180.お兄様は知っていたようです
気持ちが沈んだ状態で家に戻った。
普段なら感情を表に出さないようにできるけど、今は上手くいかない。
私にも好きな相手がいるから、告白を断られた時のダメージが想像できる。自分に置き換えて考えただけでメンタルがやられる。
次に会うのはお兄様の婚約パーティーだ。自分から言ったけど、ちゃんと友人として今まで通りにできるだろうか。
足取り重く3階の自室に入り、ぼうっとしながら帽子や装飾品をゆっくり外していく。
途中でシェリーが部屋に入ってきた。
心配そうに脱ぎ着を手伝ってくれて室内着に着替える終わると、私はシェリーに「しばらく一人にしてほしい」と言い、一人になった私はソファに身を沈めた。
……
しばらく目を閉じていると、誰かが部屋に入ってきた。
一人にしてほしいと言ったのにと思っていると、気配からお兄様だとわかった。
目を開けて起き上がる。
「……お兄様、どうしました?」
「使用人たちからディアナの様子が変だって聞いたから様子を見に」
隠しきれていなかったか。
「話しかけても上の空だったって」
「そうだったのですね、全然気がつきませんでした。後で謝らないと」
お兄様はクスリと笑い、私の隣に腰を下ろした。
「アンリと会ってきたんだよね? 何かあったの?」
「……」
さっきのことを思い出して俯く。
「……話したくないなら無理に聞かないけど。まぁ、大方の検討はついているけどね」
顔を上げてお兄様を見た。翡翠の瞳は物事を何でも見透かすかのように透き通っている。
「告白でもされた?」
驚きで目を見開く。何かアンリから聞いていたのだろうか。
「……はい。でも、お断りしました」
「そっか」
「お兄様はアンリの気持ちを知っていたのですか?」
「まぁ、そうだね。アンリのディアナを見る目は他と違うし態度も学院の令嬢たちとは違うから、そうなんだろうなって。殿下も気づいているんじゃないかな」
「え」
「でもただ気づいていただけ。特にアンリから相談されたわけじゃないし。されていたとしても、アンリと婚姻を結べないのはディアナの事情からわかりきっていたことだから結局何もできないしね」
私の月属性という稀有な力を利権のために使われないようにするためにはヴィエルジュ家の傘下の貴族から婿をもらうしかない。そういう事情が私にはある。
「……そういえば、朝何か言おうとしていませんでした?」
「ん? ああ……タイミング的にきっとアンリはディアナに告白するだろうなと思っていたからあの時すぐ察したんだ。だからディアナに『自分の気持ちを優先して』って言おうとしたんだけど、でもあまり余計なことを言わない方が良いかなって」
「そうだったのですね……」
でもやっぱり言った方が良かったのかな、とお兄様はボソリと呟いた。
「なんでですか?」
「いや……ディアナがそんなに落ち込んでいるのは、もしかしてアンリのことが好きだったのかなって」
「あ、いえ……アンリのことはもう一人の兄みたいな存在なので……」
「あ、そうなの? じゃあやっぱり言わなくて正解だったね。ならどうしてそんな暗いの」
「……ちょっと、自分に置き換えてみたらあまりにも心苦しく感じてしまって」
お兄様はきょとんとした。
「自分に置き換えたらって考えるんだ、ディアナは。僕はしないなぁ。キリがないし」
「……」
お兄様はめちゃくちゃモテるから告白なんて日常茶飯事。断る時にいちいち相手の気持ちを汲み取ることはしないってことで合ってるかしら。
「目が座ってるよ」
「お気になさらず」
お兄様は肩をすくめた。
「だったら何かに没頭して気分転換をしてみたらどうかな。ほら、夕刻にはリュトヴィッツ伯爵が到着するんだから、そんな顔で出迎えたら失礼だよ」
私ははっとした。
そうだ、ノヴァ様が来るんだった。確かに気持ちを切り替えないとだわ。
「そうですね、そうします。お兄様、ありがとうございました」
お兄様は「じゃあ、ここで一緒に昼食にしようか」と、何が「じゃあ」なのかわからないけど私はシェリーを呼んで2人分の昼食を持ってきてもらうよう頼んだ。
昼食後、私はお兄様を部屋から追い出しさっそく没頭するものに取り組んだ。
没頭することといえば私の場合は冒険者業だけど、今はギルドとローレンの森には行けない。でも私にはお兄様の婚約パーティーまでにやるべきことがあった。
大豆の加工に必要な魔道具作りだ。
一度転移で領地に帰って取り掛かろうとしていたけど、ノヴァ様との通信で魔石が確保できたとのことで王都に来る際に持ってきてもらうことになったのだ。なのでここで一気に進められる。
まずは一番必要な醤油ね。えっと確か……蒸す、炒る、麹を作る、発酵と熟成、圧搾、火入れ……だったかな。
前世の私は食品会社の経理で働いていた。醤油やみりん、めんつゆ、豆乳とか味噌とかを主に扱っていて、新人研修の時に原材料からの加工過程を習ったり工場にも行って学んだことがあった。意外と覚えているものね。
私は研修時の工場見学を頭に浮かべて、醤油のそれぞれの加工工程の魔法をスキルで創った。今後のためにも魔法陣を書き記しておこうと考え、羊皮紙にコピペの魔法でそれぞれ転写していった。
これで醤油は完成。あとはノヴァ様が用意した魔石に付与して魔道具に加工するだけだから、他の加工品の魔法も創っちゃおう。
そして働いていた会社で扱っていた調味料の加工工程の魔法を創ったり羊皮紙に転写したりを終えた後、豆腐に取り掛かったところでシェリーが部屋の扉越しに私を呼んだ。
「ディアナ様、リュトヴィッツ様がご到着されました」
その名前を聞いて熱中していた手を止め、「すぐ行くわ!」と、姿見で身嗜みを整え部屋を出た。さっきまでのどんよりとした気分が嘘のようになくなっていた。
次回は12/22(月)に投稿致します。




