第6話: 自由落下
いつものようにおしゃべりをしながら芽衣達と弁当を食べていた。
「碧と芽衣はスマートフォンなの? お金がかかるんじゃない?」
とあたしは二人に聞いてみた。二人ともしょっちゅういじっている。芽衣はため息をついて答える。
「そうなのよね。でも、報道部には必須だから、親に頼みこんで毎月の通信費を出してもらっているわ。定額だから、そんなに高くはないけれど…… その分、お小遣いは少なめで、結構きついわ。でも、背に腹は代えられない」
碧は相槌をうつ。
「あたしもよ。出費は痛いけれど、スマートフォンだと色々便利だし。それに基礎化粧品の方がよっぽどお金がかかっている」
「えーっ! 基礎化粧品にお金をかけているの?」
「そうなの。あたしってアレルギー体質だから、普通の基礎化粧品はだめなの。だからドイツ製の自然素材のものを使っている」
「ドイツ製?」
「そう。でもその分、バイトで稼いでいるわ。それに肌の手入れは、今のバイトにはかかせない。結局、バイト代のほとんどが通信費と化粧品代に消えていくから、何のためにバイトしいるかわからないけれどね」
「碧って、確かモデルをやっているんだっけ。すごいわねぇ」
「でも、モデルと言っても通信販売のカタログのモデルだから、たいしたことはないわ。交通費もかかるし、高3になったらやめるつもり」
「そうか、碧も頑張っているんだ。あたしも、望遠鏡か双眼鏡が欲しいから何かアルバイトでもしようかなぁ」
「あれ、由梨子はお店を手伝っているのでしょう。バイト料代わりにお小遣い貰っていないの?」
中学生ぐらいのころから、自然と親のやっているパン屋を手伝うようになったけれど、当たり前すぎてアルバイトという感覚はない。芽衣の提案はまさに目から鱗が落ちるようだった。
「あっ、それもそうね。バイト料なんて考えたことはなかったけれど、お願いしてみようかなぁ」
その時、クラスメートの小島絵美が通りすがりに、あたしだけに聞こえるように小声でささやいた。
「ぬるま湯ね。反吐がでるわ」
「えっ!」
彼女の日本語がすぐには理解できなかった。頭の中で彼女の言葉を反芻してみる。ぬるま湯? あたしが店を手伝ってお金をもらうことがぬるま湯? 悪口を言われたらしいけれど、どうして? 彼女が教室を出て行ったのを確認して、声を落として芽衣に聞いてみる。
「ねぇ、芽衣。小島さんってどう思う?」
「どう、思うって?」
「なんとなく、あたしを見る目が恐いの。恨まれているのかしら」
「う~ん、由梨子が恨まれる理由はないと思うけれど…… いい噂はないわ。貧乏女神って言われているみたいだし」
そう、『貧乏女神』。誰が言い出したのかわからないけれど、小島絵美は、陰で貧乏女神と呼ばれている。失礼なあだ名、失礼な陰口と思いつつも、そういう表現がしっくりくる。言われてみると、制服はよれよれだし、ブラウスの襟も薄汚れているような気がする。靴を見れば明白だ。1年生の靴はピカピカなのに、彼女の靴はくすんでいる。ガリガリの外見だけでなく、雰囲気も暗い。髪につやがないし、手が荒れているのも印象を悪くしている。もちろん、あたしは、そんなことを意識しないようにしていたけれど、中には、貧乏は伝染するものと思っている子がいて、彼女との接点を持たないようにしている。どちらが先なのかは不明だけれど、彼女の方も他の人と接点を持たないようにしている。お昼は、一人で、弁当箱の蓋を立てて食べているし、ほとんど人と喋らない。けれど、他の生徒に関心がないわけではない。人一倍負けん気が強く、勉強でも体育でも競争心むき出しで、こっちが疲れてしまう。そんな彼女は、何故か、あたしを目の敵にしている気がする。だから、小島絵美とは同じ自然科学部なのに、ほとんど口をきかない。
芽衣が思い出したように言った。
「もしかしたら、嫉妬かしら」
