2話 化け狐は己の真実を隠したい
「闇の……怪物」
珠子は自ら名乗った怪物の名を聞き、心の中で首を傾げた。
片瀬珠子は以前このロンリー大帝国で大佐を位を持っていた。故に、手を組んでいる怪物の情報はだいたい把握している。
「(知らないわそんな怪物。まあ、嘘をついている可能性はあるのだろうけど)」
敵が嘘をついている、ということはよくあることだ。なので信用などは全くしていない。
………なのだが。それにしても気になることが珠子にはあった。
「(あの怪物の能力は確かにこの目で見たわ。辺りを闇で包み込む能力、なのだろうけど。―だったらこの浩介の失神の説明がつかないのよねぇ……)」
そもそもだが、闇の怪物(仮)が現れる少し前。浩介は謎の攻撃を受けて、泡を吹き出して失神しているのだ。
怪物が二つの能力を持つなんてことはあり得ない。せいぜい元ある能力を上手いこと利用するぐらいである。
ならば答えは一つ。
「(やっぱり……一体じゃないと。それしかないわね)」
そういうことだ。この森の中に、まだもう一体、浩介をなんらかの手段で失神させた怪物がいるはず。
「アンタ、まだお仲間がいるんじゃないの?」
『……ナニ?』
「アンタが闇の怪物なら、浩介のこの不自然な失神の仕方に説明がつかないのよ」
『仲間はイナイ』
「ならアンタは本当に闇の怪物なの」
『ダカラ名乗っタロウ? ワタシは闇の怪物ダ』
そう珠子が尋ねたところで、怪物は簡単には答えてくれない。敵に尻尾を振るバカはいないのだ。
ならば戦う他ない。
「(他の怪物なら能力がどのようなものなのかは分かってたけど……この闇の能力は未知なのよね)」
『ソロソロいいか? ワタシとてソコマデ待てるタチじゃナインダ』
地味に怪物が名乗りをあげた時から時間が経っていたことで、痺れを切らした怪物が己の右手を地面に当てて、何かボソボソと唱え始めた。
すると辺り一面を包み込んでいた闇が、一気に右手に触れている地面の一点軌道を描いてに集まり始め、やがてそれは大きな球体塊となる。
『闇はスベテをノミコム』
禍々しい雰囲気を放つその球体は、見るだけでも引きつけられるような強烈なものだった。
それによく見てみると、若干周りの木々を飲み込んでいるのがわかる。おそらくは怪物の言った通り、「全てを呑み込む」必殺技なのだろう。
「(ちょっとマズイかしらね…。ただ、全部の闇を集めたおかげで、周りの景色がくっきりとしたのはありがたいけど)」
闇を全て一極集中させた関係上、現在まるで昼のような明るさを取り戻している。
今まで捉えにくかった敵の姿も、今ならよく分かる。
怪物は、意外にも女の人型であった。
珠子や、浩介らと一線を交えたゴビ将軍のように怪物の遺伝子を使う者は当たり前に人間なのだが、その遺伝子のオリジナルとなる怪物は、決して人型だけではないのだ。
四足脚の獣タイプであったり、その中でも知能の有無があったりなど。人間が人の肌で種を定め始めたよように、怪物にもその容姿で種類が定められているのだ。
「(闇の怪物の能力は未だ未知数……! この球体の力も分かってないわ。ならば私のするべき行動は一つっ!)」
『暗黒重球ッ!!!』
「避けるっ!!!」
怪物が球体を放ったと同時。珠子は両手から氷柱を繰り出し、それを地面に突き立てながらも氷柱を出し続けることで一気に怪物との距離を取る。
『チィッ』
グラビトンと称され、珠子目掛けて放たれたその暗黒の球体は、地面に落ちたと同時にあたり一面を飲み込むかのように周囲の地面を抉り、気づけば辺り一面を巨大なクレーターができるほどの強烈なものだった。
「あ、危なかったわ……」
「(こんなの食らいでもしたら……今頃私はどうなっていたことか……!)」
『避けタカ。ダガこれで辺りはマタ暗くなる』
そう怪物が言った通り、闇を取り込んだ球体が消滅したことで、再び辺りは元の夜の風景へと戻った。すなわち今、珠子の視界には暗闇しか映らず、怪物はまた闇の中へと消えてしまった。
