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心配されてた授業も変な緊張感のせいで無事に乗り越えることができたシェラハとアマテル。教科書とノートをロッカーに入れて戸締りをしていると、外から妙に生暖かい風がびゅうと吹いた。それは今にも雨が降り出しそうなときと似ていて何とも言えない心地悪さが印象的な風だった。
「なんか、天気崩れるのかな。予報では快晴だって言っていたのに……」
「天気なんて変わるもんだろ。そんな珍しいもんでもねぇだろ」
欠伸交じりにアマテル。心配しているシェラハをよそに、アマテルはさっさと玄関へと歩いてしまっていた。
「もう、アマテル君ってば。待ってよ」
急いで追いかけようと廊下を走ったとき、窓の外に何かが光ったような気がしたシェラハは足を止め窓の外を見た。しかし、シェラハの視界には発光するような物は映さずその代わりに朝見た時は心地の良い青空だったのに、今は鈍色の空が広がっていた。
「なに……この空の色」
傘なんて持ってないよなんて言いながら、シェラハは慌ててアマテルを追いかけると玄関ホールでアマテルの怒声が響き渡った。
「喧嘩なら喜んで買うぜ」
一体何事かと思ったシェラハは速度をあげてアマテルの声が聞こえる方へと足を動かすと、そこには小さく体を丸めながら泣いている学生がいた。一瞬見えた名札から多分、下級生だと判断したアマテルは体を丸めて泣いている学生の周りをべとべとした醜い顔で見ている数人の生徒をぎろりと睨んだ。
「これはこれはアマテル君。こいつに何か用か?」
「いや。用はねぇ。だが、お前たちのやってることが気に食わねぇ。それだけだ」
そういうと、さらに醜く顔を歪ませた生徒は短く笑うとうずくまっている生徒を指さした。
「こいつのせいで、おれたちは被害を受けたんだ。いわば、被害者だ。んで、こいつは加害者だ」
「……うぅう……」
「とりあえず、その汚い顔をやめてもらおうか」
言うが早いが、アマテルは低姿勢のまま廊下を蹴ると周りにで一緒ににやついていた生徒を一瞬で黙らせた。一体何があったのか理解しようとしたときには、既にアマテルの拳は残った生徒の顎へと食い込んでいた。
「ぐはぁっ!」
自称被害者と名乗った学生はきれいに弧を描き廊下へと叩きつけられたのと同時に、シェラハが現場に到着するとシェラハはその場の状況をなんとなく察し、うずくまっている生徒の保護を行った。保護をしてすぐにアマテルの背へと隠れると、シェラハは「もう大丈夫だよ」と言いながら下級生を落ち着かせた。
「ぐっ……貴様……」
「まだやんのか。今回はちゃんと言わせてもらうからな。もし、お前がこいつのせいで被害者だといっても、こいつから事情を聴けばそれはひっくり返るんだ」
「だ……誰がお前の言うことなぞ信じるか。普段から粗暴なお前の言うことなど……誰が……」
「こいつだよ」
アマテルが背後に視線を移すと、そこには優しい笑顔で下級生を落ち着かせているシェラハがいた。
「こいつは昔っからやたらとお節介でな。頼んでねーことばっかりしやがる。だがな、こいつだけはいつもオレを信じて疑わねぇんだ。オレがどんなことしてもな。何か言われてもオレにはシェラハがいる。それだけでいい。それともなんだ? お前はそれでも被害者ぶって過ごしたいのか?」
アマテルは思っていることを素直にぶつけると、被害者だと名乗った学生はぎりぎりと唇を噛みしめながら、どこかへと走り去っていった。ようやく静かになった……と思いきや、今度は騒動を聞きつけた教職員数名がどたどたとやってきた。
「なんだなんだ。喧嘩だって言われて駆けつけてみたら……またアマテルの仕業か?」
「違うんです! あ、アマテル君は……」
「ええい。シェラハ君は黙っていなさい。んで、実際はどうなんだ。お前がやったのか?」
「……はぁ……」
矢継ぎ早に質問され、シェラハも口を挟もうと何度も試みるもその度に教職員に阻まれてしまい、きちんと経緯を伝えることができないことに苛立ちを覚えていた。そのとき、泣いていた下級生が涙を拭きながら声を発した。
「あ……アマテル先輩は悪くないです。ぼ、ぼくを助けてくれたんです。アマテル先輩が……!」
声を震わせ真相を話す下級生に驚いた教職員は、それも信じられないのか「アマテルに言わされているのか」などと言い始めた。さすがにその言葉にカチンときたシェラハは今までに出したことのないくらいの大声で教職員の声を遮った。
「アマテル君を悪く言わないで! アマテル君は、この子を守ったんですよ? あたしもこの子をいじめていた生徒をちゃんと見たわけではないですが、確か左腕に腕章をつけていたのは覚えています」
空気を震わせるほどのシェラハの大きな声に教職員たちは一同冷静さを取り戻し、新しい情報に耳を傾けた。腕章という言葉に一番反応したのは、最初にアマテルを犯人だと決めつけた上級生の教職員だった。
「わ、腕章だって?! 何色か覚えているかね?」
