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4 『人里』

 フィオナに連れられ歩いていると、ようやく村が見えてきた。

 人が数人歩いているのが見える。皆自由に動き回り、活気に溢れている。

 子供は遊びはしゃぎ、大人は自分の仕事を立派に勤しんでいる。

 そんな牢屋に居たころとは全く違う活気のある人々の動きを見て少し感動を覚えた。


 村の周りには人一人分ほどの高さの木の柵が建っている。

 さっきの様な魔物が出る危険な森が近くにあるのだから別に何も驚くことはない。

 逆に木だけでそのような脅威から身を守れるのだろうか。石くらいの強度はあった方がいいのではないだろうか。

 実際に襲われた俺からすると木で村を守れるとは思えない。もしかするとさっきの魔物はその中でもトップクラスだったのかもしれない。


 俺たちはそのまま村に足を運んだ。

 もしかするとここら辺は旅人が多いのかもしれない。

 俺たちが村に入ろうとしてもなんの警戒もされなかった。むしろ歓迎されているようにも見えた。そのうえ看板に各場所の名前や村の案内が書いてあった。

 俺は一瞬で頭の中に村の地図を刻み込んだ。


 いざ村に入ってみると...

 音という情報が増えたからか、さっきよりも様子が賑やかに感じられる。

 さっき視覚で得た情報通りの平和さだった。

 商売をする音や世間話の音、血の滴る音など一音として聞こえなかった。まるで平和そのものだ。


 そういえば、村に来てみたは良いが、何をすればいいのだろうか。

 元はと言えばフィオナが提案した案だ。何かやるべきことがあるのかもしれない。


 「これからどうする?フィオナ。」


 フィオナは顎に手を当て、とても真剣そうに悩み始める。

 この様子だと別に特別な理由はないのだろう。

 まああんな危険な森にずっといるよりかはこっちの方が何倍も安全だろうし、村に来たことは正解ではあっただろう。

 俺はフィオナの返答を待った。

 フィオナは数秒考えた後、目線を俺の左腕に移し、焦った様子で口を開いた。


 「と、とりあえずその腕を治さなきゃ!」


 腕...?

 そういえばあの時受けた傷があった。

 左腕に大ケガを負っていることなんて村に着いたという安心感ですっかり忘れていた。

 腕に意識が向くとまた刃物が刺されている様なあの感覚が蘇る。

 血は何とか止まっているようだが、とても無事と言える状態ではなかった。皮、肉、骨の順に層が重なっている。自分でも見ていられない。

 左手に力を入れると激痛が走ってとても動けたもんじゃない。

 流石にこの状態で活動を続けるのは現実的じゃないだろう。


 俺はフィオナの提案に静かに頷いた。


 村の地図を事前に把握していたため、どちらに行けばこの村の医療施設に着くかは手に取るように分かった。

 

 それにしてもこの村は思っていたよりも広いな。

 道の両サイドに数えきれないほどの家が並んでいる。

 その中には少し大きい家や逆に小さい家も見られる。この規模となると多少の貧富の差は生まれてしまうのだろうか。

 別に小さいとはいえ、人が住むには十分なスペースだ。

 たまに小さい家の前で世間話をしている人などを見かけるが、世間話をするほどには生活に余裕があるということなのだろう。とても生活に困っている様には見えない。


 そんなことを考えながら歩いていると、一つの家の壁に頭をぶつけてしまった。


 「大丈夫?」


 フィオナや俺よりももっと幼い、小さい子供の声だった。

 頭を押さえながら振り向き、声の正体を目で確認する。


 七、八歳ほどだろうか。まだまだ育ち盛りの女の子が俺を心配そうに見ながら立っていた。


 「ああ、大丈夫だよ。」


 俺は心配させないよう、しゃがんでその子の目線に合わせながら言った。

 だがその子の顔はまだ歪んだままだ。

 その子の目線の先を見てみると...俺の左腕だった。


 「見ちゃダメ。」


 そう言って俺は咄嗟に左腕を右手で隠す。

 小さいころからこんなものを見てしまったらトラウマが残ってしまうかもしれない。これが原因で外に出れない、なんて事になってしまったら取り返しがつかないからな。

 その子は何かを言いたそうにしていたが、俺は口に手でバツを付け、体を180度回転させる。


 「ほら、お母さんが心ぱいするよ。」


 「おかあ...さん?」


   ... ... ... ...


