191.お兄様の婚約パーティー(9)
リリアの側には当然だけど殿下がいた。そしてその後ろには護衛のリュシアンとすまし顔のミヅキ。
「ごきげんよう、王太子殿下、リリア様。ようこそお越しくださいました」
退散したい気持ちをぐっと抑えて丁寧にカーテシーをして挨拶をする。
「そのドレスとても素敵ね。まるで夜空に輝く星みたい、デザインはとても斬新だけれどディアナだからかしら、とても洗練されていて完璧だわ」
リリアが桃色の瞳をキラキラさせて称賛してくれるので、嬉しくて頬が緩んでしまう。
「ありがとうございます。リリア様は春の妖精のようで紫がとてもお似合いと存じます」
いつもの砕けだ口調ではなく、公の場であるのとリリアは王太子妃になるので丁寧に接する。
リリアは紫が似合うと言われたのが余程嬉しかったのか、大きな目がさらに大きくなって今にも零れ落ちそうだった。
シルクをふんだんに使ったラヴェンダーよりも淡い色合いのプリンセスドレス。レースや宝石、造花などの装飾や細工がとても凝っていて妃に相応しくとても華やかだ。リリアは王太子妃を約束されているからその身に紫を身に着けることを許されている。
「一人か? そなたの婚約者候補筆頭のマクファーレンは今宵のパートナーではないのか?」
振り向いて目が合った瞬間から固まっていた殿下が口を開いた。
「ええ……まだ正式に決まっていないので」
「決めるつもりはあるのか?」
殿下がさり気なく確信をつく一言を放った。ポーカーフェイスが揺らがないように扇を持つ手と体に力が入る。
「もちろんですわ」
殿下の紫の瞳を見て言うと、殿下の片眉がわずかに上がった。
「お父様から聞いたわ。ディアナと義姉妹になれるかと思っていたのになれないだなんて……婚姻は家同士の取り決めだから仕方がないとわかってはいるけれど、お兄様が不憫だわ。近頃のお兄様、ずっと心ここにあらずなの」
ドレスを褒めてくれた時と打って変わってリリアの声のトーンが落ち、とても悲しげだ。アンリの様子が変なことに私は心当たりがあるけれど、アンリの様子を聞くと今まで通り幼馴染として接するのはやっぱり難しいのだろうかと落ち込んだ。
「あら……ディアナ、そんな顔をしないで。ディアナだって家の事情で領地の貴族を選ばないといけないだなんて可哀想だもの。私が王家に嫁ぐことになったし、ノア様は擁護派と結んだから領主貴族家の力の均衡を保つためにはディアナは侵略派に嫁ぐしかないもの。ヴィエルジュ家はそれは何としても避けたいはず。なにせヴィエルジュ家は公爵家に負けないくらい力があるから」
珍しくポーカーフェイスが崩れた私が、アンリと婚姻を結べないことに落胆しているとリリアは捉えたようでヴィエルジュ家の事情を慮るように言った。
でも言葉の節々にはリリアの余裕が感じられた。
自分が殿下の婚約者に選ばれたばかりに、私が兄であるアンリと婚姻を結ぶとベリエ家の力が強大になり、そのせいで力の均衡が崩れてしまうからアンリと婚姻できないことが可哀想。我がベリエ家を避けると中立派の中で婚姻を結べる領主貴族家はおらず、残るは侵略派しか相手がいない。それなら領地の貴族を婿養子に迎えた方がマシ。でも高位貴族である領主貴族と縁を結べないのは可哀想、と言っているように捉えられる。
殿下のせいで私はリリアの脅威にもなっていたから嫌味を言いたくなるのもわかるけど、我が家としては始めから領主貴族家との婚姻を考えていないのでノーダメージだ。
「難儀だな、ディアナ嬢。銀月姫と称されるディアナ嬢が領主貴族家に嫁げないのなら、嫁ぎ先は王家か中流階級しかない」
リリアがピクリと反応する。
「ええ、ですから領内の貴族の中から婿養子を取るのです」
だから難儀でも何でもないんだってば。はぁ、波風立てるのはやめてほしいわ、せっかく婚約者がリリアに決まったんだから。
「そもそも何故婿養子なんだ」
「……お父様は私を溺愛しているので嫁がせたくないのでしょう」
恥ずかしさを堪えて貴族たちがそう噂していることをそのまま伝える。
「ふ、あのヴィエルジュ殿が政略よりも娘を取ると? 冗談だろう」
「殿下と一緒でお父様も冗談は言いませんわ」
ただ殿下と違って冗談を言わないことで強引に物事を進めるようなことはしない。私に決める権利を与えてくれる。
「……」
私はしばし殿下と見つめ、いや睨み合った。
そしてフイッと紫の視線が外される。
「……ああ、そうだ、紹介しよう」
殿下は何かを紛らわすようにそう言って背後にいた人物を促した。
殿下の珍しい態度に訝る。相手が私ではなく他の貴族だったら都合が悪くなって逃げたと思われ殿下の評価が落ちてしまうのでは、と思った。
「かの有名なSランク魔法使いのミヅキ殿だ。ミヅキ殿、彼女はヴィエルジュ辺境伯家のディアナ嬢だ」
紹介されたので気持ちを切り替える。でもまさか自分の分身に挨拶する日が来るとは。
私は笑いそうになる口を一度結んだ。
「初めまして。ディアナと申します。ご活躍は聞き及んでおりますわ」
『ありがとうございます。こちらこそ、私のような者が国一番の美貌を誇る銀月姫にお会いできとても光栄です』
2号扮するミヅキが丁寧にお辞儀をした。きっと笑いを堪えるために顔をリセットしているに違いない。
「お兄様にミヅキさんが招待されると聞いたときは驚きました。ですが私も実際にお会いしてみたかったので依頼を出された殿下にはとても感謝しております。ミヅキさん、色々とお話を窺っても?」
『もちろんでございます』
そうして何の茶番なのか、私とミヅキの中身のない会話が始まった。
次回は2/9(月)の22時以降に投稿致します。




