6話その一 白紙の魔術師
白紙から飛び出た爆弾によって、周囲は軽く焼け野原と化していた。
そんなものを至近距離で食らった者は、もれなく死するのだろうが―
「……危なかった、マジで」
この男、炎の能力者千布浩介は違った。
爆発に伴って現れた炎。
その炎の牙が自身たちに向けられる前に、ものの見事に炎を操り切って窮地を潜り抜けたのだ。
『ひゅーう、やるねー』
「んな余裕ぶってるけどさ、お前ビビり散らかしてただろうが」
『それは数秒前の私です。今の私は余裕たっぷり』
「はぁ…。―で、イクトの言いたかったことはよく分かった」
『白紙から物を出す能力。ざっと白の怪物の能力でしょう』
「なんでイクトがわざわざ俺たちに命運を任せたかは知らねぇが。とにかく敵はぶっ潰す、殺さずにね」
手に炎を宿しながら、浩介は決心する。
「出てこい! いるんだろ近くに、ハイエナみたいに獲物を捉えるように虎視眈々と! こっちを見てんだろ!?」
まあ当然と言うか、返事はなかった。
ただそのかわりに。
『浩介さん!』
「ん?」
『また紙です!』
「爆弾か。ならさっきみたく炎を操って―」
『一枚だけじゃない! 何十枚もあるんですよ!?』
「おいマジかよそれはやって良いことと悪いことがあんだろぉ!? ―クソッッッ!!」
今度は空気を震わせるどころか鼓膜を破壊しかねないレベルの爆破の連撃が二人を襲った。
一つなら余裕もって対処できるが、こう何個も来られると流石にきつい。
大体は対処できたものの、最後の一個には対処が遅れてしまった。
「ぐッッ………!」
なんとか最低限の処置をしていたおかげで、飛んできた金属片が足に刺さった程度で済んだが。
こうも何度も来られると、相手の面を把握していない状況、ジリ貧でこちらが不利だ。いずれかは死ぬ。
そう苦しげに考えていたが、不幸中の幸いか、コチラに近づく一つの影があった。
「ふぃー……。これでも爆破は刺激に欠けるねぇ、やっぱり自分の手で悪敵を潰した方が、ヤクなんかキメるよりもよっぽどキマるってもんよぉ」
「…トレイターズか」
「お? なんだ俺たちのこと知ってんのかよ。なら話は早ぇな。どっかに隠れたであろう総統の息子を寄越しな」
「息子? 生憎そんな大層な奴は俺の仲間じゃねぇぜ」
「嘘つくのも大概にしろよぉ。まっ、口割らねぇなら、この手でキメさせてもらうぜぇ」
次の瞬間。先に動いたのは浩介であった。
片足に刺さった金属片によって動きづらいのではあるが、それでも軽快な動きで男の眼前へと一気に肉薄した。
だが、それを易々と許すほど、トレイターズの一員である男は甘くはない。
「炎拳―」
「―開錠―」
「なっ!?」
浩介が技を放つよりも先に、男が右手の平を突きつける。
「わりぃけど。俺はそんな簡単にはキメられないぜ? ―彼方までぶっとびな」
男が唱えた瞬間。
男の右手に貼り付けられていた紙から、高圧の水が噴射された。
水だといって侮ってはいけない。
高圧の水は人体をも切り抜く最強の刃だ。
「うおっっ危なっっ!!」
「つまんねぇな、今の奇襲でやられて欲しかったんだけどよぉ」
「そんな浅い願望、撃ち抜かれて当然だこの野郎!」
「んじゃあ深い願望は撃ち抜かれねぇんだな。―死ね」
「単調な願いじゃねぇかよ!!」
「シンプルこそ一番って言うだろぉ」
「それは別の意味だろうがっっ!! クソッ!」
次々に襲いかかる水の圧剣をなんとか躱しつつ、攻撃の隙を窺う。
「(あとどんだけビックリ箱の紙をこしらえてるかは分からないが……全てに言えるのは紙から物が出るときに一瞬だけ時間があること。数ある紙から人を殺す武器が出てこようと、その一瞬だけは単なる紙だ。その一瞬を突く…!)」
紙から水やら爆弾やらが出てくる際、その間1秒ほど時間が空く。
「おらおらーどうしたー? 何もしねぇとこっちは何もキマんねぇんだがー?」
「はんっ。そうかよ」
「あー……?」