 今、あらゆる言葉がある中で一番最悪な言葉を選んでしまったかもしれない。

 この様子からすると、どうやらこの子に母親はいないらしい。自分も母親が生まれたころからいない身だ、見ていればわかっていたのに。失敗した。

 今思えば服も少し汚れ、髪に泥がついている。

 てっきり遊んだ後だからだと勝手に思い込んでいたが、違ったようだ。


 案の条その子は泣きだした。


 「うわぁぁぁん!」


 やばいやばいやばい、これでは俺が泣かせてしまったみたいに見えるじゃないか。まあ、もっともその通りではあるのだが。


 「ご、ごめん。そういうつもりじゃなかったんだ...」


 俺の言葉を聞く余地もなく泣き続けている。

 どうしよう。これまで普通の人とすら喋る機会が少なかったのに、子供の相手となると余計にどうすれば良いか分からない。

 俺が慰めの言葉をかけるたび、泣き声が強まっていった。


 「大丈夫。大丈夫。ほら、私と遊ぼ?......任せて」


 フィオナによってさっきまで泣き続けていた子が一瞬にして泣き止んだ。


 「ぐすん...ぐすん...うん...!」


 フィオナはどうやら子供を慰めるのが得意なのかもしれない。いや、多分コミュニケーション自体が得意なのだろう。俺も話していて度々思う時がある。


 フィオナはそう言うと、その子と一緒に村の奥へと消えていった。

 去っていくとき、「任せて」と言っていた。

 腕もこのまま放って置くわけにもいかない。ここはお言葉に甘えて先に行かせてもらうとしよう。


 俺は目の前の建物に入った。


 ドアを数回ノックし、返事が返ってきた後、ドアを開けた。

 ドアを開けると棚に乗ってあるたくさんの薬品らしきものが見えた。

 俺の脳内地図は正しかった。


 「どうした?」


 医者には一見見えないが、賢そうに見える人が椅子に腰をかけてこっちを見て話しかけてきている。


 「あなたはいしゃですか?」


 一応聞いてみる。さすがにこの薬品の数で医者じゃないことはあり得ないとは思うが、念には念をだ。


 「ああ、医者だよ。」


 予想通りの返信が帰ってきて少し安心した。

 もしこれで医者じゃない、なんて言われていたら羞恥心のあまり死んでいたかもしれない。

 でも取り敢えずこれで何とかなりそうだ。


 医者は俺の腕を見るなり、状況を把握したように包帯を取り出した。

 それを腕に一巻き、二巻き、そして五巻き程したところで固定した。

 包帯に少し血が滲んでいる。

 傷が視覚化されない分、少し痛みが治まったような気がする。

 一体この状態でどのくらい経てば治るのだろうか。これだけ品揃えの良いところなら万能薬なんかがあったっておかしくはない。二日くらいで治るだろう。

 

 そう思っていた...


 ――「一か月だね。」――


 「一か月...一か月っ!?」


 「傷もひどいし、薬をどれだけ使っても一か月はかかるだろうね。回復薬を使わないとしたらそれ以上も...」


 駄目だ、こんなところで一か月も時間を奪われるわけにはいかない。一刻も早くフィオナを元の場所に連れて行ってあげなければ...

 今にでも他のもっと大きい医者に頼ろうとしたが、まだ牢屋か出たばかりの俺にそんなあてがあるはずもなかった。

 俺は頭の中でフィオナに謝り...



  仕方なくこの建物で治療に専念することにした。

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