不死鳥の遺産
第十五話
不死鳥の遺産
処刑人バルガスを倒した翌日、レアニス本部の会議室は異様な静けさに包まれていた。机の中央には例の写真が置かれている。若かりし頃のエドワード・グラス。そしてその隣に立つパイロ・フェニックス。カールは何度も写真を見返していたが、やはり見間違いではなかった。
父親だった。
嫌というほど見てきた顔だった。
全身を覆うパワードスーツ。
炎を模したエンブレム。
腕部に搭載された大型火炎放射器。
写真の中の男はまだ若い。それでも既に怪物の雰囲気を放っていた。
「いつ撮られた写真だと思う?」
来夏が尋ねる。
「四十年以上前だな」
カールは即答した。
「親父がまだ世界中を暴れてた頃だ」
第二次世界大戦末期から冷戦初期にかけて、パイロ・フェニックスは世界中で悪名を轟かせていた。本人は正義を名乗っていたが、実際にはヒーローともヴィランとも呼べない存在だった。ナチス残党を執拗なまでに追い回し、発見するたびに皆殺しにした一方で、自分の気に入らない人間も平気で叩き潰す。アメリカ政府と協力することもあれば敵対することもあり、世間からは制御不能な超人として恐れられていた。
「最低の親父だな」
カレンが率直な感想を述べる。
「否定はしない」
カールも同意した。
しかし問題はそこではない。
グラスとの繋がりだ。
もし二人が昔から接触していたのなら、楽園計画そのものが半世紀近く前から存在していたことになる。
「気持ち悪い」
セレンが小さく呟く。
「五十年間続いてる組織なんて」
誰も反論できなかった。
その日の夕方、一人の男がアサシンギルドへ連行されてきた。第一保管施設から救出された転移者の一人で、研究員達の会話を盗み聞きしていた人物らしい。
男の証言は衝撃的だった。
「グラスは死者を探していた」
その言葉に部屋の空気が止まる。
「死者?」
カールが聞き返す。
「誰のだ」
「パイロ・フェニックスです」
沈黙が落ちた。
男は震えながら続ける。
グラスは長年、パイロ・フェニックスの遺物を収集していたらしい。装備の残骸。研究記録。戦闘データ。生体サンプル。そして最後には本人の遺体を探していたという。
「待て」
カールが遮る。
「死体なんて残ってない」
そう。
残るはずがない。
パイロ・フェニックスは死亡した。
それは事実だ。
だが遺体は発見されなかった。
最終決戦の後、巨大な爆発が発生し、現場には何も残らなかったのである。
「だがグラスは違う考えだった」
男は怯えながら答えた。
「見付かると信じている。今でも」
嫌な話だった。その夜、情報屋から新たな報告が届けられる。楽園計画の残党が王国外れにある旧軍事研究所へ集まっているというのだ。
「また研究所か」
カールは頭を押さえた。
「こいつら研究所好きだな」
「研究者だからじゃね?」
来夏の一言で話が終わった。
翌朝、レアニスは現地へ向かう。
研究所は山中に存在していた。巨大なコンクリート施設であり、半ば地下要塞のような構造をしている。第一保管施設ほど大規模ではないが、それでも十分に危険な拠点だった。カールは双眼鏡を覗きながら違和感を覚える。
人が多い。
多すぎる。
警備兵。
傭兵。
元軍人。
死霊術師。
百人以上。
まるで最後の決戦でも始めるかのようだった。
「歓迎されてるな」
カレンは嬉しそうに笑った。
「なら遠慮はいらねぇ」
潜入は開始から十分で破綻した。
来夏が設置したゲートで内部へ侵入した瞬間、警報が鳴り響いたのである。
「罠か!」
カールが叫ぶ。
同時に天井が開く。
無数のボルトが降り注いだ。
ティナが植物を展開する。巨大な蔦の壁が形成され、金属の雨を受け止める。しかし勢いは凄まじく、植物ごと吹き飛ばされる。
「多い!」
ティナが珍しく声を荒げた。
続いて左右の通路から武装部隊が現れる。
「撃て!」
怒号。
魔法。
矢。
火球。
ありとあらゆる攻撃が押し寄せる。カレンが先頭へ飛び出した。その速度はもはや人間ではない。火球の間を強引に突破し、最前列へ到達すると敵兵の胸倉を掴み、そのまま別の敵へ叩き付ける。鎧が砕け、兵士がまとめて吹き飛ぶ。だが今回は数が違った。十人倒しても二十人いる。二十人倒してもさらに増える。狭い通路が戦場と化していた。
「いいぞ!」
カレンは笑う。
「最高だ!」
完全に楽しんでいた。
一方でセレンは中央を支える。《ザ・ミラーズ》が発動すると空間認識を失った敵兵達が一斉に混乱し始め、自分の味方へ斬り掛かる者まで現れた。その隙へ格闘術で飛び込み、一人ずつ確実に無力化していく。
来夏はゲートを多重展開し、味方の移動経路を確保すると同時に敵の背後へ回り込む。蹴りの一撃で甲冑ごと吹き飛ばされた兵士が壁へ激突し、その衝撃で周囲の戦列まで崩れた。
ティナも負けていない。植物が床を破壊しながら広がり、まるで森そのものが研究所内部へ侵入したかのような光景が広がる。蔦に捕らえられた敵は一瞬で戦闘不能になり、逃げ場を失っていった。
その頃カールは最前線に出ず、少し後方から戦場全体を観察していた。
敵の指揮系統、移動経路、増援位置・・・軍人の習慣だった。強い敵を倒しても意味はない。頭を潰す。
その考えで探していると、一人だけ動きの違う男を見つけた。研究所の最奥の防弾ガラス越しの指揮室。
白衣の男だった。
そして次の瞬間。
「見つけた」
カールはライフルを構える。
呼吸を止める。
視界が狭まる。
周囲の音が消える。
スコープの中央へ男の頭部が収まった。
引き金を引く。
銃声が鳴り響く。
弾丸はガラスへ命中する。
しかし割れない。
「防弾か」
想定内だった。 だが直後指揮室全体が爆発した。カールではない。誰かが内側から爆破したのである。
轟音。
崩落。
炎。
そして逃げ惑う研究員達。
戦場が再び混乱へ包まれる。その混乱の中で、カールは一つの影を見た。研究所の地下へ続く通路。
その先へ逃げていく白衣姿。 グラスだった。確信する。
「あの老いぼれ」
ライフルを握る手に力が入る。
「生きてやがったな」
長かった追跡が、ようやく終わりへ向かおうとしていた。