嫉妬? でも、真美の方があたしよりもお金持ちだし、芽衣の方があたしよりも頭がいいし、碧の方があたしよりも美人だ。どう考えてもあたしが嫉妬される理由はない。そう考えているあたしを見ながら芽衣は言葉を続ける。
「やっぱり、絶対、嫉妬よ。由梨子って、小野寺君と仲がいいじゃない」
「仲がいい?」
「比較的ね。小野寺君って、クラスの誰とも口をきかないじゃない。でも由梨子は別」
「そう言われれば、そうかもしれないけれど、それほど親しいわけじゃないし……」
小野寺巧は同じ自然科学部。彼は物理班であたしは天文班。天文班は夜が遅い。太陽の黒点観察とか、宵の明星、つまり金星観察ぐらいならいいけれど、他の惑星や恒星を見ようとすれば、暗くなってからの観察となる。週に一度は、屋上の30 cm反射望遠鏡による観望会がある。その日はどうしたって帰りは9時ごろになってしまう。彼は、そんなあたしにつきあい、帰りは家まで送ってくれる。帰る方向が一緒だからだけれど、遅くまでつきあって、送ってもらうのは気が引ける。そう思いつつも、彼の厚意に甘えている。万が一、小島絵美が小野寺巧に好意を寄せているとしたら……
「嫉妬って、彼女が小野寺君を好きだってこと?」
芽衣はコクリと頷いて説明する。
「このクラスで小島絵美が気にしているのは、小野寺君と由梨子よ。視線を追えばわかるわ。小野寺君は、私のイケメンランキングで中の下あたり。おまけに由梨子を除けば、ほとんど誰とも喋らない。普通なら注目を浴びることはない。だけど、彼は不幸を背負っている」
「不幸って?」
真美が尋ねる。小野寺巧は左耳が聞こえない。クラスの中でうすうす感づいている生徒がいる。芽衣もその一人なのだろう。あたしは真美に答えた。
「彼のプライバシーに関わることだから、真美は知らなくていいの」
「えーっ、そんなぁ~」
真美の叫びを無視して、芽衣は話を続ける。
「まあ、そういう不幸があって、小島絵美は、そこに親近感を抱いているのだと思う。つまり、同類だと。そんな二人の間に、恵まれていて、何も考えていない由梨子が立ちはだかっていたら、面白くないのでしょう」
「何も考えていないってのは、言いすぎよ」
「そうかしら? 由梨子は幸福。幸福すぎて考えていない。将来のことを真剣に考えていない」
「幸福? 真剣でない?」
「もちろん、由梨子は心外だろうけれど、見る人が見ればそう見えるのよ。だから、小野寺君と親しいのが許せないのじゃないかしら」
「そんなこと言われても……」
碧が締めくくる。
「由梨子が悪いわけじゃないし、この状況が変わらないかぎり、どうしようもない。だから、由梨子が気にする必要はないわ」
そう、その時は、状況は変わらないと思っていた。
小野寺君には、いつも観望会につきあってもらっているので、その日は、あたしが彼の活動につきあうことにした。物理班には決まった活動はないが、この日、彼が倉庫から発掘したのは、ロビンソン風速計。3つの玉じゃくしのようなものが放射状についていて、その回転速度を電圧として測定する。それで校舎の周りの風を測りたいらしい。屋上ならば、強い風が吹いているに違いないと彼は言う。あたし達は副部長から屋上の鍵を借りた。
屋上に出ると、湿った空気が草の匂いを運んでくる。空を見上げると、入道雲だろうか、もくもくとした雲が広がっている。風もかなり強い。
「多分、風速10メートルぐらいだと思う」
「測ってみようよ」
彼は、厚い合板の上に取り付けられた風速計を床に置く。風速計の電極をテスターにつないで電圧を測る。電圧はおよそ2 Vから2.5 V。
「えーと、換算表によれば、風速は8メートルから10メートル。結構変動しますが、丁度、疾風レベルですね」
彼は、テスターと表を見ながら言った。もっと強い所はないかと、風速計を持って、あちこち測ってみる。屋上の上に小屋があり、壁面に梯子がかかっている。梯子に上って、屋根の上で測ると風速は最大12 m/s。屋上の角でもやはり 12 m/s。屋上の真ん中あたりは、それほどでもない。
