5話 トレイターズ(反逆者)
「ということでなー。ルイは後から追うらしいから、先に行くぞー」
蓄積ダメージが最も多い珠子をダタル村に置いて行き、ある程度回復次第、超特急で後追いするということになった。
浩介一行は馬車に乗り、しばらくはゆったりとした旅路になる。
「改めて、今回ガイドを務めますイクトと申します。本日はよろしゅうございます」
「んな改まって、別にいいだろそんなこと」
「……あぶねーんだ、物理的にも、周りの目的にもね」
「どういうことだよ」
「ダタル村からアルカディアに行くあたって、国の中心に行くんだから兵士が指数関数的に増えるんだよー。ていうかそこの怪物から聞かんかったかー?」
『いえ、私はドレイク山脈に籠って暮らしていたので……』
「なんだインキャか」
『違うわ。だったら山暮らしの桃太郎のお婆ちゃんとお爺ちゃんはインキャだと仰るんです?』
「そうだろー。俺元は都会暮らしだったから分かんねーけど」
『………チッ』
「おい今舌打ちしたよねー!? ねぇ!? おいってば、無言で意味ありげな笑い方するなよ、怖いからー!」
「(ていうかなんで異世界に桃太郎の概念があるんだよ…)」
すっかり一味に溶け込んだ(?)イクト。
彼の素性を知ったとき、二人はどのような反応をするのかは不明ではあるが、少なくとも恩人の彼を蔑むことはないだろう。
「まあさておき、ここからは常に慎重に足を進めなければならない」
「スワームみたいにスケルトンスーツみたいな道具はないのか?」
「あったら使ってるわー。そもそもスワームとロンリーとじゃあ技術力の差がありすぎる」
「技術力?」
「あれ、知らなかったのか?」
『スワーム大共和国は、この黒土という世界において、技術大国と言われるほどにありとあらゆる技術に精通している大国です。その代表例がプラッシュドールですね』
「……言われてみればたしかに。ドルと契約して能力を得るなんて、並大抵の技術じゃあり得ない話だもんな」
「そんな技術を手に入れたいがために、ロンリーはスワームに宣戦したって聞いたなー」
『でもその話は出所が分からない、浮ついたものだった気がするのですが』
「逆にスワームがロンリーを襲う理由がないんだからそうなんだろー? 技術力と軍事力は結びつく関係。地理的にも良好な国土を持ってるし、特段とロンリーを襲う必要性がない。それに、スワームの力に対抗するべく、ロンリーは軍事に一極集中させてなんとか軍事力だけはスワームを上回ったぐらいだからなー。ロンリーの方が動機はしっかりしてるだろー」
忘れがちだが、ロンリー大帝国の軍事力は世界一。そこには怪物たちの力の含まれてはいるものの、それによってスワームの軍事力を優に上回っている。
スワーム側にこそプラッシュドールという異能を操る技術の結晶があるわけだが、プラッシュドールは王族の血統を持つ者か、契約できる素質がある者とでしかその真価を発揮しない。
さらに四聖団という、四天王的な強力な力を持つ、切り札的な四人組がいるにはいるが、怪物と人間が名目上は手を組み、物量で押してくるロンリーには4人では心許ない。
「……思ったんだが。俺、ロンリーの人なら交渉に応じてくれるって片瀬から聞いたからここまで来たんだけどさ」
「戦争をふっかけた側と交渉するのは無理な話ってことかー?」
「そう! 技術が欲しくて戦争してるらしいのに、それを俺たちは止めようとするわけなんだから、ロンリーの敵になるはずなんだよ!」
『でもスワームの上層部は闇だらけ…らしいじゃないですか』
「たしかにそうだけど! 実際、国をまとめてる『サーファ』っていう首相がどんな人となりなのか分かってないし」
「………おいマジかよー」
『さすがに山籠りだった私でも、サーファ首相のプロフィールは知っていますが…』
「いや俺お前たちからみたら異世界人だから何も知らないんだけどね!?」
「そうだな、なら教えておくかなー」
―「サーファ・プロファーム」。スワーム大共和国を束ねる現職の首相。別名「悪魔の政治取り」。
別名の通り、悪魔が地に降りてきたような性格の持ち主である。具体的に言うと、「用済みとなった仲間は即刻公開処刑(絞殺)」、「信頼できる側近ですら心の底から信頼しておらず、過去に3人粛清している」など。
