最終話 遅刻魔と少年と女の行く道
時は数時間経ち。既に日は暮れかけていた。
ボロボロに傷ついた身体に鞭打ってなんとか小白まで戻れたまでは良かった。だがその後は、充電が切れたかのようにプツリと意識が途切れるようにして仮眠室で眠ってしまった。
それも仕方ないだろう。
なにせ浩介も玲も、ライドリッヒという強敵と死闘を繰り広げたのだから。むしろ死ななかっただけ幸福だ。
そして浩介が目を覚ましたのは翌日の昼時のことだった。
「あー………ねむ……」
寝ぼけ眼を人差し指で擦りながら、浩介は仮眠室を後にする。
外に出ると天気は快晴で、その眩しさに目がくらぬ中、浩介はほとんど更地となった小白の市街地を散策する。
散策するとは言っても、あるのは破壊された建物と、ほんの少しばかり残った住宅のみ。正直言ってただ歩いているだけでは何も面白みがないことであった。
―だが浩介には用事があったのだ。
「……いた」
浩介が目指した先は、オリバとの戦いで胸に傷を負い、満身創痍の状態で簡易な椅子に座ながらコーヒーを嗜んでいる珠子であった。
「浩介?」
「おう」
浩介を見るなり、ありもしない尻尾をブンブン振り何かを期待するような視線を向ける。
「……別にそういう事で来たわけじゃない、真面目な話だ」
「なによ、つまらない」
あからさまに口を尖らせ、構ってほしいアピールをする珠子をスルーし、浩介は本題に入る。
「俺たちのこれからについてなんだが…」
「えなに、結婚っ!? やだ浩介ったらまだ私たち付き合ってもないし、初夜だって……」
「ぜんっぜん違うわっ!? てか初夜とか言うなよ」
「……………………」
「わかったよ俺の言い方が悪かったよごめんなさいっ!」
「……まぁいいわ。―で? これからの私たちの動きの話でしょ?」
「あ、あぁ」
浩介は喉を鳴らし、こう話した。
「現状、小白にいたスワーム軍とロンリー軍は無力化した。だけど、ユロが言うには、オリバの野郎が小白に向けて多くの援軍を要請したって話だ」
「そうね、彼が吐いた事実によれば、援軍の戦力は1500。数で見れば一師団にすら満たないけれど、その援軍はルピー王直属の精鋭部隊。あの数で五師団以上の実力があると言われているほど、黒土内で最強を謳う精鋭部隊よ」
「小白はなるべく手放したくないし、なんならここを拠点にしたいと思ってる。だからここに残りたいけど……俺たち4人だとその精鋭部隊と張り合えそうか?」
浩介がそう聞くと、珠子は前髪をくるくると弄りながら、「んー…」と唸る。
「まあ……勝てると言えば勝てるわ」
「ちなみに二人だと?」
「負けるわ」
「…………ならどうしたものか…」
「…? なにか考えている案があるの?」
「ロンリーと交渉するっていう案がある。だがそれだと戦力を最低でも一人割かないといけないし」
「一人じゃ無理よ」
「俺でもか?」
「浩介。貴方はロンリーを知らないからそう言えるのだろうけど。実際のところ、ロンリーの内情は甘くはないのよ」
「どういうことだ?」
「怪物よ。今のロンリー大帝国には能力を持った怪物がうじゃうじゃいるのよ」
聞いたことがある。
そもそも、ロンリー大帝国とスワーム大共和国の北には、怪物が結成している国があるのだ。
そして、その国とロンリー大帝国とが手を組み、協力体制にいるとのこと。(※プロローグその2 参照)
そのため、ロンリー大帝国が抱える戦力は実質的に本来の2倍相当のもの。到底一人で歩けるところではない。
「じゃあ二人で行くしかないのか……」
「となると、今度は小白の防衛戦力が足りなくなるわ」
「ぐぬぬ…」
下唇を噛み締め、眉を寄せる浩介。そんな彼をよそに、珠子はニヤニヤと笑う。
「な、なんだよ…」
「いや? 私ならこうするのになって、ただそう思っただけ」
「てめっ……俺で遊びやがってっ!」
