22話 土くれ少将と少年たち
話は少しだけ遡る。
「俺と玲の担当はロンリー軍かー」
「浩介はロンリーの将軍と戦ったって聞いたけど、実際どうだった、やっぱ強かったか?」
「まあな。普通に死にかけた」
「さらっと言うことじゃないと思うが…」
まともに話すのが久しぶりと言うことで、玲の知らない浩介が黒土に来たときのあれこれを聞きながら、二人を足を進める。
「珠子たち大丈夫かなー」
「大丈夫だろ、多分今頃オリバの相手してるだろうし」
「オリバってあれだろ、珠子と互角だと言われてるスワームの大佐でしょ」
「そう。オリバとは以前ドルと一緒に行動してたのもあってどういうやつかは知ってるんだ」
「まあ珠子が倒される、なんてことはないか」
「まあ…な………?」
浩介が何か違和感を感じて、その場で足を止める。
思えば先ほどから異様に静かだ。鳥の囀りや、風に吹かれて揺れる木の音なども一切しない。
「どうした浩介?」
「いや……すごく静かじゃないか? なんかこう、嵐の前の静けさ的なやつ」
「言われてみればたしかに。伏兵とかいそうだけど」
そう言って、玲は辺りを目を凝らして見渡す。
すると、遠くの木の陰に、一瞬誰かが顔を出していたのが見えた。
「浩介、やっぱいる」
「まじかどこに?」
「北北東の森林」
「おけ」
場所を聞いた浩介は、すぐに地面に手を着く。これは火土竜の構えだ。
「―火土竜」
浩介が唱えて一拍おいた後、炎の円柱が森林を地面の下から叩きつけ、森林は一瞬にして大火災に陥る。
「俺、環境破壊しちゃったし、なんかで訴えられないかね」
「多分大丈夫でしょ……多分」
燃やされ次々と倒木する様を見ている二人の前に、地面から蠢く何かが近づく。
そしてそれは周囲の土をかき集めながら人型を模していき、その身長体格服装によく見覚えのある玲は瞳を開いた。
「玲?」
「……浩介、ここからはマジにいかないと死ぬから」
「もっとはっきり言ってもらわないと……」
「ライドリッヒだ! 今から俺たちは、俺が単独で敵わなかった化け物を相手にするんだよっ!!」
「なにも化け物とは……。私も一人の人間であるのに」
「「!?」」
アックスフォード・ライドリッヒ。ロンリー軍少将にして、大地の怪物の遺伝子を身体に宿す。その力は圧倒的で、玲相手に余裕で完封勝利するほどの実力者。
「そして……初めまして、と言うべきかな千布浩介。私の名はアックスフォード・ライドリッヒ。君……を崇拝している者だ」
「崇拝……? 俺何かしたっけか」
「ん……まさか玲。君、浩介に進化の事を言ってないのか?」
「え、進化? なんだよ、それ」
「言うつもりもないし、浩介の身の事は俺たちでなんとかする……そう決めた」
「なになになに!? 俺の身になんかあんのか!?」
「浩介、ちょっと黙って」
混乱する浩介を落ち着かせ、玲の咳払いと共に、会話は続けられる。
「私の目的のために、浩介には進化をしてもらわなければ困るのだが……。やはり戦わなければならないのかね?」
「俺らも俺らの目的がある。そのためにもアンタは越えるべき壁だ。ここで倒さないと後々面倒だしな」
「そう………か。楽して神を手に入れられるチャンスだったのだが……。だったら面倒だが強硬手段を取らざるを得ないな」
「あ? 強硬手段だぁ―」
玲はおろか、浩介すら気づいたときにはすでに遅かった。
突如として背後から、土塊の手が二人を掴み、一瞬にして拘束したのだ。
「うっ……動けねぇ…!?」
「ぐ……」
「先程玲の言っていた、化け物がどうたらこうたら、だが。あながち間違いではないかもな。君たちと私とでは、実力差があり過ぎる」
「そ……そんなことは―」
「第一に、今の私の土塊の手に気付けないようでは、まだ上の戦いは君たちにとっては早過ぎる」
ライドリッヒは右手を鋭い砂の刃に変化させ、拘束された二人へと少しずつ確実に接近し始める。
「そんなことはないぜ」
「ふむ?」
「俺だって玲だって短期間ながら成長したんだ。身体は前より丈夫になったし、新しい技を身につけたし、なによりメンタルも強くなった」