ただそんな人ではあるが、政治の手腕は一品級。戦争開始時点で首相であった「マサシノ」が、自身の一族が作った最高傑作である「プラッシュドール」への研究ばかりしていて廃れてしまった国土を、首相になって一ヶ月で持ち直すという離れ技を披露したぐらいに素晴らしい手腕を持つ。
好物……串焼き。趣味……ビリヤード、読書、映画鑑賞。
「……なんか、スターリンっぽい人だな。好物も趣味も身内に対してやってること含めて」
「すたーりん? 誰のことだー?」
「あー……俺のいた世界における、一応の偉人だ」
『なるほど。でもサーファは、スワームからしたら偉人ですが、他国からみたらそうでもないんですよね。非人道的なところがありますし』
「(だからこそスターリンみたいなんだよな)」
サーファの人となりが分かったところで、浩介は今一度、現在の課題について向き直る。
「それでもやり出しっぺ側のロンリーと交渉なんて、上手くいくのかよー」
『それを言われると……まあ、難しい話ですが』
「サーファがスワームにいる以上、スワームと交渉なんて無理な話だ。ムサシノだったらまだ良かったけどねー、アイツは研究ができれば良いタチだし」
「じゃあロンリーしかないのか……なんか一気に気が引けてきたよ……」
「だーいじょうぶだってー。おやz、じゃなくて俺らの総統はそこまで頭固くないから」
「そうかー? なら良いけどさー」
「(親父呼びは今はダメだって……! 危なかったー!)」
身分を隠し通しながら事を進めるのは、イクトにとってわりかし難しいことであった。
『ていうかそもそもの話、ロンリー兵にバレずにどうやって帝都アルカディアに行くつもりなんです? 帝都はロンリーの中心ってだけあってバレずに入るのは相当苦労すると思いますけど』
「それなー、策はあるんだけどなー。できればこのまま黙って従ってもらえると助かる」
「なんでだ?」
「知らないほうがむしろ事が運びやすいから、かなー」
「……なら良いけど。嘘付くのはやめてくれよ」
「付いてないよー」
嘘である。この男、仕方なく嘘をついているのである。
「(仕方ないだろー! 遠回りするってのは言えるけどさー、帝都に入るとき顔パスで入るって言ったら身分がすぐにバレるだろーがー!!)」
そう。イクトが考えていた策、策でもなんでもないのだが。
それは「とにかく最低限、浩介一行の顔ぶれを兵士に見られないこと」。それを徹底するために遠回りをする。それが策だ。
しかしどう考えても、帝都に入るときだけはそれが叶わない。
帝都アルカディアは、周囲を巨大な壁で隔てた隔離都市。入り口は二つしか存在せず、その二つとも強固なセキュリティである。故に、帝都に入るときだけは兵士に顔を晒すことになる。布などで顔を隠しても、変に疑われるだけなのでそれはダメ。
なので顔パスなのだが。それを今言うと、身分がバレかねない。まあ肝心な「総統の息子であり、将軍」ということはバレないだろうが、少なくとも軍の関係者だと言うことはバレる。それだと信頼関係にヒビが入りかねない。それだけは避けなければならないのだ。
「じゃ、じゃあ帝都アルカディアに向けて、出発ー」
まあバレてはいないのでいいのだが。
兎にも角にも、浩介らを乗せた馬車は人知れずダタル村を出発したのだった。
――――――――――――――
―白紙の魔術師。当時、軍の中で彼はそう呼ばれていた。
白の怪物の遺伝子を取り込んだ彼は、平凡的な実力だったそれまでとは打って変わって飛躍的な活躍、そしてそれ相応の階級を手にした。
白の怪物の遺伝子は偶然手に渡った物だが、その偶然手にしたにしてもあまりに強力な能力は、彼に「国全体を支配したい」という欲望を生み出す最大のきっかけとなった。
―そして彼は軍を裏切った。
裏切った当時、同じ境遇の者たちが集まってできた、軍及び国討伐の組織が設立したばっかりであったため、当然のように彼にも声がかかり、現在はその組織の幹部を担っている。
―彼の能力……それは……
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である。