ちょうど眼前の紙から物が出ようとした瞬間。
数多の殺しの道具を躱しつつも、炎を溜め込んでいた右手を男に向ける。
「炎拳ッッ!!」
灼熱の炎が、紙から出てきたナイフをも巻き込み、男に牙を剥く。
「ぐおオオおおオ………っ!!?」
「どうだキマッたかよボンクラぁ! 数打ちゃあいいもんじゃねぇんだよコラぁっ!」
「ォォォォォォ………―ばーか」
「なっ!?」
「死ぬわけねぇだろぉ、そんなちゃっちい炎如きでよぉ。こちとらプロの暗殺集団だぜ? 主人公気取りのカスに負ける気なんざぁ、もっぱらねぇのよ」
なんということだ。
完全に炎で覆いつくされ、燃えていたはずの男の身は、何一つ燃え跡はなく、むしろ炎が一点に集まり、鎮火しているのだ。
「白紙から物を出す能力……たしかいつの間にかどっかにいった怪物は言ってたなぁ。だがソイツは半分正解だ、本当の能力じゃねぇ」
炎の集まる一点。具体的に言うと男の右掌にある四角く薄い物体。
―紙だ。
「よくよく考えてみろガキ。どうやってこの薄っぺらな紙なんぞに爆弾やら水やら閉じ込められる?」
「…………まさか」
「そうだ。俺の取り込んだ白の怪物の能力。それは事象を紙の中に取り込み、それを自由に取り出すことができる能力。お前が隙を縫って放った渾身の炎も、紙の中で閉じ込められるんだよ」
「じゃあ今放った炎は…」
「そう。それはもうお前の武器ではなく、俺の武器ってこと」
男は炎を取り込んだ紙を浩介に向かって投げつけた。
「―開錠―」
「寝言言ってんじゃねぇよっ! 俺は炎を扱うんだ、その炎を操れるんだよ!」
「別にそれでお前を殺す、なんて甘い考えじゃねぇよ。それに気が向いてくれたことが肝心なんだ」
「あ?」
「既にお前の足元に数千本の針が閉じ込められた紙を置いておいた。取り出すのはそっちだ、炎じゃねぇ。お前と無駄話をしてる間にな、用意しといたんだよ」
気づいたときには、もう紙の中から幾千もの針が浩介の両足裏に突き刺さろうとする間際であり、もう手遅れだった。
「うぐぅッッ!!!?」
「へへ、猪かよ目先のことばっか見やがってなぁ。ま、そういう奴が苦しむとこ見るのは、俺の趣味に合うからな、少しはキマるってもんだ」
「テメェ………っっ!!」
「そう怒るなよ、俺はお前が目的じゃねぇ、連れの総統の息子に用があんだよ」
「………? 誰だ、ソイツ。ソイツは……俺の連れにいないぞ」
「こんな状況でまだ嘘をつくか。そういうのはキマんねぇぞクソガキ」
「嘘も何もねぇよ知らねぇんだよ」
「そうか。―じゃあ死にな」
男は新たに紙を放り投げる。
「今日はじっくりとなぶり殺す気分だからな。これでお前を殺してやるよ」
「これは……虫ぃっ!?」
「人食い虫だ。コイツはここら辺じゃメジャーな虫でね、あんまし人が住んでないのもコイツが当たり前に人を食うからだ」
「趣味悪いなテメェ……!」
「褒め言葉はキマらねぇな。それよりも自分の身の心配をしな」
「ちぃっ、足がっ、針で抜けねぇっ!?」
「んじゃ、俺はここで胡座かいて死に際を楽しむからよぉ」
無数の針に刺さった足を抜こうにも、何故か足に力が入らず、まったく抜けない。
その間にも虫は徐々に足から胴体へと登り始めており、死に際が近づいている。
「針の先端には、力が抜ける毒を塗っておいた。だからあんな小さな針でもお前はまったくその場から身動きが取れねぇんだなぁ」
「(じゃあ足は抜けねぇのかよ!? だったら別の方法で抜かないとマジでヤバい……! 針はもう仕方ないとして、虫をどうにかしないと、もう脇腹辺りがピリピリしてんだよ!)」
つまりは脇腹に人食い虫が齧り付いているのだ。
無数にいる人食い虫のことだ。もう数十分も経てば脇腹に風穴が空くことだろう。
「(どうにかしないと……。殺虫剤なんて持ってないし、手で追い払ってもまた這い上がってくるし。もう燃やすしか……!)」
「お、自分ごと燃やす気だな。やってみろよ、それしか多分方法はねえんだろぉ?」