「まあ別に? あなたをバカになんてするつもりはないし。勿体ぶらずに教えるわよ」
珠子は急に回れ右をし、まるでついて来いと言わんばかりに右手を振る。その動作に気づいた浩介は、小走りで珠子について行った。
「ここってたしか……」
「そう。身包み剥がされた兵士たちがいるとこ。彼らに手伝ってもらうのよ、もちろん戦力としてね」
「……言いたいことはあるが、まあそれより。あの人たちは俺たちの言うことに従うのかよ。特に片瀬はロンリー軍を裏切ってるだろ? そこんとこは大丈夫なのかよ?」
「ご心配、心から嬉しいわ。でも大丈夫」
軽くウィンクをした珠子。
「今小白にいるロンリー軍の部隊は、ライドリッヒがトップの部隊なの。そして私はその部隊の二番手。だからライドリッヒが動けない現状、部隊の指揮権は私にあるのよ」
「でも……軍に反した命令を、その人たちは聞くのかよ?」
「あぁ、そこは問題ないわ。彼らも元々はこんな戦争したくはないし、なんなら人殺しもしたくはなかったから。協力してくれるはずよ」
そして、微笑むにして浩介を見つめる。
「こういうときは、この世界の人である私に任せなさい」
そう自信ありげに珠子が言うと、そのまま氷の錠を付けられ拘束された兵士たちに近づく。
先程は遠くから彼らの様子を見ただけだったので状況はあまり把握できていなかったが、実際に間近で見てみると、やはり険悪なムードだ。
「テメェらスワームなら、王への忠信を見せやがれよ。その短刀で腹を切り刻んでな! ハハっ!!」
「テメェらロンリーならよぉ、怪物なんかの餌食にでもなって、栄養分としてこの先永らえるってのが良いんじゃねぇのかあぁ!?!?」
「「んだと貴様ァァァァッッッ!!!!」
「なんだこりゃ……」
「一応この黒土では、使用言語は全て同じなの、あなたが気づいていないだけでね」
「俺が言いたかったのはそこじゃなくて…。いやたしかにそれも気になるけどぉーー」
「まあ多分? あなたがここの言語を理解できるってのは、相棒であるドルが、あなたがコチラに来る時に何か施したのだろうけど」
それはさておき、と珠子は一言口から漏らして、微妙にたるんでいた頬を瞬時に修正し、軍人たるべき表情へと変えていく。
「―さてスワームの兵隊ども」
「っ!?」
「「!?」」
突然発せられたドスの聞いた声に、今の今まで口での殴り合いをしていた両軍は一気に静まり返った。
ちなみに浩介が初めて見る珠子の姿に若干ビビっていたのは誰にも知られなかったそう。
「たっ!? 大佐殿っ! 今までどちらに…」
「ちょっと裏工作? 的なことよ。勿論このアホらしい戦争を終わらせるためのね」
「しかしっ…裏切ったと―」
「きょ・う・りょ・く。してくれるわよね?」
「「「はい………」」」
「よろしい。―そしてスワームのブタども」
半ば強引に部下を取り入れると、珠子はスワーム軍の方へと振り返る。
「私のことを知らない奴はいないだろうから、単刀直入に言うけど。アンタら、私たちと一時的に手を組まない?」
「「なっっ!?!?」」
しばしの騒ぎの後、数多くのスワーム兵の中から、とある人物が未だ痙攣する太ももを庇いながら、人混みを分けて現れた。
「ざけんなよルイ。なんで俺らがテメェと手を組まなければならん」
「あらオリバ、負傷してるんだから無理してこっちまで来なくても良かったのよ?」
「テメェが俺を撃ったんだろうがっっ!!」
久方ぶりの登場、オリバだ。
声を荒げているが、負傷している太もものせいで満足に動けないせいで、非常に不満そうな顔をしている。
「オリバじゃんか。元気にしてたか?」
「浩介か。まあな」
そして、浩介がオリバと顔を合わせるのも久方ぶりである。
「ねえ浩介。この男、私たちと戦ったとき、『浩介を寄越せ、ぶっ殺してやるー』なんてこと言ってたのよ?」
