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3 『本当の始まり』

 外に出るとそこは人気のない森林の中だった。

 俺は腕に深く刺さった剣を抜いた。

 少し骨が見えている。これが自分の体だとはとても思えない。

 剣を抜いた途端、太陽の光が俺の傷口を射し、傷口に激痛が走る。

 皮膚は温かいと感じている温度が、傷口周辺ではまるで炎のように熱かった。

 フィオナはそんな俺を見て、まるで自分の事のように心配してくれている。


 ... ... ...


 静かすぎる。

 俺たちは人の声どころか、風の音すら聞こえないそんな不穏な空気に違和感を覚えていた。

 そこら中に草や木が腐るほど生い茂っている。虫の一匹や二匹くらい居てもおかしくない様な環境なのに、生物の気配を一切感じ取れなかった。


 「...」


 俺たちは何も言わずに顔を見合わせる。お互いに恐怖の感情を抱いていることがとってみられた。

 ここに居れば居るほど不穏な空気感が強まってくる。

 数秒間の沈黙の後、感情を紛らわせるために俺たちは歩き出した。


 俺たちは緊張のゆえに五感が研ぎ澄まされていた。

 足では歩くたびに地面が少し凹むのが感じられ、鼻では土の湿った臭いが感じられ、目では終わりの見えない広大な森が見られた。


 気を紛らわせるために歩いていたつもりが、歩けば歩くほど「何か」を感じるようになり、恐怖はますます増えていく一方だった。


 フィオナが何かを思い出したように口を開く。


 「ねえ、私、ここに連れてこられる道中で一つ、村を見かけたの。」


 俺は緊張感あふれるこの雰囲気の中、急に発せられたフィオナの言葉に少し硬直してしまう。


 「じゃあ、そこに行ってみる?」


 俺は反射的に提案をする。


 フィオナは小さく頷いた。

 だが完全に賛成しているわけではない。少し寂しそうな顔をしている。

 おそらくフィオナには家族がいて、家があって、俺とは違って戻らなければならない場所があるからだろう。

 でもお互いここが何処かすら分からない以上、とりあえず何か進展が欲しかった。


 ―パっ―


 「こっちだよ」と言わんばかりに俺はフィオナに腕を掴まれた。

 流石に異性ということもあって、動揺を隠せなかった。

 フィオナは俺を見て不思議そうに顔を横に傾ける。


 さっきまでのフィオナとは違ってやや口角が上がり、少し希望に満ちた顔をしていた。



 それから俺たちは数分程歩き続けた。


 

 やっと生物が見えるようになってきた。

 見るところ見るところに虫が止まり、羽ばたき、愉快とも不愉快とも言えない羽音を立てている。

 俺は牢屋の中では絶対に見られなかった光景に新鮮さを感じながら虫たちを見る。


 虫たちを見ていると、少しおかしいことに気づいた。


 虫たちが一方向に向かって直進している。それも一匹だけではない。群れを形成してまるで「何か」から逃げているように、だ。

 一体どうしてしまったのだろう。

 さっきまで全員が自由に飛んでいたのに、急に規則的になった。

 虫たちの動きが激しくなるにつれて、フィオナの脚の動きはどんどん鈍くなり、ついに止まった。


 「...」


 フィオナは何も言わず、沈黙を貫いている。

 カチカチという音がフィオナの口から聞こえた。


 「どうしたの、フィオナ...」


 俺は言葉を発するとともに前を向いた。


 フィオナが黙っていた理由が一瞬にして分かった。


 俺たちの前には、邪悪なオーラを放ち、顔を中世のペストマスクを付け、黒いマントを着た「何か」がいた。さっきから不穏な空気が漂っていたのはこいつが原因だろう。

 それが何かは俺にも分からない。でも少なくともいいものではないだろう。

 俺はフィオナを守るようにして前に出た。


 相手は一切動かずにただ突っ立っている。


 相手が敵対しているか分からない以上、俺から攻撃を仕掛けるわけにもいかない。

 もし相手が友好的なら俺も穏便に済ませたい。

 だが虫や空気の感じからしてその可能性は限りなくゼロに近いだろう。

 相手が先に少し手を動かした。


 ... ... ...


 何だ?


 空気がさらに悪くなった気がした。

 俺は辺りを見渡した。


 「...ぁ」


 フィオナが死んでいた。

 地面に倒れ、血を吐き、四肢がなかった。

 どうしてこんな急に...どうしてこんなことに...

 理解が追い付かない、意味が分からない。

 俺はフィオナに触ろうとして手を伸ばす。


 ―――あれ?―――


 触れない。触れないのだ。

 触れないというよりは、手が伸ばせない感覚に近い。


 俺は腕に目を向ける。


 千切れている。

 腕が千切れていた。

 左も、右も。

 「嘘だ、嘘だ。」


 ―――絶望―――


 自分が知らない脅威に、自分が気づかないうちに全てを壊された絶望。

 自分が一生懸命守ってきたものが一瞬にして失われる絶望。

 そしてその中にある、とてつもない怒り。


 俺はない右腕をがむしゃらに振り回し、魔法を放ちまくった。

 もちろん魔法なんて出ない。

 それでも壊れたように千切れている右腕を振り回す。


 「目を...目を覚まして!」


 聞き覚えのある声だった。

 

 フィオナだ...


 俺はなかったはずの右腕を前に突き出し、魔法を放つ姿勢で硬直していた。

 俺の前にはバラバラになった敵の姿と、手をつないでくれている「生きている」フィオナがいた。


 「俺は何を...」


 それからフィオナは必死そうに、そして心配しながらさっきまでの状況を話してくれた。


 俺は幻覚魔法をかけられていたらしい。

 魔法、というよりかは魔術?に近いものらしい。

 あの種の幻覚魔術は本来、魔術をかけている奴を殺すまで解かれないのだが、どうやら俺が魔術をかけられているときにがむしゃらに放った魔法が当たっていたそうだ。

 

 ああ、気持ち悪い。

 幻覚だったとはいえ、悍ましいものを見てしまった。


 それから森の空気は普通になった。

 虫は自由に飛び交い、鳥も見えるようになった。


 そうしてフィオナはもう一度俺の腕を掴み、今度こそはと村へ向かった。

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