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5 『退屈、孤独、知らない感情』

 ―― 一日目 ――


 俺は今、この村の医療施設のベッドに仰向けになって寝転がり、ただ天井を見つめている。

 普段は絶対体の左側を下にして寝るのだが、この怪我だとどうもそんなことはできないっぽい。

 仰向けだとあまり落ち着かないので寝ることもできない。いや、まあ寝れないのはシンプルに時間的な問題なのだろうが。窓から一筋の朝日が差し込んでいるような気持ちの良い朝に二度寝できないことは当然だ、そのうえ俺みたいに寝起きが良いとなると余計に。

 寝ることができないとなると自然とすることの選択肢は絞られてくる。

 俺に今出来ることは二つ。窓の外を眺めることと、天井の木目を数えることくらいだ。

 いや流石に選択肢が終わってないか。


 1、2、........120、121、いやあれはもう数えた後か?ああ、また最初から数え直しだ。面倒くさい。

 

 俺は木目を数えるのを諦め、窓の外の風景を見る。別に見ていて特別楽しいわけでもない。とはいっても木目の数を数えるよりかはマシなのは明らかだ。


 窓から外を眺めていると、小さな子供が10人ほどのグループを作って遊んでいる。

 全員楽しそうに鬼ごっこをしている。


 10人の中に一人だけ座り込んで泣いている奴がいる。一体どうしたのだろうか。

 目を凝らして見てみると、膝に擦り傷が出来ていた。あの年齢での擦り傷は相当痛そうだ。

 その怪我に気づいた友達が他の人を呼び、どんどんとその子を中心に人が集まってくる。

 人が来すぎて見えなくなってしまった。

 窓から得られる情報はなくなり、人で埋め尽くされてしまった。

 

 窓から見るものがなくなった俺は反対側のもう一つの窓に目を移す。


 普通、反対側の窓からは遠くの風景などしか見られないのだが、今は珍しく風景以外に人が二人ほど映っていた。


 ん?あの子供どこかで...


 あの時の子供だ!ならきっとフィオナもいるはず...


