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異世界戦争[双子の地球 黒土]  作者: 鯖の味噌煮缶
第1章 小白争奪戦編
27/36

裏話その2 駆け落ちは突然に


「嘘でしょ……? なんで浩介がここに!?」


 ライドリッヒの発言から薄々気づいていたものの、やはり実際に視界に入ると驚くものだ。

 珠子はぐっすりと寝ている浩介を横目に、ライドリッヒに尋ねる。


「アンタどういうことよっ!? 彼の一応の所属はスワームよ、こんなの上層部にバレたら彼の身に何が起こるか分からないじゃないっ!!」

「敬語………。まあ、この件は私の独断だ。()には伝える気はない」

「だとしても、なんで敵軍の医療テントなんかに!?」

「黒田玲にな……」

「……玲に?」

「黒田玲に彼の事を頼まれたのだよ。……全く。彼の事を利用したいのは、()も私も同じだというのに……」

「玲がアンタに……? そんな事あるわけ、いや、実際浩介がいるから、まあ、そうなのよね…」


 ライドリッヒは何故か浩介とドルの進化の一件を知っているのだ。玲も安易には渡したくはなかろうに、実際浩介をライドリッヒに預けている。その理由は、余程余裕がなかったか、はたまたライドリッヒの目的を知っていた上で、浩介を隔離するだろうと踏んでそう判断したのか。真相は闇の中である。