――――――――――――――
「―トレイターズ?」
「そう。いわゆる暗殺集団、反逆集団だなー」
心地よく揺れ動く馬車の中で、その名が話題にあがった。
どうやら、まんま文字通りの裏切り者の集い、らしい。
「数年前にある一人の男が発起して作られた、能力者だけが集まる組織。総統の暗殺を目的として動いてるんだよ」
「暗殺って……。総統は民衆の反感を買うような悪い事でもしたのか?」
「したんだったら今頃失脚してるか、もう死んでるはずなんだよなー。おやz…じゃなくて、総統はむしろ、長い歴史のあるロンリーにおいて一番聖人と言われるほど良い人なんだよー」
『たしかに……総統についての悪い話なんて、せいぜい何も働かない息子さんのことぐらいですしね』
「うぐっ………そ、そうだなー」
「…? イクトどうしたんだ?」
「あっ……いやー、別に。特に何も大丈夫、元気ばっちしだよー?」
「あ、そう」
その息子さんは目の前にいるのだが。それは二人は何も知らない。
とまあ。そのような会話をしているうちに、突如として、揺れていた馬車の動きが止まり、その慣性で三人の身体が大きく揺れ動いた。
「どうしたんだ?」
浩介が馭者に訊ねると、馭者は前方を指差した。
「ま、前が……っ!!」
「あ? 前……―な、なんだぁ、あれ!?」
戦慄を覚え、上手く言葉が出ない馭者の指す前方に目を向けると、そこには信じ難い光景が広がっていた。
「た、たすけて………」
「燃える……死ぬ……」
「………………」
喋る焼死体、いや半焼死体というのか。
燃え盛る炎で皮膚が溶け落ち、自身の生肉が見えている人々が、まるでゾンビのように呻き声を上げ、次々と倒れていく光景。
「……っ、なんだよ…これ……」
「ここは、たしか集落があったはず。誰かに襲撃されたのか」
「ひとまず助けないと!」
馬車を急いで降り、燃え盛る集落の中へと突っ込んでいく。
幸いな事に、炎の能力者である浩介は、炎による火傷などは度外視して行動が可能。そのため、倒れている多くの人々の中から、唯一息がある人物を素早く探し出し、外は逃すことに成功した。
「大丈夫か……?」
「大したことはないです。とにかくありがとうございました……」
『ちなみにこの集落で何が起きたか聞いても…?』
「それは―ひぃっ!? か、怪物っっ!!」
「大丈夫です大丈夫です! 私の仲間ですから!」
「そ、そうですか……てっきり奴らの仲間かと……」
「―奴ら?」
「……トレイターズです」
「『「っ!!」』」
「トレイターズの幹部がなぜかこの集落にやってきたんです」
「一体なぜ……」
「分かりません。一人で襲撃に来ていたので尚更…」
「この集落全体の大火災を、たった一人で……?」
村民は項垂れるように頷く。そしてここで起きた惨劇を思い出したのか、一瞬で顔が青ざめ、その場で膝が崩れてしまった。
「おい大丈夫か!?」
「―トレイターズはそんな奴らの集まりなんだよー……。この集落の例みたいに、連携はあまり取れないけど個々の実力は高い。少数精鋭のバケモン集団なんだよー」
『と、とりあえずこの方を安全な場所に避難させましょう』
その場から立ち上がれない村民の肩を持ち、ひとまずはこの場から離れる。炎の魔の手はどんどんと集落全体を呑み込んでおり、この場ではあまりに危険すぎる。
ひとまず馬車まで引き返し、村民を横に寝かせ、改めて状況を伺うことに。
「奇襲だったんです」
「奇襲? そりゃあまあそうでしょ」
「あ……違うんです。本当に奇襲なんです」
『奇襲に何か違いでも?』
「はい。この襲撃の一番最初の攻撃を受けた際、その攻撃を放った人物は誰一人も見えなかったんです」
「誰一人も……? 物陰とかに隠れていた、とかじゃなくてか?」
「この集落周辺は見ての通りまっさらです。物見台から常に周囲は監視していますし、誰かが近づいてきたら即座に全体に伝わるはずなんです。でもそんなことは知らされず、いきなり集落のあちこちで爆破が同時に起こったのです」
「でも襲撃したのはトレイターズの誰かって分かったんだろ?」
「その後本人が顔を出して、その顔が指名手配されていた人物と合致していたので」
