195.お兄様の婚約パーティー(13)
ホールの白い壁にはめ込まれた大きな窓枠の中から満月が顔を覗かせている。
パーティーの時間もそろそろ終わりに近づいていた。
ユアン殿下たちが和風パスタにも舌鼓を打っているので、和食の味はルナヴィアの貴族の口に合うということが証明された。
食事を終えた殿下がノヴァ様に向き直る。
「美味かった。ルナヴィアの食文化に新たな風が吹くことを楽しみにしている」
「ありがとうございます。日々精進していきます」
「ところで……」
殿下がそこで言葉を切る。目線を少し下げ、ノヴァ様の首元のタイに注目している。
「その金色の宝石を私はよく目にするのだが、それはどこで手に入るのだ?」
どこで手に入る……? 普通に宝石店では? 何を言っているのかしら。
「……殿下でしたら宝石を手に入れるのも容易ではないでしょうか」
ノヴァ様は冷静に応える。
「それがそうもいかなくてな……あまり公にはしていないのだが、隠すほどでもないため明かすが、私のこの瞳は少し特殊でな。高い色覚識別能力が備わっている」
え、そうなの?
驚いたのは私だけではないようで、リリアもアンリもルカもリュシアンも目を丸くしていた。
「ふ、驚かせたか? あまり役に立つことでもないため言ってこなかっただけだ。幼い頃は色酔いが顕著だったが今はもう慣れたものだ」
思い当たる節があるのかリリアと側近3人は「あっ」というような顔をした。
私はその能力について前世で聞いたことがあった。通常人間は赤青緑の3つの色覚メカニズムを持つけど、稀に4色型を持つ人がいるらしい。でもその能力って主に女性に現れるはずだけど、ルナヴィアでは紫の瞳がそうさせるってことかしら。だったら同じ紫の瞳である陛下も……
「他の人には全て一緒に見えるかもしれないが、私には少し違って見える。リュトヴィッツ殿のそのブローチとピアスの金色とディアナ嬢が今着けている装飾品の金色、ミヅキ殿が身に着けいている金色、そしてある人物が身につけている金色が全く同じ色だ。そして不思議なことに、貴族が流行に乗って身に着けている宝石には彼らが身に着けている色がない」
鼓動が大きく音を立てた。
「ある人物に出処を聞いてもはぐらかされていた。だが今日、ミヅキ殿が同じ色を身に着け、そしてリュトヴィッツ殿、貴方もだ。だから聞いてみたのだ」
え、これって、もしかしてまずい……? 殿下は宝石と魔石の金色の見分けがつくってこと、よね……? 四大属性の魔石は独特の色だから誰でも見分けがつくけど、金色の魔石は流通しているどの金色の宝石と遜色ないから安心していたのに。
どうする。どうやって切り抜ける……? てかなんで私じゃなくてノヴァ様に聞くのよ。
はっ、そういえば殿下は最初にノヴァ様のブローチを「金色の宝石」って言ったわ。魔力隠蔽も付与しているもの、ならこれが魔石だとわかったわけではないということよね。なら宝石で通せる。
ノヴァ様がリュトヴィッツ家に養子に入る前の戸籍が宝石商だ。あ、殿下もノヴァ様が元宝石商の人間だと知っているからノヴァ様に尋ねているのかも。架空だけどこれを利用すれば……いや、もし殿下に金色の魔石が欲しいと言われてその架空の宝石商から用意すれば詐欺罪になる可能性が……他に何か方法は……
あれこれ切り抜ける方法を悩ませていると、ノヴァ様が口を開いた。
「……殿下はこれが欲しいのですか?」
「……欲しいと言ったら用意してくれるのか?」
「誠に申し訳ありませんがご用意できかねます」
「ほう……それは何故」
私はノヴァ様と殿下のやり取りをハラハラとした気持ちで見ていた。
「ディアナ様の身に着けている金色と同じものを身に着ける人物をこれ以上増やしたくないからです」
……! え、それってどういう……
「増やしたくないとは……もしや貴殿は」
「ええ、ディアナ様をお慕いしています」
……!
今、お慕いしているって言った……? 聞き間違い……?
