19話 遅刻魔と少年
「―ふっ……!」
右手から放たれる業火を、玲は難なく避ける。
「何避けてんだよ、オメーをやれねえだろ?」
「死んだらこっちも都合が合わなくてね!」
そして目で捕捉できないほどのスピードで浩介に接近し、ひと殴り加える。
玲より早く黒土に転移し、強敵と戦闘してはいた浩介でも、所詮は戦い慣れしていない高校生に過ぎず、殴られただけでかなりよろめく。
「元はと言えば、俺は浩介、お前を追ってこの世界に降り立ったんだ」
「はっ、そんな面倒なことを……。しばらく経っても姿を現さない俺に痺れを切らしたってか?」
「そうだよ。だけど実際来てみたらっ! こんなバーサーカーになってクラスメートを殺そうとして! あのときの辛辣だけどどこか優しさがある浩介はどこに行ったんだよっ!?」
玲の必死の投げ掛けに、浩介は腹の底からため息を吐き、今更何を言うんだとばかりに気だるげにこう答える。
「そんな千布浩介などいないんだよ」
「は………? 何言って―」
「俺が、周りのあの視線を気にしてないとでも思ってたかよ。そうだとしたらそんなもんは、第三者の楽観的思考だっつーの。―あのとき、いや、周りから避けられ始めたときから、か。俺はただ主犯の奴らに復讐することだけを考えてきた」
「え……は………?」
未だ理解できずに戸惑う玲を気にもせず、淡々と浩介は口を動かす。
「ああすれば奴らを痛めつけられるだとか、こうやって仕組めば奴らは退学処分に下るだとか。そんな当時こそは自分でもくだらないと考える程度の策を考えてばかりだった」
「………」
「でも今は違う。今の俺にはこの炎の力がある。その力と、たまたま黒土に来た片瀬を見て、くだらないで済んでいた俺の幻想と怒りが一気に戻ってきた」
「……」
「元々この世界に来た理由は異なれど、こんなチャンスは今後来ることはないだろう。―だから俺は片瀬に制裁を加える。ここで俺とコイツらとの決着をつけるんだよ」
「…」
「だからここを退いてくれ。俺もそうだが、お前もそうだろ? 互いが互いを傷つけるシチュエーションなんて望んでないんだ」
「…………………」
玲は、ここまでの浩介の話をしかと聞きとめた。
そしてそのうえでこう聞いたのだ。
「俺がここを退いたりでもしたら?」
「俺が玲を傷つける、なんてことはしねぇよ」
「珠子、は―」
「殺す、ついでに片瀬の近くにいるロンリーの男もな」
「―なるほど」
帰ってくる答えなど分かってはいたが、こう言葉にして耳に入ってくるとなると、現実が明るみになるものだ。
玲は、珠子を庇える位置に移動し、浩介の行く手を塞ぐ。
「―どういうつもりだよ? 俺の話、聞いてたか?」
「聞いてたよ。そのうえで浩介の行動には納得がいかない」
「そうかい。あぁ、納得いかない理由なんてわざわざ言わなくとも分かるって」
「別に言うつもりはないよ。―あ、でも始まる前に一つ……」
「ん?」
「さっき言ってた、戦争を最小限で終わらせたいって言葉。それに嘘は?」
「無いな、これっぽちも」
「わかった」
玲は、半ば狂犬に近い浩介をじっと目で捉えながらも、近くで這いつくばるライドリッヒに投げかける。
「ライドリッヒ少将。ここは先程のいざこざを忘れて、珠子を連れて逃げてください」
「なに、を! 軍人である私がたかが子供の意見などっ!」
「これは貴方のためだ! ここで這いつくばったままなら、貴方は今から始まるこの過酷な戦闘に巻き込まれる。その珠子との衝突でできた傷も浅くはないはずだろ!? ここで死ぬよりは、恥を惜しんでも逃げた方が身のためだ!」
「そ、そうやって私との戦闘を避けようと―」
「今はそれどころじゃないんだよ! つべこべ言わずとっとと離れんかい!」
「っ! ……あぁ」
先程までには見られなかった少年の気迫に押され、ライドリッヒは素直に珠子を連れて身を引く。
「逃がすかよッ!!」
しかし、そんなことを浩介が見過ごすわけにはいかず、すぐさま炎弾を打ち込む。
だが、それは玲の電撃によって相殺され、未遂に終わった。
「玲ぃぃ………! テメェ余計なことをおぉぉ!!」
「悪いけど俺にとっては全然余計じゃないからね。浩介にとっては違うかもだけど」
