17話 遅刻魔と因縁の女
1
『―マズイな…』
下唇を噛み締めながら、ドルは悔しげに呟く。
―最初こそ、とても順調に南西方面の敵軍を蹴散らしてはいたのだ。
だが、突如として現れた、ロンリー大帝国大佐である、「ルイ」を筆頭とした援軍に悩まされ、攻め切る事ができず、膠着してしまった……という成り行きである。
「なぁ…その、ルイって奴はどういう奴なんだよ」
『それはな…』
『(ルイについては俺が説明しよう)』
「オリバ…?」
今まで無言を貫いていたオリバが、突如として声を挙げる。
『(―ルイ大佐は俺の永遠のライバルだ。―そして奴もこの前のゴビ将軍と同じように、怪物の遺伝子を体内に取り込んでいる)』
「つまりは、そのルイって奴も能力者ってわけか」
『(そうだ。そしてルイの能力は、水系の操作。水から氷を作り、そこから武器や建物など、あらゆる物に変換する能力だ。―浩介の炎の能力はルイの能力に対してかなり有利を取っている。だが油断するな。あのルイは必ず対策を取ってくる。その対策に振り回されないよう、気をつけるんだな)』
「なるほど…」
ルイに関する詳しすぎる詳細を聞き、その者がかなりの腕利きの軍人だという事を認識する。
「ていうかオリバ。お前、いつにも増して熱く語るんだな」
『(そりゃあそうだろう、ライバルなのだから)』
小型の通話機器から聞こえるオリバの声の間に、一拍と大きく息を吸う音が混じる。
『(アイツとの戦績は30勝31敗それはまあいいんだが否良くないなアイツの作る氷の要塞を毎回毎回俺の斬撃で切り倒すんだがその後の接近戦で毎回負ける。バカかと思うかもしれないがそれしかないんだなそれが―)』
「分かったっ!わーかったから一回落ち着け!」
いつものオリバとは裏腹に、口が止まらずマシンガントークになっている。余程負け越しているのが悔しくてたまらないのだろう。
『(―すまない、取り乱した。―ゴホンっ。他に何か聞きたいこととかはないか?)』
「んーっ……………あっ性別、そのルイって奴の性別と特徴的な容姿。身元特定の参考にしたい」
『ナンパでもするのか?戦時中だぞ』
「違うっつーの、容姿も性別も分かんなきゃ、一般兵士かもと思って攻撃したら、ルイ大佐でしたー、なんてオチも考えうるだろ?」
『(性別は女、紺色の瞳に、空色の短髪を兼ね備えている。身長は大体150センチ。割と血に飢えている性格ゆえか、戦闘中、かなりの確率で最前線で戦っていることが多く、奴を見つけることは容易だろう…)』
「さんきゅー。―これで少ない被害…いや、ゼロ被害でルイを炙り出せる…」
『(ん?浩介、何か策でも?)』
「まあ、な?」
通話機器越しに浮かべる、浩介の不敵な笑みを、オリバは汲み取ることができなかったのが残念なところだ。
なにせ、浩介の編み出した策は、外道も外道を行くものだったのだ。
場面は打って変わって、同時刻、小白南西ロンリー大帝国側。
好物である、大黒産のコーヒー豆から1から作られたコーヒーが注がれたマグカップを片手に持ち上品に啜りつつ、空いた片手で望遠鏡を両目に当て、微かに地平線から見える敵国兵士を眺めていたルイ大佐もとい珠子は、浩介に会えるという邪念とは反対の、とある疑念を抱いていた。
「(―もし仮に浩介を倒したとして……その先に何があるのか……。ユロと玲はスワーム側の者だからまだ良いとして、私は…?―きっと上官が浩介の始末を私に命令するに違いないわ)」
事実。浩介がこの世界に現れたおかげで、スワーム大共和国は、ロンリー大帝国への反撃に成功。いまや小白奪還のすぐそばまで来ている。そんなロンリー大帝国にとって邪魔としか言いようがない浩介を、ロンリー大帝国は放っておくわけにはいかないはずなのだ。