「(手強いわね、彼女。あの球体の技は、タメの時間があるからに放つ前と後での隙が大きい。だけど放った後だけに言うなら、球体は消滅して瞬時に辺りは元の暗い状態へと戻り、自身は闇に帰るからカバーができる。このドレイク山脈の森林と相性バッチリってことね)」
地の利は怪物側にある。
珠子はロンリー側の人間ではあったが、このドレイク山脈には足を踏み入れたことはなかった。
「(んっ……胸の傷が、痛むわね。まだ良いけど早く決着をつけなきゃ……)」
珠子の右胸から腹部にかけて存在する、深く斬られた痛々しい傷跡。
これは以前小白での戦いで、スワーム軍大佐であるオリバによって与えられたものだ。急速冷却とその後の医療班の懸命な治療によってある程度は回復しているものの、決して万全な体調ではなく、傷跡に負荷が掛かり続ければ傷が開きかけない。だから珠子は早期決着を狙っているのだ。
森林を包み込んだ一面の闇を睨みつけながら、珠子は思考を凝らす。
「(まあ傷は良いとして。あの技を放つ前なら隙は十二分にある。まだ他の技がある可能性が否めないけど、やる価値はあるっ!)」
『……モウ一回』
「(きたっ!!)」
どこからともなく聞こえる怪物の声がこだますると同時、視界を包み込んでいた闇が急にある一点に目掛けて集まり始める。
そしてその一点に集まろうとする闇を軌道を、珠子は氷柱を右手から出し続けて後から追いかける。
「(彼女があの技を出すとき、まず、おそらくは地面に手をつけ、その地面と手が互いに触れている一点に闇が集まることが動きの始まりのはず。だったら、闇が集まろうとする軌道を氷柱で追走させればっ!)」
『………ナニィッ!?』
予測は的中。なんと珠子の放った氷柱は、見事に、怪物の手に集まろうとする闇を追いかけ続けて怪物の右手に命中。そのまま右手を凍らせたのだ。
「さらにっ!」
右手が凍ったということは、その右手と氷柱は繋がっているということ。
珠子は出続ける氷柱を止め、今度は逆にその氷柱を、凍って氷柱と一体化したような状態である怪物ごとメジャーを引き寄せるようにグッと一気に寄せ付ける。
『コイツッッ……!』
「引き寄せてっ!!」
例え辺りが暗かろうが、間近まで来れば流石に視界に捉えられる。
「ぶん殴るッッッ!!!!」
『グアッッッ!?』
それと怪物の隙。この二つを鑑みて現状で一番の手っ取り早い対応策を考案し、実行する。
これが―
『(コレガっ……ロンリー軍大佐、氷帝ルイっっ!!)』
若干18歳という非常に若い年齢にして、ロンリー軍の大佐にまで上り詰めた若き天才女軍人、片瀬珠子なのだ。
――――――――――――――
「(がっ……………!?)」
浩介は急に何らかの刺激を受け、跳ね上がるようにして飛び起きた。
しかしそこは先ほどまで自身のいたドレイク山脈とは全く異なる場所であった。
「周りが真っ白……」
真冬の銀世界のように右左どこを見ても白。
「たしか気絶した、んだよな。いやこんなのが見えてるってことは、俺死んだのか……?」
まさか天国では? と疑問に思う浩介。
だが別に全身が透明ではないし、そもそも死ぬような状況ということは、側にいた珠子にも何かしらの被害があったはずだ。
しかしここにいないということは浩介自身は死んでいない可能性が高い。
「(だったら尚更ここはどこなんだ…?)」
『ここは私の精神世界』
「誰だっ!!」
突如として虚空から聞こえた声。
精神世界がどういったものかは分からないが、声の主が展開しているものなのだろう。
『あなたの気絶は私の能力によるものよ。どうだった? 気絶しているときの感覚は』
「最悪に決まってんだろ死にかけたんだぞこの野郎」
『そりゃあ殺すつもりだったし』
「あ、そう。……いや良くねえな、ていうかお前誰だ」
『私? 私は―』
謎の声の主は名乗ろうとした際、何か思うことがあったのかピタッと動く口を止め、そのままその状態が数秒続いた。
「名乗んないのかい」
『いやっ……あの。もっと良い名乗り方とかないかなーって名乗ろうとしたときに思って』
「いや、いいから。俺とお前は敵だから。そんな演出いらないから」