「ちっ!! なんか踊らされている気がするけど、やるしかない!」
右手から火の玉を出し、それを身体に灯す。
一気に火の玉は全身を駆け巡り、ものの数秒で浩介の全身を包み込む。
「これで虫どもは―」
全身を這い回っていた虫を見て、浩介は驚愕した。
確実にその小さな身体を燃やされているにも関わらず、人食い虫は依然と活動を続けているのだ。
そして、その驚愕する浩介を見てニヤケが止まらない男は、こう助言した。
「言い忘れてたが、コイツらは耐熱性を持ってんだ。燃やされたところで死なねぇんだな」
「これをっ……分かってて敢えてやらせたなチクショウっ!!」
「その方が楽しいからなぁ?」
「……でもよ、テメェの思い通りではないみたいだぜ」
「あん?」
「俺は小さい頃から虫と戯れるガキだったんだ。だから虫の習性ってやつがよく分かる」
たしかに、耐熱性を持つ人食い虫は炎に晒されてもびくともしなかった。
―だが所詮は虫だ。
燃えなくてもそれで発生する煙に対しては敏感である。
そして、実質焚き火の状態の浩介に直に触れている。その状況はつまり、浩介の周囲の酸素は通常より減っている状況となる。
そのダブルパンチにより、数多の人食い虫たちは一斉に霧散。危機は逃れたのだ。
「ぐぬぬ……」
「そしてテメェ唇噛んでるうちに、足も抜けた……。腹立ったし取り敢えずぶん殴らせろよこのアホチン野郎ッッ!!」
足が自由になり、身軽になった浩介は、男に対して火の拳による速攻を仕掛ける。
だがそれでも。拳が目の前に来ようとも男は不敵に笑っていた。
「忘れたかよガキ。 俺の能力は事象を紙に取り込む能力だ」
「だからなんだ! 炎を取り込んだところで拳は消えねぇだろ!!」
「いいか。物じゃねぇんだ、事象ってとこがミソだ」
男は、中指と人差し指にカッコよく紙を挟みつつ、それを取り出す。そしてその直後に浩介の右拳がストレートに直撃した。
―だが不思議なことに。
浩介が瞬きをして一瞬だけ視界を閉ざした後、彼が見た光景は到底理解のできないものであった。
「……な。あれッ……?」
「おいおいおい、口だけかよガキ。あんだけ威勢のいいチンピラみたいなこと言ったくせによぉ、何にもしてきてねぇじゃねぇか」
「いやたしかにテメェの頰を捉えた感触は右拳にあるんだ、一体どういうことだ!」
「はーーーー…………まーだ理解してねぇのかよだりぃな。……ヒント、行動」
「行動……」
浩介は、さっきから苛立ちを隠せない思考回路の中で、思考を凝らす。
―男の能力、それは「紙に物を取り込む」。そのような感じのはずだ。
しかし今のような、行動をキャンセルさせるようなことは、その能力をなぞったものではない。だが実際に起きたのだ、それも男の能力だと言わざるを得ない。
「(俺はコイツの能力に対して何か勘違いを……?)」
思い返してみる。
浩介が男の能力をこの目で見たのは数回。今の戦闘中で出た「浩介が放った炎」「無数の人食い虫」「高圧の水」。戦闘前の「起爆寸前の爆弾」、そして「村民の首元を切り落としたナイフ」。
何故かナイフだけ違和感を覚える。
「(俺の炎、爆弾、虫、水。ナイフ以外はなんとなくはしっくりくる。だけどナイフはおかしいだろ、紙から出てきただけなのに、ひとりでに動いて首を切り落とすなんてっ! それじゃまるで、紙に物を取り込むよりも切り落とすという行動を紙の中に収めただけのような―)」
そう。
それ。
そういうことだ。
「物だけではなく、行動やそれによる結果を紙の中に収める能力っ………?!」
「お、良いねぇ、正解だよ。だからさっきのお前の「殴る」という行動も紙の中に収まって無かったことになったってわけ」
「……てことは」
「そう」
ニヤリと口角を上げた男は、先ほどの浩介の「殴る」という行動が封じられた紙を浩介の方へと投げ付ける。
「―解錠―」
「ぐあッ……!? ゲホッ…」