その浩介が始末されようものなら、二度と浩介に会うことは叶わないし、そもそも、「浩介が死なない」とユロが言っていたから乗った策なのだ。死んでしまったら元も子もない。
では、どう珠子が動けば、浩介を上官に引き渡さず、倒すだけに留まらせることができるのか。
自身の率いる部隊で行動…それはダメだ。人数が多すぎて、一つの細かい行動でも周りの目に入る。
それならば、自身と数名の部下で行動…それも却下。浩介を倒し、浩介を保護しようとする珠子の姿をを見て、部下たちが何も行動を起こさない、なんて保証はできない。
そうなると、残っている選択肢は一つ…。
「(単独行動で浩介に会って倒す……。そうすれば、倒してもその後に保護でも会話でも何でもできるし、上官にもなんとでも言い訳ができるわ…!)」
単独行動。かなり危険とリスクを伴うが、それ以外に思いつく良案がなく、ユロや玲とは効率を優先したがために、離れ離れのこの状況。だが背に腹はかえられない。
そして珠子は思い立ったらすぐ行動に移す性格。近くの部下に単独行動する旨を話し、ピストルと一応のナイフを携え、スワーム軍に向かって、コソコソと動き始めた。
―ピー…ザザッ……
『私だ』
「―はい、ライドリッヒ少将殿でございますか」
『ルイが妙な動きを見せた。至急追跡を開始しろ…。私が伝えた通りにだ』
「仰せのままに…」
その裏で渦巻きいずれ世に溢れ出すであろう陰謀を知らずに。
2
敵兵に見つからないよう、五感を鋭く機能させ、少しずつスワーム軍に肉薄する。幸い、近くに森林があるおかげもあり、敵軍に見つかった様子は見えず、珠子はホッと胸を撫で下ろす。そして、自身の、薄く黒く染まった手袋を見つめる。
「(たとえ私がこの水の能力を持っていたとしても、軍勢に敵うわけがない。だったらやることは一つ、浩介を見つけ出して、一対一の状況に持ち込めばいい。タイマンなら炎と水の相性的に勝てる…!)」
今後の方針を固めたい珠子は、まず、肝心の浩介を探ることにした。
だが、千万いる軍隊の中から、たった一人を見つけ出すなど、正に苦行。いくら目を凝らしたとて、見つけることなど不可能に等しく、限りある時間をうまく活用できないもどかしさに、ただただイラつくかぎりであった。
「(チィ…ッ!ぜんっぜん見つからないじゃない!髪の毛一つぐらい視界に入っても別に構わないじゃな―ん?)」
脳内で永遠に浮かび上がる文句をつらつらと、この理不尽な状況にぶつけていた最中、ふとその文句を言い放っていた口が止まり、新たにはてなマークが脳内で浮かび上がる。何故ゆえか。
それは―
「(なんでここに一人だけ兵士がいるの!?はぐれたなんて阿呆丸出しの大馬鹿みたいな理由、あんな大勢の軍隊といるのだからつけないはずよ!?)」
一人、ただ一人だけ、スワーム軍の兵士がポツンと佇んでいたのだ。それも、まるで親ガモから離れてしまった悲しき子ガモのような顔をして。
―だがこれはチャンスでもある。この兵士は浩介、またはドルの部下に違いない。ならば、この兵士をサクッと倒し、「私の知りたい情報を全て吐け……。拒否した場合…貴様の命はないと思え…」とか、そういう類の脅しをかけて浩介の居場所のヒントを得れば、今よりかはかなり浩介探しが楽になるはずだ。
「(コイツには泣きっ面に蜂だけど、致し方ない…。少々痛い目にあってもらうわ!)」
自身の右手に非常に鋭く殺傷力のある氷柱を形成し素早く兵士の裏を取る。そして、兵士が気づく前に手早く迅速に捕える…!