「―で、アンタ。浩介をどうするつもり」

「どうするって……私がか?」

「アンタ以外に誰がいるのよ」


 白ばくれるライドリッヒを近くの建物の壁に押し付け、自身も両手をライドリッヒの左右に置き、両手壁ドンで逃げれなくする。


「さっき自分で、彼を利用したいー、みたいなこと言ってたじゃない。……要件次第じゃただじゃおかないわよ」

「具体的には?」

「ぶっ殺す」


 強気なのか勢いで言っているのかわからないが、その物騒な発言を受け、ライドリッヒは珠子を嘲るように鼻で笑う。


「ルイが? 私を、だと?? そんな上手い嘘がつけるようになったものだな」

「嘘じゃないわよ!? ていうか今この状況、アンタの態度次第で私はアンタをすぐにでも手に掛けれることを忘れてんじゃないでしょうね?」


 ライドリッヒは珠子の右手の平を見る。

 するとそこには先端が鋭く尖った氷柱が。

 同僚の情でさすがに殺しはしないものの、そこまでして浩介の事を聞きたいのかと、ライドリッヒは感じ、口を開くことにした。


「……はあ。まあ別に、ルイぐらいに言ってもいいか。別にお前じゃ私を押さえることも、ましてや殺すことなんてできやしないしな」

「んなっ!?」

「だから今すぐに私を解放しろ。正直言ってお前の匂いが鬱陶しい…」

「はぁ!?!? 年頃の女になんて失礼なッ!?!?」

「立場が上の人にたタメ口きかせているお前こそ失礼だろう?」

「ぐぅ…」


 自身が攻めていたのにうまい返しを食らったうえに、意外にライドリッヒに言われた匂いのことが気になったのか、鼻を軍服の襟に寄せながら、拘束を解く。


「まず、前提としての話だが」


 そしてライドリッヒは、案外汗の匂いが強くつい顔を歪めた珠子を横目に告げた。


「彼は神だ」

「え……??」

「まあ、正確には違うがな。ほぼそうみたいなものだ」

「いやいやいや、浩介が神?? そんなバカこと言わないでっ!!」

「バカじゃない、私は正気だし、紛れもない事実だ」 

「そんな話が……」

「実際にあるのだよ。彼は、彼の気付かない無意識なところで、神なる者を秘めている」

「……まさか。浩介の進化っていうのは………」


 ライドリッヒは頷くように目を瞑る。


「そうだ。彼の進化、それすなわち、内なる神を完全に意識しそれを身に纏うことだ」

「……なんという壮大な。浩介に神が潜んでいるなんて」

「もっとも、進化の定義は私の憶測に過ぎないのだがな…」


 そして前提の話がため息と共に終わったらしく、ライドリッヒは改めて一息挟んで、珠子に自身の目的を語る。


「でだ。私が以前、黒田玲に言ったことなのだが。私は進化を果たした彼の保有する武力によって、この戦争に終止符を打ちたい」

「終止符、ね……」

「それで、そのために、まだ成長途中の彼を保護し、進化のために必要な事ごとを独自に収集し最適化した私のプログラムを受けさせ、短期間で進化をさせる」

「………」

「そして、神に等しい存在となった彼による圧倒的な武力によって戦争を終わらす。……実に素晴らしいだろう?」


 一見、良さそうでもあるライドリッヒの案。圧倒的武力を用いて両者両成敗……となるが、やはりそれには多大な死が伴う。

 そしてそのことは、決して浩介一人には到底負わせられる事ではない。


「たしかにアンタの案は良いかもしれないわ」

「だろ、だったら―」

「でも賛同できない」

「………何故だ?」


 珠子は、すぐそばで深く眠りについている浩介を見て少し微笑むと、すぐさまライドリッヒに睨みを効かせる。


「まだこの世界を知らない彼に負わせられる事案ではないわ」

「……ほう」

「それに幾ら浩介に神と等しい力が手に入ったとして、スワームには()()王がいる。一人の物量じゃ、億を超える物量には敵わない。つまり現実的じゃない」

「ルピー王か。アイツは長らく戦線に出ていないどころか、かなりの長齢だろう? 老いぼれ一人で変わる戦争など、戦争ではない」


 ライドリッヒは、分かっていないな、と言わんばかりに左右に首を振る。


「それに、神となった千布浩介単体の武力は、一国家すら凌駕するのだ。物量など、あってないようなもの。()()()()()()()()()()()()()()()()()

「でも……それでも。この戦争が彼によって終わったとしても、今までスワームとロンリーが互いに向けてあっていたヘイトは、おそらく彼に全て行く。到底一人で受けきれるほどの物じゃない! 彼はまだこの世界に来たばかりの一般人だった高校生なのよ!?」

「………………………………はぁ―」


 長い間を置き、心底呆れたように右手を腰に当て、目を細くするライドリッヒ。

 そして彼は、さも当たり前かのように、こう言った。



「―だったら殺す、そして滅ぼす。スワームも、ロンリーも、そして周辺国も跡形もなく消し去ればいい」



 それは、幼少期から軍人として生きてきた珠子でさえも、思考が追いつかないほどであった。

 そして、そんな珠子を見かねたライドリッヒは、深いため息と共に後頭部をポリポリ掻きながら、医療テントを後にする。


「……神なる者の力を知らないお前にはまだ早かったか」


 そんな呟きと共に。



「―待てよ」



 出口に歩むはずだったライドリッヒの足が止まり、珠子も同じくしてその声の主の方へと顔を向ける。


「なんだよ、その神なる者って。俺はまだこの世界も何も知らねぇ、強いて言うくらいなら道具の階級がどうたらこうたらぐらいだ。だから教えてくれると嬉しいんだが」

「浩介っ!!」

「っ!?」

「最悪なお目覚めだな千布浩介。もっとも、その最悪なのは私だけの話だが」


 掛けられていた布団をどかし、床に置いてあった安物なスリッパに履き替え、浩介は珠子を差し置いてライドリッヒと対面する。


「どこから聞いていた?」

「神なる者がなんたらーってとこから。なんかうるせぇなと思って起きたら、興味あることお前が言ってたからな」

「そうか……ならば仕方ない」


 少しだけだ、と念押しするようにライドリッヒは言うと、座れと言わんばかりの視線をベッドと浩介の交互に向ける。

 その視線を察した浩介がベッドに腰掛けたタイミングで、ライドリッヒは口を開いた。


「―神なる者。それは、この黒土という世界が始まるとき、大地から命を授かったとされる者たち。その者たちが子孫を増やし、その他生物、天候、自然、食物、鉄などあらゆる物や事象を創造した」

「それが神なら者っちゅう奴らの力なのか?」

「そうだ。だがそれだけではない」


 ライドリッヒは、近くにあった紙とペンを手に取り、紙に4つの絵を雑に描いた。


「彼らは、彼らの作った文明が、彼らの残した子孫同士の醜い争いによって破滅することを何よりも危惧していた。そこで神なる者たちは、自身の子孫たちに四属性、即ち、()()()()、それらの力を各個人の子孫一人に託し、その抑止力をもって争いを生ませないようにしていた」