つまりはこうだ。
誰も襲撃犯の初撃を見ることはなく、それでいて一斉に集落の各地で爆破が起き、それに誘発されて大火災が発生した、ということ。あまりにも可笑しい話だ。
「……ダメだ訳分からん」
『そう簡単に諦めないでください、帝都に向かうためにも近場にいるであろうトレイターズの一味は倒しておかないと』
「そうだなー、俺でもトレイターズの相手は骨が折れるし。おそらくは俺たちを襲ってくるだろうからねー」
『してその根拠は?』
「んー、なんとなく」
実際は、イクトが総統の息子、という理由なのだが。ここで本人から言うことはないのでここで記載しておく。
「なー、アンタ、襲撃犯の顔見たんだろー? それが指名手配されてる奴と同じなら、ソイツが載ってる紙に名前が書いてるはずだと思うんだがー? 名前さえ分かれば能力のアテは付くんだよー」
「言われてみればそうですね……」
村民が頭を捻って、自身が見たであろう指名手配犯が記載された紙の内容を思い出す。
やがて手をポンと叩き―
「思い出しました!」
「おっ……で、どんな名前ー?」
「それは―」
村民が、指名手配されたトレイターズの襲撃犯の名を口にしようしたその瞬間。
その名の一文字目の発音が村民の口から発せられるその直前だった。
「たしかr―」
突如として村民の首元からスッと現れた巨大なナイフが、名前を発するより先に村民の首を切断したのだ。
「っっっっ………!!!? をぉぉえぇぇっ!!?」
「千布浩介、見るなよ。これはお前には見せられないからなー」
咄嗟にイクトが浩介の視界を自身の身体で覆ったために、浩介は、生首が自身の膝下に落ちた村民を見ることはなかった。
ただ視界を覆われる瞬間に見えてしまったもの。具体的には、血飛沫や首の切断面、そして首を切られた瞬間の村民の目。そのようなショッキングな内容を脳内で再生してしまったことで、浩介は図らずとも込み上げてきた吐き気に逆らえず、喉から嘔吐物を吐き出してしまった。
「……心の怪物。今の千布浩介の精神状態なら、能力は使えるかー?」
『え、あ、はい。なんとか』
「なら俺が死体の処理を終えるまで、精神世界に連れ込んでくれるかー」
『いやでもどうやって出れば―』
「やり方は知ってるから、他の方法を」
『え……なんで貴方が?』
「いいから、今はそれどころじゃないでしょー?」
『………分かりました』
心の怪物が軽く唱えると、浩介は痙攣を始め、そのまま精神世界に連れ込む。
意識が精神世界に行った浩介と心の怪物をよそに、イクトは村民の千切れた二つの肉塊を持ってそのまま近くの木の元を掘り始めた。埋葬をするためだ。
「(集落の同時爆破。そして今みたいな特定の誰かに対する明らかに狙った攻撃……。事前に仕込んでいたとしか思えないけどー。それが可能な能力を持った奴がトレイターズにいたっけか?)」
村民の首が切断される寸前、村民はなんとかr行の言葉を発していた。ラ行から始まる人物であることは分かるのだが、それだけでは特定が難しい。
しかし集落の襲撃と村民の始末の仕方から見るに、敵は予め何かしらの物に何かを仕掛け、タイミングを見計らって爆破をする。そのような事ができる能力を持った者だと推察できる。トレイターズに属するものは皆能力者であるため、単にスイッチで起爆させるタイプの爆弾で爆破したとは考えにくい。というかそれだったのならば、村民の殺害方法に示しがつかない。なにせ虚空から現れたナイフで首を斬られているのだから。
「(虚空から物を生み出す能力……? いや、そうだったら今頃俺たちもナイフで斬られてやられてるはずなんだよなー。……………ん?)」
物を生み出す能力。そう自身で言った言葉に、時間差で疑問を持った。
「(生み出す、というより、いきなり現れる……。だって普通気づくレベルのサイズだったナイフに誰一人斬られるまで気づかなかったし……。何かを介してそこから現れるんだったら気づくことはまだ無いかも―)」
そのとき、イクトの脳内で電流が走り抜けるかのような閃きに襲われた。
そう。虚空から物を生み出す、というのは何かしっくりこない。しかし、何か起点になる物から事象や物体が現れる、としたら?