答え合わせをするように、男が投げた紙からは浩介の拳と見られる拳が、浩介の頬骨をえぐるように殴った。
「こういうわけ。結果の押し付けもできるんだよなぁ」
「ちぃ……っっ!!」
「まぁそうカリカリすんなよ。重ねて言うが俺たちが欲しいのはお前の首じゃなくてお仲間一人の身柄だ。だから総統の息子を差し出すならお前を殺さねぇ」
「こっちも重ねて言うがな、誰だよソイツ本当に!? 俺の今いる仲間は軍人と怪物と案内人しかいねぇんだがっ!?」
「……なるほど、話が通じないと思ったが。そうかお前は知らされてねぇんだなぁ、アイツの口から」
「なに?」
「イクトだよ、テュシュアー・イクト。俺たちが欲しいのはアイツの身柄だけだ」
ここで初めて浩介はイクトのフルネームを知ったわけだが、割とそんなことはどうでも良かった。それよりも気になることがあったからだ。
「―ちょっと待てよ。テメェが欲しいのはイクトの身柄ってことだろ。つまり……」
「そう。アイツこそが総統の息子。テュシュアー・サクリファーシオの息子、テュシュアー・イクトだ」
「イクトが……」
「ただ、100パー決まってるわけじゃない。なにせ総統の息子はここ数年引きこもりだったわけでな。顔付きも変わってるわけだし」
「………」
「まあそんなことだ。―で、改めて言うぜぇ。……お仲間一人コッチに寄越せば、お前の命は消さずにこの場を去ってやる。どうだ?」
「…………断る」
「ほう? してその理由は?」
「アイツが素性を隠してたのは、きっとそれなりに理由があったからだ。それに素性がどうであれ協力してくれてるのが事実だし、山脈で倒れてたのを救ってくれた命の恩人だ」
「恩人を裏切らない、ってか? ハッ、馬鹿馬鹿しいなキマらねぇ。別に良いだろそんなこと」
「今なんつった?」
眉間が荒々しくなる浩介をよそに、男は気にもせず続ける。
「敵将の息子っていう素性を隠してた奴を、今更恩人だとかなんとか言って庇うのは勝手だがなぁ―」
「人様の話無視するとか随分と良いご身分だなぁオイッッッ!!!!」
「ちっ、これだから結果盛んな少年は……」
「重ねて言うぞヤクヅケ野郎、素性なんかどうでも良いんだよ、総統の息子? そんなもん今関係ねぇんだよ。イクトは俺たちを救ってくれた、なんなら今協力さえしてる。そんな人を易々得体の知れない奴に渡すなんてできるわけねぇだろがよッッ!!」
「わかったよすまなかったよ、降参降参」
めんどくさそうに溜息を、そして「仕方ないか」と諦めと取れる一声を男はしたかと思うと、次の瞬間、目にも止まらぬ速さで数多の紙を取り出した。
「どういうつもりだテメェ」
「わかった、そして、すまなかっただよ」
「何言ってんだよ」
「バカと交渉は無駄って意味のわかったと、今までの無駄話に対する一応のすまなかっただってことだよ」
「……ぶっ潰す」
「バカ言えよガキ。ガキはとっとと家に帰ってママのおっぱいでも吸ってな」
「ならテメェの場合は大好きなヤクでオーバードーズをキメてな」
言葉のキャッチボールはそれっきりであった。
男が紙を一枚浩介に差し向けたと同時、浩介は散々に荒れた平野の地を思いっきり蹴って駆け出す。
「(とにかく距離だ距離! 紙はそう簡単には遠くまで飛ぶことはない。ひとまずコイツから距離取ることが優先事項だ!)」
ナイフやら針やら自身の拳やら、その全てはあくまで紙から出てきた物や事象だ。突如虚空から出たわけではなく、単に紙から。そこから出るのだ。
つまりはその紙から距離を置きさえすれば、紙から出てくる物体や事象に対応しやすくなる。
「距離を取るつもりか……だが分かってるだろうな」
「……」
だがデメリットもある。
距離が離れればコチラの攻撃も避けやすくなるのだ。炎なんて、そんな高速なものではない。距離さえあれば簡単に避けられる。そしてそのプロの暗殺集団なら尚更だ。
「分かってるだろぉ? 離れたところでなぁんにも状況は酷くなるだけ。放った炎がただ紙の中に入れやすくなるだけよ」
