4話 腑抜けた案内人
『やはり……オマエだっタノカ……っ』
腹の底の底から搾り出すように、苦し紛れに去り行く昼行燈な男の背中に向けて怪物は言葉をぶつける。
「ん、なんだ生きてたんかー。まあでもその感じじゃ、持って1分って感じだろぉ。だから冥土の土産ってやつ? 行くついでにくれてやっかー」
『ア……?』
男は一旦足を止めて、視線だけ怪物に向けた。
「俺はいつか、誰もが夢見れる世界を作る。それはロンリーもスワームもどの国が手を取り合える、そんな世界。そしてその世界に戦争はいらねぇ」
『アノ……連中ト、手を組ムノカ??』
「うーん。まあできれば、という話だなー。あくまでも今からは研修期間だよ」
『ケン、シュウ……?』
「そう。アイツらが、この先生き抜く力があるか否かの見定めになー。―特にあの炎少年だけど」
『千布浩介……』
少しずつ瞳の色の薄れ、生気が抜けていく怪物の様子を、腑抜けた様子からは想像もできないほどに冷酷な眼差しで見つめる男。
「アイツはいずれかはこの戦争の最も中心に立つ。それは絶対不可避のことだよ。そしてその時が来るまでに、俺は千布浩介を育て上げる使命がある」
『ア……イ…ツ………が……?』
「そして、アイツは俺の夢を叶えくれる唯一の存在だ」
『…………………ム』
「じゃあな」
力なく頭を垂れ、そのまま生き絶えた様をチラリと目視した男は、今度こそこの場を離れる。
―だが、男は気づかなかった。まだ怪物には微かに死に抗う力が残っていたことに。
『…………………リ、だ……な』
「あ? なんだお前、しつけぇぞ―」
『ソン……ナ。ただ個人ノ……グッ……意志ナンか、で……世、界は………変わら、ない』
「うるせぇよ変えるだよ、それでも―」
『ソンナ安っぽい馬鹿らシイ考えでその座に居座レルぐらイならッッッ!!! とっく二この戦争ハ終わっテンダヨくそ野郎ッッッ!!!』
「っ! テメェ!!」
『ソンナンだったらっ……今私ガここでオマエを殺しテ、ココノ頂点二立ってヤルッッッッ!!!!』
本当の最後。怪物は身体全身という全身に残る余力をかき集め、男の喉元へ鋼鉄の爪を放った。
完全なる奇襲だ。男は死に損ないの怪物にこれほどの余力があるとは踏んでいなかったのだ。
『ココデ死ねェェェェェッッッ!!!』
「ちぃっ!!」
男が咄嗟に右手を前に突き出し、何かを掴むように手を動かす。そしてその右手ごと右腕を左に向けて振り抜いた。
するとなんということだ。
コチラに向かって一直線に襲いかかっていた怪物が、強風も何もないのにも関わらず、男が腕を振るった方向へと勢いよく突き飛ばされて木に激突したのだ。
『グッッ………フ!?』
何が起きたのか理解できないような表情を浮かべて、そのまま木にもたれかかる怪物。
「まあたしかに、お前の言うとおりではあるよ。でもそんなんじゃあいつまで経ってもこの戦争は終わらない」
怪物に理解を示しつつ、男はそれでも自身の意志を貫き通す。
「誰か動かなきゃ、誰かが意志を示さなきゃいけないんだ。……そしてそれが今このときなんだよ」
男は、静かに踵を返し、怪物の辿った道を歩いていく。
「今このときなら。……俺たちはこの終わらない戦争を終わらせられるんだ。親父だって国だって皆んな、皆んな苦しみから放たれられるんだ」
その足一歩一歩にただならぬ意志を込めて。
――――――――――――――
―少し前の話だ。