 横の方に視線をずらしていくと案の条、フィオナが居た。どうやら今日もあの子と遊んであげているらしい。

 遊んであげている、というよりかは自分の意思で遊んでいるといった方が近い気がする。


 つい最近まで俺と一緒に牢屋に囚われていた身のフィオナが今では太陽の下で呑気に子供と走り回っている。

 小さい子供にこのような感情を抱くのは間違いかもしれないが、その様子を見てホッとする気持ちもありながら、どこか嫉妬感を覚える俺がいた。


 フィオナとその子が遊んでいるのを見つめる。

 フィオナたちはこちらのことに気づいていないのだろうか。

 もしかして俺なんて眼中にないのだろうか、そうだよな。俺のことを想ってくれているのなら既に俺の目の前にいてくれるはずだもんな。そんなネガティブな考えが浮かぶ。


 そんな考えを巡らせて落ち込んでいるタイミングで俺の治療部屋に誰か入ってきた。

 俺は警戒し、右手を構える。


 「何をそんなに警戒してるんだい。ほら、薬の時間だ。」


 俺はその人が医者だと分かるとそっと右手をおろした。

 一文無しの俺にくれる薬などないと思っていたが、そうでもないらしい。

 後々大金が請求されるとか...流石にないか。


 それにしても思っていた薬とは違う。

 てっきり傷口に直接かける系の回復薬かと思っていたが、実際には錠剤のようなものだった。


 「はい、これと一緒に飲んで。」


 そう言うと医者は水を淹れてくれた。


 俺は片手に錠剤を、もう片手には水の入った容器を持った。

 こういうのを飲むのは初めてなもので、少し抵抗がある。


 ゴクッ、ゴクッ。


 勢いよく喉に流し込んだ。

 奴隷だった頃は時間のなさ故に、物を噛まずに飲むことがよくあったためそこまで違和感は感じなかった。


「これから毎日これを飲んでね。そうすれば一か月後には治るから。」


 そういうと医者はあっけなく部屋から出て行った。

 少し人と会話出来て情緒が保たれた。


 ガチャ。


 また誰かが来たようだ。医者か?忘れ物でもしたのだろうか。

 医者じゃないな、さっきの医者よりも足音が軽い。それに今回は二人っぽい。

 今回こそ危ないやつが来るのではないかと思い、もう一度右手を構える。足音が近づいて来る度、俺の心拍数が上がっていく。


 ガチャ。


 二回目のドアの音。

 さっきのはこの施設の玄関のドアで、今回のは俺の治療部屋のドアだ。


 「何をそんなに警戒しているの?」


 何度も聞いたことのある、どこか安心できる声だった。


 「なんだ、フィオナか。」


 来てくれたのはフィオナだけではないようだ。前の子供も一緒にいる。

 だが前の件もあったからか、こちらを警戒してフィオナの背中に隠れている。


 ふぅ、取り敢えず安心した。

 良かった。悪いやつが来なかったのも良かったが、それよりもフィオナがここに来てくれたということは、俺のことを忘れていなかったということだ。


 「何その顔ぉ、私があなたを忘れてるとでも思ったの?」

 

 なんで分かったんだ。そんなに俺は分かりやすいのか。

 図星を突かれた俺は少し動揺したように答える。


 「い、いや?別にフィオナならおぼえてくれてると思ってたけど...?」


 「ホント~?」


 動揺を隠せない俺をフィオナはからかっている様だ。


 「あ、そうだ。」


 そういうとフィオナは前まで持っていなかった、おそらくこの村で買ったであろうカバンから何かを取り出すような仕草をしだした。

 一体何を渡そうとしているのだろう。まさか強力な回復薬とか...あるいはさっき取っていた花、とかだろうか。なんにせよ気になる。


 「あった!」


 フィオナのカバンから出てきたのは花でも回復薬でもなく、「パン」だった。

 ちょうど腹が減っていた俺は少し嬉しかった。


 「このパンね、この村の有名なパンで、甘くてとーってもおいしいんだよ!」


 俺はそのパンを受け取るように右手を皿のようにして出す。


 ...


 でもパンが右手に乗ることはない。

 フィオナは俺をからかっているのだろうか。

 俺はフィオナの方を向く。


 フィオナは目を逸らし、恥ずかしそうに俺の口付近にパンをつまんで持ってきていた。


 「んっ!」


 フィオナは早く状況を察してほしいような顔で、少し頬を赤らめていた。

 どういうことだ?一体フィオナは俺に何をしてほしいんだ?

 察しの悪い俺に追い打ちをかけるようにフィオナが衝撃的な一言を放った


 「ほら!あ~ん!もう、言わせないでよ!」


 あ~ん...?

 駄目だ、理解が追い付かない。言っている意味は分かる。だがこれが本当に現実なのか、それとも夢なのか。

 俺は自分のほっぺたを軽くつねる。

 痛い。痛かった。


 いやいや、現実だとしても俺の男としてのプライドが許さないっ。


 「自分で食べr...」


 俺の口から出るはずだった言葉がたった今、パンによって埋められた。

 何が起こった?

 口の中にあるパン、話そうとしてもパンによって話すことができない。

 俺はフィオナの「あ~ん」を受け取ってしまったらしい。

 ああ、最悪だ、俺のプライドが。別に気分的には最悪なわけではないが。


 「ふふ、顔赤いよ?」


 こんな惨めな姿を見せることになるとは思いもしなかった。

 あの時の子供が俺を見て笑っている。

 死にたい...誰か殺してくれぇ...






 それから随分時は経ち...


 ―― 三十日目 ――


 あれからフィオナは毎日俺と話してくれた。そのおかげでこの三十日はあっという間に経った。

 今では左手もすっかり傷は塞がり、傷跡だけの状態となっている。痛みもない。

 やっとここから出ることができる。


 ガチャ。


 「もう出ていいよ。」


 「本当ですか!?」


 「ええ。」


 俺は出ていいと言われた瞬間、外に向かって走り出した。

 久しぶりに直接肌に当たる日光は非常に心地よかった。

 風が肌に当たり、爽快感を感じさせてくれる。

 俺は窓からいつも羨ましく見ていた絵の中に飛び込んだ。

 


 「そういえば代金...のことなんだが。」


 その一言が気分が高揚している俺を少し正気に戻した。

 三十日もいたんだし、代金があるのは当然だよな。


 「どのくらいです?」


 「いや、お金は結構なんだが、連れの方からあなたは強いって聞いたもので、少し頼まれてほしいことがあるんだ...」

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