「だから?」
「こんなことで地に伏せてくたばって土を舐めるようにはならなくなったんだよっ!! 火土竜!!」
火柱が土塊の手を焼き尽くす。
当然だが、土は焼かれるとまず硬くなる。縄文時代や弥生時代に土器があったように、それは知られていることだ。
だがさらに、超高温で焼くとどうなるか。
これは腐葉土のみの話だが、腐葉土は、焼かれ続けると最終的には灰となる。
そして黒土の土は長年の戦争のせいもあり、数々の倒木や落ち葉が広範囲に広がって荒野となったことで、ほぼ全域が腐葉土となっている。
―つまりは、火で燃やされた土塊の手は、見事に灰となり、浩介と玲は手による拘束から逃れたのだ。
「腐葉土の特性を理解しているとは……」
「まあ別にここの土が腐葉土だとは知らなかったけど」
「…………そうか」
ライドリッヒは、少し前の玲があっさり自分に敗れたことを覚えている。
「(あの時とは別人のように違うのだな。そして比べ物にならないぐらいに強くなっている、と。……フッ)」
故に少し嬉しいのだ。少し前までそこらへんの雑魚にも勝てない雑魚以下だった少年らが、自身を越えるべき壁だと言って成長していることに。
「(―だが。私はロンリー軍少将として、越えるべき壁としての意地として、少年らを全力で叩き潰す責務があるのだ負けるわけにはいかない)」
そして。
その越えるべき壁としての責任を全うするために、ロンリー軍少将ライドリッヒが、その力の全てを解放する。
「ただ難を逃れただけで粋がるなよ小僧たちよ」
「何言ってんだ―」
「土傀儡」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォ、と。ライドリッヒの背後から次々に土の人形が現れる。
「覚えてる。俺はあの時、この内の一体すら倒し切ることができなかった」
「それまじか玲。だったらこの状況って結構マズいんじゃ……」
「だけど浩介、さっき言ってたでしょ」
「あ………?」
「身体は前より丈夫になったし、新しい技を身につけたし、なによりメンタルも強くなったって」
「そうだな」
「だから負けない、絶対に。今の俺たちは前の俺たちとは違う。前までの異能を手にして浮かれていた高校生じゃなくて、この戦争を生き抜いて終わらせるヒーローだ。―だから……負けない」
「……ククッ、ハハハッ! 面白い、ならばその出鼻を折るまでよ」
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そして現在。
土傀儡で顕現した数多の土人形が、浩介と玲に襲いかかる。
「よっ……!」
しかし浩介の言っていた通り、強くなった彼らの攻撃は、土人形を軽々倒せるほどに成長していた。
「やっぱり俺たちは強くなっていたんだよ…!」
「だろ? まあだが、油断はできないけどな」
「別に倒せるから何も問題は…」
「その後が問題だ」
「後?」
「ちょっと見てろ」
そう言うと、浩介は側まで来ていた土人形を殴り、柔らかく凹んだ土人形の腹に追い打ちをかけ、土人形を倒す。
しかし。
「……どういうわけか、コイツらは復活する。物理攻撃じゃあ足止めにしかならない」
「ゾンビかよ! …でもどうやったら倒せるんだ?」
「特殊で攻めればいい」
「……特殊?」
すると今度は、燃え上がる右腕で正拳突きを行う浩介。
これは炎拳だ。
「炎拳ッ!」
正拳突きを行った直後、拳の先端から巨大な拳の形をした炎が土人形らに覆い被さる。
「アイツらの身体の土が異常に柔らかいから、何度も殴打を加えても倒せない。だがこれでアイツらの体は硬くなった。車もそうだが、硬いと衝撃は殺せない、これで倒せるはずだ」
試しに玲は炎に覆われ、表面が黒く焦げた土人形の腹を殴る。
すると見事に殴ったところにぽっかりと穴が空き、土人形が倒れるのがわかった。
「アイツが言ってた通り、腐葉土なら燃やし尽くせば灰になる。だけど、一度にこんな広範囲に炎を展開なんて俺の技量がまだ追いつかない。だからこうして脆くさせて一気にお前が潰す、それで行く」
