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姫失格 〜恥の多い後宮生活を送って来ました〜  作者: 俊教授 オーバーシー大学
女官奉公編
23/42

誰がために雷は鳴る

華妃かひ様! 摩擦です! 摩擦で雷(静電気)を起こすんです!」

バッテリー残量、残り9%。

数字が赤く点滅するたびに、私の寿命も削り取られていくようだ。

思考回路は恐怖で焼き切れ、まともな判断ができなくなっていた。

化学電池の準備ができるまでの時間が惜しい。一秒でも惜しい。

その焦りが、私の脳裏に小学校の理科の実験――下敷きで髪の毛を逆立たせた、あの記憶を蘇らせた。

「マサツ……? なに、体を擦るの? 垢すりみたいなものかしら?」

華妃様が不思議そうに首をかしげる。

「違います! 雷を呼ぶ儀式です! 華妃様、その最高級シルクの寝間着をお借りします!」

私は狂気じみた目つきで、華妃様の寝台の横にあった、漆塗りの画板(下敷きの代わり)を掴み取った。

そして、華妃様が身に纏っている、滑らかで光沢のあるシルクの袖を無遠慮に掴む。

「ちょ、ちょっと! 何をするの!?」

「じっとしていてください! 電子よ、集まれぇぇぇ!」

シュバッ! シュバッ! シュバッ!

私は鬼の形相で、木の板をシルクにこすりつけ始めた。

なりふり構っていられない。

摩擦熱で指が熱くなる。布が悲鳴を上げる。

乾燥した冬の景陽宮。条件は揃っているはずだ。

静電気。それは最も身近な電気エネルギー。冬場、ドアノブに触れただけで指先を走るあの衝撃。あれをスマホに流し込めば、あるいはショック療法のように息を吹き返すのではないか?

「うおおおおお! 充電しろおおおお!」

私は板を激しく摩擦させ、帯電した(はずの)表面を、スマホの充電端子付近に近づけた。

祈りを込めて。

頼む、一瞬でいい。通電のマークがつけば、希望が見える。

バチッ!!

「きゃっ! 痛いじゃない!」

青白い火花が飛び、華妃様が悲鳴を上げて指を引っ込めた。

静電気特有の、針で刺したような鋭い痛みが走ったのだ。

「な、なんなのよ今の! 爪の先が痺れたわ! これが雷なの!?」

華妃様が涙目で指先をさすっている。

しかし、私の目はスマホの画面に釘付けだった。

反応なし。

バッテリー表示は、冷酷に『9%』のまま。

いや、バックライトを点灯させた分、むしろ減っているかもしれない。

「ご、ごめんなさい! でもこれじゃ電圧が足りない……! いや、そもそも電流が制御できていない……!」

私は画板を投げ捨てた。

馬鹿だ。私は馬鹿だ。

静電気は数千ボルトの高電圧だが、電流は一瞬で、しかもアンペア数は極小だ。こんなもので精密機器のリチウムイオン電池が充電できるわけがない。むしろ、回路をショートさせてスマホを破壊するリスクの方が高かった。

パニックで理科の基礎知識さえ吹き飛んでいた自分を殴りたい。

「もういいわよ、痛いだけじゃない。……杏花、あんた本当に大丈夫なの?」

華妃様の視線が、期待から疑念へと変わり始めている。

まずい。

「使えない奴」という烙印を押されたら終わりだ。

「だ、大丈夫です! 今のは予備実験です! 本番はここからです!」

私は冷や汗を拭い、次なる作戦へと移行した。

物理がダメなら、化学だ。

【試行錯誤その2:レモン電池もどき

蘭馨らんけい! 蘭馨! 起きて! 緊急事態よ!」

私は寝室を飛び出し、使用人部屋の扉をドンドンと叩いた。

「は、はいっ!? 火事ですか! 刺客ですか!」

深夜に叩き起こされた蘭馨らんけいが、寝間着姿のまま飛び出してきた。

彼女の目は半分閉じており、髪もボサボサだ。

だが、事情を説明している暇はない。

「厨房に行って! 酸っぱい果物を全部持ってきて! レモン、ライム、カボス、酢橘すだち、なんでもいい! 味見して顔が歪むくらい酸っぱいのが最高よ! あと、銅でできた小銭と、銀のかんざし……いや、鉄釘の方がいいかも! とにかく金属片をありったけ!」

「は、はぁ……? 酸っぱい果物と、釘……ですか?」

「急いで! 華妃様の命令よ! 遅れたら打ち首よ!」

「ひぃっ!?」

「打ち首」というパワーワードに、蘭馨の眠気は一瞬で吹き飛んだ。彼女は転がるように走り去っていった。

数分後。

豪奢な景陽宮の寝室は、青果市場の裏手のような様相を呈していた。

「ぜぇ、ぜぇ……ひ、姫様、持ってまいりました……」

蘭馨が抱えてきた籠の中には、大量の柑橘類が転がっていた。

現代の品種改良されたレモンとは違う。皮が厚く、ゴツゴツとした、見るからに酸っぱそうな緑色の果実だ。おそらく「枳殻カラタチ」か、原生種のダイダイだろう。

そして、華妃様の宝石箱からひっくり返された銅銭の山と、銀の簪、鉄の装飾品。

「でかしたわ、蘭馨! これで勝てる!」

私はナイフを手に取り、果実の一つを真っ二つに切った。

ブワッ、と強烈な酸味を含んだ香りが部屋に充満する。

伽羅の甘い香りが、柑橘の刺激臭によって上書きされていく。

「何をするの? 夜食?」

華妃様が顔をしかめる。

「いいえ、発電所を作るのです」

私は果実の断面に、まずは銅銭を深く突き刺した。これがプラス極になる(はず)。

反対側に、銀の簪を突き刺す。これがマイナス極……亜鉛があればベストだが、銀でも電位差はあるはずだ。あるいは鉄釘の方がいいか?

