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姫失格 〜恥の多い後宮生活を送って来ました〜  作者: 俊教授 オーバーシー大学
女官奉公編
24/42

星の皇子さま

通知だ。

こんな時に? バッテリーの無駄遣いなのに?

私は反射的に画面を見た。

『景』からの新着メッセージ

『……騒がしい猫だ。北の庭園にある「流雲亭りゅううんてい」へ来い。光をくれてやる』

「…………え?」

思考停止した脳を、無理やり再起動させる。

光を、くれてやる?

景皇子。あの謎のアカウント。

彼は、私が今ここでピンチであることを知っている? 私の絶叫が聞こえたのか?

まさか、バッテリー残量まで見えているのか?

「華妃様!」

私は部屋に戻り、叫んだ。

もはや論理も科学もない。あるのは勢いだけだ。

「て、天からの啓示がありました! 『北の庭園で月の気を集めよ』と! 月の光を鏡にチャージしてまいります! すぐに行ってまいります!」

「はぁ? あんた、いよいよ頭が……」

華妃様は呆れ果てていたが、私の鬼気迫る形相に気圧されたのか、ため息をついて手を振った。

「よくわからないけど……鏡が直るなら行ってきなさい。直らなかったら、承知しないわよ。その時はお前を剥製にして飾ってやるから」

「はい!(直らなかったらそのまま脱走して亡命します!)」

私はサンダルを突っ掛け、夜の闇の中を全力疾走した。

北の庭園までは距離がある。

残り1%。

お願い、持ってくれ。私の命の灯火よ。私が到着するまで、その瞳を閉じないでくれ。

北の庭園にある『流雲亭』。

普段は人気のない、池に張り出した静かな東屋だ。

月明かりが水面に揺れ、幻想的な雰囲気を醸し出している。

そこに、一つの人影があった。

月光を背に受け、夜風に長い黒髪をなびかせる、彫刻のように美しい青年。

第二皇子、けい

彼は欄干にもたれかかり、私が息を切らして駆け込んでくるのを、無表情で見つめていた。

その手には、この時代の人間が持つはずのない……いや、私にとっては見慣れすぎている「黒い長方形の物体」が握られていた。

「景、皇子……!?」

私は膝に手をつき、荒い息を吐きながら彼を見上げた。

彼は何も言わず、その物体を私に向かって放った。

「受け取れ」

私は慌てて両手を伸ばし、それを空中でキャッチした。

ずっしりとした重み。

ひんやりとした、硬質プラスチックのマットな質感。

そして、側面に空いた長方形の穴――USB-Aポート。

表面には、見慣れたロゴマーク。

『Anker PowerCore 20000』

(アンカーの大容量モバイルバッテリー……!?)