「ビル風みたいなものでしょうか? 角とかてっぺんとか、建物のとがっている部分で強いようですね」
「もっと端の方、角の方なら、もっと速いかも」
「というと?」
「このフェンスの向こう側の本当のかどっこなら、風速の記録が出るかもしれない」
そう言って、あたしは、屋上を囲んでいるフェンスの向こうを指した。フェンスの向こう側へ1 mほど屋上が張りだしているので、本当の校舎の角で測るならフェンスの向こうに風速計を設置しなければならない。
「フェンスの向こうは、危ないですよ。落ちたら、即死かもしれませんよ」
と彼は言うが、この時のあたしは、記録、もっと高い風速値を見てみたいと思っていた。
「大丈夫よ、あたしが行くわ。フェンスから手を離さないようにすれば安全よ」
彼が制止するのもかまわず、フェンスに足をかけた。4階建の校舎の屋上だから、落ちれば、4階分、およそ、15 m下に地面があるから気をつけていないといけない。
「や、山崎さん、やめてくださいよ。落ちたらどうするのですか」
「いいから、いいから」
そういって、スカートの裾を気にしながら、フェンスを乗り越えて、外側に降り立つ。左手で、フェンスを握ったまま、風力計を受け取るために右手をその向こうに差し出した。
「小野寺君、それ、こっちへ頂戴」
「左手は離さないで下さいよ」
彼から、風力計を受け取る。わりと重い。片手で持つのは若干辛いが、さすがに左手を離すのは怖い。風力計をそうっとコンクリートの上に降ろす。できるだけ、校舎の角に置き電線をつなぐ。そして、テスターの表示を彼にみてもらう。
「大体、13メートルぐらいでしょうか。さっきよりも少し速いですね」
「もうちょっといくかと思ったけれど、こんなものかなぁ。どちらにしろ、今日の最高記録ね」
そう言って、あたしは、彼に微笑みかけた。
「それじゃ、さっさと退散するわ。電線はそっちにひっぱり込んで」
そう言って、電線を風速計から外す。風速計を置いた時と同様に、左手でフェンスを持ちながら、右手で風速計を持ち上げる。
その時、下から風が吹き上げ、スカートの裾が持ち上がった。あっと思って、左手でスカートの裾を押さえた。バランスをすこし崩したその瞬間、これまでにない突風が吹いた。右手の風速計に気を取られたのか、左手で押さえていたスカートに気を取られたのか、あるいは両方かもしれない。思わず踏み出した右足の下に床はなかった。
4階分の高さはおよそ15 m。自由落下なら1.8秒かかり、最終速度は17 m/s、時速で言えば毎時60 kmとなる。
それは、あたしの人生で一番長い1.8 秒だったと思う。小野寺君は『即死かもしれない』と言った。死んだらどうなるのだろう? ファンタジーのように転生できればいい。転生したら、今までの記憶はどうなるのかしら。記憶がなくなるのだったら、転生しても意味がないと思う。記憶が保持できるかどうか大事。そこまで考えてあたしは、転生の真理を発見した。あたしには前世の記憶なんてない。ということは、仮に今生のあたしが誰かの生まれ変わりだとしても、記憶は保持できないということ。つまり、転生しようがしまいが同じだわ。やっぱり、死ねば無に帰するのね。
重力がなくなり、徐々に加速するのを感じながら、目を閉じた。皆は、死んでもあたしのことを覚えていてくれるかしら。ふと、小島絵美の暗い顔が思い浮かぶ。あたしがいなくなれば喜ぶかしら。でも、なんだか悔しい。最後の瞬間に思い浮かんだのが小島絵美だなんて、悔しい。
背中の方から、声が聞こえる。何か叫んでいる。目を開けるとコンクリートの地面が猛烈な勢いで迫ってくる。まだ、死ぬのは早い、まだ、諦めるのは早い。カラスのように羽を広げてふんわり着地できないかしら。それが無理なら猫のようにしなやかに着地できないかしら。そう、猫になればいい。垂直飛び63 cmの脚力を使えば、猫のようにしなやかに着地できるかもしれない。が、地面は非情な速度で迫ってくる。