突然の質問にシェラハは戸惑いながらも記憶を手繰ると、その腕章は緑色だったことを告げるとその教職員は顔を真っ青にしながらその場に膝から崩れ落ちた。
「なんということだ……緑色は生徒会を表す色だ……こんなことがあっていいのか……」
教職員の衝撃は相当なもののようで、頭を抱えて言葉を発することができない程だった。その腕章がどうかしたのかと首を傾げていると、ゆっくりとそしてふらりと立ち上がった教職員の顔はまるでソーダアイスのように真っ青のまま説明を始めた。
「生徒会委員は、この学園内の模範となる存在だ。それが……それがこのような形になるとは……私の指導不足だ。申し訳ない……。それと……アマテル君、君を疑ってしまって……本当に申し訳ない」
「……別に」
素っ気ない返事にもその教職員は何度も何度も頭を下げ、まるでもうどうでもいいとばかりに横を通るアマテル。
「あ、アマテル君! ちょっと! あ、す、すみません……」
いじめられた下級生に一言告げてからシェラハはその場を後にし、アマテルを追いかけた。その背後では被害にあっていた下級生は改めて事情を聴くため別室へと移動していた。
「もうアマテル君ってば、素気なさすぎ!」
「そうかよ。オレはいつも通りしただけだぜ」
「……もう」
そんなこと言いつつ、あそこでずばっと言い切ったアマテルを見たシェラハの胸は小さくも確実に高鳴っていた。あそこまで正々堂々と言ってのけるというのは中々できないし、それも今回は間違っていないというつもりだったというところにもシェラハは更に惹かれた。
(わたし……やっぱり……アマテル君のこと……)
いつか、この学園の先輩であるシャウラにも恋愛相談をしてみたときもあった。それはシェラハとシャウラしかいない、いわばパジャマパーティーに近いもので、甘いお菓子を食べながらジュースを飲みながら一夜を過ごした日があった。
「あー、アマテルねぇ。あの子、ほんっとに鈍くさいからねぇ」
「あ……やっぱり、そう思います?」
「思う思う! あの子は言われて気づくまでに時間がかかる子かなぁって思っててさぁ」
「あ……そうかも……」
花柄のクッキーをはむはむしながらシェラハは今までのアマテルの言動を思い出してみた。確かに新しい服を買って身に着けても何も反応なかったし、ちょっとだけ背伸びしてロングヘアにして髪型も少し変えてみたりもしたがアマテルは全く気付いている素振りがなく、悪い意味で平常運転だった。何度目かのおめかしも空振りに終わりそうなとき、シェラハは思い切ってアマテルに聞いてみた。
「ね、ねぇアマテル君? 今日のあたし、どうかな?」
妙な事を聞くと言いたげな顔をするアマテルは、しばらくシェラハを見てからうんと小さく頷いた。シェラハはその頷きを「気付いてくれた」と思い、顔をぱっと明るくさせたのだが、次の一言でそれはきれいにひっくり返った。
「いつもと同じだろ? おら、チャイムなんぞ」
(ああああ……だめだった……)
アマテルに促され重い足取りでなんとか教室にたどり着くも、シェラハは席に着くのと同時に顔を突っ伏したまま、しばらく動くことはなかった。
「言ってもダメだった日の方が多かったような……」
「あー、言ってもだめなら……ねぇ。でもね、シェラハ。諦めたらだめよ! シェラハはアマテルが好きなんでしょ?」
「ぶふぅっ!」
程よい温度になったカモミールティーを吹きそうになったシェラハは慌ててティッシュで口元を拭った。確かに気にはなっていたけど……それはアマテル君のことが好きなのかなと思いながら呼吸を整えると、シャウラはうんうんと何度も力強く頷いた。
「そうよ。それはきっと気になってる証拠よ。だから……私は応援してるからね!」
ぐっと親指を立てウインクをするシャウラに苦笑いを浮かべるシェラハ。なんとも言えない空気が漂っていたが、それらをまとめてカモミールティーで流し込むと、二人は別の話題で多いに盛り上がり夜を明かした。
「あ……あの、アマテル君……あたし」
「しっ!」
シェラハが言いかけたそのとき、アマテルは人差し指を口元にあてながら鋭く制止した。何事かと思ったシェラハはそろりと窓の外を見ると、校庭上空に浮かぶ鈍色の空から何やら黒い物体が一つまた一つと落ちて行っているのが見えた。
「あ……アマテル君。あれは……?」
「わからねぇ。でも、あまり良いものではなさそうなのは間違いなさそうだ」
「それってどういう……?」
最後まで聞かず、アマテルはシェラハを残し校庭へと走って行ってしまった。一人取り残されてしまったシェラハはどうしていいかわからずその場で足踏みしていると、近くで悲鳴が聞こえた。
「! どこ?! どこなの?!」
悲鳴なら学園内あちこちで聞いてきているシェラハでも、この悲鳴は今までに聞いたことのないくらい緊迫したものだと察したシェラハは聞こえた悲鳴を頼りに足を動かした。
(どうしよう……アマテル君。どうしたらいいの?)
アマテルを追いかけたいという気持ちもあるが、今は近くで聞こえた緊迫した悲鳴を確認するのが先だと判断したシェラハの胸は今の空と同じ色をしていた。




