189.お兄様の婚約パーティー(7)
ノヴァ様に魅了されている夫人を見てマクファーレン伯爵が軽く咳払いした。
「エルガファルは長閑で過ごしやすいところだが、近頃活気づいているように思える。やはり当主が若くて容姿が優れていると皆浮き足立つものかもしれないな。あちらの夫人とは仲良くしているのか?」
ピクリとこめかみが動く。あの嫌味を吐き出す口を魔法で閉ざしてしまいたい。
「いえ、私はリュトヴィッツ邸には滞在していないので。活気づいたのはおそらく新事業を展開するからでしょう。大豆という新しい品種の豆の生産に成功したので、エルガファルをさらに発展させることができればお世話になっているヴィエルジュ家に恩返しができると思っています」
ノヴァ様は顔色を変えず淡々と、でも丁寧に応えるので、私は振り上げた拳を下ろした。
ちょっと余談なんだけど、丁寧な話し方をするノヴァ様って、なんか良いのよね……普段の神様っぽい話し方もすごく好きなんだけど、ギャップって言うのかな。うん、どっちも良い。
マクファーレン伯爵が「ほう……だいず」と呟いた。その目は、なんだ豆か、と言っているように見えた。
「今日この場をお借りして大豆を用いた料理をあちらで提供しているので、よければ味見をどうぞ。ヴィエルジュ家の方々にも大変ご好評を頂きまして、こちらのヴェルソー公子も大変気に入っておられます」
「っ、そうか、公爵家の者が……それなら私たちも頂くとしよう」
伯爵はハルトさんがいつの間にかおかわりしたお味噌汁を食べているのを見て、「では失礼するよ」と少し焦った様子でユージンとエミリア夫人を料理スペースへと促した。
すれ違いざまにユージンから、「ご体調も問題なさそうにお見受けしますので、今度またお誘いしますね」と妙な圧のある笑顔で言ってきたため、私は「都合が合えば是非」と圧を受け流すようにやんわりと言った。
そういえば、ユージンとは2号を通さずに会うのはこれが初めてだったわ。
ユージンの後ろ姿を見送り、私は静かにため息をついた。
「あの者がユージンか……」
ノヴァ様の呟きが上から降ってくる。
「ディアナは……」
「……?」
ノヴァ様を見上げると、熱を帯びた瑠璃紺の瞳が私を射抜いていた。
心臓が高鳴る。
「ディアナは俺と……」
右手首のブレスレットがチリ、と音を奏でた。
ノヴァ様と……?
見たことのない視線を受けて期待で胸が膨らむ。
そしてノヴァ様が再び口を開こうとした時――
「――こんばんは、ディアナ様」
期待に満ちた空気が強制的に消された。
顔を前方に向けると、もう一人の婚約候補であるクライヴだった。
「…………ごきげんよう、メレディス様」
盛大に溜息をつきたい気分だった。
クライヴも両親を伴って私に挨拶をしに来たようだった。両親が息子のアピールをしてくるので適度に相手をしたり受け流したりして終わらせたのに、間髪入れずに今度はシリル・リンフォードも両親を伴って挨拶に来たものだから、あしらいたい気持ちをなんとか抑えて適度に相手をして終わらせた。
そうするのは、この場にいるほとんどの貴族が私の婚約候補があの3家だと知っているから、きちんと相手をしないとあの3家と婚約するつもりがないように映ってしまう。
ノヴァ様もメレディス家とリンフォード家に遮られたからか、私が「先程は何を言いかけていたのですか?」と勇気を振り絞って尋ねても、「なんでもない」と返されて淡い期待が泡となって消えた。
「やあディアナ、久しぶり」
はあ、また……
うんざりした気持ちで声をかけられた方を見ると、従兄のユーリお兄様が婚約者のレティシア嬢を伴ってこちらに向かって来ていた。
「あ、ユーリお従兄様でしたか。お久しぶりです」
「ちょっと一瞬目が怖かった気がしたけど僕の気の所為かな?」
「気の所為ですわ。ユーリお従兄様たちはもうお兄様たちとお会いになりました?」
「ああ。レティがセシリア嬢と委員会が同じだったんだ。学年は違ったけどよく話していたらしい。レティはこの前学院を卒業したけど、これからは親戚になるってことでセシリア嬢が安堵していたよ」
「それは良かったです。レティシア様、ご卒業おめでとうございます」
「……あ、ありがとうございます、ディアナ様」
レティシア嬢はノヴァ様に見惚れていたと言うより気圧されていたようで私の言葉にはっと我に返った後、取り繕うような笑みで返した。
先週、学院の卒業式があったそうでお兄様もそれに出席した。殿下が出席するから側近として。学院は日本の大学みたいに前期と後期に分けられているから休みは夏季休暇と冬季休暇の2つなんだけど、進級前は2週間程休みがあるため、今は春休みに当たる。アリエスの月(4月)からお兄様は2年生になり、殿下が生徒会長を務めるため、側近のお兄様も生徒会に加入するらしい。
そしてユーリお従兄様はレティシア嬢の学院卒業後に結婚することになっている。予定では半年後のリブラの月だったと思う。ヴァーゲ領の神殿がリブラ神殿だからね。
この国の結婚式は嫁ぎ先の領地の神殿で行われる習わしだ。黒竜もラヴァナの森の魔獣もいなくなってから南部に避難していた北部の領民が続々と帰領し始めているから、ヴァーゲ領は領主貴族の結婚にお祭り騒ぎになるだろう。
「ディアナは相変わらず皆の注目の的だね」
「あ、きっと珍しい料理を食べているからかもしれません」
ユーリお従兄様は肩をすくめた。
「よろしければお従兄様たちもどうですか? こちらのリュトヴィッツ伯爵の作られた大豆を使った料理で、とても美味しいですよ」
給仕を呼んで2人分のお味噌汁とおにぎりを適当に持って来てと頼んでいる間に、ノヴァ様とユーリお従兄様たちは初めましての挨拶をする。ハルトさんも近くにいたけど料理に夢中でこちらに我関せずだったので挨拶はしていない。ハルトさん、そんなに食べて、朝から何も食べていなかったのかしら。
給仕が運んできたお味噌汁とおにぎりを2人は物珍しげに眺めているので、私が今うちではこのお味噌汁が毎日の朝食になっていることを伝えると、ハルトさんが「は? ズルいだろうそれは」と耳ざとく抗議の声を上げた。
我が家の食卓に並んでいることと、見るからに小公爵が気に入っているということを受けて2人が食べ始める。
お味噌汁を一口飲んだ瞬間、2人は数秒固まった。私はそれを見て扇の下でニマリと笑みを浮かべた。
お味噌汁の沼に落ちた者がここに追加されたわね。
「……これは何を使っているんだ?」
「味噌といって、大豆という豆の加工品です。中の具は豆腐といって、こちらも大豆の加工品となります」
「へぇ……同じものから作られたのにこんなに違うものができるのか」
ユーリお従兄様が興味深そうにしているので、ノヴァ様が「あちらに実物があるので宜しければご説明致します」と言って2人を連れて料理が並んだテーブルの方へ向かった。
次回は2/2(月)に投稿致します。