とある作戦に参加していたロンリー軍将軍である「ゴビ・アトラー」は、その作戦司令部にて部下と共に悲惨な死を遂げた。
ゴビはそこまで弱い軍人ではなかった。たしかに人を束ねるタイプの将軍ではあったが、自身の体内に怪物の遺伝子を注入することで、戦闘に十分となる異能力を有していた。
その優秀さ故に、彼が死んだことがロンリー大帝国帝都アルカディアの大総統に伝わったときには、それ相応の衝撃があった。
「そうか。アトラーは死んだのか……」
「はい。どうやら少数の敵兵により司令部に奇襲をかけられたらしく、敵兵は特装級の逸品、『スケルトンスーツ』を用いて司令部のある都市フトに潜入したらしいとのことで―」
「いや、もういい」
「総統?」
「お前ももう休め。スワームは将軍の死を皮切りに、直に大攻勢に打って出るだろう。休めるうちに休まねば、私たちはゴビのように帰らぬ身となってしまう」
「っ……! ハッ!!」
兵が敬礼を取り速やかに部屋を出るのを確認して、ロンリー大帝国を束ねる者である大総統「テュシュアー・サクリファーシオ」(以降サクリ)は我慢していた感情を一気に放出するように、その場にあったガラス瓶を思いっきり床に投げつけた。
「―ッッッッ、クソォォォッッ!!! なぜっ、なぜアトラーは死ななきゃならなかったのだ!? なぜそんなに優秀な奴が死ななきゃならんのだっ!! アトラーだって家族がいたと言うのに!! それをこんなにも簡単に殺されてッッッ!!! この感情は誰にぶつけられれば済むのだぁぁッッ!!!」
その悲しみと捉えられる絶叫を耳にしたのか、新たにサクリの部屋に入る者が現れた。
「親父っ」
「っ……イクト、か。息子が親を慰めにきたのか?」
サクリの息子である、どこか抜けてそうな風貌のイクトという人物は、サクリの近くで胡座をかいた。
「アトラーの叔父貴が死んだのはさっき聞いた」
「それを聞いてなぜ私のもとへ来る」
「いやだって。親父は叔父貴と親友だったんだろ? 悲しんでんだろーなって思ってさ」
「不要だ、私は悲しんでなんかいない」
「でも親父―」
「不要だと言っているっ!!」
「不要じゃねーよッッ!!」
「っ!?」
イクトの剣幕に、サクリは肉親ながらも圧倒される。
「俺の親父がたとえ国をまとめる偉大な人だとしてっ! だからってその人が大切な人の死を悲しまない奴じゃねーだろ!? 俺はそんな親父の力になりたくてここに来たんだっ!!」
「お前如きに何ができるというのだ!! その間抜けた態度からしてお前にっ、アトラーを失ったこの国に対して何をもたらせると言う!?!?」
「俺が戦力になるよ」
「お前が!? ふざけるなお前まで前線に出て死んだらっ……妻も親友も失った私に何が残ると言うのだっ!」
「これ以上! ……その何もかも失った人たちを増やさないために決まってる」
「っ!」
この時点でも、ロンリー、スワーム共に被害は尋常ではなかった。
家族全員亡くなって孤児、という状況の子供なんていくらでもいるし、徐々に帝都アルカディアにもその影響は出始めている。
サクリはなんとか孤児当事者の保護などを施して対策をしているものの、孤児たちの親を求める純粋無垢で、なおかつ悲しそうな表情を見るたびに心が苦しめられていた。
そんな中でアトラーの死だ。孤児の保護で病みかけていた精神に更なる追い打ちをかけてしまったのだ。
―だがそんな人たちを増やさないために、自身の息子が前線に出る? それでまた大切な人が死んでしまったら??
