギー暴走。
魔力炉臨界。
グラスは床へ崩れ落ちていた。
自らの神に見向きもされず、研究も否定され、魂が壊れている。
しかしパイロだけは笑っていた。
本当に楽しそうに、五十年前と同じように。
「来い」
ゆっくり構える。
「全員まとめてだ」
地下最深部の空気が震える。
カールは理解していた。
ここまでは前哨戦だ、親父はまだ本気ではない。
本当の戦いはこれから始まる。
そして初めて・・・カール自身も少しだけ笑った。
殴りたい相手は山ほどいる。
だが今だけは違う。
目の前の怪物を倒したい。
ただそれだけだった。
上限があるプランなので更新は一日20話前後くらいが限度ですね。




