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なんだか変な胸騒ぎがしているポルカはいつもよりも早く廊下を駆け、目的の場所へとたどり着いた。たぶん、まだ中にいるはずだという願いを胸にポルカは自分の体重を使って扉を押し開けた。すると、中には帰り支度をしていたフェルグがいた。呼吸の荒いポルカに気が付いたフェルグは何事かと尋ねると、ポルカは乱れる呼吸を押し殺しながらさっきフェルグが話してくれたことをきちんと理解しておきたい旨を伝えた。事情を理解したフェルグは険しい顔からすぐに優しい笑顔へと戻り、「そうでしたか」と言いながらポルカの頭を撫でた。
「ポルカは勉強熱心ですね。それはとてもいいことです」
にこやかに言うフェルグの背後から何者かの気配を感じたフェルグはさっとポルカを自分の背後に隠すようにしながら、トライデントを構えた。ポルカと入れ替わって視界に入ったのは黒い影のような物体だった。フェルグは一瞬の間に狙いを定め空間を穿つ勢いで突き出した。焦げるような音と共に消えた黒い影のような物体は、それを皮切りにに右からも左からも続々と現れ始めた。
「ほほう。これはこれは。珍しいお客さんですね」
「お……おきゃくさん?」
「ええ。ここには本来、十二星座の皇子しか入れないのですが……これもやはり封印の綻びと関係があることなのかもしれません……」
「え……え……」
ポルカはまるで状況が理解できないのか、口をぱくぱくさせ足をばたばたと動かし混乱していた。
「大丈夫ですよ、ポルカ。ポルカはそうですね……これから演奏会を始めましょうか」
「え……えんそうかい?」
「そうです。毎日欠かさず練習をしている演奏がありますよね? それをこのお客さんたちに聞いてもらいましょう」
「……う、うん。ポルカ、やってみる! みんなにたのしんでもらえるよう、がんばる!」
フェルグはポルカに竪琴を構えさせ、最初の曲目を叫んだ。
「さぁ、ポルカ! 一曲目です! 『おほしさまのうた』」
「えっと……えい!」
フェルグが向かってくる黒い影のような物体を消しながら、ポルカはその背後で竪琴を鳴らした。夜空に瞬く星空をイメージしたこの曲は、演奏している間竪琴から白い光を発し敵対者に稲光を発するものだ。無害な者には安らぎを、逆の者には裁きを下す力を有するポルカの竪琴はいざというとききちんと弾けるよう練習していたのはこういう時を想定してのことだった。緊張感の中、ポルカは一曲目を演奏し終えると、そのタイミングでフェルグは次の曲名を叫んだ。
「その調子で、『おつきさまのうた』です!」
「あ……うまくできるかわからないけど……やってみる! おほしさま! ちからをかして!」
ポルカは練習を思い出しながら弦を爪弾いた。柔らかくしっとりとした曲調ではあるがメリハリをつける箇所が何か所もある少し難しい曲ではあるが、ポルカは何度も練習していたのをフェルグはいつも見守っていた。きっとうまく演奏できると信じながら、フェルグは向かってくる黒い影のような者にトライデントを突き立てていく。
「小手調べといこうか」
フェルグはトライデントに魔力を注ぎ込んだ。白い槍体は先端から徐々に深海を思わせる濃い青色へと変化した。準備ができたフェルグはその状態のまま黒い影のような者に突き立てると、突き立てられた者が次第に動きが緩慢になり、しまいには動かなくなった。
「根源たる海よ……」
さらにフェルグは静かに詠唱を始めると、フェルグを中心に青白い光が生まれた。そしてその光に包まれた黒い影のような者たちは次々と倒れていった。
「神経毒も十八番さ」
痺れて動けなくなっている者たちは放っておき、次にくるであろう者たちに備えているとポルカの歌声がフェルグの気持ちをふんわり暖かくしてくれていた。そしていつの間にか、ポルカの周りにいたであろう黒い影のような者も次々と倒れていた。
(これは……やはりお稽古の成果が表れましたね)
少し心に余裕が生まれたフェルグはさらに魔力を込め、襲い掛かってくる黒い影のような者と対峙した。戦闘力はそこまでではないのだが、いかんせん数が多く捌ききれるのだがこれがいつまで保てるかと聞かれたら……あまりいい返事はできそうにないとフェルグは思った。だが、負けるわけにはいかない。
「追いつめられるのもまた一興か」
フェルグは眼鏡のブリッジを持ち上げながら呟くと、目にもとまらぬ速さでトライデントを振り回した。さらに次に沸いて出てきそうなところには神経毒の罠を仕掛け、目の前だけではなく先のことまで考えながら戦うフェルグ。そしてそれを応援するかのように竪琴を鳴らすポルカ。もう少しで次の演奏になるとき、ポルカは練習でもうまくいかなかったあの曲を演奏するのかと思うと、ちょっとだけ不安が過った。だけど、ここでフェルグに何かあるよりは失敗した方がいいと割り切ったポルカは、最後の曲『たいようのうた』の演奏を始めた。きらきらと眩い太陽を思わせる軽快な音がフェルグの周りを優しく包み込んだ。それと同時にポルカが演奏している竪琴から再び白い光が生まれると、フェルグを襲おうとしている者たちに容赦なく飛んで行った。光に当たったものは音もなくそのまま蒸発し、消え去ったのだが今度はその倍以上の者が表れるのを見て怖くなったポルカは一瞬、演奏する手を止めてしまった。
「ポルカ!」
フェルグは叫ぶより先にポルカの元に駆けた。フェルグの攻撃を回避した一体の影が、ポルカ目掛け鋭い爪を振りかざした。完全に下へ振り下ろされたとき、ポルカの悲鳴ではなくフェルグの悲鳴が辺りに響いた。
「ぐっ!!」
「ふぇ……ふぇるぐおにいさぁあん? ふぇるぐおにいさぁああんっ!!!」
「ぽ……ポルカ。逃げなさ……い。はやく……」
「いやだいやだ! フェルグおにいさんもいっしょににげるの!!」
「わたしは……いいんです。あなたが無事なら……さぁ……はやく……いきな……」
背中に深いひっかき傷を付けられたフェルグ。どくどくとあふれる赤い液体は円卓の部屋を染め上げていく。フェルグは最後の言葉をいうより先に手は重力に逆らうことなくすとんと落ちてしまった。落ちてからしばらく、ポルカは何も考えることができなくなり、ただできるのは泣き叫ぶことだけだった。その間に黒い影のような者はフェルグのトライデントに埋め込まれたコアを破壊すると、残っているポルカにじわりじわりと近付いた。
「いや……いやぁあああ!!!」
何かが壊れる音が聞こえた。