「なんだよ裏口入学。お前、そんな物騒なこと言っておきながら呆気なく片瀬とユロに負けたって言うのか……? お前アホか」
「それは……まあ、二対一だったし」
「でもアンタ、『そのロボットがいるようじゃ、むしろお前にとってはデメリットだろ。なら勝機は俺にある』みたいなこと言ってたじゃない」
「ダッサ!? お前っ裏口入学のくせに、そんなこと言ったうえで負けたのかよ!? 裏口入学のくせにっ!? 裏口入学したアホがっ!?」
「裏口入学裏口入学うるさいわボケッ!! あと俺は裏口でこの軍に入ったわけじゃないって何回言ったら分かんだっ!!」
「「え、違った?」」
「もういいっ!!」
半ば無理矢理、捻じ曲がり脱線した話を戻すと、オリバは目を細める。
「それで。なぜ小白にいる俺たちスワーム軍とお前らロンリー軍が組む必要がある?」
「単刀直入に言うと、このままだと私と浩介たちが詰むのよ」
「なら俺たちには何もッ…!」
「関係がないならとっととアンタら見捨ててるわよ」
「…っ。じゃあなんで……」
「簡単よ。このままバラバラな状態だと、じきに着くスワームの精鋭部隊に全員皆殺しにされるからよ」
「なっ!? なんで味方である俺たちまでも殺されんだっ!!」
「それはアンタが一番知ってるはずよ、オリバ」
歯をギリギリを噛み締め、こちらを睨むオリバをよそに、珠子は意味もなく辺りをチラホラ歩きながらも口を開く。
「精鋭部隊はルピー王直轄。ルピー王が邪魔だと思った輩は全て言われた通りに排除する。でしょう?」
「そうだ。だが別に俺たちまでも排除しなくても―」
「だからアンタらは王に見限られてるのよ」
「王に見限られ……た」
「そう。アンタらの部隊は、重要任務である、小白の完全支配に失敗。そのうえ裏切り者の浩介の処刑も失敗。もう彼らにとって、アンタらの部隊はお荷物でしかないのよ」
「俺が………お荷物…………? ルピー王が処刑……? 俺を……?」
非情な事実に、オリバは膝から崩れ落ちる。だが、太ももを負傷しているのもあり、四つん這いの状態から更に崩れ落ちてしまい、未完成の土下座のような形となってしまった。
そして自身の不甲斐なさからか、体を震わせて完全に沈黙した。
「―オリバ」
「…………」
話しかけても無を貫くオリバであるが、浩介は返答を待たずして言葉を投げかける。
「ゴビ将軍と戦ったとき、覚えてるか?」
「………」
「あのとき、将軍に殺されかけた俺を救ってくれたのは、オリバとドルだろう?」
「…………」
「だからお前は、俺の命の恩人でもある」
「…………」
「そして―」
そこまで言って、浩介はオリバの弱々しくなった両肩に手を置き。
「俺はまだ。アンタにその借りを返せてねぇ」
「………っ!」
「だから今、その借りを俺たちで返す」
「…………どうやって」
「俺たちがオリバに協力してやる。だから立てよ。それとも、まだ地面にべばってるか?」
「………………ふん」
両肩に置かれた手を払い、オリバは力強く立ち上がる。
「俺を誰だと思ってる。元スワーム軍大佐、オリバだぞ」
――――――――――――――
なんとかスワーム軍の協力を得た浩介と珠子は、一旦オリバらと別れ、改めて今後の動向を練ることにした。
「これで目先の問題は、俺、片瀬、玲、ユロの配分だけだ」
「私浩介と一緒がいい」
「戦力的観点と、経験値的観点から見て―」
「私浩介と一緒がいい」
「俺とユロ―」
「私浩介と一緒がいい」
「あえて無視してんの分かんないかなぁぁぁぁぁ!!!?」
私浩介と一緒がいいbotになっている珠子であるが、それも仕方ないのだ。
「だって、さっき私は浩介とペアにならなかったじゃない!! またそうやって組めないのは不平等よっ、陰謀よっ!!」