「ダメだッッッ! お前まで死んだら……私はもうどうしたらっっ……」
「親父っ!! 俺は親父のためにっ、国のために戦う覚悟なんだよ!! 母さんも叔父貴も国のために戦って死んでいったよたしかにね、だけどそれで俺が守られ続けるなんて親父はいいかもしれないけど俺は黙ってられねぇんだよッッ!!」
「しかしっ」
「誰かが意志を示さなきゃっ……俺たちのロンリー大帝国の未来はもうねぇんだよっ!! アンタの保護欲で守られるぐらいなら、俺は親父を殺して国の長になってやる気もあんだよ!」
「イクト……お前」
「でもそんなんは嫌なんだよ、親父は大切な家族だそれは絶対変わらない揺るがない事実だっ! それにこの国を束ねられるのは親父だけなんだよ!? 俺だって親父が死ぬなんて許せねぇんだよっっ!!」
「………」
「だから頼むよ分かってくれっ!! 俺は親父のために、国のために自分の力を最大限使うことを今ここで誓わせてくれぇっ!!」
サクリは父親だ。このイクトという人物の唯一の親だ。だから死なせたくない、それはそうだ。だがそんなことを優先して国が滅んだら本末転倒、そしてサクリ自身の死がどれだけ国にデバフを与えるか。それをイクトは、自分の息子は理解しているのだ。サクリ自身以上に。
「……イクト」
「んだよ親父」
「これから……お前は何度も何度も修羅場に居合わせることだろう。死体なんてザラに見るだろう、骨折や打撲、火傷なんて当たり前に受けるだろう。それを負ってでまで、お前はこの世界を変えていきたいのか?」
「当たり前だ。俺は昼行燈なバカだけど、母さんや親父のしてきたこと全てを台無しにする連中に黙って首差し出すほどバカじゃねぇ。―俺は戦うよ」
「……………………わかった。イクト、お前に将軍の位を任せる」
「親父……」
「必ず……この腐った世界を変えてくれ」
「はなからそのつもりだよ」
―こうして。
ここに一人、後に「アルカディアの魔神」と恐れられるロンリー大帝国史上最恐の軍人、「テュシュアー・イクト」が誕生するのであった。
――――――――――――――
ドレイク山脈の麓にポツンと存在する小村、「ダタル村」。戦前はよく、その美しい風景と新鮮な水を求めて多くの観光客が訪ねた村である。
山脈から流れる水はロンリー国内でも屈指の上品な美味さを誇り、そこから作られる何種類もの飲料水は村の名物となっているそう。
ここで、「ここの村も他の街と同じように戦争の影響をモロに受けているのでは?」と思った人。その考えは鋭い。が、この村に至ってはその考えは通らないのだ。
なぜかと言うと。ドレイク山脈はあまりの急勾配の、横断するには険しすぎる山々から構成されているからだ。そしてその山脈になぞってスワームとロンリー間の国境が定められているのだから、双方山脈を渡って敵国を攻めようにも、山脈を横断しきったときには物資も体力も既にカラカラの状態。それでは当たり前に勝つことなんて無理。だから誰もドレイク山脈を横断して攻めなかったのだ。そのため、ダタル村に拠点をおいても全く意味を持たず、現在でもロンリー軍の拠点はない。
長々と言ってきたが。つまり言いたいのは、このダタル村は国境付近にありながらもかなりの平和が保たれた村だと言うことなのだ。
「……っ?」
千布浩介が目覚めたのも、ここダタル村であった。
「俺は……たしかドレイク山脈で倒れていたはず……だよな」
浩介が目覚めた場所は、小屋のベッドの上。どうやら誰かにここまで運ばれたようだ。
「ここは……」
「―ダタル村」
「ッッ!! 誰だっ!!」
枕元から聞こえた男の声に、浩介は声が聞こえた方向に向けて即座に拳を放つ。
「っと危ねーな」
「んなっっ!?」
おもっきり放った拳は、男が振るった右腕によってあらぬ方向へと外された。
「テメェ……っ!!」
