23話 遅刻魔と一発逆転の賭博砲
今一度、玲がするべきことを確認してみよう。
現在、浩介の火孔雀の展開そのために、多大な時間が必要となっている。その時間稼ぎを担うのが玲の役目だ。
「わかってはいるけど……さすがにこの巨大相手は骨が折れるでしょ……」
「おいっ!?」
漢らしいことを言った手前、今の玲は非常に情けないのだが、5メートル以上の巨人で物理攻撃がほぼ効かない相性最悪の相手ともなれば、少しもその口が開いてしまうのも同情できなくはない。
だが、情けないだけだ。恐れているわけではない。
「……? まさか、大地豊穣天神に玲、君一人で抑え切るなんて芸当をしようと言うのか? はっ、自分を高く見てはないか?」
力を貯める浩介を庇うようにして、一歩前に出た玲を上から見下ろすライドリッヒは、嘲るように鼻で笑ってみせる。
その玲は、右手の人差し指をくいっとこちらに曲げ、まるで「こいよ」と言わんばかりの態度を示す。
そして、その態度に少しばかり腹が立ったライドリッヒは、すぐさまに拳が出た。
「君とは経てきた経験も何もかもが違う、偶然手にした物で喜ぶ餓鬼が勝てる壁ではない」
直後、巨大な拳がライドリッヒとリンクするようにして玲に振り落とされる。
だが、既に、と言うか前から冷静だった玲は準備万全だった。事前に攻撃を受ける前から、力を貯める浩介の片手に触れており、攻撃を受ける際に神速を発動。再び二人とも回避に成功する。
―さらにだ。玲は移動先を、具体的には浩介の移動先を、自身とは異なる場所へ転移させたのだ。
その場所とは、戦いが起こっている場所、すなわち巨人がいる場所から約120m離れたところにある、ちょっとした高台。
玲は浩介にとって、火孔雀を打ちやすい最適となる場所に転移させたのだ。
「―ガキでも頭は動く」
「……ほう」
「もちろん体もな」
再び玲は神速を発動し、その場から消えるようにして駆け出す。
ライドリッヒは、上に立ったことで実質的に広くなった視野を用いて散策を行うも、全くもって見当たらない。
「どこに行った?」
「後ろだ」
「しまっ!?」
ハッと気づき即座に後ろを向くも、既に玲はそこにおらず、当の玲はライドリッヒが後ろを向いたタイミングで更に後ろに回っていたのだ。
「(何も巨人に固執する必要はない、本人を倒せば後は残るか分からない巨人だけ!)」
「雷撃―」
「……っと、危ない危ないやはり背後だったか」
「なっ!?」
完全に背後を取ったにも関わらず、玲とライドリッヒの間に土の壁が形成され、雷撃が不発に終わる。
「悪いね」
「なんでっ!? アンタ今完全に俺を見失っていたじゃないかっ!」
「経験だよ。私の間抜けで血の気が強くて汗臭い女同僚がね、私に勝てないときたら毎回背後を狙うものだから。その時の意識的なもの? みたいな感じだろう」
さて、と一つ拍を挟んで、ライドリッヒは右腕を振り上げる。
「砂斬……!」
「ッッッッ!!?」
鋭い砂の刃が玲の右脇腹を抉り、痛みに耐えかねなかった玲はそのまま地面へ落下していく。
「そのまま落ちて死ぬのか、そんなことはないだろう……?」
「ぐ……当たり…前っ!!」
このままもろに落下の衝撃をくらうかと思われたが、すんでの所で神速を発動したことで、なんとかダメージを抑えることに成功した。
だが防いだのではなく、抑えただけ。斬撃と合わせて、今の一瞬でかなりのダメージを負ってしまい、玲は右膝を地面に付けてしまう。
「やはり玲。君だけでは私を抑えるなど不可能に近いではないか」
「は……はぁ……。じ、事実。時間は稼いでるでしょうが……!」
「だがその脇腹と落下のダメージでは、神速を発動するのにひと苦労。……違うか?」
「…っ」
「ならば、それは私を抑えているとは言えないだろう」
ズ……っ、とライドリッヒの動きに合わせて巨人の右剛腕が動く。それは片膝を付いた玲を捉えており、一方の玲は右脇腹を押さえて神速を発動できるような体力は今はない。
「終わりだ」
―だが、逃げられなくとも、抵抗はまだできる。
「ッッッッ!!! 雷撃!!」
「ほう?」
巨人の右剛腕が、放たれた雷撃によって弾かれる。そしてそのおかげもあり、剛腕の軌道が逸れ、なんとか攻撃を防ぎきることができたのだ。
「はぁっ……はぁっ……あ、危なかったっ」
「ふむ、意外にも冷静なのだな。あの時ならこうではなかっただろうに」