「(―ん!?今何か私の背後に回るような気配が―)」
というのが本来のイメージだったのだが。それ以前に気づくべきだったのだ。なぜ、兵士が一人だけかと思ってしまったのか。それが囮だとは知らず、むしろ、痛い目に遭うのは自分だと言うことに、なぜ気づかなかったのか。
兵士に気を取られてしまっていたせいもあり、対応が遅れてしまい、首筋に硬い何かで強打され、何も抵抗できず、珠子は地に伏せた。
そして、硬き拳を降ろし、情けなく地面に伏せる珠子を見下ろす者が一人。
「―コイツが、珠子か。すげー現代人みたいな顔つきしてんな」
―浩介だ。
時間は少し遡る。
オリバにルイ大佐もとい、珠子についての情報を入手した浩介は、先も言った外道な策の実行に移っていた。
そこらにいる兵士一人に声を掛け、策に乗ってくれるかと誘いをかける。
今から攻め入るところなのに、奇抜な行動に出ている浩介を目に留めたドルは、興味と不審感を持ちながらも浩介に話しかける。
『浩介。彼に一体何の商談を持ちかけたのだ?』
「別に商談って言われるぐらいのことじゃないけど……。ちょっと囮になってほしいって頼んでたんだよ」
『囮……?誰かをおびき寄せる気なのか。一体誰を……』
「そりゃ決まってるだろ、ルイだよルイ大佐。アイツが援軍でこっちに来たせいで、俺らの作戦の進行が滞っちまったんだからな。リーダーはどんな手を使ってでもぶっ潰す…!」
静かに拳を握り、自身の思いを述べる。それほどまでに珠子に対する執念があるのだろう。
『たしかに、貴様のその執念とやらには感心できるのだが……』
「んだよ文句でもあんのかよ」
『いやそう言うわけではない。ただ、相手は水なうえ、練度のある軍人。炎の貴様では太刀打ちできるとは到底思えん……』
いつにも増して消極的なドルに、浩介はため息を吐く。
「……あのなぁ。だったら水ごと蒸発させればいいし、練度の問題も奇襲とか捕縛とかだったら関係ない。何事も否定から入っちゃならねえよ」
『そ、そうなのか……』
「そうだ」
その後も、ドルは何か言いたげに口をモゴモゴと動かしていた。そして、意を決したのか、真剣な眼差しで浩介を見つめ、語りかける。
『なら、私は貴様を止めないし、その作戦を利用して、ルイがいなくなった敵軍に攻勢を仕掛ける。―だが一つ………』
「あ?」
『私が戻ってきたとき、既にこの世界からいなくなっていたら許さないぞ』
「そんな遠回しに言わなくても俺は死なねーよ」
会話はそこまでだった。相棒からの遠回しの心配を心に刻み、浩介は一人で歩みを進め始めた。
「―で、私はここにいると」
「あぁそうだ。マヌケなてめーは、まんまと俺の策にハマったってわけ」
大木に自身の両手首をロープで固定され、身動きが取れない珠子は、時間稼ぎがてら、大好きな浩介との会話を楽しんでいた。
「(うわー……。おひさの浩介、やっぱ最高……。マジで癒しだわー、手首が自由だったら今すぐに抱きしめたくなるぐらいに)」
「おい、なんとか言えよ」
「あっ……ず、随分かわっ……随分策を巡らせていたのね……流石は”炎の悪魔”様だわ」
「かわ……?いやそれよりなんだよそのあだ名。厨二みたいなあだ名だな」
「知らないわよそんなこと。ここの人間は頭が腐ってるのだから……」
「ここの……?」
好きな人と会話ができていることで、気分が高潮し、かなり興奮している珠子は、自身が失言していることに全く気づいていない。
「そう、私は黒土のにんげ…………」
そう言いかけてハッと正気に戻った珠子は、言ってはならないことをベラベラと浩介にぶち撒けるその生意気な口をキュッと閉じる。
「ん”っん”っ!!……なんでもないわ気にしないで」
「いやいやいや無理に決まってんだろ。顔つきと言い黒髪と言い今の発言と言い、お前地球の人間じゃねーか何してんだよここで。ていうかお前、片瀬珠子だろ」
さすがに嘘を通すのは無理があった。完全に正体が露見し、もはや隠し通す必要性がなくなったと思った珠子は、両手首の作動範囲を探りつつ、時間稼ぎと言わんばかりに口を動かす。
「そうよ、私はルイもとい、片瀬珠子。菜花高校1年A組出席番号12番の片瀬珠子よ」
「お前……いや、片瀬。お前も俺を遅刻魔だとか言って遠ざけてた奴の一人だったはずだ。この際聞くが、なぜお前らは俺を拒否し、遅刻魔と言って遠ざけてたんだ?」
これは正体がバレたら必ず聞くであろうと珠子が予測していた質問だ。もちろん回答は用意してある。
「それは当たり前でしょ。アンタは新学期早々遅刻をしまくった挙句、そのせいで、新学期恒例の遠足などに顔を出さず、クラスから浮かない存在となった。そしてアンタは無理に目立とうとしたがために、周りからはウザがられ、今に至る。そうでしょ?」
「ぐっ………たしかに、そうだが……」