『え……あ、そう。……じゃあ今のなしで。テイク2で』
「はいはい御勝手に」
姿は見えないが多分あたふたしてそうな声の主は、「んっんんっ」とわざとらしい咳払いを挟み、テイク2ということで再びことを始める。
『私の名は――心のごふっ…!』
「………」
『………』
「……………」
『……………………』
「…………………………あの」
『ごめんなさい、喉が詰まりましたすみません』
「いやもういいから雰囲気ぶち壊しだから。心の怪物だって言いたいんだろ?」
『はい、もう……』
「あーっもうやりづらいわ! いいから姿現せマジで!」
『はいぃ……』
現れた心の怪物の姿は、人間でいう少女のような容姿であった。
猫背で何かヘコヘコしていそうな雰囲気。これが怪物なのかと浩介が疑いをかけるほどだ。
『すみません………』
「別に謝ることはねぇだろ」
『いえ、それがあの』
「それにお前のその態度みたら倒す気なくなっちゃったし……俺早く片瀬のとこ行きたいからさ、ここから出してくんない?」
『………あー……えっっっとぉぉ、それが……すみません……』
「おいまさか……」
『うぅ……』
一瞬頭の中でよぎったその事実に驚愕しつつ、浩介は苦い顔をしながら心の怪物に問いかけた。
「―出れないのか!? この精神世界から!?」
いきなり大声を出した浩介に驚き言葉通り飛び跳ねた心の怪物は、自身の能力について口を割った。
『私の能力は、「相手にできた心の揺らぎにつけこんで精神世界に連れ込む」というものなんです』
「その際に相手を気絶させると」
『はい、そうです。―で、精神世界に連れ込むのですが、それだけなんです』
「それだけ?」
『はい。それだけです。私は連れ込んで逃げるだけです』
「んな卑怯な」
『すみません……。で、でも本題はそこじゃなくて』
「?」
心の怪物はがっくり膝をつきながら自身の能力の最大の欠点を暴露した。
『二人が作った世界。ただし出られるのは一つ分の魂だけ』
「なっ……!?」
『それがさっき貴方が言っていた真相です。この世界は、弱った相手を連れ込むことはできても、出られるのは一つ分の魂……つまりは一人だけなんです』
「ちょちょちょっと待て。じゃあお前今までこの世界に連れ込んだときはどうしてたんだよ!?」
『相手が餓死するまで隠れて待ち続けます。この世界は現実世界の三分の一程度の時間の進みなので、ここで3日待って相手が死んでも現実では1日しか進んでいませんから』
「でも相手を見殺しにしたとしてここから出られる算段なんてあるわけ―」
『この精神世界は2人あってこそ成立する世界。片方の生命が途切れて時点でこの世界は崩壊します。だから出られるんです』
とても陰湿な能力だと浩介は心の中で唇を噛むような思いを抱いた。
長らく怪物が話していたことを簡単にまとめると、この怪物の能力は「連れ込んだ時点でほぼ勝ちの世界に連れ込む」という能力であり、連れ込む条件は「相手の心情に揺らぎができたとき」。
そう、この怪物は。もうすでに浩介の喉元を掻っ切るところまで来ていたのだ。
「テメェ……ッッ! じゃあさっにまでの無駄話も時間稼ぎの手段だったってことかよ!」
『ふふふ……今更気付いたの………ん? あ、ごめんなさい違います』
「はぁぁぁ?」
一瞬シリアスな雰囲気になりかけていたのを一言でブチ壊した怪物に目が点になる浩介。
『たしかにこの世界にあなたを連れ込んだ時点で勝機は私にありますし、あなたの命は私が握っていることになります』
「だ、だから隠れて俺を見殺しにするんじゃ―」
『だけどさっきあなたが、私を殺す気がなくなったって言ってたより先に、元より私はあなたを殺す事に抵抗がありました』
「………そうやって油断したとこを一突き、とかないよな」
『疑心暗鬼なところ悪いのですが、私はあなたの心の揺らぎに興味があります』
「俺の……?」
『そう、私がこの世界に連れ込めた原因とも言える、その揺らぎに』
浩介の心の揺らぎというのは、おそらくはここでの野宿の際に起きた浩介の恋心的な感情を指している。