迷っている時間はない。とりあえず手当たり次第に試すしかない。

果実1つ、銅銭1枚、簪1本。

これを1セットとし、それを10セット作成する。

そして、それらを「直列繋ぎ」にするのだ。

「銅線……銅線がない……」

私は自分の帯を引きちぎり、中に入っていた金糸を探したが、通電性が怪しい。

ふと、華妃様の化粧台に目が止まった。

純金の細い鎖がついた髪飾りがある。

「華妃様! これ、切ってもいいですか!?」

「えっ? それ、西域からの貢ぎ物で……」

「美貌と飾り、どっちが大事ですか!」

「び、美貌に決まってるじゃない! 好きにしなさい!」

許可が出た。私はペンチ(代わりの工具)で金の鎖をバラバラに切断し、それを導線代わりにした。

金は電気を通す。贅沢すぎる配線だ。

10個の果実が、金の鎖で繋がれていく。

銅から銀へ、銅から銀へ。

即席の「ボルタ電池」の完成だ。

部屋の中は果汁でベトベトになり、高価なペルシャ絨毯には酸っぱいシミができているが、構っていられない。

「頼む……! 科学の力よ、奇跡を起こせ!」

最後の難関は、スマホとの接続だ。

現代の充電ケーブル。その白い被膜を、私は震える手で剥いた。

中から現れた、極細の赤と黒のコード。

これをショートさせないように、電池の両端から伸びた金の鎖に接触させる。

このケーブルをダメにしたら、もう後はない。

手が震える。汗が目に入る。

「杏花、まだなの? 5%切ったわよ……」

華妃様の声が焦りで尖っている。

「今、繋ぎます……!」

私は息を止めた。

プラス極(銅銭)からの線を、赤いコードへ。

マイナス極(銀簪)からの線を、黒いコードへ。

接触。

私の脳内では、電流が奔流となってケーブルを駆け抜け、乾いたバッテリーを潤すイメージが出来上がっていた。

エジソンよ、テスラよ、平賀源内よ。

私に力を貸してくれ。

……。

…………。

シーン……。

スマホの画面は、無情にも静まり返っていた。

右上のアイコンに、希望の「イナズママーク」は現れない。

『バッテリー残量:5%』

変わらない。

いや、待て。電圧が足りないのか?

接触不良か?

それとも、この果物の酸度が低すぎるのか?

私は必死に配線をいじり、果実を握りつぶして果汁を出やすくした。

手はベトベトで、傷口に酸が染みて痛い。

「お願い……! ついてよ! お願いだから!」

私は祈るように、端子を押し付けた。

しかし、現代の高度なパワーマネジメントシステムを搭載したスマートフォンは、こんな原始的で不安定な電力供給を受け付けてはくれなかった。

USB-Cの規格は、もっと複雑な信号のやり取り(ハンドシェイク)を必要とするのかもしれない。

あるいは単に、電圧が全く足りていないのかもしれない。

「だめだ……! 電流が微弱すぎるし、そもそもType-Cポートにこんなアナログな方法で給電できるわけがない!」

私はケーブルを握りしめ、床に崩れ落ちた。

部屋の中はカボスの酸っぱい匂いと、鉄錆のような金属臭で充満している。

私の手は果汁と泥で汚れ、華妃様の寝室はゴミ捨て場のようだ。

「……はぁ」

頭上から、冷ややかなため息が降ってきた。

顔を上げると、華妃様が氷のような目で見下ろしていた。

「汚い。臭い。そして、何も起きていない」

彼女は、泥だらけになった金の鎖と、無惨に切り刻まれた果実を蹴飛ばした。

「杏花……。その鏡、もう寿命なんじゃないの? 諦めなさい」

その声には、怒りよりも、諦めと軽蔑が混じっていた。

彼女の中で、魔法は解けかけている。

「真実の鏡」は、ただの「壊れかけのガラクタ」に戻りつつある。

「もういいわ。下がって。……興ざめよ」

華妃様が背を向けようとする。

このままでは、私は「嘘つきの詐欺師」として処理される。

そして明日の朝には、元の冷宮か、あるいはもっと酷い場所へ……。

「諦めません!」

私は叫んだ。

華妃様の足首にしがみつく。

「これが消えたら、私はただの不審な猫耳女に戻ってしまうんです!」

「離しなさい! 汚らわしい!」

「嫌です! まだ手はあるはずです! 雷です! 本物の雷なら……!」

「外は快晴よ! 錯乱するのもいい加減にしなさい!」

華妃様が私を振り払おうとした、その時だった。

ピロン♪

瀕死のスマホが、最後の力を振り絞るように通知音を鳴らした。


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