父と子
第十九話
父と子
地下最深部に静寂が落ちた。
ほんの数秒前まで暴れ回っていたフェニックス・シリーズは全滅している。四メートル級の装甲兵器が三体まとめて破壊され、周囲には焼け焦げた残骸が散らばっていた。その中心に立っているのは一人の老人だった。
パイロ・フェニックス。
カールの父親。
かつて世界中を恐怖させた怪物。
そしてカールが人生で最も嫌っている人間。
「どこかで見た顔だな」
パイロはそう言った。
本気で思い出せないらしかった。
カールは数秒黙っていた。
怒りはなかった。
失望もない。
むしろ妙に納得していた。
この男らしい、心のどこかでそう思った。
「息子だよ」
静かに答える。
「カール・ホークだ」
地下空間に沈黙が広がる。
来夏も。
セレンも。
ティナも。
グラスでさえ息を呑んでいた。
誰も動かない。
ただ二人を見ている。
やがて。
パイロが眉をひそめた。
「……ああ」
数秒。
老人は思い出す。
「生きてたのか」
それだけ。
カールは少し笑った。懐かしかったからだ。いつもそうだった、父親は家族に興味がない。
誕生日も忘れ学校行事も覚えていない。何年会わなくても平気だった。自分以外の人間に興味がない。
そういう男だった。
「久しぶりだな」
カールが言う。
「五十年くらいか?」
「知らん」
パイロは肩を竦める。
「数えてない」
やはり変わっていなかった。
死んでも蘇っても何も変わっていない。一方、グラスは震えていた。
感動で、歓喜で、興奮で。
五十年追い求めた奇跡が目の前にある。彼にとってパイロ・フェニックスは神だった。
憧れだった。
理想だった。
だから近付く、ゆっくりと。
敬意を込めて。
信仰を込めて。
「あなたなら理解してくれるはずです」
「何をだ」
「私の研究を」
グラスの顔には涙が流れていた。
「私は人類を進化させようとした」
「興味ない」
即答だった。空気がグラスが固まる。
「……え?」
「聞いてなかった」
パイロは本当に興味なさそうだった。
「お前が何やってたか知らん」
「そんな……」
老人の顔から血の気が引いていく。信仰は通じなかった。崇拝は届かなかった。五十年は本人にとって何の意味もなかった。その瞬間だった。
グラスが叫ぶ。
「理解しろ!!」
初めてだった。
老人が怒鳴ったのは。
地下空間が揺れ魔力が暴走する。
周囲の装置が一斉に起動し始める。
制御不能。
臨界。
警報音が鳴り響くがしかしグラスは止まらない。
「私は全てを捧げた!」
「家族も!」
「人生も!「研究も!」
「全てを!」
「だから認めろ!!」
狂気だった。もはや研究者ではない。人間ですらない。ただの信者だった。
しかし。
パイロはそんなグラスを見ても何も感じていない。
本当に、何も。
「知らん」
再び同じ言葉を口にする。
「お前が勝手にやったんだろ」
「……」
「俺のせいにするな」
致命傷だった。グラスの顔が崩れる。人生そのものを否定された男の顔だった。そして狂った。
完全に。老人の周囲へ膨大な魔力が集まり始める。地下施設全体のエネルギーを吸い上げている。
培養槽、発電施設、魔力炉・・・全てが一人へ。
「まずい!」
カールが叫ぶ。
爆発。
轟音。
天井が消し飛ぶ。
床が砕ける。
施設そのものが崩壊を始めた。その混乱の中パイロだけは立っている。
平然と爆風の中心で。カールは嫌というほどあの姿を知っていた。子供の頃テレビのニュースで何度も見た。軍の記録映像でも見た。戦車が吹き飛びビルが崩れミサイルが着弾する。それでも立っている。
怪物。
本物の。
「おい」
パイロが言いカールを見る。親を見るような目ではない。戦士を見る目だった。
「強くなったか?」
カールは少し笑った。本当にこの男らしい。家族ではない。親子でもない。全部どうでもいい。ただ強いか弱いかだけ。
「試してみるか」
ライフルを構える。
パイロが笑う。
初めて。心から楽しそうに。
「いいな」
地下施設が崩壊する中ついにカール・ホークとパイロ・フェニックスの父と子の戦いが始まろうとしていた。