「もうあの時のっ…俺とは違う! 鍛えに鍛えて筋力もっ…精神力も付いたんだ! アンタを倒せなくても、浩介の技のタメ時間ぐらいなら稼げるぐらいには強くなったんだ!」
「……君は本当に彼のことを大切に思っているのだな」
「そうだよ、俺は浩介の親友だ」
片膝に手を置き、震える身体を己で支えながら立ち上がる。
「たとえこの命が果てようとも関係ない、約束を破る嘘つきな奴は泥棒になるってよく言うしね。それは俺は嫌だ」
「ならどうする? その今にも倒れそうにしている子鹿のような身体で、君に何ができる?」
「……なんでも。アンタを止めることも何もかも」
そのボロボロな身体に似つかわない発言に、ライドリッヒは不敵な笑みを浮かべる。
「ならあると。満身創痍の君にもできる択がまだあると言うのか?」
「ハッタリだと疑うなら、もう一回攻撃してみれば?」
「度胸はあるのだな、君は」
「実力もね」
そして、再び巨体から拳が放たれる。
「……では」
まるで迫り来る隕石のような大きさを誇る、大地豊穣天神の拳が、弱りきった玲の体を完全に覆い尽くした。
あの最後のハッタリに意味はあったのかと思い返すライドリッヒであったが、それはそうとと思考を切り替え、次の標的を視界の隅から隅までくまなく探していく。
「ふむ、あそこか」
幸い玲が浩介を転移させたところが、ものの数百メートルなこともあってか、浩介の位置がすぐに分かったらしく、ライドリッヒの乗る大地豊穣天神は、そちらに向けて大きく一歩を踏み出す。
そのズシンと響く地鳴らしに気づいた浩介はというと、未だ最大出力の火孔雀の準備は完了しておらず、その完了具合は実に5割と言ったところ。
「たしかにその技をくらうと、これもだが、私もかなりの痛手をもらうだろう。その点は評価できる」
ライドリッヒは、歩む巨人の足を止めたかと思うと、自身の右手の平から、先端の尖った土塊を形成する。
「だが―」
それは、小さくとも、動くことが困難な浩介にとっては十分とも取れる殺傷力を持つ槍だった。
「放つことのない大砲など、あってないようなものだ」
そして、右手をスナップを効かせて軽く振り、土槍が浩介の喉をめがけて放たれる。
「ライドリッヒっ!? 玲はっ!?」
何処かにいると思われる玲を必死に探すも、玲はどこにもいない。
「玲が負けるなんてっ……。絶対嘘だ、アイツがお前なんかにただでやられるような奴じゃないっ!!」
「だが事実、玲はいないだろう?」
そして、その一瞬のせいで、ライドリッヒの放たれた土槍に気付くのがワンテンポ遅れてしまったのだ。
「いつの間に―」
首元を引き裂く、小さくとも切れ味抜群のその土槍は、既に浩介の目測20メートルにまで迫っていた。
火孔雀を溜めている関係上、それを切り捨てて回避を行動又は防御体勢を取るのには、少なからずの時間がある。そしてその時間は、高速で迫る槍を防ぐのにいる時間よりも多い。
つまりは回避も防御もできない不可避の攻撃。この喉へ向けられた土槍を受ける他ないのだ。
「ぐ……!!」
15…13…10メートル…と、どんどん距離を縮めていく槍に対して、浩介はただ、何かの間違いで自分が助かることを祈るばかりだけだった。
―だが、その祈りが通じたのか、不可解な出来事が起きた。
槍が唐突に反対方向、即ちライドリッヒに向けていきなり方向転換をしたのだ。
「なに……?」
「は……え、槍が、こない??」
あまりの出来事に、その場で呆然とする2名。だが、すぐに戦況が動き始める。
「―磁力反転」
突如として発せられたその言葉。
その言葉の主は、ゆっくりとライドリッヒの元へと歩いている。
「―一時的に対象物を電磁石とし、あらゆる接近物を接触させない」
「なっ……黒田、玲……。何故…」
「玲っ!!」
「少将殿。言ったでしょ、実力でもハッタリでも、あんたを止められるならなんでも、って」
「……じゃあなんだ。君は踏み付けられる直前、今のような技を使って難を逃れた、とでも言うのか? 私には明らかに踏み潰した感覚があったのだが」
「それは違う」
ライドリッヒが投げかけた疑問を否定しつつ、玲はポケットに入っているトランシーバーを出す。
するとそれを自身から見て右の方に投げる。
「電力移動」
そう言うと同時に、身体が粒子状になってトランシーバーの中へと侵入。その後、粒子がトランシーバーから出ていき、玲の身体を再構成したのだ。