「……ふ、はっきり言うとは、私を牽制しているのか? 私には正式な婚約者がいるのだがな」
「その割には……いえ、殿下というよりも……」
ノヴァ様はアンリを一瞥した。目が合ったアンリは驚愕に目を見開いている。
「もう一度言いますが、ディアナ様に想いを寄せているので同じ色のものはご用意できません」
ドクンと心臓が高鳴る。胸が苦しい。顔から火が出たみたいに熱い。
……ノヴァ様も、私と同じ気持ちだった……?
ノヴァ様を見上げる。
私の視線に気づいたノヴァ様が私を見下ろす。少し驚いた顔をして、そして愛しい人に向けるような笑みを浮かべた。
そんな表情を好きな人に向けられたらもう取り繕えない。耳まで真っ赤になっている自覚があった。
空気が固まった気がした。
驚きに身を固くしていた殿下が何かを呟いた気がするけど、私の頭の中はノヴァ様でいっぱいで聞き取れなかった。
「……見事に見せつけたな」
笑い混じりのハルトさんの声で我に返る。いつの間にか殿下たち一行はいなくなっていた。
え、私どれくらいぼうっとしていたの? 殿下に挨拶したっけ?
「ディアナ様に好意をもつ者が多すぎて形振りかまってはいられなかったので」
「ははは、だからといって公開告白は凄いな。つか一人異様に絶望している奴がいたが、リュトヴィッツ殿はベリエ公子の気持ちを知っていたからああ言ったのか?」
「それだけではないですが、そうですね。このパーティーの間、あの者の強い視線を常に感じていたので」
「ほう」
ハルトさんが私に目を向けた。
私は気まずくなりながらも、明かした。
「ま、前に、その……告白を、されまして……」
「ああ、だからか」
「でも婚約できないとその場でお断りしております」
「まぁ、そうだよな。ディアナには結構な事情があるから仕方ないよな……て、リュトヴィッツ殿、どうかされたのか?」
ぱっと見上げると、ノヴァ様は遠くを不安げに見つめていた。
「はは、気にすることはない。公爵家の子息なんだ。相手も引く手数多だろうし、若いから気持ちも時間が経てば切り替えられるさ。それより、婚約はいつするんだ?」
「え、婚約……?」
婚約と聞いて気が沈んでくる。ノヴァ様が私を好きだと知って天にも登る気持ちなのに、障壁がある。リュトヴィッツ家の養子の条件でそれは無理な話なのだ。
「まだディアナ様の気持ちを聞いていないので。ですが早い方が良いですね」
ノヴァ様の長い腕が伸び、私の右手首を取った。
ノヴァ様は少し前屈みになり、私の袖口から覗いた黒い魔石のブレスレットにノヴァ様の唇が当たりそうになる。
「ディアナは俺をどう思っている?」
「っ……」
口調を変え、低くなった声で、上目遣いで見つめられる。その威力に心臓が破裂しそうだ。
熱を帯びた瑠璃紺の瞳に、私は溢れ出しそうな想いにもう抗うのをやめた。
「わ、私も、お慕いしております……」
ノヴァ様の目元が和らぎ、瞳に光が宿る。
「ではジュードに許しをもらって来ても?」
許しをもらってくる……? それは……婚約の、で、合ってる……? でも条件は……?
「で、でも養子の条件は……」
「ああ、それなら問題ない。抜け道がある」
「そ、そうなん、ですか……それは、良かったです……」
頭がぐるぐるしてしどろもどろだ。
どうしよう。顔が熱い。嬉しすぎて泣きそう。
私の様子を見て笑みを浮かべたノヴァ様は、トドメにブレスレットにそっと口づけた。
どうやら一部始終を見ていた貴族がいたようで、そこかしこから小さな悲鳴と驚嘆の声がする中、ハルトさんの「俺は何を見せられているんだ?」というため息混じりの声が聞こえた。
私はそこからどうやってパーティーが終わったのかも、どうやって自室に戻ったのかも、ついぞ思い出すことはなかった。
長くなりましたm(_ _)m
次回は2/24(火)に投稿致します。