「殺すッ!」
「うわ来た」
激昂に激昂を重ねた浩介は、今までにないくらいの高温の炎を拳に纏い、玲に殴りかかる。
一方、浩介とは違って冷静さを保っている玲は、落ち着いて一回一回慎重に攻撃を避け、浩介から一定の距離を取り続ける。
「テメェッ………! うざったらしいんだよ!」
「浩介の攻撃は見るからに絶対痛そうだし。避けるに越したことはないと思うけど?」
「チッ………! ―そうかい、攻撃を受ける気はないと?」
「雷の速度で移動できるし、自信はあるけど」
「だったら強制的に受けてもらう」
「ん?」
「お前よりかは、俺は少しの戦闘経験があるんだ。戦う中でまた一つ、技を編み出せた」
そう言うと、浩介は炎を纏った右手の手のひらを地面に押し付け、地中に炎を送り込む。そして次の瞬間―
「―火土竜ッ………!」
玲の足元の地面から、突如として赤い光が溢れ始め、そこから地面を突き破るように、炎の円柱が勢いよく玲を突き上げた。
あっという間に空へ叩き出された玲。
受け身を取ろうとするものの、いつのまにか自身の下にあったはずの円柱が自身の眼前にまで迫っており、そのまま追撃され地面に叩き付けられる。
「いっ………てぇ……!!」
「まだ終わりだと思うなよ」
「ちょっ!?」
直後、まだ痛みに悶絶している玲の真下から、再び円柱が突き出す。
2度は喰らうまいと、咄嗟の判断で神速を用いて脱出を試みる玲。
だが、使用でき、なんとか回避できたは良いものの、それを予測していたかのように、二つ目の円柱が玲を真横から突き刺し、そのまま近くの大木と玲を勢いよく衝突させる。
「~~~っ……!!!」
「ははっ! 火土竜は対象の周囲3メートルからならどこからでも発生させられる! たとえ玲がどれだけ早く移動しようとも、それより前か、移動直後に当てれば良いってもんだよなぁ!?」
「ば、馬鹿げてる……」
「馬鹿げてて結構。―まだ行くぞ」
「くっ…!」
三度浩介が地面に手を付き、それとほぼ同タイミングで火土竜が玲を足元から襲いにかかる。
「ぬおおおッッ!!」
痛みをなんとか振り切り、間一髪で火土竜を避ける玲。
だが先程と同じく、既に真横には二つ目の火土竜が。
「こんっっっの!!」
しかしそれすらも気合で身を捩り避けきる。そして、まさか避け切られるとは思いもしなかった浩介が一瞬呆気に取られたのを確認した玲は、神速を用いて一気に懐に肉薄。神速の移動の余波と電気を纏ったその強烈な右拳を、浩介の鳩尾にクリーンヒットさせた。
「ぐぅッッッ………!?」
たまらず片膝を地面に降ろし、奥歯を噛み締め、痛みをなんとか中和しようとするものの、今の一撃はかなり強烈なもので、しばらくは動けそうにもないぐらいにダメージが重く、そのままばたりと地面に倒れる。
そして、そんな体制が崩れた浩介を視認した玲は、浩介の動向に警戒しつつも、当初の目的である「進化の防止」を遂行するために、出発前にユロから貰い受けた睡眠剤を片手に浩介を見下ろす。
「―浩介」
「な、なん……だよ」
「もう十分だろ。たしかに浩介は珠子たちからイジメに近い嫌がらせを受けてはいた。―だが……だからって復讐と銘打って珠子を殺す、というのはやりすぎだ」
「……チッ……!」
「だからこんなこと辞めにして、浩介がここに来た理由でもある、この戦争を止める、っていうのをさ、俺ら皆でやろうぜ? こんなことして得するのは誰もいないからさ」
「………だがっ。アイツはっ! 片瀬は俺を虐めて陥れたんだぞッッ!? 殺さなきゃならねぇんだよ!!」
「何も殺す必要はないだろう。それに、仮に今殺したとして。その先を考えたことはあるかよ?」
「ない」
「即答かよ、潔いな。―でも考えてもみろよ。珠子を今ぽっくり殺しにでもしたらさ、その先アイツに今までの罪を償わせることはできないんだぞ?」
「………ん」
「浩介。お前は目先の恨みと怒りに囚われすぎだ。頭を冷やせ、アイツを生かして罪を償わせた方が絶対に良い」
「理由は?」
「殺しでもしたら、絶対にその先の人生ずっと後悔するからだ」
「でも俺はこの前人殺しをしたぞ」