当然浩介はそのことを察していた。
「認めたくはないけど、俺のその心の揺らぎになんで原因があるんだよ」
『私は……あなたのその心の揺らぎの行方が知りたいのです』
「ゴフッ!? 恋心ってお前っ! 俺が片瀬に恋をしてるなんてそんなこと有り得るわけが―」
『一時なものなのでしょう? なら別にいいじゃないですか』
「ぐっ……まあそうだけど!」
『そこで提案があります。あなたにはデメリットがない提案です』
「あ?」
怪物は虚空から姿を現し、まず本当に敵意がないことを示すかのように両手を広げる。
『私を殺していってください』
「はぁ!?」
『先ほども言った通り、この精神世界は二人いて成立する世界。私の生命が尽きたのならば、この世界に存在する生物はあなただけになり精神世界は崩壊します』
「でもっ…」
『私はあなたのその恋心の行方が知りたい。だからここであなたが死んでしまってはならない』
「……殺しは、したくねぇ」
『でもあなたはしたことあるでしょう』
「っ!? なんでそれを!?」
『ゴビ将軍という看板が死んだのです。それぐらい誰でも知ってます。―だからあなたにはできるはずです。私を殺すことが』
浩介は以前。成り行きで戦うことになった、ロンリー軍将軍であるゴビという人物と一戦交え、その人物を殺してしまっている。
その経験があることから、怪物は浩介に自身の殺害を促しているのだが、浩介はもう殺しはしないと誓った後。血まみれた死体なんぞもう見たくないし、一人の死で数知れない人が悲しみに暮れることを実感した。だから心の怪物を殺したくない。
「(でも……どっちかが死なない限りは外に出られない。今外で何が起きてるのかも理解できてないし、片瀬に何か会った後じゃ手遅れだ。だからこれは絶好の機会なんだ。機会なんだけどもっ!! 俺は敵の全くないコイツを殺す以前に痛めつけるこすらも抵抗がある! できるわけねぇだろそんなことっ!!)」
浩介は、敵が二人だと気づいている珠子とは違い、完全な奇襲を受けてこの精神世界に連れ込まれてしまったがために、それ以降の情報が一切遮断された。
現在珠子は闇の怪物と戦っているが、もちろんそんなこと浩介は把握していない。
浩介からしたら、珠子が自分を起こそうと必死になっているかもしれないし、もしかしたら他の怪物にやられて死んでしまっているかも……なんてことも脳裏にチラついている。
『彼女……片瀬さん、でしたか』
「あぁ。俺の……仲間だよ」
『彼女は生きています』
「まじか!?」
『ただ私の連れと戦闘しています』
「なんでそれがわかるんだよ」
『見えるんです、私だけはこの精神世界から外を覗けるんです』
「多いなお前の能力。……生きてるなら多少気分は楽になるけど」
『……………いや』
「どうした?」
おそらくは外の世界にいる珠子と闇の怪物の戦闘を見ているのだろう。
心の怪物は、虚な目をしつつも額にうっすらと汗を滲ませてこう浩介に告げた。
『珠子さんの身が危ない!』
「え、なんでっ……片瀬がソイツに負けるなんて―」
『彼女に元々あった怪我はありませんか!?』
「怪我ぁ!? そんなの、いやたしか胸から腹にかけて剣で斬られた跡がっ!」
『ならその傷跡ッッッ!! それがもうすぐに開くっ!!』
――――――――――――――
その二つ名に恥じぬ強さであった。
「どうやらアンタの能力、暗闇の操作および利用。自分の森林で戦うってのは凄くいいけど、私には敵わないわっ!!」
暗闇をつたってあちこちを移動しながらも幾度も攻撃を仕掛けようとする闇の怪物だが、トリッキーな珠子の氷の挙動によって全て不発に終わっている。
「……まあでも、こんな展開飽きてきたわね」
『ナニ?』
「浩介のこともあるし、そろそろ終いにしてやるわ」
『ココはワタシの家ダ。何ヲシヨウトモ闇に潜んでカワシテヤル』
「やれるものならね」
次の瞬間だった。
上空を覆っていた雨雲がどんどんと一点に集まり、ゴロゴロと歪な音をかなでだす。
「非情豪雨」