「アンタの能力は土系でしょ? もしかして―」

「あぁ、それはない。私は怪物からこの能力を手にしたからな。神の子孫らは生まれつき四属性の能力を持っている」

「それにしても下手くそな絵ね」

「黙れルイ」


 下手くそな絵はさておき。ライドリッヒの話をもとに、顎に手を添えて思考を巡らせていた浩介は顔を上げる。


「……じゃあもしかして、今もその神なる者の末裔たちが存在しているかも、と?」

「そうだ。末裔たちが持つ四属性の力の一つさえあれば、この戦争はすぐにでも終結する」

「……なるほど」


 そして、ライドリッヒは持っていた紙とペンを近くの棚に置いて、膝立ちの状態から立ち上がる。


「さて少しと言ったからに、話はここまでだ。これ以上言うと、私に不都合なのでね。私はここで御暇させてもらうことにするよ」

「あぁ、少し聞けただけでも十分だ」

「まだ戦ったあとの余韻が残っているだろう? 早く寝るといい」


 少し足早に去るライドリッヒを見届け、浩介は言われた通りに布団を肩から被る。

 そして、ライドリッヒが去った医療テントには、若干の気まずさを含んだ静寂が、しばらく包み込んでいたのだった。


――――――――――――――――


 ふと目が覚めると既に日は登りきり、昼だそうで外は少し騒がしいようだった。

 その騒がしさで起きたのだろうと思い、浩介は自身の身を起こし辺りを何気なく見まわす。


「……片瀬もどっか行ったのか」


 浩介が寝る前にさりげなくいた珠子はすでにテント内にはいなかった。さすがに立ちっきりで寝るのはいくらなんでも嫌だろう。今頃自室にいるに違いない。

 玲との一件で珠子に謝罪をしたい浩介は、その自室がどこにあるかが今何よりも気になる事案だ。


「でも、片瀬のいるテントなんか分かるわけないもんな。この騒がしさを聞くに変にその辺な人に場所を聞こうにも迷惑かけるだろうし……」


 そう。浩介の言う通りである。

 今外の救護隊員たちは、大黒、大白、そして小白など、先の様々な戦いでの負傷者を治療するのに手を焼いている。とても彼らに、「珠子のいるテントはどこですか」などと聞ける状況ではないのだ。


「どうしたらいーっかな……」


 などと口にはするものの、実際には何も考えてはない。しかし本当にすることはないのだ。

 看護師のような女性からは、まだ2日安静にしろ、と言われている身としてはまだ何もできず、唯一できることとしては、天井のシワを数えること程度しかない。

 なので退屈。久しぶりに来た退屈でもあるが、そこまで嬉しいものではない。当然この世界には漫画やゲームなどの日本の文化の結晶なんてものは存在しないから、本当に退屈。シワなんて数えても、漫画やゲームを知る身としては何も面白くないし、知らなくても面白くはないだろう。

 起きたその状態のまま、なぜかついつい天井のシワを眺めていた浩介は、なんとかその状態から脱する。


「何やってんだ俺は……。まあ、ホントに何もする事ないし。…………寝るか」


 安静中はやはり寝ることが何より良いこと。そう思った浩介は、再び体を倒し、後頭部を枕に置き、そのまま瞼を閉じようとする。


「いや待て」


 そこでようやく気づいた。かなり前から潜んでいた侵入者に。それも布団の中の。


「(誰だ? 俺の隣で、寝てんの。こんな事する奴玲ぐらいか? いやそもそも玲だとしてもヤバいだろ、男と添い寝? キモ過ぎだろさすがに玲はそこまではしない…はず。なら誰だ。いや分からん。ここはロンリー側の陣地らしいし、スワームなら少し知り合いがいるけどロンリーは全くわからん! あーもう面倒くせぇ!!)」


 考えるのを放棄した脳筋な浩介は、その閉ざされた布団という名の扉を豪快にバサァッとどかす。

 するとそこには。


「すーっ………」

「片瀬っ!?!?」


 静かに寝息を立てる珠子の姿が。

 訳がわからずあたふたとする浩介。しかしそんなことをしているうちに、珠子の瞼が開き始める。


「ん……朝ぁ……?」

「やっべ起きたっ」


 瞬間浩介は目にも止まらぬ速さで布団から飛び降りると、土下座を形を取る。

 

