【プロローグ】白紙の栞
物語には必ず、終わりがある。
幸福な結末であれ、救いのない悲劇であれ、最後のページをめくれば、そこには等しく静かな白紙の余白が待っている。
けれど、私の物語から彼は、最後の一行を書き終える前に消えてしまった。
窓の外では柔らかな春の陽光が躍り、古びた図書室の空気は微かに懐かしい沈丁花の香りを孕んでいる。
棚に並ぶ背表紙たちは、何も知らぬ顔で背を向けたままだ。
私の手の中には、一冊の古い詩集。
そのページの間には、見覚えのない銀色の栞が一枚だけ、ひっそりと挟まれていた。
それは、彼が最後に残した、言葉のない手紙。
彼の手は、驚くほど熱かった。
彼が語る異国の景色は、まるで宝石箱をひっくり返したように鮮やかだった。
そして、ふとした瞬間に彼が見せるあの、ひどく冷たくて、今にも壊れてしまいそうな瞳。
あの日、初めて彼と視線が交わった時、私はまだ知らなかった。
彼がどれほどの闇を背負い、どれほどの覚悟で私の名前を呼んだのかを。
そして、この「五日」が、私のこれからの長い一生を支配する、あまりにも美しくて残酷な「いつか」になることを。
時計の針が、重く、静かに時を刻み始める。
記憶の糸をたどるように、私は最初の一ページをめくった。
すべては、あの日――。
西日の差し込む図書室で、彼が私の代わりに本を手に取ってくれた、あの一瞬から始まった。




