178.アンリ
魔塔から帰った4日後の朝。
夕方にはノヴァ様がこっちに到着するって思うと私は朝からウキウキだった。けれど、その前に用事を済ませないといけないことがある。
アンリからの手紙で休日に妹のリリアへの婚約祝いに贈り物を選ぶのを付き合ってほしいと誘われたのだ。
まだ渡していなかったのかと疑問に思ったけど、そう言う私も色々バタバタしていて渡せていなかった。ヴィエルジュ家として王家に婚約祝いを贈りはしたけど個人としては用意していなかった。なので今日の午前中に貴族街でアンリと会う約束をしている。
先日のパーティーでは素っ気ない態度をとってしまったので、それは良くないと気持ちを切り替えて今日は幼馴染としていつも通り接しなければと思った。
日課の鍛錬で汗を流し、入浴と朝食を済ませた後シェリーに手伝ってもらいながら外出着に着替える。
髪を整えてもらっている時、鏡台に綺麗に並べられたいくつかの髪飾りの中に月祭でアンリに買ってもらったラピスラズリの髪飾りが目に入った。けれど私はそれを付けることのなく服と同じデザインの帽子を被った。
部屋を出ると、お兄様と廊下でばったり会った。
お兄様は訓練着のまま――私の鍛錬が終わった後もお兄様は別メニューをこなしていた――肩にかかったタオルで顔の汗を拭いていた。それがとても爽やかで眩しい。
「もう行くの?」
お兄様には今日アンリと会うことを伝えてある。
「護衛をまかないようにね」
「まくなんて、そんなことしないですよ」
お兄様は肩をすくめた後何かを言いかけてやめ、そして「じゃあ、気をつけてね」と微笑み、自分の部屋に向かっていった。
私は怪訝に思いながらも、約束の時間が迫っていたためその背に声をかけることはしなかった。
馬車で貴族街まで送ってもらい、徒歩で待ち合わせ場所である中央広場に向かう。外は生憎の曇り空だけど暖かな風がそよそよと吹いている。
中央広場の英雄像の前には既にアンリが待っていて、長身痩躯の美男子がアンニュイな雰囲気でいるものだから行き交う女性たちの視線をかっさらっていた。しかも身分がベリエ公爵家の子息だから目立つことこの上ない。
私は気持ち帽子を目深に被って近づいた。
アンリが私に気づく。
少し暗く、また心做しか緊張しているような雰囲気を漂わせていたアンリの顔が安心したように口元が綻んだ。
「来てくれて良かった」
まさか私が来ないとでも思っていたのかしら。あ、先日のパートナー役を断ったから? 了承すれば約束をすっぽかすなんてことしないのに。
いつもと様子が違うアンリに戸惑いを覚えた。
そしてふとアンリから微かに魔獣の魔力の気配がした。
……魔獣から採取した素材でも身に着けているのかしら。
加工したてだとまだ魔獣の魔力が微妙に残っていることがある。革製品とか特に。
アンリの服装を見るに革は靴とベルトくらい。ズボン辺りからわずかに魔力が感じるからベルトが魔獣の素材なのかも。
私は気を取り直して「まずはどこに行く?」と尋ねた。
「とりあえず適当に歩いて良さそうな店があれば」
私は頷き、そして数多くのお店が建ち並ぶ通りへ向かって一緒に歩き出した。その時、アンリの腰にさりげなく下げられた飾り房に気づいた。青藤色の石と銀色の房が歩調に合わせてゆらゆらと揺れている。
月祭であれを選んだ時のアンリの様子が思い出され、胸の中にぐるぐると何かが巡っていった。
雑貨店や装飾店、魔道具店などを見て回り、アンリはリリアに書き間違えたら魔法で文字を消してくれるノートを、私はリリアに似合いそうな可愛らしい桃色のハンドバッグ型空間収納に決めた。
私はこうしてお店を見て回ったりプレゼントを選んだりしている時、領地でのお兄様とセシリア嬢のプレゼント選びにノヴァ様と一緒に過ごした時間を思い出していた。
贈り物は無事選び終わったけどまだ昼食には少し時間があったのでこれからどうしようかってなった時、アンリが「公園に行こう」と言った。
城下にも噴水広場のところに芝の公園みたいなところがあるけど貴族街にも公園はある。高級店が建ち並ぶ通りの一角にあって、紳士淑女の憩いの場となっている。芝が敷き詰められ季節の花が植えられた割と広めの公園だ。湖もあり、そこでボート遊びをする貴族のカップルとかをよく目にする。アリエスの月に入って気温がだんだんと暖かくなり春の陽気が冬の冷気を追い出すと、公園を利用する者も増えてきていた。
柵に囲われた湖を見渡せる場所に丁度良いベンチがあった。側の花壇には黄色いチューリップが咲き誇っている。晴れていたらここで眠ってしまいそうになるなと思った。
私はアンリの隣に少し間を空けて腰掛けた。
「……」
「……」
「……」
「……」
しばらく無言が続く。
そよ風で木々の葉や花が揺れる音が聞こえる。鳥の声もそれに合わせるかのようにリズムよく鳴いていた。
そんな中、アンリから緊張のような空気が伝わってくる。
買い物で紛らわせていたぐるぐるとしたものがまたぶり返してきた。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
アンリの声が幾分低い。
「こちらこそ誘ってくれてありがとう。喜んでくれると良いわね」
「ああ」
「……」
「……あのさ」
「うん」
アンリの声が少し掠れて聞こえる。
「もう……婚約者は決まったのか?」
胸の中のぐるぐるが徐々に正体を現してくる。
「……まだ決まってないわ」
決まったって言おうとしたけどやめた。お父様に保留にしてもらっているのに決まったはおかしいし嘘をつくことになるしアンリに対して誠意がないと思った。
「……そうか」
「……」
アンリが顔を上げて私を見る。熱を帯びたその青藤の瞳を見て覚えのある雰囲気を察した私は少し逃げたくなった。
次回は12/11(木)に投稿致します。