そして突如として槍のように鋭く尖った雨粒が降り注ぐ。
この技は以前、珠子が地球にて玲と戦ったときに使用した技だ。雨雲を一箇所に集めてそこから鋭く尖った高密度の槍雨を降らせる技だが、広範囲の技なために中々使うことができなかった。だが確実性はある。
『グッ……コレハっ!!』
「闇に逃げてみなさいよホラっ! 闇ごとアンタの体を貫いてやるッッ!!」
『ツレがイルダロウっ!? ソイツに被害ガアルダロウニっ!?』
「浩介から距離は離れてるからこの範囲からはギリギリで逃れてるのよ。だから思う存分アンタをぶっ叩ける!」
『クソっ…!』
降り続ける槍雨に言葉通り身を削られながらも、なんとか急所に当たらないよう、身を屈める。
完全に不利。それはもう少し前から怪物は理解している。第一、大佐相手を一人で担うのには無理があったのだ。
『(ダガマダ死ねナイ! せめてアイツを道連れニっ!)』
だが勝つならともかく、引き分けに持っていくのならまだ可能性はある。
となると策はどうするかだ。
珠子までの距離は約10メートル。走ればすぐだろうが、走っている間にも槍雨は怪物の体を貫くだろう。ましてや急所を庇っている今とは違って、走るとなると急所を射抜かれる心配がある。
『(ナラコノ体勢で奴ヲ倒せる手段は……)』
自身の握る手札は2枚。そのうち1枚の闇の能力は完全に珠子に見破られている。ならばもう一枚を切るしかない。
『(私ノ手の内ヲ明かすノハとても気が引けるガ……成果ナシに死ぬヨリハマシダっ!)』
「一回ぶっ倒れてろこの影頭!!」
『倒レルのはオマエだルイ!!』
全身の身を削がれながら、それでも不適な笑みを浮かべて怪物は手に印を結ぶ。
『闇カラ水ヘ、私ヲ導けッ!!』
―それは闇の怪物に全方向から槍雨が突き刺さろうとした瞬間の出来事であった。
高密度の槍雨は人の体程度なら軽く貫ける。怪物なら軽く身を抉るぐらい。
だがどうだ。
「これでアイツは地べたに這って倒れてるはず……あれ? いない!?」
死体はもとより怪物の姿が消えた。
あの槍雨から逃れるなど本来不可能。逃げようにしても必ず槍雨の猛攻を受け、ただで済むはずがない。
ではどこに行ったのだ?
「(闇に潜ったとして、槍雨は怪物を貫いて奴が出てくるはず。なのになぜ消えたのよ!?)」
闇の怪物なら打つ手はない。
「(闇の怪物なら……? そもそもアイツは闇の怪物だって分からなかった、闇の怪物なんて存在しなかった! だからアイツの本来の能力が違うってことが― いやでも個人が持てる能力は一つだけだし……)」
珠子はロンリーの兵士なのだから知っているのだ。
―闇の怪物は存在しない。
それは最初に珠子が言っていた。あのときこそ、そこまで考えて放置していたが、今になってこの怪物の正体が重要になってきた。
闇の怪物という名が本来の名ではないのならば、この怪物の名はなんなのか。
「(闇の能力と並行して姿をくらませることができる能力……)」
『ワカラナイダロウ?』
「闇の……怪物っっ!!」
『オマエは私ノ名前を知ってイル、ダガ気付けるカナ?』
どこからともなく聞こえる怪物の声。
「(私がアイツの本当の名を知っている……? でも闇を扱ってたり急に消えたりする能力を使う怪物なんて―)」
『私ハ誰にデモ化ける。化ケテ化け続ケテ生き残っテミセルっ!!』
「(―っっ、そうか化けるっ!!)」
怪物の今の発言に、珠子は全ての筋が繋がった感覚を覚えた。
三度繰り返すが、奴は闇の怪物ではない。闇の怪物は存在しない。他の能力を両立させる怪物も存在しない。
―だがその怪物が誰かに成れる能力なら?
その能力を持つ怪物なら、珠子は知っている。
「分かったわ」
『ア?』
「アンタは闇の怪物でも、瞬間移動ができる怪物でもない」
『ソウダ。私ハそんな怪物デハない』
「誰かに成る能力。架空の誰かに成れる能力。それだったら全て辻褄が合うし、私もその怪物を知っている」
『ッ!?』
「アンタの名は偽の怪物。自身の考える能力に成れる能力を持つ化け狐なのねッッッ!!」