この世の誰よりも浩介を愛する珠子が、目の前で何度も浩介とのラブラブイチャイチャウフフな2人きりになれずにお預けをくらうなど、それはもう噛み締める唇から多量出血して死ぬぐらいに苦行なことなのだ。
「お前の気持ちはわからんでもないがっ! それでもお前の一念で変わるぐらいには今の状況は甘くない、それはお前もわかってるだろうにっ!」
「陰謀陰謀陰謀陰謀陰謀陰謀陰謀陰謀陰謀陰謀陰謀陰謀陰謀陰謀陰謀陰謀陰謀陰謀陰謀陰謀……!!!!!」
「怖い怖い怖いわっ!? ヤンデレレベルMAXかよ片瀬っ!!」
「浩介と一緒浩介と一緒浩介と一緒浩介と一緒浩介と一緒浩介と一緒浩介と一緒浩介と一緒浩介と一緒」
「あーはいはいはい分かった分かった分かったって!! 俺と片瀬で組めばいいんだろっ!?」
「……で、私たちはロンリーに行くのね?」
「テンションの上げ下げで俺が風邪ひくって……」
ヤンデレの恐ろしさを直に感じて頭がふらついたが、浩介はなんとか持ち直し、本題に入る。
「まあ元ロンリー軍の片瀬がいるペアの方にロンリーに交渉に行ってもらう予定だったし。俺と片瀬がロンリー行きだな」
「じゃあ玲とユロが居残り組なのね」
「……心配か?」
「…………まあ少しは」
「大丈夫だよ、アイツらは。玲とユロは互いに信頼し合ってる相棒のような関係だし」
「じゃあ私と浩介も相棒……いやそれ以上の関係ってことね」
「それは、ない」
「ちえっ」
珠子は、常に持っているコーヒーカップに口をつけ、口休めと言わんばかりに啜る。
少し経ち、満足したのか、珠子はコーヒーカップを浩介に差し向けた。
「飲めってことか?」
「水分補給は大事よ」
「コーヒーで水分とるやつはそういないと思うがな」
「間接キス補給も兼ねてるのだけど」
「なんじゃそれゃ」
カップを掴むようにして持ち、そこからグビッとコーヒーを全て飲み切った。
「満足か?」
「ありがとうございますありがとうございますありがとうございます」
「今度はありがとうbotかよ」
しきりに頭を下げお辞儀を続ける珠子を落ち着かせた後、浩介は一旦珠子と別れ、自身の寝ていた仮眠室兼自室であるテントに荷物を取りに行くことした。
次に浩介が向かうロンリー大帝国の帝都、「アルカディア」は、ここ小白から直線距離で歩き続けて4日と半日ほど。実際は休憩したり、地形の問題で迂回したりするのでもう少しかかるがその程度だ。
馬車とか空飛ぶ絨毯(6話より)だの使えば良いではないかという指摘もあるかもしれないが、そんな便利なもの使えたらとっくに使っている。
―そもそもなぜ小白がこの大戦争の中で最重要都市とされているのか。それはこの都市が非常に良い立地にあるからだ。
北は海、南は川、そして東に森林、西には山脈があり、攻め入るところが少ない。そして、帝都アルカディアは西にあり、険しい山脈を越えなければならなく、馬車や絨毯では乗り越えることが困難なのだ。
ゆえに徒歩で行かなければならなく、最初は山脈にぶつかるために登山となる。準備は万全に済まさなければならない。
「あー…コンパスとかあったっけなー。それに長い旅路になるからテントとかも欲しいのかぁ。片瀬の部下とかに借りるかー?」
「独り言にしてはまるで誰かに聞いてほしいと思わせるような独り言だね浩介」
「……玲か、お前に今一番きてほしくなかったんだが…」
「僕は会いたかった。浩介、君、もしかしなくとも僕らに何も言わずにここを出ようとしてたでしょ」
「あぁそうだ、まずかったな。作戦を伝えないのはリーダーとして失格だよ」
「別に浩介がリーダーなんて誰も言ってないし、決めてもないけど」
無言でこめかみにビギィッと血管を浮かばせる浩介はそのまま無視して、玲は壁に寄りかかる。
「…作戦は?」
「俺と片瀬でロンリーの首脳陣と対話、玲とユロ+スワームとロンリーの小白部隊で小白の防衛」
「了解。……ていうかなんでロンリー側?
