16話 少年と苦肉の策
「うわあぁぁぁぁぁぁ!!」
「うるっさいわよ玲!!別に密林にいいいっ…いるからって死にはしないわよ!」
『テメェら一回黙りやがれッ!!状況整理ができねぇだろうがよ!!』
ここは、ロンリー大帝国ジャングル地帯。スワーム大共和国、小白から最も近いとされる密林だ。
しかし、不思議である。本来ならば、珠子のゲートで、安全に黒土へ渡れたはず。なのになぜ、こんな密林に放り込まれたのか。
―理由は明白だ。
『ひとまず状況整理をするぞ…。珠子のゲートに費やしていた魔力が、俺たちがゲートに入った時点でほぼ皆無だった。それは、珠子が俺たちと戦闘し、魔力の回復をする隙もなかったからだな。―そして、なんとかゲートには入れたものの、黒土側に渡ったあとすぐ魔力が切れ、ゲートが故障、その後すぐに消滅。そしてそのまま俺らは落下し、この密林地帯にいる……というわけだな』
そう。ゲートに入っている最中の話だ。
地球側からなんとか黒土側に移れた玲一行。しかし、黒土側に渡った瞬間、玲とユロとの度重なる戦闘などにより、珠子の魔力が底をつき、ゲートが故障。結果、帝都行きのゲートは、スワーム大共和国との国境付近のジャングル地帯で消え去り、そのまま一行はなすすべなくして落下して行ったのだ。
「―ごめんなさい。もうちょっと私が魔力に気を遣っていれば…」
「いや別に誰も悪くはない。―むしろ好都合だ」
「え…?」
珠子の謝罪に対して、予想外の返答をされ、困惑する珠子。そんな彼女を横目に、ユロは語る。
『いいか。本来俺らはロンリー大帝国帝都に向かうはずだった…。―だがしかし。そのまま帝都に行ったとて、他国の技術の結晶である、この俺が、そうやすやすとノーリスクで動けるはずがない。おそらく解体されて、その技術を奪うだろうな…。そして、俺が動けない、もしくは解体のせいで消滅した以上、玲は単なる一般人、役立たずだ。だから、軍上層部の目の届かないところに来れたのはラッキーだった、と言えるだろう』
「俺はユロがいないと何もできないからな、珠子と違って。―まあ、軍上層部には、なにかしら言っといてくれ」
「わ、わかったわ…」
どうやら納得してくれたような珠子は、宙に自らの人差し指で、何かを描き始める。すると、なんということか、受話器のような形をしたものが現れ、珠子の受話器を取り、ダイヤルを入力してどこかに通信を掛けた。おそらくは軍上層部だろう。
「―はい、私です、ルイです。―はい、只今黒土に帰還しました。手土産にスワームのプラッシュドールと、その契約者を捕らえております…。―はい、直ちにそちらに向かいたい、のですが……ゲート内でエラーが起き、スワーム国境付近のジャングル地帯に今―あっはい!わかりました。はい、はい、では失礼します」
通話が終わり、肩を下ろした珠子は受話器をそっと戻す。すると受話器は溶け、水に変貌を遂げた。どうやらその受話器、水でできたものだったらしい。
「どうだったんだ…?」
「えぇ。私の上官の命令なんだけどね。”すぐ近くにある小白で、スワーム軍が反撃の狼煙を上げている。君もすぐにそちらに参戦したまえ”だそうよ。―小白、ね。たしかにあそこを奪還されたらかなりこちらに痛手になるものね…。手土産の譲渡よりも優先度は高いのも納得だわ……」
小白。もう何度も語れているので省略はするが、この戦争において、取るか取られるかでかなり戦況が変わるとされるほど、双方にとって重要な街。元はスワーム大共和国の領土だったのだが、戦争初期、著しく進軍するロンリー軍に呆気なく敗退し、現在は、一応ロンリー大帝国の占領地となっている。
『……で?行くんだよな、小白に』
「えぇ勿論。上官には逆らえないし、どっちにしろそっちに方がアンタたちにとって都合が良いんでしょ?」
「まあ、な」
「じゃあ決まりね。―行きましょ、激戦区の小白に」
珠子は玲とユロより一足先に、ジャングルから脱するため、足を動かす。その姿はまるで、頼れる姉貴そのもののようだ。とても同級生だとは思えない風格である。
「あのさ、珠子。かっこよく決まったところ悪いんだけどさ」
「何?」
「どうやってこのジャングルから脱出して、小白に向かうわけよ?」
「……………あっ」
『知らんのかい』
前言撤回。ただのマヌケな同級生である。
結局、ジャングルを散策して数時間。運が良かったのか、なんとかジャングルを切り抜けることができた、玲一行。
ジャングルさえ切り抜ければ、後はユロの土地勘でどうにでもなる。
ユロは、友人の安否を、珠子と玲は、千布浩介の居場所を、各々の思いを胸にしまい、ユロの案内の下、火器と鉛が交差する激戦区、小白に足を進めるのであった。