依然状況は最悪のままだ。
紙に取り込み、取り出すという攻守ともに優れる紙の能力は、浩介の炎の能力を完封できてしまう。
今のままではただ逃げ回るだけ、それではジリ貧、挙句は死だ。
「(アイツに対する打点がないのかよ……)」
「鬼ごっこ……。俺はいいだぜぇ、時間はたっぷりあるからよぉ。だがガキ、お前は良いのか? 何かすることがあるからロンリーに来たんだろぉ?」
「(そうだ、あんまし時間も掛けられない! 玲たちがいる小白では今頃スワーム軍と交戦中なはずだ! 早く済ませて小白に戻らないと!)」
1秒1秒で戦争というのは状況が変わる。浩介らは、この戦争における第三勢力であり、国を持たない。
現状の拠点である小白をスワーム軍に奪取されるとなると、小白にいる玲やユロ、手を貸してくれているオリバらの身に何が起こるかは分からない。そのためにあまりこの男に時間は割いてられないのだ。
しかしどう足掻こうと男を倒せないのが現状。
「どうすれば……」
「おいおいおい、そんな棒立ちで良いのかよぉ」
「っ!! しまっ―」
いつの間にか足元に置かれていた紙から出てきた爆弾により、浩介は爆風で吹っ飛ばされ、背後にあった森林の木に激突してしまった。
「ッッッッッーーー!!!!」
「よそ見は禁物だぜぇ、ガキ」
「ぐ………」
あまりの衝撃によって木の元で身動きが取れない浩介に、男は一歩ずつ、何枚もの人殺しのためにこしらえた紙をぶら下げて近づく。
「最期はなにで死にたい? 水の圧剣で貫かれるか? ナイフで一思いに首ちゃんぱか? 爆弾で無惨に爆死か?」
「どれも………お断り、だっ」
「生意気なガキめ。じゃあナイフで」
無数の紙から一枚を抜き取り、おそらくは「ナイフで切断する」という行動が閉じ込められているだろう紙を浩介に向けた。
「これでサヨナラだ」
紙が開かれ、そこからは一瞬。
ナイフが浩介の首を切断、あっという間に命は消え、ゲームオーバー…。
「そんなの……いやだあぁぁぁあぁぁぁぁあぁあっっっ!!!!」
絶望的な状況下で、浩介はとにかく走った。
少しでも多く、そして長く。森林の中を走り続けようとする。
「それはキマらねぇよ。逃げるなんて負けを認めたってことだぜぇ」
「くそっ!!!」
並木を避けながら、浩介は無我夢中に走り続ける。
だがそんな焦りの心がゆえに、地面にあった小石に気付く余裕はなく、あっさりと転んでしまった。
「どうやら運は俺に味方してくれたらしいなぁ……」
「いやだっ……」
男が改めて紙を取り出す。
「ということで。ここでゲームオーバーだ」
「いやだっ、死にたくない……」
浩介の弱々しい言にも見向きもせず。
「あばよ、弱虫」
男はその紙を広げ―
「嫌だ嫌だ嫌だイヤダイヤダイヤダイヤダぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
―る前に。
浩介は最期を迎える前に男に向かって炎を放ったのだ。
だが男の能力は「紙に事象を取り込み、放出する」能力。こんななんも変哲のない炎など、容易に紙の中に収めることができる。
「フン、最後に一花咲かせようってかぁ? 残念だがそれは受け付けねぇよ」
先程と同じように、新たに紙を取り出し、炎に向けて紙を差し向ける。
―だが、幸か不幸か。
「………うん?」
数ある木の中の一つ、ちょうど浩介と男の間にあった大木が、突如として両者の間に倒れ込んできたのだ。
軽い土煙が立ち込め浩介は咳き込みながらも、炎を放つ右手はしっかりと男を標準に捉える。
一方、予想外の出来事に男は舌打ちをして、土煙を巻き込みながらこちらへと向かってくる炎へ寸前で回避を取った。
「ちっ、仕留め損なったか」
「(い、いい生きてるっ………良かった……)」
なんとか九死に一生を得た浩介は、この隙に森林の奥深くへと逃げるように駆け出して行く。
「あっおいっ!! 何逃げたんだぁっ!!?」
