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廊下を走り、階段を一段飛ばしで駆け抜けまた廊下を走る。走る度に視界が小さく左右に揺れ、走る度に生命のポンプが大きく弾む。
(どこ? どこにいるの?)
「ねぇ! どうしたの? 誰かいるの?」
シェラハは大きな声で呼びかけると、急激な酸素不足から目の前が一瞬くらりと揺らいだ。新鮮な空気を再度取り込み意識をしっかりさせると、再び足を大きく動かした。もう何度目かクラスの扉を通り過ぎたシェラハの耳に微かではあるが女性の声が聞こえた。
「! どこ? どこなの?!」
耳を澄ませ意識を集中させる。自分の生命のポンプの音がどくどくと大きく鼓膜を震わせていて、意識を集中させることに時間がかかったがある程度の場所を特定することができた。微かに聞こえた音を頼りに進んでいくと、そこには「美術準備室」とかかれたプレートが掲げられた部屋だった。
「ここ……なのかしら」
シェラハは自分が聞いた音を信じ、ゆっくりと扉を開けた。からからと音と共に扉が開くと、そこには無地のキャンバスがびりびりに破れた状態であちこちに散乱していた。他にもたくさんの画材や石膏などが原型を留めておらず、二度と元の姿には戻れないほど損傷は激しかった。昨日、たまたまここを通りかかった時はきれいに並んでいたはずなのに……それに、妙な静けさにシェラハは思わず口をぐっと結んだ。
「誰か……いませんか……」
小声で呼びかけると、すぐ近くの机ががたりと音をたてた。その音にびくりと体を震わせ、振り向くとそこには目を真っ赤に腫らせた女子生徒がいた。誰かいたということに安心したシェラハはほっと表情を緩ませ、事情を聴こうと口を開きかけた。
そのときだった。
女子生徒は小さく悲鳴をあげそのまま前に倒れた。それからぴくりとも動かずにいるのを見たシェラハの表情は一気に緊張し、手をぎゅっと握った。そして背中に走る強烈な悪寒にがくがくと震える足で必死に耐えていた。
「な……なに……なんなのよ……!」
一体何が起こっているのか。シェラハは辺りの気配を探っていると、程なくして一つの影が床にぽたりと落ちたかと思えば、影はまるでゴムのように伸び気味の悪い人型へと形成した。やがて人型はぬるりと体を滑らせるようにシェラハに無言で近付くと左手を鋭利なものへと変化させた。その瞬間、シェラハは腰から折りたたんである細剣を取り出し影人間に突き刺した。びくびくと体を震わせた影人間はだらりと腕をさげるとそれからぴくりと動かなくなった。助かった……けど、助かってはいなかった。
「ごめんなさい……もう少し早くきていれば……」
女子生徒に何度も謝り、シェラハは美術準備室を後にした。それからか、廊下のあちこちにでさきほどの影人間のようなものを見かけた。その度にシェラハは得意の細剣を操り撃破していった。一通りの安全を確保ができた廊下を一瞥し、ほかに残っている生徒がいないか学園内を駆けた。
「そんな……」
学園内を全て確認をしたのだが、残っている生徒はおらず代わりに既に無の騒音が広がっていた。クラスメイトも、先生も誰一人としてシェラハに何が起こったかを告げることなく無を貫いている状態にシェラハは荒ぶる呼吸をと生命のポンプを無理やり落ち着かせた。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
呼吸を整えながらじわりと広がる絶望感に、シェラハは膝をついて泣きそうになっていた。誰もいなくなってしまって、事情もわからないままだなんて……。
どうしたらいいのか……このまま諦める?
……そんなことは嫌だ。
それに、終われない理由はもう一つあった。
「アマテル君……アマテル君! どこにいるの?」
さっきまでのシェラハを包み込んでいた絶望はシェラハの大きな声と共に吹き飛ばされ、その眼には再び希望の灯が宿っている。こうしちゃいられないとばかりに再び足を動かすと、廊下の間取り角で強い衝撃を受け、尻餅をついた。
「きゃっ!」
「わぁ!」
特に頭に強い衝撃を受けたシェラハはちかちかと光る星を何度か見たあと、頭を振り意識を取り戻すと目の前には朝、バスケットコートで爽やかな汗をかいていた少女─シャウラがいた。
「しゃ、シャウラ先輩? どうしてここに?」
「シェラハちゃんこそ……なんでここ?」
お互いの質問が被さると、二人は気まずそうに視線を反らし一呼吸置いてから先に発言したのはシェラハだった。
「ところでシャウラ先輩。この学園内で何が起こっているのですか?」
この質問に、シャウラは何とも言えない難しい顔をした。その顔を見たシェラハは何かまずい事を聞いてしまったのかと一瞬強張るが、シャウラは首を横に振ってから口を開いた。
「シェラハちゃん……落ち着いて聞いて。あのね……封印に……ほころびができたみたいなの」
「…………え?」
封印。それはシェラハ、シャウラ、アマテルたち十二星座の皇子たちに課せられた使命の一つである、封印を守ること。シェラハたちが持っている十二星座の力が封印が破られないよう、常に作動をしているのだがどうもそれが弱まってしまい封印に亀裂が入り、その隙間から世界を滅ぼそうとするものが流れ込んできているというのだ。
「もしかして、さっき見た影人間みたいものってまさか……」
「シェラハちゃんもみたのね。あれ。そうよ、あいつが封印の隙間からやってきたもの。そいつら、あたしたちを狙っているみたい。あたしたち……というか、あたしたちが持っているコアをって言った方が正確かしら」
「コア?」
十二星座の皇子たちにはそれぞれ力を発揮できるよう、武器を渡されている。シェラハなら細剣、シャウラは鞭といった具合だ。そしてその武器にはそれぞれの武器の力を引き出すために守護している星座が描かれたコアが埋め込まれている。このコアがあれば所持者は普段の数倍以上の身体能力で戦うことが可能と同時に、このコアをなくしてしまうと戦闘力、封印を守る力もなくなってしまうという欠点もある。もし、このコアを所持者以外のものが持てば封印を守ることはおろか、いずれ封印は破られてしまう。そうなってしまっては、世界を守ることは不可能になってしまう。
「……! アマテル君は? アマテル君を見ませんでしたか?」
「あ、アマテル? ああ、そういえば……校門の方にって、シェラハちゃん? シェラハちゃんってば!」
(アマテル君……アマテル君……!!)