その時、下から上に突き上げるようにすさまじい風が吹いた。加速がやみ、重力が戻ってくる。加速も減速もせずにそのままの速度で地面に激突した…… と思うが、記憶がない。最後の最後まで目を開けていようとしたが、最後の激突の瞬間の記憶がない。
とにかく、転生もしていなければ、死んでもいなかった。何度か激痛で意識を取り戻し、また激痛で意識を失った。意識を取り戻した間、痛みのために目は開けられないし、周りの音もよく聞き取れない。それでも、手術をするということは、わかった。その後は、痛み止めが効いて意識も記憶もあいまいだ。
術後、どのくらい時間がたった時のことかはわからないが、それまで霧の中を浮遊していた意識に、突然、はっきりとした声が響いた。
「責任をとるってどういうこと?」
お姉ちゃんの声であることは間違いないと思う。いったい、誰と話しているのだろう? 身動きできないあたしには、相手を確かめるすべはない。と、相手の声が聞こえてきた。
「一生、彼女の面倒を……」
聞き覚えのある声だが、混濁した意識では思い出せない。お姉ちゃんが喋る。
「できるの?」
「自信は……」
「無理をすることはないわ。それに……」
「でも、僕が……」
痛み止めのせいだろうか、一瞬感じた痛みが薄らぐのと同時に、一時的に固定されていた意識がまた浮遊し始める。そして、外側の意識から眠りに落ちていく。なんだかとても大事なことを言われたような気がする。忘れてはいけない大事なことを……
脊髄損傷、両足骨折。4階分を落下した割には、驚くほど軽い怪我ですんだらしいが、脊髄損傷は厄介だ。麻痺が残るかもしれないとのこと。また、もうひとつ脅されたのは、生殖機能に問題が出るかもしれないということ。未来も希望も見えなかった。この時がどん底だったと思う。まるで、底なし沼に落ちたように、どんなにあがいても一生はい出せない沼に囚われたように感じていた。
物理的にも、このころは、重力でベッドに抑えつけられ、起きあがることはできなかった。身動きができない中、幾つかのチューブや配線が体につながっているのがわかる。酸素のチューブはすぐに外されたが、点滴、小水、排血のチューブが繋がっていた。小水を入れる袋がベッド下にぶら下がっているのはかなり恥ずかしい。小野寺巧にこれだけは見られたくない。
最初は、家族のみ面会可だったが、小野寺巧は例外。そもそも、今回の転落事故のきっかけは、彼が風速計を持ち出したことだから、彼は責任を感じている。それで、無理を言って彼も面会が許されている。論理的には、彼を責めるのはお門違い。でも、どうしたって、周りの彼への目は冷たい。それを和らげる唯一の方法は、できる限り元の体に戻ることだと気づいたのは、だいぶ後になってからのこと。とにかく、そのころは、麻痺の程度と月の物が来るかどうかが一番の心配だった。彼の秘密を知ったのはそんな時だった。
「僕が風速計を持ち出して、山崎さんを誘ったりしたらから、こんなことになったのです。本当に申し訳ないことをしました」
「小野寺君、それについては、何度も言ったじゃない。あなたに責任はないんだって。だから、この話はこれで終わりにして頂戴!」
あたしは、電動ベッドを操作して体を起こした。彼は目を伏せて話しだした。
「わかりました。では、別の話をさせてください。もし、僕にもう少し力があれば、山崎さんの怪我をもっと軽くできました。それができなかったのが申し訳ないのです」
「力?」
「そう力です。あの時、風が吹いたでしょう」
「あの時って、どの時?」
「落ちている時です。あの風は私が呼んだのです」
「風を呼んだ?」