「し、知ってるかよ? 逃げるが恥だが役に立つんだぜ!」
「このガキ、たまたま生き残ったからって調子付きやがってっ……」
男はもちろん追いかけて始末したかったが、目の前に倒れてきた大木によって、浩介の丸見えな背中を追いかけるのは難しかったようで、男はその場でただ己の唇と悔しさを噛み締めることしかできなかった。
――――――――――
「(白の怪物……)」
水中でイクトは思考を巡らせていた。
いや、その前にか。
なぜ彼は水中でも活動ができているのか、その事に気が行くだろう。
結論はこうだ。
―空気の掌握。
イクトは、端的に言えば素手で空気を掴むことができる、独自の能力を持つ。これは怪物の遺伝子を伴ったものではなく、単純にイクトの努力の賜物による能力である。
そしてその能力を池に落ちる寸前で使用。寸前まで空気を掴んだまま、水面に触れる瞬間にまるで防護服のように全身に空気の膜を張り巡らせることで、現在のように、水中下でも問題なく生きることができるのだ。
―さて、話を戻そう。
幼少期から軍の犬として働いた珠子と同じように、物心ついた時から軍どころか国全体の物事に間近に接していたイクトも、軍や反乱軍の内情はそれとなく把握している。それは、そう、「白の怪物の遺伝子を持つ者」についても知っているということだ。
「(全ての事象をたった一枚の紙に収める、まさに万能な能力……チートだよなー、あれ。頑なに遺伝子を取り込まない俺が羨ましいと思うぐらいには)」
取り込まないよりも必要ないが正しいと思うのだが。
「(だけど、チートな能力ゆえにそれ相応の弱点もある。そこに浩介が気づいて、それを実行するかが焦点ってわけだなー)」
男の白紙の能力には、致命的な弱点があるのだ。
それも、能力の使用に支障をきたすレベルの大きすぎる弱点。
もしその事実に気付きさえすれば、この逃げ回るだけの現状は少なくとも打破できるとイクトは踏んでいる。
―だが、腐ってもチートの類の能力。
再度言うが、浩介がなんらかのきっかけでその弱点の存在に到達しない限りは、その男の能力は、浩介の意識の中ではチートであり続ける。そして浩介に絶望を振り撒き続ける悪夢の能力と化するのだ。
「(………まぁ)」
だが不思議とイクトには、浩介がその弱点に気づくだろうという自信はあった。
浩介は簡単に激昂したり、時折見せる年相応の反応もあり、あまり冷静になれないような人格なように見える。だが実際は違うのだ。もう少し冷静なのだ。
というかそもそもの話。イクトは彼のセンス、深層的才能に希望を見出している。
よくよく考えてみると、千布浩介という単なる高校生は。まだこの世界に降り立ってから半月も経っていないのだ。
それでいて自身の持つ能力を使いこなし、無垢で何も戦闘のイロハを知らない小僧から、短期間の鍛錬を経るだけで、ロンリー軍の少将を打ち負かすぐらいの実力を手にしたのだ。
だから、いける。
根拠なんて何一つないが、イクトの第六感はそう告げているのだ。
――――――――――
「ッ……………ッッ……! っっはぁっっ……!」
命からがら、偶然舞い降りた幸運によってなんとか生きながらえた浩介は、先程の戦場からかなり離れた木の幹の元で、荒れる息を整えていた。
……木が倒れた。
浩介と男の間に倒れてきた大木は、障害物となるにはあまりにも十分である。そのおかげでまさに今この場で浩介はグダっていられているわけだが。
だが、妙に不自然ではあった。
「(……たしかに、あの木はアイツにとって障害物だったよな。でも、別に攻撃はできたはずだろ。木で隔てたって、紙なんて微かな隙間を潜り抜けられるし、なんなら別角度から攻め立てたってできたはずだ)」
男の白紙の能力なら、巨大な障害物すらその本来の役割を果たさないはずだろう。そして、浩介は今頃召されているはずだ。
だが現実は違う。浩介は生きている。
……何か、まだあの能力には秘密があるのか?