「あの時アンタが踏みつけたと思ったその感覚は、単に地面を勢いよく踏みつけてできたクレーターのものだ。俺は今の電力移動で、すんでのところでトランシーバーを投げて難を逃れた」
「……なるほど。反射したり、身体を粒子にしたりと半ば反則じみた技だな」
「火力に直結はしないけど、これらのおかげでより生き残りやすくなった。アンタを止めるには十分過ぎる」
そして玲は、少し時間を置いたことである程度動かせるようになった身体で再び神速を行い、上空にいるライドリッヒへ一気に距離を縮める。
「雷撃ッ!!」
「チイッ!!」
そこで放たれた雷撃は、その行動を読んでいたライドリッヒが形成した土壁によって防がれる。
―しかしそこからだった。
玲は、何度も繰り返し神速でライドリッヒの周囲を移動しながら雷撃を放ち、見事に時間を稼いでいたのだ。
雷撃一発一発は全て難なく防がれるものの、玲は自身に課せられた目的を忘れてはおらず、それを遂行する一心での行動だった。
「ちょこまかとッ……」
そして、そのうざったらしいほどに素早い玲にイラつきを隠せないライドリッヒは、玲に向けて土槍を放った。遂に防御を捨てて攻に転じてしまったのだ。
そのような行動を、玲が見逃すはずがなかった。
「こいつっ!?」
土槍を放った後のわずかな隙。その隙を利用して、玲は一気にライドリッヒの懐へ詰め寄ったのだ。
ほぼゼロ距離ならば、ライドリッヒが土壁を作るスピードよりも、玲の雷撃のスピードが勝る。
手のひらをライドリッヒの腹部に当て、そこから瞬時に手のひらに力を込める。
「玲、キサマァ!!」
雷撃を回避しようと何度も身を捩るも、空いた左腕がライドリッヒを逃さまいとライドリッヒの身体をしっかりと捕まえる。
「ぐっ……ちっ、放せっ!!」
「放せるものなら」
「なにをッッ!!」
必死に力を入れて踠くものの、やはり左腕にがっちりホールドされて抜け出すことができない。
「ここであの時ユロにされたトレーニングが活きてくるなんてっ…思ってもなかったけど」
そう、それは二週間も前。玲がこの地で戦う覚悟を決めた事を悟ったユロが仕組んだ育成プランの内の一つである、地獄の筋トレ。
あの時こそ、はちきれそうな己の腕や腹を抑えつつ、必死になって身体に鞭打ち動かしていた。それもたくましい肉体を手に入れた今の玲にとっては懐かしいものだ。
「ぐッ………っ離れろっ!!」
「ッッ……!?」
どう抵抗しても離れない玲に対して、今度は己の拳を握り、玲の体のあちこちを殴って強引に引き剥がそうとする。
だが何度殴られようとも微動だにしない玲のその姿を見て、ライドリッヒは戦慄してしまう。
「君はっ……! あの器の時間稼ぎのための存在なのだろう!? 時間稼ぎだけならそこまで身を削る必要はないだろうに!!」
「……俺だけじゃ、アンタには勝てない」
「現に君は、一人で私をあと一歩のところまで追い詰めているだろう!? あんな器に何ができる!!」
「……逆に、浩介だけでも、アンタには勝てない」
「君は一体何が言いたいっ!?」
執拗に殴られ続け、ところどころから血が垂れ流れている玲の顔は、ライドリッヒに対して勝ち誇ったかのような緩んだ笑みを浮かべていた。
「俺と浩介が一緒なら、怪物でも将軍でも一人じゃ何もできなかったアンタでも………絶対に負けることはないんだ」
玲がそう呟いた直後。ようやっとライドリッヒは、周囲の状況に気が付いたのだ。
具体的には、ライドリッヒの前方にいる、とある男子にだ。
「ようやった玲っ!! お前は右手で力を溜め込んだまま神速で避けろよ!!」
「なにっ……」
「これで終わりだ少将殿………神速」
「―火孔雀!!」
溜め込み続けようやっと放たれたフルパワーの大熱風が、大地豊穣天神とライドリッヒの身体に襲いかかる。
その灼熱の大熱風は咄嗟にライドリッヒが作った土壁をモノともしない程の攻撃力。壁を作ったライドリッヒは多少の火傷で済んだは良いものの、その一方で、自身の保護を優先した結果無防備となった大地豊穣天神はもろに熱風を食らってしまう。
その結果、今までどんな攻撃も通さなかったその巨大な身体は見事に焼き尽くされ、ボロ炭の一歩手前のような脆さにまで強度が下がってしまった。
―しかしこれだけでは終わらない。まだ最後の仕上げが残っているのだ。
「これでなんとか……! ―玲ッ!!」
「オーケー!!」
右手の手のひらに極太の電撃を担ぎながら、玲は浩介と同じくして溜め込んだ会心の一撃を巨人に叩き込んだ。
「神雷撃ッ!!」