脳裏に落下がフラッシュバックされる。最初は自由落下。そして、誰かが叫んで…… あたしは目を開けて、あがいて、猫になろうと思った。あたしは最善の姿勢で地面への激突を迎え、その結果、怪我がだいぶましになったのだった。叫んだ誰かと言うのは、多分、眼の前の小野寺巧だ。彼は何と叫んだのだろう。記憶を1コマ1コマたどってみる。最初は、生をあきらめて目をつぶっていた。そして、何故か小島絵美が頭に浮かんだ。その後に声を聞いた。その声は、たしか……
「れっぷう? ……烈風って叫んだの?」
「そう、烈風です」
「その後、猫になろうと思ったら、すさまじい風が吹き上がってきた…… で、落下速度が…… 加速しなくなった」
彼は丁寧に説明してくれた。
「風速40メートルぐらいの上昇風です。加速を完全に止めて、重力と風による抵抗をバランスさせるには、およそ50メートルの風が必要です。けれど僕が呼べる風は最大で40メートル。だから加速は大幅に抑えられたはずですが、それが限界でした。もし、60メートルとか、70メートルの風を呼ぶことができれば、衝突速度をもっと減速させることができ、大怪我をすることもなかったと思います。また、風速が同じ40メートルでも、もっと早くに風を呼ぶことができれば、同じように衝突速度を和らげることができたはずです。物理Iでやりませんでした?」
「物理I?」
「そう、力学です。例えば、車を運転していて、10メートル先に障害物を見つけたとします。ブレーキ、つまり制動が強力であれば、十分減速されます。また、ブレーキを踏むのが早ければ、つまり、制動時間が長ければ十分減速されるはずです。同じことです。理解できます?」
「ええ、理解できるわ」
「でしたら、僕の説明は終わりです」
「ちょっと、待って! やっぱり理解できない」
彼の力学の説明はわかる。けれど、それだけでは説明になっていない。
「そもそも、風を呼ぶって、そんなことできるの?」
「できませんか?」
「あり得ないわよ!」
「あり得ないですか? それじゃ、由梨子さんはどうして静電気を操れるのですか?」
「それは…… それは、それ。ごまかさないで」
「ごまかしてなんかいませんよ。だから、僕にもっと風を操る力があれば、よかったのです。でも、その力がなかった。だから……」
「だから?」
「だから、責任を取ります」
「責任? どうやって責任を取るの?」
「由梨子さんの面倒を一生見ます」
彼のその言葉に怒りが湧いてくる。
「面倒を見る? そんなこと軽々しく言わないでほしいわ。車椅子で生活しなければならないかもしれないし、子が産めないかもしれない女よ。そんなあたしと結婚して、あたしを養うとでも言うつもり? それとも専属の介護ヘルパーにでもなる? なんなら、奴隷でもなれば?」
「奴隷でも、専属ヘルパーでも、結婚相手でも、なんでも由梨子さんの望むままに……」
「冗談言わないでよ!」
「冗談ではありません!」
彼の目は真剣だ。本気なの? そう言えば、お姉ちゃんとそんな話をしていた気がする。その時も一生面倒を見ると言っていた。やっぱり、本気?
「あははは…… 笑えるわ。小野寺君の冗談って面白い。あははは…… あり得ない話もマジで受けるわ」
「そんなに面白いですか? 涙流して笑えるほど面白いですか?」
どうやら、あたしは涙を流して笑っていたらしい。
「ごめん。笑うと痛いのよ。だから笑わせないで」
笑うのはすぐに止められた。が、目をつぶっても、あふれ出る涙の方は、止められなかった。
シャンプーの香りがすると思って目を開けると、彼は、ティシュでそっと涙を拭いてくれていた。
その後、問い詰めた所、彼はあっさり白状した。入学式当日の桜旋風も、楠の所での旋風も彼の仕業だったと。彼が風を操れるというのは本当らしい。まったく、小野寺はエロ少年だ。
その日、あたしは1mほど、どん底から這い上がった。希望という名の助けを借りて。