「それは敵軍の軍人だろ? 身内とは訳が違う。珠子は俺たちのクラスメイトであり、仲間だ。それにお前が殺しでもしたら、それこそお前は本当にクラスから見放される」
「俺は………玲がいたら、たとえクラスが俺を見放してもっ……!」
「ちなみに俺もだ。さすがに無理だよ」
「…………………………………ぐっ」
沈黙する浩介をよそに、玲は携帯している水筒の蓋を取り、その中に茶と睡眠薬をバレないように入れ、浩介に差し出す。
「……これは?」
「仲直り兼気分転換の意図を含んだ麦茶。これ飲んで気分落ち着かせてさ、珠子に謝りに行こう、な?」
「でも、俺だけ謝るのも……」
「そこは俺がなんとかしてやるから。自分だけで事を済ませようとするなよ」
「あ、あぁ……」
麦茶の入った水筒の蓋を受け取り、グビッと一気に飲み干す。
睡眠薬に気づいたらと心配していた玲だったが、案外気づかれなかったため、胸を撫で下ろした。
ちなみに、使用した睡眠薬は効果が発揮するまで少しの時間がかかる。そのため、玲は本心を交えた会話で時間稼ぎを行う。
「―ふぅ。なんか悪かったな。そっちの事情もあるのに、とばっちりでお前に襲いかかったりして」
「良いんだよ、別に。暴走した友を止めるのも、親友の役目だし」
「そっか」
明後日の方角を見つめてそっけない返事をされたが、玲はそれが浩介の照れ隠しによる行動だということに気づいている。伊達にずっと浩介と行動しているのだ。
「で、行く? 珠子のもとに」
「あぁ。お前の茶のおかげで気分は落ち着いた。今の状態ならアイツにイラつくことなく謝れる」
「麦茶すげーな」
お前のおかけまだと口早に言い、浩介はその場を立ち上がり、珠子たちが逃げて行った方角へと足を進める。遅れて玲も浩介の後を追う。
「玲、お前さ、片瀬と俺が和解した後どうするんだ?」
「そりゃあ、さっきも言ったけど、浩介の目標に協力するけど」
「でもお前、一応はロンリー軍所属の扱いだろ? だって片瀬…まあ、ルイ大佐がロンリー軍の軍人だし、その部下的な。俺は所属はスワームの軍人って扱いなはずだし、肩書きだけみれば敵対関係なんよ。だから一緒に行動するのも………」
「別に一緒じゃなくてもいいでしょ。各々の所属する国で、必要な戦闘をしたり、工作活動をして裏からなんやかんやしたり………別れた方が効率良くない?」
「…………まあ、そう……か」
浩介は少し、立ち止まり、真剣に表情をして何やら考え事をしているようだった。時折悲しそうな表情をしているが、それはきっと、折角親友と再会できたのにすぐに別れてしまう悲しさから来ているものだろう。心配はいらない。
やがて、決心した顔つきになった浩介は、玲に向き直る。
「―決めた。俺はスワームで、玲はロンリーで。それぞれ互いの所属する国で、戦争を止めるために色々やろう。そしてまずは小白の戦いを、なるべく負傷者死傷者ゼロで終わらせよう」
「あぁ。浩介の判断なら、俺はそれに従うまでよ」
そして玲は、自身に向け差し出された浩介の右手をがっしりと掴み、自分の意思を表明。
―その瞬間。
「………あ、あれ?」
突如、浩介が酔っ払いみたくふらつき始め、立つことがままならなくなり、そのまま力なくして玲の胸元へと身を任せる。
「(睡眠薬が効き始めたのか……)」
「わ……わりぃ。なんか……急に眠たくなって」
「大丈夫だって。そのまま寝ても」
「でも……片瀬に謝らないと。……でないとまた、しょうもない争いが…………!」
「良いんだよ。珠子は浩介が謝らなくとも、自分のしたことは十分に反省してるし、次会ったときにでも謝れば良い」
「そう……か?」
「そうだ。だから今は、疲れを癒すためにも眠るんだ。お前は一人で頑張りすぎなんだよ、ちょっとは俺にも手伝わせろっての」
「………玲は優しいな」
その言葉を最後に、孤独だった遅刻魔は眠りについた。
そんな遅刻魔を背負い、玲は珠子たちを追いかけ、足を運ぶ。
「(もう浩介は一人じゃない。進化しても止めてやる。俺が……いや、俺たちでやるんだ。この戦争の終止符を打つんだ)」
そして、コオロギ的生物の鳴き声がこだまするこの真夜中、玲は一人げに決心するのであった。