「おーけー、しっかり理解した」
「……ほう?」
浩介が再び炎拳を繰り出したと同時に、玲が一瞬にして空へと舞う。
そして炎拳の炎をくらって脆くなった土人形らに向けて、
右手に溜まった高密度の電気を放った。
「雷撃ッ!!」
玲が右手を振り落とし、雷撃をお見舞いする。
すると見事にくらった土人形らは跡形もなく消え去っていた。
「やるな、私の土人形はそう簡単には壊せないのだがな」
「余裕そうにしてるのも今のうちだからな」
みるみる土人形が処理され、浩介と玲を囲う土人形の数も目に見えて減っていく。
「あんたのその白兵主義な戦法は俺たちには通用しない」
「……言ってくれるな、小僧」
「あなたもだ。俺と浩介を甘く見ない方がいい、さっきも言ったが前までとは違う」
「それは私も十分にわかっているさ。……褒めているのだ」
「褒めてる、だぁ?」
「そうだ。珍しいぞ? 私が人を褒めるなど」
ライドリッヒが立ち上がる。
「たった二週間と少しの時間でここまで成ったのはごくわずかな者だけだ。君たちは非常に興味が湧く存在だ」
「……それは浩介が進化できる存在だからか」
「いやそれ抜きでだ」
「あのだから進化ってな―」
「だがまだ甘い。一つの戦略を攻略したとて、それで終わりだとは思わない事、その油断が命取りだ」
「じゃああるんだな、まだ手札にある戦略があなたには」
「そうだ」
そして、ライドリッヒは再び自身の背後に数多の土人形を顕現させる。
「土傀儡―」
それは先ほどよりも、数も質も全く違うもの。
それを見ただけで玲はこれが彼の本領なのだと、さっきまではまだお遊びに過ぎなかったのだと思い知らされた。
「(これは感謝だ。久しく私の十八番を出せることへの。だから壊れるな、絶対に……!)」
「ただ数が増えたんじゃ、さっきと同じようなことになるだけ、わかってんだろうな!?」
「―大集結!」
「「!?!?」」
今ライドリッヒが顕現させた土人形、ざっくり500体ほど。その全てが一斉に一箇所に集まり、互いが互いを結合していく。
「デカすぎだろ……あのときの巨人と同等ぐらいかよ…」
「これが……ライドリッヒのもう一つの戦略…!」
そして次第と高く積み上がっていくところの成長点にライドリッヒは飛び乗り、帽子の鍔を押さえながら不敵に笑う。
「これが私の切り札……土人形を合体させ一つの巨人を形作る、大地豊穣天神!」
「さすが少将だな……だが、巨人相手は既に俺は経験済みっ!! 着いてこい、玲っ!!」
「あっバカッ!?」
以前地球にいたころに戦った巨人との経験値と、その他要素から、勝てる見込みがあると即座に踏んだ浩介は一目散に駆け出した。
「……これを前にして真っ向から立ち向かう、と? 少しは怖気付くなどしないのか?」
「そうだ、生憎俺は巨人との戦いは経験済み。あの時は怖かったが、今は違うんでね!!」
「―そうか、立派だな。中身の器よ」
「そうだな俺は立派だなっ!! だからお前を倒した暁には、褒美として俺の身のこと全部吐いてもらうからなぁ!!」
右足で思い切り踏み込み、土巨人に向かって高く飛び上がる。右腕には業火を纏い、左腕で標的を定めながら。
「炎拳ッッ!!」
先程より火力強めの炎が巨体を覆う。
土人形の時は炎で脆くなっていた。ならばその土人形が集まったこの巨人も脆くなるだろうと踏んだのだ。
―だが。
「―甘い、それでは」
「ッ!? 炎くらっただろっ! なんで何も変わらないんだよ!? 黒く焦げて脆くなるはずだろ!!」
灼熱の炎をもろに喰らって、その巨大な身体は何一つとして傷がついておらず、その光景に浩介は驚愕した。
「浩介、とりあえず降りてっ! 考えてもみれば、燃やせたとしてもそれは巨人の身体にとってごく一部だ、やれるにしても途方に暮れる!」
「……くそっ!」
「威勢の良い事言った手前、少し期待していたのだがな。まあ、器がした事は正解だ。この巨人の身体は全て腐葉土。炎を喰らえば灰となる。だがその炎が巨体に比べて非常に小さかったら何も意味は成さない」