そして。小白、ロンリー大帝国側入り口。
一応はまだロンリー大帝国の占領地となっているこの地だが、珠子の上官曰く、かなり手負いな状況らしく、なんでも、スワーム軍の反撃の具合が急に激化し、占領地の約30%が奪還されてしまったらしい。入り口付近にいる兵たちも、その話題で持ちきりであり、その兵たちをまとめ、指示を出す者たちも、新たな作戦を考えるのにとても必死だ。
「結構、まずいんじゃないか?この状況」
「スワーム軍の反撃はかなり熾烈なものと聞いているわ……。今までみたく、ただ軍事力にモノを言わせて脳筋で殴るのは、彼らには通用しない。―ただ、戦争は防衛側が基本有利なのが相場よ。そう向こうに防衛ラインを突破できるような火力………もっと言うなら”単体で”突破できるような火力がない限り、速攻で倒れるなんて事態は起きないわ…。だから、できる限り今は、とにかく防御に徹し、相手の消耗を待つのが最適解ね」
『………だがよ、俺思ったんだが』
「―まあ、ちょうど私もアンタと同じことを思ってたんだけどね……」
「…?どういうことだ?」
意味深に会話を重ねる二人について行けず、ただただ問いを頭の中で巡らせる玲。
そんな中。珠子の姿を確認した、一般兵士が一人。その者は、珠子に近づくと、焦った顔で、一番に伝えるべき旨を珠子に伝えた。
「るるるっルイ大佐っ!ご報告でありますっ!!」
「ど、どうしたの…そんな慌てて。どんな報告なの?」
「はいっ!!―現在相対している、敵軍の反抗作戦なのですが……大佐殿もご存知かと思いますが、例の”炎の悪魔”がこの反抗作戦に参加しているとの情報があり―」
「炎ッ…?!―やっぱり思った通りだったのね…」
『やはり…ドルか』
「大佐、殿…?」
「あっ、大丈夫よ。アナタは下がっていいわ、ありがとう」
兵士に礼を述べた後、珠子は玲に向き直る。
「―今のでわかったでしょ、玲。この小白戦線には、千布浩介がいるの。しかも、ただの浩介ではなく、”炎の悪魔”という異名を持った浩介よ」
『炎ということは、俺が前にも話した友人が、浩介と契約している可能性が高い……。もし、それが本当だとしたらまずい』
「なんでだよ」
『まだ契約して浅いとはいえ、友人…もとい、ドルが与える炎の能力…。あれには”進化”がある』
「しん、か…。その炎の能力が進化するのか?」
玲の問いに、ユロは首を横に振る。
『単純に言えばそうだ。―だが、進化するにあたって、その契約者本人に極度の負荷をかけなければならない』
「負荷…だって?」
『そうだ。神装級の道具を何度も使ったときや、契約者が命の危機に面したとき。そして、”契約者本人の潜在的戦闘能力を全て引き出したとき”。これが一番の問題点だ』
ユロはここで一拍を挟む。それが、今から話す内容が、余程重要なことだと言うことを示す。
『その潜在的戦闘能力。それをドルは、全プラッシュドール個体の中で、潜在的戦闘能力を最も引き出しやすい、と言われている。―もしも、この小白での戦いで、浩介が進化を遂げた場合―』
「な、なにが、起きると言うのよ…」
『あまりの急成長に、浩介の身体は追いつけなくなり、すぐにパンクを起こし、必要以上の負荷が浩介の身体を喰らう。―最悪死することもある』
「「死っ?!?!」」
『―そして。契約者が死んだ場合、その契約プラッシュドールも道連れ。死だ』
衝撃の事実に戦慄が辺り一面広がる。
「そ、その事実にドル本人は気づいているのか?」
『気づいていたらこんな深刻に言わないっつーの…。―それに、あれは無自覚でしていることだ…。直す…なんて思うなよ?するだけ無駄だ』
「じゃっ…じゃあ、どうすればいいのよっ!?このまま放っておいたら浩介は死んじゃうのでしょッ!!?」
『………ないことは、ないのだが……』
「何よっ!! 早く言いなさい!!」
妙に歯切れが悪いユロを強く揺さぶる。どうやら策はあるようだ。……反応からして苦肉の策のようだが。
『できることなら避けたいんだがこれは。……それでも構わんって言うんなら、仕方ない』
「引っ張ってないでさっさと言ってくれよ。モタついているうちに日は傾いていくんだからな」
日は既に地平線の向こうへ消えかけており、空も徐々に暗黒の色を見せ始めている。
そして、暗黒になり始めているのもあり、砲撃などをするときに発する火花や、小白各地での戦闘で発生した、火災と見られる炎などが、鮮明に見えてくる。実に痛々しく、とても壮大な街とは思えないほど、その片鱗を失う姿をしている。
そんな残酷な風景を目の当たりにしたユロは、観念したのか、その固く閉ざした口を開き、その言いたくなかった概要を語り始めた。
『浩介が死なずに済む唯一の策…………それは、浩介を進化前に倒すことだ』