ギュオォォォォォン……! と、甲高い爆音とセットに玲から放たれた極太のビームは、脆くなった巨人の身体の半分以上を覆い尽くしその全てを破壊した。
巨人の頑丈で屈強なその身体は完全に崩壊し、どんどんその身体の断片が地面に落ちていく。
そして元から巨人の肩に乗っていたライドリッヒは、なすすべなく地面に落下。火傷の燃えるような痛みもあり、まともに受け身を取れなかったため更なる苦痛に悶え苦しむ。
「っっっっっっ!!!!! ああああああああああっっっっっ!!!!!!」
「……やった、終わったんだ」
―ついに越えたのだ。彼らはこのライドリッヒという試練の壁を乗り越えたのだ。
過去に戦った者よりも強く、間違いなく一歩選択を誤れば死んでしまっていたこの戦い。軍配は浩介と玲に上がった。
部下も従わず孤独に戦ったライドリッヒに対して、互いの実力を信じ合い、いかなる状況下でもその実力を疑うことがなかった浩介と玲。どちらが勝つかなど、もはや決まっていたことなのだ。
――――――――――――――
「これで小白にいるスワーム軍とロンリー軍は壊滅……。当初の目的は果たせたな」
「そうだね。とりあえずは珠子とユロたちと合流しよう」
「だな。………でだ」
浩介はそこで苦しみ悶える男に視線を送ると、困ったように眉を八の字にする。
「コイツ……どうする?」
「そりゃあ、まあ拘束はするよ」
「いや、それは分かってんだよ。だけど、こんな暴れてちゃあ………ねぇ?」
「それは……………うーん……」
暴れることで痛みを紛らわそうとしているのか、必死に声を荒げてじたばたとするライドリッヒには、先程までの屈強で冷徹な軍人の姿などなく、単なる変人の姿にしか見えない。
「少将殿」
とりあえず話しかけてみた1回目。
「あぅあぅあぅあぅあぅあぅあぅあぅあぅ………」
返ってきたのは赤ん坊のような情けない声。
「少将殿」
2回目。
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ……!」
次に返ってきたのは興奮したように聞こえなくもない、苦し紛れな声。
「少将殿!」
少し声を荒げた3回目。
「っ…! っ……!! っ………!!!」
返ってきたのはもはや声ではなく、ビクンビクンと反り返る姿だけ。
「起きんかい少将ッッ!!!」
「ぐえっっ!!?」
つい殴ってしまった。
「あ、やべ」
「怪我人に追い討ちはダメでしょ……」
「いっっっった!? いぃぃぃっっったッッ!!?」
だがそのおかげ(?)もあり、一応はライドリッヒは落ち着いたようだ。
「き、きっ君たち、私をどうするつもりだ。殺しはしないでくれよ」
「別に。殺しなんてことはしない」
「じゃあ一体……?」
浩介は腰に提げる小さな鞄から縄を取り出す。
「縛る。ただそれだけだ」
「……私は他の兵とは違って、手足を縛ろうが大地に触れさえすれば能力は関係なしに発動できる。意味のないことだ」
「でもアンタはもう手負いだ。手負いとなれば、能力の精度は落ちる。なんなら発動できないこともあるんだろ?」
「………」
「そう言うことだよ。だからアンタも縛るだけだ」
ライドリッヒの手足を持ち上げ、縛り上げていく。
「…………なぜだ」
「あ?」
「なぜ殺さないのだ」
「いや―」
「私は負けたのだ。戦争で負けは死だ。それなのに生かされるなど、あってはならない」
身体は酷く傷つき、そして縛られながらも、ブレない瞳で浩介を見つめるライドリッヒは、少し間を開けて口を開いた。
「戦争に情けなどあってはならない」
「……それが本当なんだとしても」
浩介は続ける。
「俺はもう絶対に人殺しなんてことはしない。そう決めた。あのときのアイツらの死に際の姿なんて、見て何も感じないなんてそんなことはない」
「………ゴビ将軍とその仲間のことか」
「そう。そして…」
浩介は死に際のゴビ将軍の言葉を思い返す。
[『オマエ、相手国ノ状況モ知らずニ、俺らノ国も笑顔ガ消えていルノモ知らずニ、ヨク……そんな、事…言え………ルナ…』]
「……」
―忘れるはずがなかった。
「―なにより世界の国々の人々から笑顔を無くすことはしたくない」
「……ふん」
その言葉を聞き、ライドリッヒは何も口を開かず、少し頬を緩ませるだけだった。
「(十分だ、器。いや、千布浩介。君ならこの戦争を終わらせられる。―そして、いつか来るであろう進化の時がこようとも。君は己の意思を貫き通せる)」