巨人の右肩から二人を見下ろしながら、ライドリッヒは右腕を上げる。
すると同時に同じように巨人が右腕を上げる。
「君たちが仕掛けたのだ、次は私の番だ」
ライドリッヒの右腕が素早く下ろされ、同じくして巨人の右腕も、浩介と玲がいるところ目掛けて振り落とされる。
「ふんッ!!」
「浩介っ!」
「……神速で避けたか、素晴らしい瞬発力だな」
しかし、すんでのところで玲が浩介の手を取り神速を発動。間一髪で巨大な拳のハンマー攻撃を逃れることができた。
「しっかしエグい火力だな。片腕振り落としたところにクレーター出来てるぞ」
「これがもし当たってたら……」
「死んでたな……」
恐ろしい力を間近で見て、思わず固唾を飲む。
「さすがに怖気ついたか?」
だがこんなところで折れるほど、浩介と玲は弱くはない。もう彼らは一丁前の戦士なのだ。
折れる事なく諦めることのない強い眼差しで、二人は自らを見下ろすライドリッヒを見つめ、こう断言した。
「「まだまだぁ!!」」
浩介は再び右腕に炎を纏い、炎拳を。玲は一瞬にしてライドリッヒの背後に回り、右手に溜めた電撃を放つ。
「炎拳ッ!!」
「電撃ッ!!」
炎が巨体を焼き尽くし、追撃として、雷撃が巨体を貫く。
しかしやはり傷一つとして付くことはない。
何度も何度も同じ事を繰り返すも、結果は同じ。
「はっ……はっ……ちと硬すぎじゃねぇかよ……!」
「いくら土人形全てを集めたとしても、この硬さは異常でしょ!?」
「君たちの火力不足ではないのか?」
「黙れ、絶対にそんなことはないはずだ! 普通少しは傷がついてるはずなんだよっ!」
炎拳も雷撃も、浩介と玲にとっては大技。
いくら実力差があれど、あれだけ攻撃に攻撃を重ねたとしたら、少しぐらいの傷はあって当然。
しかしこの大地豊穣天神は本当に何一つとして傷がない、かすり傷すら一つもない状態なのだ。
「絶対にこの巨人は、純粋なパワー以外の何かを持ち合わせてる。じゃなかったら頭おかしいぐらいの硬さなんだぞ」
「超人的回復力とか?」
「だな、それ以外に思いつかねぇ」
「だとしたら、小さい攻撃じゃ俺たち何もできないぞ!?」
「ならデカい一発をぶち込んで脆くさせれば良いだけだ」
右腕を回し、まだ壊れてない事を確認した浩介。
「俺の今残ってる力を全部次の攻撃に使う」
「……死なない?」
「木偶の坊になるだけだ。死なねぇよ」
「……それでも、炎拳と火土竜はあの巨体から見て米粒ぐらいの範囲。少し大きくなったとしても意味はないけど……」
「まだ一つだけ出してない技がある。……中途半端な出来だが」
「それってどういった技?」
「―火孔雀。広範囲に高熱の熱風を出す技だ。この技に今ある力を全部注ぎ込めば、あの巨体でも脆くはなるだろ」
火孔雀。それは浩介が二週間の期間で筋肉と共に鍛えていた新技。
炎を孔雀の羽のように展開し、それを豪快に仰ぎ、極熱の熱風を広範囲に引き起こす。
かなり強そうな技だが、まだ本番で一度も使用したことがなく、ぶっつけ本番な上に、完成度も中途半端。
そこを今持つ全ての力を注ぐことでカバーはできそうだが、100%成功するとは限らないのが難点。
「浩介、俺は何すれば良い?」
「時間稼ぎだ。余力を全部火孔雀に注ぎ込む関係上、どうしても時間が必要だからな」
「……分かった、絶対浩介に手は出させない」
「―不完全で絶対できるという信頼ができなくても、信じれるのか……?」
「何言ってんだか今更」
玲は浩介に振り返る事なく、それが当たり前のような形でさらっと言ってのけた。
「浩介にとって、俺は唯一の友。そんな俺が浩介を信じれなかったら? そんなの友じゃない。ホントの友達っていうのは、互いを信じ合ってこそ成り立つ信頼関係。信じることは当たり前だ」
これが黒田玲。
どれだけモテようとも、どれだけ敬われクラスカースト内で上位にいようとも、一人の遅刻魔で不器用で孤立した親友のために体を張れる漢だ。