「くっ……」

「……??」


 そしてそのまま頭を垂れ、目も伏せるが、一向に珠子が動く気配はなかった。

 まだ寝起きなために、目覚めて一発目に目にした光景が高校生の土下座という何ともしょうもない状況を把握しきれていないのかもしれない。

 そして、視界の隅のぼやけが指で擦るたびに治るにつれて、今自身の眼前で何が起きているのか、誰が何をしているのかを把握し始める。


「……浩介? 何私に土下座してるわけ? てかなんで私は浩介のテントに……?」

「え…もしかして、俺の隣で寝ていたことに自覚がなかった…的な……?」

「……え、私浩介と一つのベッドで一緒に寝てた、の??」

「そうです」

「……………………………………!?」


 長い沈黙を経て、みるみる顔全体が茹でダコのように真っ赤に染まる。


「え……ふぇぇぇ? そ、添い寝ぇぇ……!?」


 眠気も吹き飛び完全に目が覚めた珠子は、あまりの衝撃の事態に、つい誤ってベッドから転げ落ちてしまう。それも頭から。


「あっ………!! ……ぐぅ……っっっ!!」

「おい大丈夫か……?」

「だだ、大丈夫―」


 ジワジワと痛みの尾を引く頭を抱えながら、目線を上げ、心配の声をかける浩介に応えようとする。しかし、目線を上げた先わずか数十センチの距離に、なんということか、浩介の御尊顔が。


「っっっっっっ………!!!!!」

「お前大丈夫か、熱あるじゃねぇのかよ」

「ちちちち違っ……違うってっ」

「あぁ?」


 眩しい仏の御尊顔を見た信者のように、両手で顔を覆い右手の中指と人差し指の間から片目を覗かせる珠子は、収まらない顔の熱をよそにやや早口気味にこう言った。


「浩介がカッコ良すぎるから……」


 その言葉に浩介は一瞬目を見開いたかのように思えたが、すぐにそれを隠すように目を伏せる。


「お前本当に大丈夫か? 前に戦った時はそんなんじゃなかっだろ」

「そ、それは……」


 言いずらそうに珠子の目が泳ぐ。珠子にとって、これ以上言ってしまうと、それはもう告白と同義。それを言うタイミングも好ましくない上、言ってしまったら全身を駆け巡る羞恥の熱に耐えかねない。

 そしてそんな苦しそうにも見える珠子を見た浩介は、何か深刻そうな表情をする。


「やっぱり、俺が悪かったんだ」

「ふぇ??」

「俺が片瀬に酷い目に遭わせちまったから……片瀬に後遺症が残ったんだ。俺があの時、気が狂わなかったら炎で焼き尽くさなかったら理性で自分を抑えきれていたら……ブツブツブツブツ……」

「いや……あの……浩介?」


 唐突にハイライトが消えた目で、俯きながら呟き続ける浩介に、自身の熱どころではなくなってしまった珠子。

 ―浩介の炎によって右腕にかなりの火傷を負ってしまったのは事実。だが、その一因を作ってしまったのは他でもない、珠子だ。地球にいた時点で、いじめと取られても仕方のない行いをし、黒土で再会しても、そのことを出汁に浩介を煽り、当の浩介はバーサーカー化。浩介への思いが、すれ違いにすれ違ってこの結末になったという事を加味しても、負ってしまった浩介の心の傷は到底計り知れず、謝罪をするべきは珠子の方なのだ。

 だが、違った。


「…すまなかった」

「へ?」

「俺があのとき、片瀬の右腕を焼いた。それがどれだけいけないことか、なんなら暴力で解決することじゃないのに、勝手に煽られたことにキレて手を出した俺が悪かった……! だから、今ここで謝罪させてくれ……」

「……なに」


 頭を下げたのは浩介だった。

 明らかに全ては珠子が諸悪の根源だと言うのに、だ。


「なん……で……?」

「なんでって―」

「悪いのは全部私なのよっ!? 浩介への思いを隠したくて浩介をイジメとも取れる事をしてっ、なおかつそこから煽り散らかして殴られて焼き尽くされてっ! 何もかも私の自業自得なのに……! どうしてっ……………ひっぐ……どうして貴方はっ!!!」

「―片瀬」

「っ!」


 自分でも訳が分からず泣いてしまった珠子を、浩介は一言で制止させる。


「片瀬が背負っていた思いも、全部俺が地球で行った遅刻というアホらしい行動のせいだ。遅刻のせいで周りからの俺を見る目は冷ややかになり、話しかけようにも話しかけにくい雰囲気になったんだろ?」

「………うん」

「ならそれは。そう貶めてしまった本人である俺の責任だ」

「そ、そんなこと……」

「ある。片瀬の心に、話しかけようかと迷わせた邪心を植え付けたのは紛れもなく俺だ。だから俺はその事も含めて全て謝る。なんなら殴っても蹴っても水責めにしても、その後氷漬けにしても構わない。俺は受け入れる、その覚悟だ」