「どうどう。落ち着けよー。俺はお前らの味方だっつーの。第一、ドレイク山脈で倒れてたのをここまで運んだのは俺だぜ?」
「え、あー……すまない」
「いーよいーよ、わかってくれればさ」
男は簡易な椅子に腰掛けると、浩介は男に珠子や心の怪物について尋ねた。
「あの……俺の他に二人ツレがいたと思うんだが……」
「あー、あの女と怪物だろ? 別の部屋で休ませてるぜー。多分もう起きてんじゃねーかな」
「そうか。……んしょ」
「あー、お前まだ休んでた方が―」
「顔ぐらい見せとかないと、心配かけるだろ」
「それもそうか。だけどお前の体調はまだ優れないだろー、無理はするなよー」
「はいよ」
男の一応の忠告を心の片隅に置きつつ、部屋の扉のハンドルを掴んで部屋を出る。
たしかに男の言う通り、まだ足元が多少ふらつく。思っていた以上に今回の戦いで多くのダメージを負っていたのだろう。
ただその自身のダメージ以上に心配なことがある。
それは珠子の胸から腹にかけてある傷だ。その傷は以前の戦いで負った傷であるが、珠子は当時、自身の能力で傷口を急速冷却したのみであった。つまりは応急処置だけして今回の戦いに挑んだのである。そのために、珠子は本来余裕で勝てるはずの偽の怪物との戦いで傷口が開き、苦戦を強いられることになった。
これからの戦いは激しくなることだろう。その度に傷口が開いては弱体化なんて、正直心許ないうえ、珠子の身体がもたない。
それに彼女のことだから、きっと浩介に気を遣ってそのことについてあまり言及することはない。だから浩介は珠子の容態をとても気にするのだ。
『……あ、浩介さん。よく眠れましたか?』
浩介が広々としたリビング的な部屋へと入室すると、その姿に気づいたのか、心の怪物が浩介のもとへと寄ってきた。
「まあな。お前も大丈夫か?」
『え?』
「俺たち、一回互いに半殺し状態にしただろ。だから大丈夫かって聞いてんの」
心の怪物は最初こそは浩介たちの敵となる立ち位置にいた。だが戦いに参戦した理由が「浩介の微かな恋心の行く末がみたいから」みたいなものであり、気づいたら浩介たちと共にダタル村に滞在している。
互いに半殺し、というのは、心の怪物の能力である「精神世界」から二人揃って抜け出すために互いに命を削ったことだ。
『怪物は回復が人間より少し早いですから。どちらかと言うと浩介さんのほうが心配です』
「俺に構わなくてもいいよ。ほら、元気元気」
『ほんとですか……?』
腕の力こぶを見せて、万全なアピールをする浩介。実際、浩介は多少フラつきはするものの身体的なら疲労や傷などは既に完治している。実に不思議なものだ。
「あっ浩介ぇっ!!」
「片瀬か。おはよう」
心の怪物と他愛のない話をしている中、最後のツレ、片瀬珠子がリビングに入室。入室とほぼ同時に浩介の存在に気づいた珠子は、抱きつかんとばかりの速度で浩介の元へと駆け寄った。
「ねぇいきなりで悪いんだけど、浩介に聞きたいことがあるのよ!」
「ん、なに―」
浩介が聞き返す暇も与えず、珠子は異常に興奮した声色で真っ先にこう聞いた。
「浩介、私のこと大好きなんでしょっ!!?」
思考が。フリーズした瞬間である。
数秒ピシリと硬直していた浩介は、すぐにハッと我に返り、心の怪物の方はと向き直った。
「テメェ、ホラ吹きやがっただろっ!!」
『はて? 私はあくまで真実を伝えたまでですよ』
「……一応聞くがどんな真実だ」
『浩介さんが一時の気の迷いではなく、ど直球に片瀬さんの事が好きだってことです』
「キャーっ恥ずかしいわ何度聞いても//」
「だからっ!! 本当に違うっつってんだろぉぉぉぉぉ!?!?」
まるで悲劇があったかのように頭を抱えながらがっくり膝をつく。
「おい、うるせーよ。まだ朝なんだからよー、ご近所にご迷惑だろぉ」