誰一人近付いていない集落で爆破が起きたのも、気づけるサイズのナイフで村民の首が斬られたのも。それが真相なら割としっくりくる。
「(―既に俺たちの情報はあっちに伝わってるってことかー……)」
心の中で、半ば諦めのような呟きをしたのち、イクトは埋めかけていた村民の死体の生首の方を持ち上げる。
「……たしか首元からナイフが飛び出たんだっけかー?」
あのときに首を斬ったナイフが現れた首元に視線を向ける。
というか、普通変なのだ。首元からナイフが出るなんてそんな本来気付くであろうことに、村民本人、誰一人として気づかないなどあり得ないのだ。
位置的に見えなかったとかでも、一人が見えなくても誰かは見えるはずなのだ。
―じゃあなんだ? ナイフはどこから現れたのか??
その答えこそ、敵の能力である。
「……はぁ、やっぱりそうだよなー。気づけば良かった、本当にすまないねー……」
村民の首元にあったもの。それは紙だ。小さく折られた紙が首元にさりげなく貼られていたのだ。
「紙から物を取り出す能力ってところかな……」
首元に貼り付いた紙を剥がしながら、イクトは周囲を見渡す。
目についたのは燃え盛る眼前の集落だけ。きっとあの集落の惨状も、この村民と同じように、紙の中から出てきた爆弾が一斉起爆したことで起きたものなのだろう。
「紙……か」
もちろん、アテはある。
「ただ―」
問題なのは、ここで自身の面をトレイターズの一員に晒してしまうことだ。
トレイターズは先も言った通り、大総統の暗殺を目的として動いている組織。この小さい集落で襲撃があったのも、「大総統の息子がこの辺りにいる」という情報を掴んだからだろう。
だがそれはまだ、トレイダーズ側からしたら数ある情報の内の一つであり、絶対にいるという確信の情報ではないのが現状だ。
もし、周辺にいるトレイターズの一員に自身の面を見せようものなら。その時点で、その情報は不確定の物から確定に変わり、トレイターズの本丸に伝わってしまう。その場合、何千ものトレイターズの強者が、イクトの捕縛目当てにコチラに襲来してくるだろう。
「二人に任せるかねー……心配だけど」
イクトは村民の首を掻っ切ったそのナイフを手に取り、しばしそれを見つめていた。
―今自分がするべきこと。それはトレイターズに自身の存在を察知されないことだ。
だとすれば、自身が今すぐにすることは決まっている。
「……やるか」
イクトは意を決して、手に取ったナイフで自身の左腕を切り裂く。
赤黒い鮮血が宙を舞い、それに伴った激痛にイクトは奥歯を噛み締めるが、イクトはその光景を目にもせずに、今度は自身の身を近くにあった池へと放り投げた。
「心の怪物! 聞こえてるかー!」
『うぇっ!? なんでそっちから声が聞こえるんですかっ!!?』
「そんなことはどーでもいいから! さっき言った精神世界からの手段を教える! ―とりあえず俺と千布浩介に意識を向けろ!」
『は、はい!』
心の怪物は、言われるがままに二人へ意識を強く向けた。
すると驚くことに。
浩介の意識は精神世界から元の身体へ、そして、心の怪物の意識も元の身体へ帰還したのだ。
「あ……? 俺は……」
『え、な、なんでっ……?』
「お前の精神世界はなー、二人しか入れないが逆を言えば三人目を入れようとしたとき、その世界が強制的に崩れる仕様なんだよー!」
『なんで私が知らないことを貴方が知っているんです!?』
「黙秘権を行使する! ―まあとにかく後は頼んだぞー!!」
『あ、ちょっと!!』
その言葉が聞こえた直後、イクトの身体は池の中へと勢いよく沈んでいった。
「……? 何があったんだ?」
『私にもイマイチです。―ただ』
「?」
『何か嫌な予感がするってこと。それはたしかです』
―心の怪物以上に何も分かっていない浩介が、まさに首を傾げた直後のことだった。
「……あれ、紙だよな。なんで空から落ちてくるんだ?」
ヒラリヒラリとA4サイズほどの白紙が二人の数メートル上で踊っていた。
―そう、紙だ。爆弾仕込みの魔法の紙だ。
白紙から出てきた爆弾に気づいたとき、すでに爆弾は着火されていた。
「マジかよっっ……―」
外膜の金属破片と共に外へ解き放たれた、赤い火花。それは、人を殺したたしかな手応えと共に、なだらかな平野にまた一つの傷を残したのだった。