「(殺せたはずなのに殺さなかった。いや、アイツの人柄的にそれはないな。じゃあ、殺せなかった、だったら……)」
浩介を殺さない理由などない。あの狂った男なんぞに人殺しを躊躇う心なんて、あるわけがない。
だったらひとつ。殺さなかったのではない、殺せなかった。それしかない。
そして。その浩介を殺さなかったわけに、能力の秘密が隠されているはずだ。
「とりあえずっ……答えがわからない以上は、今のところは逃げに徹して心の怪物と合流することを第一にした方が良さそうだな」
身を預けていた木から離れ、一旦周囲を確認してから浩介は森林の中を再び歩き始める。
森林の中は妙に静かであった。
聞こえてくるはずの鳥の囀りでさえ、何も聞こえず、まるで木々が己をじっと見つめているかのように、何者かの視線を常に感じているような、そんな気分であった。
「妙に静かだな……俺の呼吸音がすごく大きく聞こえる感じがするんだが……」
それは、あまりにも周囲が静か過ぎる故の気のせいだろう。
だがそれほどに静かなことを証明しているわけで。
―そんな静寂なところで無防備に声を出すなんてことは、狩人にとっては絶好のカモなのだ。
無音無動の森林に、やっとの動となる風が吹きつけ、木々に付く無数の葉っぱがあちこちに舞った刹那。浩介は気づいた。
その舞う無数の葉っぱの中に、一枚の白紙が紛れ込んでいることに。
「―っ!? やべっ――」
白紙から出てきた爆弾は、静寂な森林の中で一際目立つ爆破音を轟かせながら、浩介に牙を剥いた。
今回の爆破は完全な奇襲だ。
今までような、「事前に白紙の存在がわかっている状況」ではなく、「全く存在を認知していない状況」からの奇襲だ。
たとえ、気づいてから受け身を取ろうが、それでもかなりのダメージを負う。
爆弾の破片は浩介のボロボロな身体のあちこちに突き刺さった上に、強烈な爆風は、浩介を大木に突きつける。
「(な……にが……)」
「こーんな静かな森でアホみたいに声出してれば気づかないわけねぇだろぉ」
「ッ!!」
「命からがらなんとか流れたのによぉ、結局無駄だったよぉだなぁ」
火の出るような強烈な痛みを抑えきれず地べたに倒れ込む浩介を、男は軽く蹴り飛ばし、ゴロゴロと情けなく転がる浩介を眺めて嘲笑する。
「(今度こそヤバい! なんとか逃げないと――)」
「おっと、こっから先は崖だ。大木が倒れよぉが関係ない。逃げ場なしだぜぇ」
確かに浩介の眼前からは、微かな磯の匂いが漂っている。気づかないうちに彼らは海の近くまで来ていたようだ。
だがそれが指し示すことは、絶望。
背後は海という自然の壁。そして前方は、自身の攻撃が全く通じない化け物。
「……一応最期だ。一応聞いておく」
「(逃げ場がないんだったら戦うしかない! でもどうやって……?)」
浩介は死に際の脳内をフル回転させて思考を巡らせる。
あの男の弱み。つまるところはあの白紙の能力の明確な弱点。それさえ判明すれば、まだ生きる道は、あの男にボコボコにされ殺される道からは脱却するはず。
「単純だよ、実質生きるか死ぬかの二択だけだ」
「(………っ! あれださっきの大木のときの!)」
浩介は思い出した。
少し前疑問に思っていた、「なぜあの場で、大木が倒れた程度の事象であの男は浩介を殺すことが不可能になってしまったのか」ということ。
「(今と状況はほとんど同じ……違う点は大木が倒れていないか、それだけだ。大木が倒れて何が起きた、何がこの男にとって不都合だった?)」
あのとき。大木が両者の間に倒れ、土煙が起こった。その直前で放っていた浩介の炎は土煙を巻き込みながらも男のいる方向へ完全に向かっていた。
しかし男の能力なら、その「自身に向かってくる炎」という事象を白紙に閉じ込められる。そのはずだ。
「(あれ……でもアイツはたしか―)」
「おい聞いてたか、今こっちはお情けかけてんだぞ。そのお情けに沈黙で返すのはなんなんだクソガキ」
が、あのときあの男が取った行動は回避であった。別に、「紙を持っていなかったから」でもなく、「あまりにも炎が急過ぎたから」でもない。新たな紙を男は既に持っていたうえに、男は炎を早くから認識していたから十分に余裕もあった。
