26
私と同じくらい慌てた様子の秋彦さん。
そっと下を向く彼の視線が、私に謝罪の言葉を伝える。
「すみません。このドアは開く時に結構うるさい音を立てるので、そこまで驚くとは思いませんでした。」
「あ!こちらこそごめんなさい…何も言わずに外に出てしまって…。」
「大丈夫です。スタジオの構造のせいで、初めてお越しのお客様は道に迷われることが多いんです。無事で何よりです。」
「気にかけてくれてありがとうございます。」
やはり心優しい人。
秋彦さんは否定したが、やはりサトルさんの言う通り、周りの女性に人気が高いかもしれない。
こんなに良い男性が何年も独り身だったという事実が、むしろ嘘のように思える。
「この路地、本当に静かですよね?私も時々、考えを整理したい時はこうして一人で外に出て、夜の空気を満喫するんです。そのように静寂に身を任せたまま目を閉じていると、頭がすっきりするんです。」
「何を言っているのか分かる気がします。」
「はは…。」
秋彦さんは軽く笑って私のそばに立った。
「ところで、ひまりさん。」
「はい?」
「余計なお世話かもしれませんが…もしかしてスランプですか?」
「え?」
「今日、私たちのチームの紹介をしているとき、一瞬ですが、ひまりさんの表情が暗くなったので、もしかして執筆活動に進展がないのかなと思って...余計なお邪魔をしてしまったらすみません。」
そう。
一瞬だが、私は自分への嫌悪感に襲われた。
きっと目立ってはいないと自信を持っていたが、それを見抜いた秋彦さんの鋭さは驚異を越えて恐ろしいと思う。
「でも表情だけでそれをどうやって···。」
「それは、ひまりさんが作家活動をしていることを明かした後、表情が暗くなったからです。」
「あ、そういうことですか...すみません...。」
「そう考える必要はありません。 誰にでもあることですから。 もともと読者を惹きつけるのは大変なことです。どんなに長い期間準備をしても、そしてどんなに小説の完成度が高くても、残念ながら光を見られないことが多いのです。 だから、ある程度運に任せるしかないんです。」
「運ですか...。」
「実は運に任せるという表現は、責任感のない表現かもしれませんね。 作品が読者に選ばれないのは、単に運の問題ではないですから。」
「確かに...。」
「もしご迷惑でなければ...今度ひまりさんの作品を読んでもいいですか?」
「え!?私の作品を!?」
「はい、私は有名ではありませんが、作家として活動している人間として、ある程度役に立つフィードバックができると思います。 もちろん無理強いするつもりはありませんから......。」
「お願いします!!実はちゃんとしたフィードバックを受けたのは大学生の時だけなので...!こういう助けがすごく必要でした!!」
「それなら良かったですね!わかりました。」
ポケットから出てきた秋彦さんの手に握られたのは、小さな名刺入れ。
秋彦さんはその中から小さな白いカードを取り出した。
「これが私の名刺です。 いつでも準備ができたら連絡ください。」
「はい!」
秋彦さんからのプレゼントのような申し出に、春学期が始まり、初めて学校に足を踏み入れる学生時代の自分に戻ったかのようにワクワクし始めた。
私の文を気に入らなかったらどうしよう? という心配はさほど問題にならない。
問題点が見えなければ、むしろ困るのだから!
「秋彦さん!よろしくお願いします!!全力でむち打ってください!」
「ハハ!わかりました、全力で行きます。」
「むち打ちだって? 二人とも...いったい何の話をしているんだ?」
突然後ろから聞こえてくるアヤカさんのイライラした声に、私と秋彦さんは一斉に振り向いた。
不快感に満ちた表情でここを見つめながら立っているアヤカさん。
何か密かに悪いことをしてばれてしまった学生たちが感じる感情がこういうことではないだろうか?
漠然とした恐怖が胸を締め付ける。
「あ、誤解です、アヤカさん! そんな話じゃないんです! 私たちはただ...。」
「......、わかったから 早く来なさい。みんな心配してるから。」
「はい、すみません。 さあ、入りましょう、ひまりさん。」
「はい...。」
秋彦さんについて再びスタジオに入ろうとした瞬間、アヤカさんが私の前を手で遮った。
「待って。」
「え?」
「あなたには用事があるから、ちょっと待っててね。」
「え!?」
(えええええ!?どうして!!?)
恐怖が心臓を越えて全身に広がり、すでに足の感覚が感じられない。
「え、アヤカさん?ひまりさんは急になんで...?」
秋彦さんの質問に答えず、ただ鋭く睨むアヤカさん。
彼女の反応に秋彦さんはただうなずいて私を見た。
「ごめんなさい、ひまりさん。どうかご無事でいてください。」
秋彦さんはその言葉を最後に、逃げるようにドアを閉めた。
私とアヤカさんの間に降り立った静寂。
呼吸の音さえ聞こえない。
(この人...人間だよね? 本当に氷でできた人みたい...。)
身にしみる冷気に忍耐力が尽きようとした時、アヤカさんの声が聞こえてきた。
「あなた。」
「はい!!」
「……何ですか、その反応は? 気合いが入りすぎたじゃないですか。 もしかして私が怖いんですか?」
「す、すみません!!!」
「......そこまで緊張する必要はないと思いますが...私はただ一つ質問したいことがあるだけなので...。」
「あ!」
その時、アヤカさんが今日私に聞きたいことがあると言っていたことを思い出した。
何を聞きたいんだろう?
家のレベルを聞きたいんだろうかな...
それとも職業?
学歴?
もし満足できる答えでなければ、私がここにふさわしくないと叱咤しようとしているの?
この人が私に何を気にしているのか予想もできない。
何だ!
何だよ!!
どうかくだらない話であってほしいが...
そんなはずがない!!!
「あなた結婚したんですよね?」
「え? はい、そうなんですけど....」
「あの....」
そっと横を向く視線。
そして同時に淡い紅色に染まった顔。
アヤカさんは震える声で話した。
「私に恋愛の仕方...教えてくれませんか?」
「え?」