スワームの方がより容易に感じるんだけど」
「片瀬曰く。スワームの首相と国王は、国内外問わず昔から不穏な噂が立ちっきりだそうで、スワームと交渉するぐらいならロンリーの方がマシだから……らしい」
「まあ生粋の軍人が言うならそうなんでしょ。俺らがとやかく言える立場じゃないし」
素人にはわかりません、と言うように肩をすくめて片手を水平に挙げる玲。
しばしの沈黙がテントに訪れる中、玲は浩介を懐かしむような目つきで見つめる。
「……んだよ」
浩介が訝しげに睨み返す。
「いや……つい懐かしいとね。そう思った」
「なんで」
「ついこの前まで、一緒に出かけて遊んで過ごしていたのに。巨人の怪物に出会って、離れ離れになって、異世界に行って、拳を交えて……。普通じゃありえない混雑したスケジュールのせいでさ、地球にいた頃が急に懐かしく思えてね」
「そうだな」
壁に寄りかかっていた身体を擦りながら地面に降ろし、玲は呟いた。
「このまま……地球に戻れるのかなって」
「……まあ戻れると言えば戻れるさ。ただ、俺はドル、お前はユロだったときのように、アイツらの力で戻ればいいだけなのはわかるはずだ」
「うん」
「でも何を今更って話だろ?」
「……」
「俺たちと同じような惑星に住んでいるのに、こんな血と銃で満たされた戦争を永遠に続けている…。そんなの見過ごして元の居場所へ帰らせてくださいって鬼畜だろ」
「……うん」
「それに。俺は黒土に来るとき、『黒土から笑顔を取り戻す』って決心してる。その過去の自分を裏切るなんて男らしくないこと俺はしたくない」
そこまで言って、ひたむきに喋り続けていた浩介の口は閉じ、問いかけるような眼差しを玲に向けた。
「―お前は何のために黒土に来たんだ?」
「そりゃあ浩介に会うために」
「…っ。お前時折女っぽいこと言うよなぁっ!?!? 雰囲気返せよ!?」
「事実だし」
あまりの混乱ぶりに空気が変なところに侵入、むせ返り地面にへばってしまう。なんという雰囲気ブレイカー、黒田玲。
苦し紛れに唾を飲み込みなんとか苦しみから逃れた浩介は、乱れた空気を戻すことを兼ねた咳払いを一つ挟み、改めて問いかける。
「なら、お前のその目的はもう果たされているはずだ。だったらこれからはどうする。この惨状を見て俺を説得して一緒に帰るなんて言わないよな」
「この惨状はわかってる。でもっ! それだと浩介だっていつ何かの手違いで死んでしまうかも―」
「それでもッッッッ!!!」
「っ……!」
浩介だって自身の生存率が100%だなんて思ってもいないし、もしかして明日にはこの世にいないかもなんて思っているぐらいに死ぬことを恐れている。
だが、彼はそんなことでこの世界から逃げようと画策するような男ではなかった。
「それでも俺はそんなこと承知の上でこの世界から平和と平穏を取り戻すまで戦い続けるっ! こんな悲惨なもん見せられて、ましてやこんなにも自分に恵まれた能力があるのにっ! それを全部棒に振って元の地球でヘラヘラ暮らしていけるわけねぇだろっっ!!」
……しばしの沈黙があった。
「そうだった。浩介は意志の強い人間だ。自分が死ぬからとかそんなチャチな理由で己の行動を止めるなんてことはしないもんね」
「そうだ」
「そこは何一つ変わってないね、浩介は。地球にいたときから。イジメを受けていたときから」
やがて玲は腰を上げて、備え付けの水を一口摂取すると。
