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大好きな令息が親友でいたいと言ったから  作者: 鈴木べにこ


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16/18

番外編ルートB.秘密でない秘密

「おじうえー!」



 小さな銀色が廊下の向こうから突撃してきた。



「うおっ。」



 ローディは慌ててしゃがみ込み、そのまま勢いよく飛び込んできた幼子を抱き留める。



「危ないだろ、エリオット。」


「えへへ!」



 薄紫の瞳がきらきらと笑った。


 銀色の柔らかな髪。


 整った顔立ち。


 ぱっと見ただけなら、誰もがアンディの子だと思うだろう。


 実際、貴族の中でもそう認識されている。


 アンディ・トワイス伯爵令息と、その妻レイラの一人息子。


 それがエリオットだ。


 もっともーー。



「(本当は俺の息子なんだけどな。)」



 ローディは複雑な気持ちで子どもの頭を撫でた。


 あの日。


 レイラが“子種をくださいませ”と言った時は正気を疑った。


 だが結果的に、その選択は間違っていなかったのだろう。


 アンディは壊れた。


 ジョゼットの結婚式で暴走し、花嫁誘拐未遂を起こし、鉄格子のある病院へ送られた。


 もう何年も帰ってきていない。


 そして残されたレイラは、幼い子どもを抱えてトワイス家で生きている。



「ローディ様。」



 穏やかな声が響いた。


 振り返ると、レイラが立っていた。


 淡い紫色のドレスを纏い、優雅に微笑んでいる。



「ははうえ!」



 エリオットが嬉しそうに駆け寄る。


 レイラは自然な手つきで息子を抱き上げた。



「今日はお勉強頑張れましたの?」


「がんばった!」


「偉いですわね。」



 その姿は、どこからどう見ても愛情深い母親だった。


 レイラはエリオットを本当に大切にしている。


 そして。


 トワイス家の誰もが、この子を愛していた。


 血がどうとか。


 誰の子だとか。


 もうそんな話ではなくなっている。


 少なくとも、この家の中では。




 お昼過ぎ。


 トワイス家の庭園では子供達の笑い声が響いていた。




「・・・なんか、不思議だな。」



 ぽつりとローディが呟くと、隣にいたダイアナが苦笑した。



「今さら?」


「いや・・・だってさ」



 庭で遊ぶエリオットを見る。


 エリオットと一緒に遊んでいるのは、ダイアナとの娘であるディアナだ。


 笑っている。


 無邪気に。


 自分達が実の兄妹とも知らずに。


 その姿を見ていると、胸の奥が妙に温かくなるのだ。



「俺、エリオットが自分の子だって感覚が時々薄れるんだよな。」


「ふふ。」



 ダイアナは穏やかに笑った。



「あなた、“おじうえ”って呼ばれてるものね。」


「そうなんだよな・・・。」



 エリオットはローディを叔父だと思っている。


 実父だとは知らない。


 そして恐らく、一生知る事はない。


 これは秘密だ。


 トワイス伯爵。

 伯爵夫人。

 ダイアナ。

 ローディ。

 そしてレイラだけが知る秘密。


 ・・・もっとも。



「(秘密って感じでもないんだよなぁ・・・。)」



 最近はそんな気持ちだった。


 確かに事実は隠している。


 だが、誰かを騙している感覚があまりない。


 エリオットは愛されて育っている。


 レイラも穏やかだ。


 ダイアナも優しく接してくれている。


 奇妙な形ではあるが、家族として成立してしまっているのだ。



「ダイアナ、本当に良かったのか?」



 ローディは今さらのように聞いた。



「何が?」


「こんな、変な形で。」



 ダイアナは少し考え、それから静かに笑った。



「変なのは確かね。」


「だろ?」


「でも、後悔はしてないわ。」



 ローディは目を瞬かせた。



「レイラ様を見てると、そう思うの。」



 ダイアナは庭を見る。


 レイラがやってきてエリオットとディアナへハンカチで汗を拭いてやっていた。


 その顔は穏やかだ。



「もしアンディ様との間に子どもが出来なかったら、レイラ様はもっと孤独だったと思う。」


「・・・・・。」


「あの子がいるから、レイラ様はここで生きていけるのよ。」



 ローディは黙り込んだ。


 それは理解していた。


 アンディはもう戻れない。


 心が壊れてしまった。


 レイラはそんな夫を持ちながら、伯爵家を支えている。


 普通なら潰れていてもおかしくない。


 だがレイラは強かった。


 エリオットがいるから。





 その日の夜。



「ローディ様。」



 書斎で書類を整理していたローディに、レイラが声を掛けた。



「ん?」



 レイラは少しだけ困ったように笑った。



「最近、エリオットが貴方に似てきましたわ。」


「・・・やめろ、怖い事言うな。」


「ふふ。」



 レイラは楽しそうだった。



「本当に秘密が秘密じゃなくなりそうですわね」


「笑い事じゃないだろ・・・。」



 ローディが頭を抱えると、レイラはくすくす笑った。


 昔の彼女はもっと冷たかった気がする。


 いや、正確には。


 冷たくならざるを得なかったのだろう。


 アンディに愛されず。


 政略結婚に縛られ。


 未来を諦めていた。


 だが今のレイラは、少し柔らかい。



「・・・幸せか?」



 気付けば聞いていた。


 レイラは目を瞬かせる。



「急ですわね。」


「いや、なんとなく。」



 レイラは少し黙った。


 そして窓の外を見る。



「幸せ、というより・・・穏やかですわ。」



 静かな声だった。



「エリオットがいて、ディアナちゃんがいて、皆様がいて、忙しく毎日が過ぎていく。」


「・・・・・。」


「ですから、案外悪くありませんの。」



 ローディはその横顔を見つめた。


 弟は壊れた。


 ジョゼットを失い、自滅した。


 だがその残骸のような未来の中で。


 奇妙な家族だけが残った。


 兄の子を、弟の子として育てる家。


 それを誰も口にしない家族。


 普通ではない。


 けれど。



「・・・まあ、悪くないか。」



 ローディが呟くと、レイラが小さく笑った。



「ええ。」



 秘密を抱えながら。


 トワイス家は今日も静かに日々を生きていくのだった。





ルートB.番外編END

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