ぐうの音も出ない。浩介は新学期始めのイベント全てにおいて遅刻をかましているのだ。そして、親交が深まっていないのにも関わらず、悪目立ちをしてしまったら、それはウザがられるのも仕方がない。
浩介の痛いところを突き、精神的に有利になった珠子。
本来ならば、物理にしろ精神にしろ、有利になったことは喜ばしいことだ。
だが、今の相手は浩介。自身の意中の男だ。
「(ごめんなさい、浩介。ホントはそんなこと言いたくなかったのに……。それに遠ざけていたのも、浩介に話しかけるタイミングを見計らっていたからであって、決して孤立させようとしたわけじゃないの……!)」
実際はこうである。
しかし、そんな本音など浩介には聞こえることはなく、浩介からしたら、孤立されていた理由が自身にあると開き直ったように見える。その様子は浩介にとってとても腹立たしいことだ。
「だが片瀬………。お前らはそれ如きで人を孤立させんのか…?」
「違うと言ったら嘘になるわね」
「別にお前たちに害を与えてないし、孤立していたとしたら、自力で解決しなきゃならないもんだろ!?」
「でも実際。アンタが話しかけたうち、一人を除いて皆嫌がっていた。でもアンタはめげずに話しかけ続けた。その結果、一回、クラスメイトにキレられたことがあったわよね?」
「ふ、ふざけんなっ!! そんな理不尽―」
「理不尽あってこその世の中よ」
「ぐっ……」
もちろん、これも本心ではない。
だが、ユロの言っていた作戦のためにも、嘘をついてまでも浩介を煽り、浩介が戦わなければならない口実を作るのが珠子のするべきことなのだ。
だから、好きな人に嘘をついてまで、煽り、蔑み、そして、浩介に怒りのきっかけを作るのだ。
「それにね、アンタを唯一友達として見ていた、黒田玲だけど」
「玲、が? アイツに何があったんだよ!?」
物凄い勢いで珠子に食ってかかる浩介。それに対し、その勢いを軽く受け流すかのように、サラッと珠子は言った。
「アンタが黒土に来たせいで、玲はかなり病んでしまっていたのよ」
「だ、だからなんだよ……。たしかに何も言わずこっちに来たのは悪かったと思うけどさ、仕方のないことじゃないか!!」
浩介は、あくまでも自身は悪かったが仕方ないことだと主張。
その様子に、わりかし沸点の低い珠子はカチンとくる。
「アンタはッ!! 大切な友人を振り切ったッ!! アンタには戦争を止めると言う大義名分があったとしても、そんなこと、玲は知らないのよッ!! ふと気づいたら大切な友人が側からいなくなってしまった人の事を考えてみなさいよッ!!」
「………ッ!!!」
事実、玲はすでに浩介の事情を理解しているうえ、浩介を止めるために黒土に来ている。
だが、浩介はそんなこと1ミリたりとも知らない事実。
そして、浩介にとって憎き相手である珠子が、自身に説教をするのだから、たまったものではない。
「……………ひと……さまを……。人様を孤立したうえにバカにした連中がッ!! 今になって俺に説教をすんじゃねぇよ!!!!」
ついに、ついに浩介は。右手の拳を固く握り、そこに特大の怒りを乗せて、珠子を殴った。
一瞬何が起こったのか分からなかった珠子だったが、ようやく自身に手を掛けたことを悟った珠子は、悪役のようなその笑顔を、さらに歪ませ、浩介という名の火に油を注いでいく。
「説教? 違うわよ、批判よ。説教なんてしたところで、人は変わらないのよ」
「―じゃあなんだよ。俺はまた同じようなことをするってか?」
「そうよ。バカは死んでも治らない、なんて言うじゃない。まさにそれよ」
目を伏せ、なおも批判を続ける珠子。ふと、見上げると、ギリギリと歯を鳴らしながら、こちらをとんでもない形相で睨む浩介がいた。
「……もう、いい。散々だ。お前たち陽キャ共とは、いつかは仲良くなれると思っていたけど、そんな幻想は存在しないんだな」
「そんなバカみたいな幻想を抱くのは、陰キャの特権でしょ? 私たちにはそんな特権ないもの」
「抱くことに何か不都合なことでも?」
「幻想にうつつを抜かすアンタらが気持ち悪いのよ」
「…………そうかい」
この会話が、彼らの戦闘の口火となったのか。
珠子が言い終わるのを待たず、浩介は、珠子を縛り付けていた木を、自らの火を纏った拳でへし折り、珠子を解放する。
「―何のつもり?」
「このまま一方的に殴ったり蹴ったりしてしばくのはさ、なんか気に食わないって感じがするくてな」
「そういう建前は求めてないんだけど?」
一瞬、虚を突かれたように驚いた表情を浮かべた浩介は、隠そうとせず、本音をぶちまけた。
「―そうだよ、ホントはな。本当は、お前の全てを出し切らさせた上で、その全てをへし折って勝ちたかったからだよッ!!!」
「いいわよ上等じゃない。こっちも最初から全力でアンタの出鼻で挫いてやるわよっ!!」
怒りと、恋心混じりの偽りの怒り。そして、水と炎。双極の立場に立たされた二人の学生が、己の思想を胸に、拳を交えた、その瞬間だった。