「だってっ!! だーーってっっ!!!」
「はいはい、そこで座ってろー」
男は泣き叫ぶ浩介を宥め、側のソファに腰掛ける。
「………さて皆の衆。ようこそロンリー大帝国に。と言っても、そこの女性方はこっちの人らしいから、初めてなのは君なだけだがねぇ」
「まず、助けてくれてありがとう。そして、その立場上失礼だけど…………アンタ、誰なんだ?」
「それ聞くかー普通」
「助けてくれた恩人だ。名前聞かずにずっとお前とかアンタ呼びは嫌なんだよ」
「あー…………そうか。そうだよなー」
男は一瞬だけ動揺したのか、その底が見えない瞳が泳いだ。
一瞬であったがために浩介と怪物は気づくことはなかった。だが、昔から軍人としてありとあらゆる戦地を歩いてきて常に周囲の変化に敏感な珠子にとっては、それに気付くことは容易なことだ。
「何か名乗りたくない理由でもあるの?」
「んぐっ………! い、いや、別にー?」
「なら言ってもいいじゃない」
「………」
「なぁ、別に俺たちはアンタに対して敵意はないんだ。頼むよ。教えてくれよ」
「………そこまで言われたら、まあいいかな」
脂汗を滲ませてそれまで何かにビビりまくっていた男は、ようやくその何かに解放されたらしく、一息ついて気分を落ち着かせてから名を名乗った。
「イクト。それが俺の名だよ」
―なぜ。イクトは名字であるテュシュアーを名乗らなかったのか。
それには片瀬珠子に関係がある。
「イクト……?」
「片瀬、知ってんのか?」
「いや……たしかこの国の総統の息子がそんな名前だったような……」
「(っ!?)」
「いやでもこんな辺境にいるはずないわよ、普通。多分違う人でしょ。それに息子がどんな容姿でどんな強さなのか、私は知らないし」
イクトの父であるサクリは、この国の大総統だ。国をまとめる存在である大総統を知らない国民なんていない。だから大総統の名である「テュシュアー・サクリファーシオ」の名を知っていて当然なのだ。
そして片瀬珠子、もといルイは元はロンリー大帝国出身であり、なんならロンリー軍の者だ。そんな彼女がテュシュアーという名字を知らないはずがなく、そんな状況で名字までバラしてしまったら…。
今頃自身の正体が本当にバレていただろう。
イクトは心の中でそっと胸を撫で下ろす。
「イクト。改めてありがとう」
「い、いいよー別に。人は助け合ってなんぼだろー?」
どうやら危機は去ったようだ。
イクトは汗で微かに馴染んだ額を隠すように足を組み替えて本題に移る。
『あ、あの……。本題は今の話じゃないんですよね?』
「そうだねー。……じゃあ言うよ。―君たちなんであの険しくて誰も入らないドレイク山脈にいたんだい?」
イクトはカマをかけた。もちろんイクトは理由を知っているが、それは浩介たちの目的である「戦争の終結」。そのためにコチラに来たのだろうという憶測も入っているからここで目的の核心を聞き出したかったのだ。
イクトはまず、怪物に目をやる。
「……」
『………?』
「(この純粋な反応。あの場にいたが、千布浩介とルイと前々から関わってはいないっぽいねー)」
その憶測は当たりである。
次にイクトは珠子に目をやった。
「………」
「………」
「(反応…なし。いや、話すつもりはないだけかなー。そりゃあまあ、助けてくれた恩人だけども、腹の内を明かすわけにもいかないしね)」
それも当たりだ。珠子はこう見えて警戒心が高い。見ず知らずの相手に目的を明かすという行為ほど危ない行動はない、ということを知っているから何も言わないのだ。
「(なら千布浩介か……)」
そして肝心の浩介。彼というもっぱらの当事者なら当然、この旅の目的を知っているはずだ。
「…………」
「っ……っ……」
「(おい、マジかー)」
まさかの汗ダラダラである。
「千布浩介。お前知ってるだろ」