「う、うそ……! なんでこんなものを!? これ、現代の……!」

「早くしろ。死にかけだろう」

彼の低い声にハッとし、私は震える手でスマホを取り出した。

画面は真っ暗だ。落ちたか? いや、まだギリギリ生きているはずだ。

私は持参していた白い充電ケーブルを、バッテリーのポートに差し込んだ。

そして、もう片方をスマホの端子へ。

カチッ。

一瞬の間。

永遠に続くかと思われた沈黙。

そして、画面の中央に、希望のシンボルが大きく表示された。

『⚡(充電中)』

『現在1%』

「あ……あああ……!」

私はその場にへなへなと崩れ落ちた。

助かった。

繋がった。

首の皮一枚で、文明の火が灯った。

「よかった……本当によかった……!」

私はバッテリーを胸に抱きしめて涙ぐんだ。

温かい。いや、実際は冷たいのだが、今の私には焼きたてのパンのように温かく感じられた。

ようやく呼吸が整い、私は顔を上げた。

目の前には、月光を浴びて立つ救世主がいる。

「景様……。どうして、これを……? 貴方も、未来から来たのですか……?」

景皇子は、フッと短く息を吐き、夜空を見上げた。

その横顔は、ドラマで見ていた時の「冷徹な皇子」よりもずっと人間味があり、そしてどこか深い孤独と哀愁を帯びていた。

「……母上の遺品だ」

「お母様の……?」

「母上も、そなたのように奇妙な言葉を使い、奇妙な道具を愛していた。『私は別の星から来たのよ』と笑っていたが……私が幼い頃に亡くなった」

彼は遠い記憶を手繰るように目を細めた。

彼の母――それは、早逝したと伝えられる謎多き側室のことだろうか。

彼女もまた、私と同じ時間旅行(タイムトラベル)者だったのか。

「そなたのその板が光った時、懐かしいと思った。……やはり、同郷の者だったか」

彼は私の手にあるスマホとバッテリーを指差した。

「それは『太陽の光を食らうソーラーパネル』で力を蓄えておいたものだ。母上はそれを『最後の命綱』だと言って、大切にしていた」

ソーラーパネルまであるのか。

この世界のオーパーツ事情はどうなっているんだ。

彼はゆっくりと歩み寄り、私の前にしゃがみ込んだ。

視線が合う。

月光に照らされたその瞳は、スマホの有機EL画面よりも深く、吸い込まれそうな漆黒だった。

初めて間近で見る、推しの顔面。

美しすぎて、画素数が高すぎて、私の脳内GPUの処理が追いつかない。

「杏花。……いや、花子と言ったか」

私の本名を、彼が呼んだ。

SNSのアカウント名を見て知っていたのか。

心臓が跳ねる。

「その『命綱』、そなたに預ける。母上も、草葉の陰で面白がっているだろう」

「えっ、でも……こんな貴重なものを……」

「私には使い道がない。それに……」

彼は少しだけ口角を上げた。本当に、ごくわずかに。

でもそれは、今まで見たどんな笑顔よりも破壊力があった。

「そなたの動画とやら、悪くない。続きが見られないのは、私の退屈しのぎに支障が出る」

「景様……」

「だから……生き延びろ。花子。この狂った後宮で」

彼の大きく温かい手が、私の頭にポンと置かれた。

それは、華妃様に「よしよし」される時のペット扱いとは違う。

もっと力強く、不器用で、そして「守る」という意志のこもった感触。

「あ……」

言葉が出ない。

充電されたのはスマホだけではなかった。

私の心のバッテリーも、一瞬で100%……いや、過充電で爆発寸前だ。

「戻れ。華妃が待っているのだろう。……これ以上ここにいると、私がそなたを喰らってしまうかもしれんぞ」

彼は意味深な冗談(?)を呟くと、風のように立ち上がった。

「ま、待ってください!」

私は慌てて、彼の背中に叫んだ。

「あ、ありがとうございます! あの、また……メッセージ、送ってもいいですか!? バッテリーのお礼とか、動画の感想とか……!」

彼は足を止め、振り返らずに片手だけを軽く上げた。

『通知オンにして待っている』

夜風に乗って、そう聞こえた気がした。

彼はそのまま、闇の中へと消えていった。

残されたのは、私と、充電中のスマホ。

そして、手の中に残る Anker のずっしりとした重み。

バッテリー残量は『5%』まで回復している。

危機は去った。

私は、満充電に向かって数字を増やしていくスマホと、まだほんのり温かい(気がする)モバイルバッテリーを胸に抱きしめ、夜空に向かって無言のガッツポーズをした。

バッテリー確保。

最強のパトロンとの再会。

そして、まさかの「推しとの秘密の共有」。

「……やばい。これ、ドラマより面白い展開になってきたじゃない」

私はニヤニヤが止まらない顔を引き締め(ようと努力し)、華妃様の待つ景陽宮へと走り出した。

サンダルの音も軽やかに。

足取りは、空気のように軽かった。

(待ってなさい華妃様! 充電MAXになった『真実の鏡』で、朝まで撮影会よ!)

そして私は知らなかった。

このバッテリーが、単なる電源ではなく、後宮を揺るがす巨大な陰謀を暴くための「ブラックボックス」になることを。

私の冒険は、ここからが本番だ。


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