「浩介………」


 ―好き。と言いそうになった口を右手でガッチリとホールドしつつ、珠子は、浩介が本当に全ての一切の事において悪いのは自分だと言っていることに申し訳ない気持ちでいっぱいでいた。

 どれだけ浩介が罪が自分にあると言っていても、訳あって行ってしまったイジメが浩介に与えた傷が、浩介を復讐の鬼に変貌させてしまったことに変わりはない。

 イジメが許されざる行為など珠子は十二分に知っているのに、それを行ってしまった自分など首切りに処されるのも当然のことなのだろうに。



 ―それなのに。



 ―それなのに。



 彼は、浩介は。それでも悪いのは自分なのだと、自身にも珠子にも言い聞かせる。

 心の傷はそう簡単には癒えないのに、彼はその傷を盾にすることはしなかった。

 そして彼の優しさに触れ続け、既に振り切れていた珠子の好感度ゲージは、ついに崩壊の時を迎える。


「………本当にあなたは―」

「ん?」


 もうどうなっても知るものか。吹っ切れた乙女を止める理性などこの世には存在しない。



「―浩介は本当に優しいんだから」



 そう言って珠子は、頭を下げ続ける浩介を抱きしめた。

 自分の胸にすっと抱き寄せ、優しい手つきで浩介の背中を撫でる。


「っ………かた、せ?」

「悪いのは私の方なのよ? イジメなんて事をした私が悪いの」

「いや、そんなことは……それでも手を出した俺の方が―」

「それは天地がひっくり返ろうが絶対にない。貴方のせいじゃないの、いい? 私が受けた右腕の大火傷は、私の自業自得。好きな人に思いを伝えられず、思い隠しにした行動が周りのクラスメートに勘違いされ、結果イジメに発展した……。だから発端の私が悪いの」

「んなっ……って今片瀬、お前好きだって……」

「…………そう」


 依然浩介の背中を優しい手つきで撫で、珠子は静かにそう告げる。


「私は貴方が好き」

「っ…」

「だけどごめんなさい。私はもう貴方に顔向けできないの。こんなことをしたのに、それでも我儘を押し通すなんてことは……私にはできない」


 そう言うと、珠子はそっと浩介を自身から放す。


「あ……」

「もうこれ以上、貴方の人生に深入りなんかしたくないの。だから………………だか……ら……もう……私と…関わらないでっ……」


 気付けば、珠子の顔は大粒の涙で埋め尽くされていた。

 ―珠子は、中途半端に開いた己の口をきゅっと結び、足早にテントを去った。


「……片瀬」



――――――――――――――


 

 昼の一悶着を経て、珠子は自身の荷物を取りまとめていた。

 それを偶然見かけたライドリッヒは、珠子に問いかける。


「まるで引越しでもするみたいだな、ルイよ」

「まあ、あながち間違ってはないわ、その例え」

「なに?」

「私はこの拠点を離れるわ」


 その一言にライドリッヒは驚愕する。


「ルイ、それは離反とも取れる行動だぞ。今まで何回かそうやって離反する者を見たことがあるが、その者たち全員、その後生きた痕跡が見当たらない。死ぬかもしれないんだぞ」

「私は死なないわ。死ぬなら()()地球って決めてるの」

「……お前、前までいた黒土と似たような異世界がそんなに気に入ったのか?」

「まあね。それに、私の愛する人の産まれた地で死ぬ方が私は嬉しいわ」

「そうか……」


 ライドリッヒは何か思うことがあったのか、少しの間瞼を閉じて、やがて瞼をゆっくりと上げてこう言った。


「ならばお前の唯一の同僚として、言わせてもらおう」

「……ライドリッヒ?」


 珠子は荷物を次々にカバンへと放り込んでいたその右手をピタリと止めた。



「行かないでくれ……頼む」



 その言葉を聞き、珠子は下唇を強く噛み締めた。

 泣きたかったのだ。

 ―珠子にとってライドリッヒとは、自身の上官であり、そして、自身の唯一の同期。年齢は違えど、苦しい下積み時代を共に過ごした仲。怪物の遺伝子をいち早く取り込み、上官に成ったライドリッヒが、珠子の、彼に対するタメ口を許していたのも、過去の縁があってこそのこと。