「たっ!?倒すってお前っ。そんなの殺すみたいなもんじゃないか!!」
『別に倒すことが殺すことではねぇよ…。―ただ、ドルが無自覚に行っている以上、ドルを仮に倒したとしても、目が覚めたらまた浩介の進化が促されるだけだ…。だったら浩介本人に手をかけた方が確実って話だ』
割りかし説得がある理由に言葉が出ない。
『―で、やんのかやんないのか。はっきりさせろ、お前ら』
重苦しい雰囲気の中、片割れが口を開け、雰囲気の打開に出る。珠子だ。
「―私はやるわ…。だってそれが最善策なんでしょ?」
『あぁ、それ以外の策は愚策だ。やっても片方に壊滅的な被害が出る』
「じゃあ決まり。アンタの策に乗るわ」
珠子がユロの方へ寄る。残るは、未だ浩介を手にかけることに奥手な玲のみ。
そんな玲を見かねてか、珠子が玲に説得を試みる。
「玲。アンタ、高望みしてない?」
「高…望み?んなわけ―」
「良い、玲。これは戦争なの、その時点でどちらかに被害が出ずことを終わらせる、なんて無理な話…。ユロの言った策以外に、浩介を助け出す策はない。―戦争に自身の事情…ましてや高望みなんて持ち込まない方が、気持ちが楽よ」
「ぐうっ……!!」
『そして。これは玲と浩介の話じゃねぇ。スワームとロンリーの話だ。オメェの事情を挟んでせいで、兵士が全壊、死んじゃいましたーじゃ済まされねぇわけだ。―俺はスワーム側の者だが、ロンリーの人もスワームの人もどちらも好きだ。だから、ここを最小限の被害で済ませたいんだよ…。頼む…理解してくれっ…』
玲自身、理解はしている。一人の友人の生死を気にしたせいで、何十万、何百万の人々が死ぬ。そんなバカなマネなどしたくもない。
―だが、もしかしたら、大事な友人を失う、なんてことも起こりうるであろう、ユロの策。そう易々と首を縦に振るなんてこともできないのだ。
「玲。あなたは助けたいんでしょ、浩介を」
「それはそうだけどさ―」
「見苦しい言い訳なんてこの戦争には要らないわ。アンタに残っている択は一つだけ、ユロの策に頷く、それだけなのよ。―ほら、見なさいよ、アレを」
言われるがままに、玲は珠子の指す方向に顔を向ける。
するとそこには、多くの負傷した兵士たちが、もがき苦しみ、見ているだけで吐き気を催すような最悪の光景だった。
「―こうやってモタついているうちに、兵士……ましてや何も関わりのない一般人があのような被害を受けてる…。こんなことでロンリーが負けて、浩介も助けられませんでしたー、なんてことは許されぬ事態よ。だからここは腹を括って、玲…!」
「……………………」
自身の願望を優先するか、大勢の民衆と兵士に壊滅的被害が出ないよう、友人に手を掛けるか。
一人を取って多人数を捨てるか。はたまたその逆か。
頭の中で、急速に思考を巡らせ、とある結論に玲は至った。
「―俺は、戦う。友人だとしても、無害な一般人が死ぬような事態に陥ってしまったら、この戦争はさらに深刻になってしまうしな…」
『―すまねぇな』
「いや、いいんだ。元はと言えば、あのとき浩介を守れなかった俺の責任だ。尻は自分で拭かなきゃ男じゃない」
「でもアンタ女みたいな顔つきじゃない」
「良い場面を台無しにしてくれてありがとうございますぅぅ!!」
これで3人、全員の意思は揃った。
浩介を倒し彼を進化から遠ざける、その意思が。
―そして、まるで台本通りに事が進むかのように、3人の元へ、また一報が届く。
「―大佐っ!!炎の悪魔がこの付近に接近しているとの報告がっ!!」
「タイミング、バッチリね。手間が省けたじゃない。―ありがとう、貴方は他のメンツにもその一報を伝えておいて…」
「はい!!」
再びの一報を受けた珠子は、ユロと、先程とは打って変わって、覚悟の決まった顔つきをした玲に振り返る。
「―さて、もう、分かるわよね?」
『ドルもいるんだ、アイツは俺が止める…。お前らは浩介を頼むぞ』
「久しぶりに浩介に会えるんだ、気張っていかないと、こっちが召されるからな。やるからにはマジだ」
「―うん、大丈夫そうね。―あぁ………また彼を拝めるのねっ…!!もうっ…楽しみ過ぎて鳥肌が止まらないわっ!!」
「『………(ドン引き)』」
3人それぞれの思いを背負い、火花散る激戦区、小白に身を投じる。
あるものは手に溶けることのない頑強な氷の剣を。ある者は全てを痺れさせる電撃を纏い、またある者も小柄ながら、同じくして電撃を纏う。
勝てば僥倖、負ければ絶望そして制裁。授業でしか知り得なかった、「戦争」というものを直に感じ、鳥肌も心すらも身震いする感触を感じる玲。その感触は今後一生涯忘れることはないだろうと思いつつ、血みどろまみれる戦場へと、足を運ぶのであった。