「―その心があるなら、俺は一生ついて行くよ。浩介が正義の道を行くとしても、力に溺れて悪の道を行くとしても。俺は浩介の役に立ちたい」
「……ありがとな、親友」
「そんくらい当たり前だよ、親友」
親友同士では言葉にしなくとも言いたいことは双方に伝わったのだろう。
その会話を最後として、玲は右手を挙げてフラフラと振りながら、テントを去っていった。
――――――――――――――
―準備は整った。
浩介は少しばかりか重いバッグを背負い、お世話になったテントに一礼しながら珠子との集合場所へと駆け足で向かう。
集合場所には既に珠子が遠目でも明らかに分かるほどワクワクして待っていた。
その珠子は、浩介をひと目見るや、手をブンブンと振り、しかもジャンプしながらこちらへアピールをしてきた。
「早く行きたいのは分かったからっ! もう少し待ってろー!!」
子を宥める親のように浩介はそう言う。
これは遠足ではない。だが、浩介にとっては少なからずも遠足気分が拭えなかった。
高校入学時の話だ。
入学時では恒例のクラスメート間での交流と題して、クラスで近所の湖へ遠足をしたことがある。
だが、そのときすでに、浩介は遅刻魔のレッテルを貼られた直後にあった。
結果として、クラス全体としては仲良くなることには成功したのだが(浩介にヘイトが向き、悪口を口火に話が盛り上がったため)、浩介は孤独を極めてしまったのだ。
故に、高校に入って遠足……というか、同じクラスメートたち遠出は全くもってしたことがないし、そういう行事があっても楽しいとは思えなかった。なので、少なからずも浩介は今、この次なる旅に少しの期待を寄せているのだ。
「……んっと。待たせたな片瀬」
「ホントよ。私がどれだけ貴方とのこの新婚旅行を楽しみにしてたか分かる??」
「いや結婚してないし、なんなら付き合ってもないし」
「あら? 私の中ではもう子供までいたのだけど?」
「精神科行った方が身のためだぞ」
「ふふふ……冗談よ」
ただの男が見たらついドキッと心臓が跳ねそうな、柔らかい笑みを浮かべ、上機嫌な珠子。だが彼女はあることに気がつく。
そしてそのことを認識するうちに、自然とからかいたくなる気持ちが心を満たしていく。
「………楽しみ?」
「えっ………………いや、別に」
「なら良かったわ。私は自身の罪を償うためにも、貴方を幸せにしなきゃならないから」
「別にって言ったじゃん!? 話聞いてるぅ!?」
「…………………別にぃぃ……?」
「クソッッッッ!!」
地面を足で強く叩きつけた浩介は、もう怒ったと言わんばかりに何も言わずに山脈への道を歩き始める。そんな彼を可愛く感じながら、珠子は上機嫌にルンルンとスキップで後を追っていく。
―地球での怪物との邂逅に始まり。未知なる異世界黒土で様々な活躍を見せてきた、遅刻魔のレッテルを自らの手で剥がした男、「千布浩介」。
だがその男の逆転人生はまだ……始まったばかりなのだ。
火と鉄と血が織りなすこの黒土に平和をもたらすために。浩介の次なる目標は「ロンリー大帝国帝都アルカディアへと向かい、皇帝と話しをつける」こと。
その目標のため浩介と珠子は、天を貫きそうな山々を携える大山脈「ドレイク山脈」を横断するのだった。
―そしてまだ二人は知らない。
この先今まだ以上に、出会い、悲しみ、そして戦いがあることを。
その戦火が目の前に迫っていることを。