 そんなライドリッヒと離れるのは当たり前に悲しい。

 ―だが。それでも。珠子は浩介のこれからの人生のためにも、彼とは離れないといけないとそう決めたのだ。


「………ごめん、ライドリッヒ。私はそう決めたから」

「っ……………」


 悲しさの表れとも感じ取れる長い沈黙を背に、珠子は当てもない明後日の方角へと足を進める。


「(これでいい。私なんて人は、浩介の側にいてならない存在。このまま彷徨って、そのまま知らない辺地で暮らせばいい……)」


 これ以上に迷惑をかけたくないと、そう思って起こしたこの行動。

 珠子の考えは間違いではない。なにせ、地球で浩介に対して行ってしまった数々の愚行は、たとえ何かの言い訳があったとしても、それは到底許されるべきことではないのだ。


「―だがな」


 ―しかし、それは第三者からの視点だ。



「え…」



 たとえ世論が珠子を許さないとしても。



「なんで……」



 たとえ自分が過去の自分を断罪しようとも。



「関わらないでって……私は言ったでしょ……」



「……悪いな、片瀬。俺はもうお前のしたこと、気にしてねぇんだよ。それに言ったろ? 悪いのは俺だって」



 当の本人(浩介)がもう気にしていないならば。



「―だからさ。そんなことしなずにさ、俺と一緒に()()()()の元へ行こう。もう誰も、お前を咎めるやつなんかいないんだからな」

「……っ」



 珠子は許されても良いのだ。


――――――――――――――


「千布っ……浩介っ!!」

「ん……アンタか。少将様がどんな御用で?」


 グジャグジャな珠子の手を固く握る浩介は、苦し紛れに言葉を発したライドリッヒと対面する。


「ソイツは……ルイは、ロンリー軍大佐であり…私の仲間だ。返してもらう」

「さっき片瀬も言ってだろ、『関わらないで』ってな」

「それは君から離れるために、私に言ったのであっただけでっ……!!」

「そんなに気になるなら本人に聞いてみれば良いじゃんねぇか?」

「……っ」

「片瀬。顔面が色々と残念になってるとこ悪いけど。お前はどっちに行きたい」


 両手を珠子の両肩に置き、浩介はそう問いかけた。

 浩介と共にこの戦争を戦い抜くのか、ライドリッヒと死力を尽くしてスワーム軍を殲滅するか。今、珠子の人生は分かれ目を迎えている。

 珠子は目を伏せ、顔も伏せ、ついでに肩まで震わせ黙りきり。その体をこちらに歩ませることを願いながら、浩介は真剣な眼差しで珠子を見つめる。



 ―のだが。



「(あーーーーーーっ。浩介の手がっ、ゴツゴツした男らしい両手が私の両肩にぃぃぃぃ!!!?)」


 それどころではなかった。

 浩介とライドリッヒ(ことちら)真剣に返答を待っているのに、珠子はもう浩介の事で頭のストレージが埋め尽くされてしまっているのだ。


「…? 片瀬?」

「っ!? ひゃいっっ!!」

「聞いてたか。片瀬が俺たちかあの少将か、どちらと一緒に共に過ごすか。それを聞いてんだぞ?」

「え、あ。聞いてたの?」

「お前大丈夫かよ……」


 ため息混じりに、浩介は頭を振り落とし、項垂れる。

 だが浩介のその動きが、また彼女を刺激した。


「(ここここっ…浩介のっ香りっっっっっ!!!)」


 もうこの女、単なる変態ではないか。

 そう思えるが、今まで抑えていた感情が爆発しただけなので、問題はない。いや、仕方ない。


「片瀬? 片瀬さーん?」

「はっ!?」

「しっかりしてくれよマジで……」


 ―その一連のやり取りを、ライドリッヒは唖然として眺めていた。

 あのようなほてった顔をした珠子など、ライドリッヒは今までに見たことがなかった。

 そして感じた。


「そうか。ルイ、君はソチラにいた方が良さそうなのだな」

「えっ…いやあの別に」

「だから同僚、そして友人として。―今回は私のミスということで見逃してやる」

「……! ライドリッヒ…」

「だが次会ったとき。私は、千布浩介でも、黒田玲でも、そしてお前だとしても排除する。それを忘れるな」


 最後に友人としてできる限りの選択肢を見出してくれたライドリッヒ。

 珠子はそんな彼を見つめ、今まで過ごした時を思い出し、少し涙を溢れさせながらも踵を返した。


「……私も、次会ったら容赦は…しないからね!」


 ………こうして。

 一人の男と一人の乙女を巡る物語は、二人の駆け落ち(?)で一旦の幕を降ろし、玲たちとの合流するところへと、話が繋がる……。

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