「っ!?」
「まあ大体は予想づくよ。スワームからの回し者だろー?」
「なっちがっ―」
「違う? なら本当は何よ」
「あっ……!!」
浩介はこの異世界に来てから大きく精神的に成長した。が、まだ彼は高校生。甘いところなどいくらでもある。相手の口車に乗せられるなど仕方ないこと。
「挟むようで悪いけど。私たちはスワームの関係者ではないわ」
「へー? じゃあ何者なのよー」
「第三者よ」
「第三者ぁ?」
「それしか言えないわ。これ以上言ったらわかってしまうもの」
「でも聞いてるのは俺だぜ。しっかり言ってもらわないと―」
「貴方だって隠し事あるでしょ」
イクトの時が、そのとき一瞬だけ凍りついた。
珠子が言った意味に心の怪物と浩介は気付くことはなかったが、イクトだけはその意味に瞬時に気付いた。
「(ば、バレてる?! いやそんなまさか。だってルイは数年間ニホンとかいう異世界の国で潜入調査をしていたから……)」
「だからいいでしょ、お互い様ってことで」
「なあ片瀬。イクトが隠してることってなんだよ」
「………知らないわ。でも何か隠してるのは絶対よ」
「あ、そう」
「(嘘だー!! 絶対ルイは俺の正体にとっくに気付いてるって!! あ、ほら今こっち見たよー、意味ありげな視線送ったってほらー!!)」
このようにして。珠子が両者を救ってくれた形で話は終わった。
その後は各々が部屋に戻り、休息を得る。
ただイクトとしては、やはり正体がバレることは相当な痛手なようで―
「(やべーどうしよう。俺が親父の息子だってバレてる以上、必ずどっかでルイは聞いてくるよー。「なんでこんな辺境にいて、私たちを出迎えたんだ」って)」
「ん? どうしたんだ、イクト。何か変なモンで食ったんか?」
「あ、いやー別に。ハハハ……大丈夫だよー」
「なら良いけど。体調には気を付けろよ」
もうずっと汗がダラダラである。ダラダラ過ぎて水分不足を起こしかねないぐらいに。
「ごめんなー、ちょっと水飲んでくるよ」
「あ? あぁ、わかった」
流石にこの場に居続けるのは辛いので、水分補給を兼ねて状況を整理するためにキッチンへと逃げるように駆け込んだ。
「帰る……ってのもアリだけどー……。それだとココに来た意味がなー」
帰ってしまうと、浩介たちの目的が聞き出せない。戦争の終結という彼らの目的は知ってはいるが、どのようにして終わらせるかは知らないのだ。実際は平和的な交渉をロンリーと行うために浩介たちはここまで来ているのだが、イクトは慎重だ。彼らの口から目的を割らない限り、根っこから協力する気にはならない。なんなら彼らが武力行使でコチラに被害を与えようものなら、殺す気だっている。まだその曖昧な立ち位置にいて、判断材料に乏しいのだ。
「ふう……」
無造作に取り出したコップに水を注ぎ、一気にそれを飲み干す。喉を通った冷水は熱くなっていたイクトの頭を冷やし、多少は気分を落ち着かせることができた。
「バレている以上、このまま何もなしに終わるはずがないんだよなー」
「……そうね」
「でもどうしたら。何も成果なしに帰ったとして彼らの暴走を止められなかったとしたら―」
「思い切って正体をバラせばいいじゃない。もうバレているのだし」
「まあたしかにその手もあるけどリスクがなー……………………………ん?」
「あら、今気付いたの?」
「ちょっと待ていつからそこに?」
「貴方が、「帰るってのもー」とか言い始めたときから」
「最初からじゃんかー………全然冷静になってないね、俺……」
もうこうなってしまったら仕方ない。イクトは自身に対する気持ちの表れなのか、肩をすくめて開き直った。
「で? 俺をどうするつもり?」
「え?」
「俺を人質にとってこの国で暴れるに暴れてスワームに勝ちをもたらすつもりなんだろー?」
