207.ローレンの森の浄化(2)
ハルトさんは狼煙の方向に目を眇めた。
微かに戦闘の音が聞こえる。
「あそこはAランク区域か。ブラックフェンリルは強者としてのプライドが高いから中心地の縄張りからあまり出ることはないが、不運にも餌でも探しに出てきたところに遭遇してしまったようだな」
「急ぎ救援が来るわ。浄化を見られるわけにはいかないから早く中心地へ行かないと」
中心地までここからなら北東に2km程。
「中心地に近づいてきたら俺とディアナ嬢の魔力を一気に解放しよう。そうすれば狼煙を上げた冒険者を間接的に助けられる。プライドが高いヤツは強者の方に向くからな」
私とハルトさん2人の膨大な魔力に反応して冒険者を襲っているブラックフェンリルを私たちの方に誘い出すということだ。そして私の浄化で一気に消すことができる。
私はハルトさんの考えに同意して急ぎ足で森の中心へと向かった。
5,6分後、中心地までもう少しのところで私とハルトさんは自身の魔力を一気に解放した。
濃密な魔力が辺りに風を巻き起こし、木々を揺らせる。そして狼煙の方向の戦闘の音が止んだ。
「うまく誘い出せたか?」
さらに4,5分駆けて行くと、ブラックフェンリルの縄張り付近に辿り着いた。Aランク区域とは景色が変わり、薄墨に変色した木々や葉で鬱蒼としている森がより一層不気味な雰囲気を醸し出し、禍々しい魔力の気配が漂っている。出発時には晴れていた空は濃い瘴気のせいかどんよりと暗く見える。
縄張りに近いとなると、それ相応の数を相手にする可能性がある。以前戦った時みたいに全てを呑み込んでしまうような魔法を使われてはもの凄く面倒だ。
そう思い私は「足場を作るわ」と声を掛け、土魔法で私を含め3人の足元から地面を隆起させた。ハルトさんは土属性を持っていないからここは私がやる。
ゴゴゴゴゴ……と、揺れを起こしながら半径1m程の土の円柱が空目掛けて8m程隆起していく。
「サンキュー、ディアナ嬢。――お、後方から1体近づいてきているぞ。誘い出しは成功したようだ」
「魔力は平気なのか?」
「まだ大丈夫です。一応バフもかけられますけどいりますか?」
「バフ?」
「えっ、バフ!?」
ノヴァ様とハルトさんの反応の違いに思わず笑いそうになる。
「『物理攻撃耐性魔法』と『魔法攻撃耐性魔法』と『状態異常回復魔法』と『回復魔法』です。一応創ってはあったんですけどオリジナル魔法なので他人にかけたことはないのです。でも浄化分の魔力を残しておきたいので3分程度しか効果時間がないのですが……」
魔力消費を少なくしたいがために『無効』や『治癒』ではなく『耐性』や『回復』にしている。また私は攻撃魔法に魔力を注ぎたい派なのでバフは一度に一つしかかけられない制限をかけ魔力消費を抑えている。
「浄化魔法を使っても少しでも魔力は残したいだろう? だからバフとやらは使わずとも良い。俺達は浄化を邪魔させないための足止めなのだから。ハルトもそれで良いな?」
「ああ、良いぜ。俺には防御魔法があるしな」
「わかりました。お気遣いありがとうございます」
ハルトさんの防御魔法で思い出し、私はノヴァ様に防御魔法のペンダントを渡しにノヴァ様の島に飛び移ると、「防御魔法が付与されてますので、良かったら」と言ってノヴァ様の首にペンダントをかけた。
ノヴァ様は「ありがとう」と甘く微笑み、これから戦闘なのに張り詰めた感じを吹き飛ばされた。今度ノヴァ様に私が付与した防御魔法の魔石をプレゼントしようかな、とまで考える始末だ。
しばらくして闇の深淵から響いてくるような唸り声が木々の向こうから聞こえてきた。
「お、お出ましか」
普通の冒険者ならこの唸り声だけで逃げ一択だけれど、ハルトさんは余裕をかましている。
私はノヴァ様の邪魔をしないよう自分の島に飛び戻った。
木々が激しく揺れ、幹が次々となぎ倒され轟音が響く中近づいてくる。
2体のようね。もっと来るかと思ったけど。
「2体か。そして後ろからもう1体。手厚いもてなしだな」
そしてドーンッという衝撃音と土埃の中、2体の獰猛なブラックフェンリルが唸り声を上げながらゆっくりと姿を現したことで、私は身を引き締めた。
片方は体長がもう片方よりもひと回り大きく、大きな口と鋭い牙は一体どれだけの獲物を屠ってきたのか窺える程の獰猛さと凶悪さが滲み出ていた。しかも魔力の強さも禍々しさも以前私が討伐した個体よりも格段に上だ。
けれど、このブラックフェンリルがどれだけ強くても、ノヴァ様とハルトさんが相手ならば私の浄化で一気に消えるわ。
そう思っていたら、ノヴァ様が呆然とした声を出した。
「あれは……」
「どうしました?」
ノヴァ様の視線が鋭くなる。
「……俺の力を取り込んだヤツがいる」
「え……」
「あの大きい個体の額に漆黒の魔石が埋まっている。おそらく闇属性の魔石だろう。俺の力を取り込んだ後長い年月をかけて額に集約したようだ」
「おいおい、長生きしすぎじゃないか? しかもいきなりボス戦て。それに闇属性の魔石を持つ魔獣がいることを国に知られたら厄介なことになりかねないぞ」
「浄化をすれば魔石ごと消えるからそんな心配は無用よ。それより2人とも、闇魔法には十分気をつけて」
「ふ、元は俺の力だ。あの時力を与えてしまった責任を取る」
ノヴァ様は腰に提げていた剣を抜く。抜いた瞬間白銀の刃が澄んだ音色を奏でた。神力を結界で封じられているのに剣身から鋭いオーラが放たれているように見え、ノヴァ様がいれば目の前のブラックフェンリルなど犬をあしらうようなものだと思えてくる。
「では、ご武運を」
そう言うと私は両手を祈るように組み、体中に金色の魔力を巡らせた。戦闘の状況によって回避行動をする必要があるため、目は瞑らない。
ノヴァ様たちとブラックフェンリルの戦いが始まる。激しい剣遣いとハルトさんの火魔法の衝撃音とブラックフェンリルの獰猛な吠え声や地面を割る音が聞こえてくる。
後方からもう1体のブラックフェンリルが参戦してきた。
心配が芽生えるけど、ここは2人を信じるしかないと浄化に集中する。
私は浄化魔法の詠唱を始めた。
「『闇夜に顕る繊月に 月の剣を舞い奏で 上弦仰ぐ十三夜 小望の月が満ち満ちて』」
詠唱と同時に金色の光の炎が全身を覆う。
すると、膨大な魔力と対の属性に気づいた額に魔石がある大型のブラックフェンリルが突如上空に巨大な闇の塊を出現させた。
ノヴァ様が舌打ちをする。
「ハルト! ありったけの風であれを吹きとばせ! あれに呑まれたらまずい!」
「オーケー!」
ハルトさんはノヴァ様と瞬時に位置を交代し、闇の塊に向けて高威力の風魔法を放った。
次回は5/4(月)に投稿致します。




