7−2.
完全な沈黙だった。
「・・・・・・・・・・は?」
最初に声を出したのはローディだった。
ダイアナが目を見開き、伯爵夫人は息を呑む。
だがレイラだけは平然としていた。
「アンディ様との間に子供は期待できませんもの。」
「ちょっと待て。」
ローディが頭を抱える。
「今なんて言った?」
妻がいる前でとんでもない言葉が聞こえたと、聞き間違いであって欲しいとローディは聞き直す。
「ですから、貴方の子を産ませてほしいと申し上げました。兄弟ならアンディ様にもきっと似ているでしょうし。」
「いやいやいや待て待て待て!!」
完全に狼狽している。
だがレイラは一切動じない。
「私は既婚者だぞ!?ここにいるダイアナが妻だ!」
「存じていますわ。」
「そういう問題じゃないだろ!?」
ローディの声が裏返る。
その隣で、ダイアナは青ざめたまま黙っていた。
レイラは静かに続ける。
「アンディ様は私に興味がありません。」
アンディの心には少し他人が入る余地はなし。
「ジョゼット様以外の女性など、きっと一生受け入れないでしょう。」
誰も否定できなかった。
痛いほど分かっているからだ。
「義務としての夫婦生活が出来るとは思えません。」
レイラはアンディとの関係を諦めていた。
「アンディ様は私に優しくしますが情はありません。」
アンディは優しいがジョゼット以外には無関心というのがレイラの見解だった。
「私は一生、惨めな思いをするのでしょう。」
「レイラ嬢・・・・・。」
「ですが、子どもは必要ですわ」
貴族として。
家を守る者として。
「なら最初から確実な方法を取るべきでしょう?」
ローディは苦しそうに顔を歪める。
「正気か?」
「ええ正気ですわ・・・いいえ、貴方の弟が私から正気を奪ったのです。」
レイラだって自分がどれ程の事を言っているのか自覚はある。
「生まれた子供はアンディ様の子として育てます。」
「っ・・・・・!」
「ローディ様が実父である事は、この場にいる全員の秘密です。」
伯爵夫人が青ざめる。
「そんな事・・・・!」
「では他にどうしろというのです?」
初めてレイラの声に感情が滲んだ。
「愛される事もなく、夫婦の義務も果たさず、心ここにあらずの夫を待ちながら、ただ老いていけと?」
誰も何も言えない。
「アンディ様は私に関心がありませんわ。」
レイラは静かに続ける。
「恐らく、自分の子でないと気付いても怒らないでしょう。」
ローディが顔をしかめる。
「そこまで言うか・・・。」
「だって私よりジョゼット様の方が大事ですもの。」
淡々とした事実だった。
アンディは悪意なく、婚約者を蔑ろにしている。
それほどまでにジョゼットしか見えていない。
ダイアナがぎゅっと膝の上で手を握る。
「・・・・・レイラ様」
震える声だった。
「貴女は、本当にそれで幸せなの?」
レイラは少しだけ黙った。
そして小さく笑う。
「幸せになれるとは思っていませんわ。ダイアナ様に酷な事を言っている自覚はあります。」
ダイアナの肩が震える。
「そして愛されなくとも、どんな手を使ってでも貴族として生きていく覚悟はあります。」
それが全てだった。
「子供がいれば立場は安定します。愛されなくても、母として居場所は得られる。」
「・・・・・。」
「私は感情論で生きられる立場ではありませんもの。」
ダイアナは目を閉じた。
痛いほど理解できてしまった。
この話を拒絶できない理由も。
自分もまた、事情を知っていた側の人間だから。
アンディがジョゼットしか見ていない事を。
それでも婚約が進められていく事を。
見て見ぬふりをした。
「ローディ。」
ダイアナが静かに夫を呼ぶ。
「この話を受け入れて。」
「ダイアナ!?」
「私達にも責任があるもの。」
ダイアナは苦しそうに微笑む。
「レイラ様が不幸になるって、分かっていたでしょう?」
ローディが言葉を失う。
「なのに皆、“なんとかなるかもしれない”って希望に縋った。」
「それは・・・っ!」
「その結果、犠牲になるのはレイラ様だった。」
ダイアナはゆっくり俯く。
「だからこれは、この家の罪よ。」
静かな声だった。
誰も否定できない。
長い沈黙の後。
「・・・・・分かった。」
掠れた声でローディが言った。
伯爵夫人が顔を上げる。
「ローディ・・・。」
「断れる立場じゃない。」
ローディは苦しそうに目を閉じる。
「俺達はこの人を犠牲にしようとした。だから俺はレイラ嬢の言う通りにするよ。」
ローディの言葉に伯爵も重々しく頷いた。
「この秘密はここにいる者達だけの秘密とする。」
ここにいる全員、秘密を守る覚悟が出来ていた。
「ありがとうございます。」
レイラは優雅に頭を下げる。
それはまるで商談成立の礼のようだった。
だが。
誰一人として救われてはいない。
これは幸福な未来の話ではない。
愚かな男の恋を見て見ぬふりをした家族達が。
その罪を、歪な形で支払うだけの話だった。