「え、いや。そんなつもりはないし、私はそもそも水を飲みにきただけなんだけど……」
「…………今のなしで」
「別に気にしなくてもいいわよ」
同じく無造作に取り出したコップに水を注ぐ珠子。
「……私たちの目的を探りにきたんでしょ」
「そーだけど…」
「別に言えない理由もないし、教えてもいいわ」
目を見開くイクトだが、イクトが口を開く前に珠子が右手を挙げて制する。
「だけど条件がある」
「どんな……?」
「貴方がここまで来た目的の詳細。それを先に教えて」
「………なんだそんなことかよー」
「?」
「いいぜ、教えるよ。俺はな―」
イクトは昼行燈でどこか抜けたような目から、戦士のような猛々しくも冷たい目へと移す。
「全世界の民に幸せをもたらす、その一心だよ」
珠子は理解ができなかった。それは単に、自身が問いたことに対するイクトの回答がまったく方向違いなものであったのもそうではあるが。それよりもその漠然とした回答に対することであった。
「それだけでわざわざここまで来て、私たちの味方を……? 有り得ないわよそんなこと」
「だけど実際そうなんだよー。そんな漠然とした目的とか夢だったとしても、それが叶えられるって確信が持てたから今ここにいるんだ」
「確信って、私たちの存在が…」
「そう。お前たちがいれば、いつかは確実にこの戦争、ましてや世界が変わるんだよー。そして今、お前たちは国境を渡ってロンリーに来た。これほどまでのチャンスはなかったんだよー」
「……貴方なりの理由があったのね」
イクトは洗いざらい話した。
それが功を制したのだろう。珠子は納得したように深いため息を付くと、イクトの強い意志がこもった瞳を見つめる。
「分かったわ。私も貴方に協力する」
「すまないねー、なんか」
「でも正体は浩介に伝えるの?」
「んー、いや、いいかな」
「恥ずかしいから?」
「いやそんなんじゃないからー。浩介に気を遣わせたくないだけだって」
「まあどっちでも構わないけど」
「なら聞くなよ」とそこまでは言えなかったが、どうやら言葉が顔に張り付いていたようで、珠子はジトっとした視線を送りつけていた。
しばらくその視線を送られていたが、やがて飽きたのか視線を逸らし、珠子は踵を返した。
「寝るわ」
「まだ昼だぞー?」
「疲れてるのよ、色々と。身体もね」
その言葉を受け、イクトは改めて珠子の身体に目を向ける。
一見衣服で覆われた身体は何もなさそうな健康体に見える。
だが実のところ、珠子の身体の満身創痍だ。胸から腹にかけて存在する傷もそうだが、身体全体が悲鳴をあげるほどに疲弊し切っている。しばらくはまともに戦えそうにないのが現状、と言ったところだ。
「私はしばらく動けない、ていうか休みたいわ。だから浩介と怪物の世話は貴方に頼むわよ」
「え」
「え、じゃないわよ。貴方は将軍の地位を与えられるぐらい強いんでしょ。道案内兼用心棒ってことで頑張って」
「えぇー……」
返事を待たずして、珠子は部屋へ戻って行った。
「(断らせる気がないのか、いや多分俺の性格からして断るのはないと思ってんだろーなー。まあ正解だけどさー)」
イクトは大総統の息子とは思えぬ、どこか抜けたような性格の青年だ。国内の政治で忙しい中でも、父であるサクリが自身を大切に育ててくれた経験から、自身が守るべき者たちにはとても優しい。その精神が、サクリの側近からは絶賛されているほどにだ。
だからこそ珠子は、イクトを信頼に値する男だと感じているのだ。
―まあ、しかし。
「まあ、千布浩介たちは守るべき存在だよ、今は。だけど浩介が一人前になったとき。そのときは………俺自身が壁にならないといけない」
テュシュアー・イクトという人間は、昼行燈な普段な面で隠せないほどに、責任感も愛国心も何もかもの気持ちが強い、熱い漢なのだ。




