179.告白
「……好きだ、ディアナ。俺と婚約してほしい」
胸の中のぐるぐるが激しくなってくる。それに耐えようと唇を結んだ。
「急にごめん。でもまだ決まっていないのなら言っておきたかった」
「……」
アンリは幼馴染で友人だ。それは昔も今も変わらない。変わりたくない。
前世の私は誰かに告白されれば、その人が私の孤独を埋めてくれるならと了承していた。
けれど今の私は違う。ぽっかり開いた穴は家族がいることで満たされ、使命を与えられ達成することの充足感を知り、初めての恋をしていることで新たな自分を発見したりその感情に戸惑ったりと、今まで経験してこなかったことを経験している。
今ならわかる。前世の私は勇気を振り絞って告白してきた相手に対してもの凄く誠意のないことを、残酷なことをしていたんだと。
だから今度はちゃんと応えないといけない。アンリが気持ちを伝えてくれたなら、私も気持ちを伝えるべきだ。
私は呼吸を深め、胸の中に渦巻くものを鎮めていった。
そしてアンリの目をまっすぐ見据える。
「……ありがとう。アンリの気持ちはとても嬉しい」
「だったら――」
「でも、ごめんなさい」
確かな声で言う私に、言葉を遮られたアンリは目を瞠った。そして怒りにも似た悲しみが青藤の瞳に宿る。
「……家の決めたことに従うしかないのか?」
「? いえ、お父様は私に決める権利をくださるわ」
「だったらディアナが父親に婿養子を取りたくないと言えば良い」
ああ、あの3人に勝手に決められていると思っていたのね。でもそうじゃないのよ。
「婿養子を取ることは私も賛成なの。でもまだ私が候補の中から決めないのは……他に好きな人がいるから。だからアンリの気持ちには応えられない。アンリはベリエ公爵家の次期当主だから、婚約もできない」
「……は?」
アンリが息を含んだ声を出し、信じられないとでも言うような顔をした。
「……好きな人って、誰だ?」
アンリの声が震えている。
「ごめん、誰かは言えない」
お母様にはバレていると思うけど。でも、恋が実ることはないに等しいから胸の内に秘めておきたい。
でも、こうしてきちんと気持ちを伝えてくれたアンリには曖昧に応えることはできない。友人としてしか見れないこと、他に好きな人がいることや婿養子は確実に取ることを明かした方が良い。アンリが前に進むために。
アンリの青藤の瞳には絶望のような暗い影が宿っていた。
「……ユアンではないよな?」
「ええ、それはないわ」
「……」
だいぶ的外れなことを言っているのでピシャリと言い放った。アンリは一瞬安堵した表情を見せたけれど、すぐにまた険しくなり、雰囲気も重苦しい。
「……俺が知っている相手か?」
気になるのだろう。でもその声に力はなかった。
「どうかな……」
「領主貴族か?」
私は首を横に振った。
「……領主貴族じゃ、ない……?」
アンリが呆然としたような声音で言い、そしてゆっくりと私から顔を逸らした。そして前屈みになり俯く。俺が次期公爵だから婚約できない? という呟きが聞こえた。
私はアンリを見ないようにした。自分にも起きるかもしれなこの絶望のような姿から目を逸らしたかった。
この空気をどうしたら良いのかわからない。いくら恋愛小説を読んでも、あまり役に立たないなと感じた。
アンリがため息をついた。
「……結構長い間ディアナを想ってきたから、ディアナが俺をもう一人の兄としてしか見られていないのもわかっていた。ディアナは鈍いところがあるから気持ちを伝えれば振り向いてくれると思っていたが……は、まさか俺の身分が邪魔になっているとは……」
ポツポツと話すアンリの声音には自嘲が混じっていた。
私は今までの関係を崩したくなかった。
「応えられないけれど、アンリとはこのまま距離をおきたくない。今まで通り友人として接することはできる?」
自分の未来への願望を込めて、恐る恐る尋ねる。
「……そう言ってくれるのは助かる……でも俺はすぐには諦められそうにない。気持ちの整理がつくまでまだ想っていても良いか?」
「……ええ」
「ありがとう……」
アンリが前に屈んでいた体を起こしベンチに背中をつける。
私はゆっくりとアンリに顔を向けた。アンリの瞳は睫毛で伏せられて見えない。
「伝えてくれて、ありがとう」
アンリが微かに頷いたのがわかった。
「……用事は終わった。ディアナはもう帰って良い」
「……わかった」
私は顔を湖に向け一度目を閉じ、また開く。
そしてすっくと立ち上がった。
「じゃあ、またお兄様の婚約パーティーで」
笑みを浮かべなるべく明るい口調でそう言い、馬車停めに向かっていく。振り返りそうになったけど、思いとどまった。
次回は12/16(火)に投稿致します。