だが避けた。それでも。
紙の中に閉じ込めた方が何かとお得なはずなのに、それすら放棄して避けたのだ。明らかに異常な行動だ。
「(余裕があったのに避けた。今まで炎は紙の中に取り込んでいたのに。あのときだって、手に紙を持って放った炎を取り込む準備は明らかに整っていたはずだったろ。でも、それでも、万全な状態だったのに何かの不可抗力な事象が起きたから避けざるを得ない状況になった……?)」
「一応の助け舟出したのによ、それすら踏みにじるなんて、よっぽど死に急ぎてぇのかぁ??」
「(しまった完全に聞いてなかった! コイツ今なんて言ってた?!)」
「だったら今すぐに死ねっ!!」
男の放った紙から、無数の拳銃が姿を現す。
そんな状況下で、浩介は脳をフル回転させて謎の解明を急いだ。
「(不可抗力、不可抗力だろ。あのとき、本来は取り込まれるはずの炎は、偶然倒れた木によって男に降りかかった。でもそれでも紙に取り込まれる十分の隙と時間はあった。…………………っ、でもアイツは避けたッッ!! 紙に取り込まずに避けた! それだそれしかないっ!!)」
全身に残る力を振り絞って、浩介は立ち上がる。
やることは一つ。今、あの拳銃の攻撃から逃れればそれで良い。
「これで仕舞いだ、死ねクソガキっ!」
「煙」
手から出す小さな炎を、地面に当てながら、浩介は一言告げる。
「あん?」
「お前の能力、無敵だとさっきまで思ってた」
「ふん、間違ってるなぁ。俺の能力は無敵だ」
「じゃあなんだ。さっき殺さなかったのはなんでだよ。それは倒木で起きた土煙のせいで、能力が発動しなかったからじゃないのか?」
「………チッ。だからなんだぁ? 弱点がわかった途端にイキリ始めてよぉ。それだけで何が変わる? 何ができるってんだ?」
「………さあな」
「イキリにイキってよぉ、そんなに惨く死にてぇのかよぉぉぉぉ! だったら今すぐにぶち殺してやるからなぁぁぁ!!!」
無数の銃弾が一気に放たれる。
今の瀕死の浩介にとっては、どこを掠ったとしても致命傷どころか一発ノックアウトな代物。
だがそんなものを眼前にしても、浩介の眉はピクリとも動かなかった。
「火土竜」
今度は左手を地面に当てて、弾丸から自身を守るように炎の円柱を顕現させる。
そして、弾丸を防いだ円柱は、勢いそのままに男の元へと襲いかかる。
「ハッ! 忘れたかよ、どんな有象無象でも取り込めるこの紙をな!」
「忘れるもんかよ」
男はポケットから即座に紙を取り出し、炎に向ける。
その様子を見て、浩介は男に向けてこう告げた。
「紙に取り込む対象と自身の間に物があった場合。そのときだけ紙の能力は無効化されるらしいな」
「あぁそうだなぁ。だが今のお前にそんな――」
「だからさっきやってたろ、地面に火を」
男が浩介の言った意図に気づいたときには遅かった。
本来紙に取り込まれるはずの炎の円柱は、男を勢いよく突き飛ばしたのだ。
「事前に右手で出した炎で地面を軽く燃やし、そこから煙を発生させた。そうすれば紙の能力を無効化する条件が満たされる」
「グ……っ」
「どうした、今さっきまでの威勢はよ。なんだあれか? キメすぎたツケが身体に回ってきたんじゃねぇか?」
「クソガキがっ! た、たった一撃与えたぐらいで調子づきやがってッッ!!」
「(……まぁたしかに。これでやっと一撃なんだよな)」
唯一の弱点を利用して、防戦一方だった状況からなんとか一矢報いることができた。
だが結局のところ今の一撃は。「あまりにもシビアな弱点と相手の油断を利用してやっと与えることができた一撃」なのだ。
今こそそれを誇れたとしても、今後その一撃を再び放てられるかは不透明である。
「だけどやっとお前のツラが崩れた。ボコられてた反面、ちょっとだけスッキリしたわ」
「舐めやがってよ……」
「――キマらねぇってか?」
「……ッ!」
「こっからはもうお前の独壇場じゃない。煙が弱点ってわかった以上、こっからはタメだ――」
「――腹ぁ決めろよ、薬中」