シャウラの引き留める言葉も耳に入らないくらい必死なシェラハの胸には嫌な予感しかなく、その予感はシェラハの気分を徐々に侵していく。最初は胸の詰まりから、それから段々と吐き気へと変わった。シェラハはそれらを強引に飲み込み、涙で滲む視界の中で学園内を駆けた。目指すは校門。
「アマテル君……無事でいて……!」
校門に到着したシェラハはただ立ち尽くすことしかできなった。朝見た光景はどれも無残に破壊され、まるで夢だったかのよう。バスケットゴールは壊され、地は捲れあちこちにはその残骸がごろごろと転がっていた。これが嘘だったらどれだけいいことかとシェラハは涙を袖で拭いながら辺りを見回した。見覚えのある生徒の顔があちこちにあり、シェラハはそれらを見る度にぐっと息を飲み込んだ。何度目かの息を飲んだ後、校門から少し離れた広場で見知った顔が地面に横たわっているのが見えたシェラハは思わず目を見開いた。
「……っ! アマテル君っ!!!!」
そこには巨大な影人間が立っており、その下のはアマテルが傷だらけの状態で転がっていた。シェラハは巨大な影人間よりもまずはアマテル救出を優先し、行動をすると影人間はシェラハ目掛け刃物のように変形した左手を振り下ろした。
「……ラハ……げろ……」
その一声にはっとしたシェラハは瞬時に踏みとどまると、目の前に影人間の鋭い左手が深々と地面に突き刺さっていた。
(あと少し判断が遅れていたら……!)
ぞっとしながらシェラハは「すぐ助けるから待ってて!」と言い、細剣をぴしりと構えた。
「おひつじ座の皇子、シェラハ。いきます!」
臨戦態勢に入ったシェラハは落ち着いて地をを蹴り、影人間との距離を一気に縮めると蹴った反動を生かした鋭い突きを繰り出した。
「君を試させて」
そこから華麗な連撃へと繋げると、フィニッシュへの構えを取った。そこで影人間がもごもごと蠢いた。その蠢き方に嫌悪を示したシェラハはすぐに構え直すと、影人間はノイズ交じりに何かを発した。
「……ル……ハ……カッタ……」
「? な、なに? 何を言っているの?」
「……ラハ……やく……逃げろ……」
アマテルの消え入りそうな灯火のような声に対し、シェラハは首を横に振り拒んだ。
「だめ。こいつを何とかしないと……」
「……に……ろ……ばか……」
普段ならバカと言われて怒るシェラハだが、今はそんな場合じゃない。冷静になってこの影人間をやっつけてアマテルを救出することが目的なのだから。シェラハは何度も自分を落ち着かせ、細剣を構えていると影人間の言葉はノイズ交じりからやがてはっきりと聞こえるようになった。
「……テルハ……ワカッタ。ワレワレノテキデハナイ……コノヨワムシハ……」
影人間の発した言葉に、シェラハの髪は一瞬で逆立った。シェラハは冷静な部分と沸騰している部分をまぜこぜにしながら自分に問うた。
今、何て言った?
今、何て言った??
今、何て言った???
「アマテル君を……」
「ヒンジャクナイキモノガ、ワレワレニカナウトデモオモッタノカ」
「アマテル君を……」
「ば……か。はやく……にげろ……」
怒りで震えるシェラハにアマテルは逃げるよう諭すも、もうこうなってしまったシェラハの耳には届くことはなかった。シェラハはぎりぎりと唇を噛みしめ目には涙を浮かべていた。
「ミコモタイシタコトナイナ。コノヨワムシノデキソコナイガ」
「アマテル君を悪く言わないでっ!!!!」
星座の力を引き出したシェラハは鋭く叫んだ。最後の切り札として渾身の力を込めた一撃を放とうと地を蹴った。あともう少しで影人間に到達するよりも早く、シェラハは宙を舞った。
(あれ? なんでわたし、空を見てるんだっけ?)
何が起きたか理解したとき、シェラハは大きな音を立てて地に叩きつかれた。次いで遅れてシェラハの愛刀の細剣がぐさりと地に刺さった。シェラハの体が地に叩きつけられた瞬間、体中に入っていた酸素が一気に絞り出されたかのように大きく息を漏らすと、体を動かすことができなくなっていた。
(ああ……そっか……あいつに跳ね上げられたんだ……)
すべてを理解したとき、シェラハは離れた場所で倒れているアマテルを見て涙を流した。
(ごめんね……アマテル君。わたし、全然敵わなかった……あ……たし、アマ……ル君のこと……す……)
手を伸ばすも空しく空を切るシェラハの最後を見たアマテルは、自分の無力さに強く唇を噛んだ。じわりと広がる鉄の味に気にすることなく、アマテルは声の限り叫ぶもその叫び声は誰の耳に届くことはなかった。
(守れなくてすまねぇ……。もし……次があるのなら……その時は必ず、お前を守るからな……!)
何かが割れるような音がした。




