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まるで大きな木槌で頭を思い切り叩かれたような気分だった。実際はというと、衝撃的すぎる内容の話に頭がついて行っていないといのだが、その場でスゥの口を閉ざすには十分すぎる内容だった。あのおしゃべりなスゥでさえ、口を噤んでしまう事実。もし、これを他の皇子たちに話したらどうなるだろうか。それこそ、スゥの予想を遥かに超える事態になってしまうかもしれない。だが、今ならまだ他の宮に行って事実を伝えることだけならできるはず……だが、それを許してくれそうな事態ではなかった。
「な……なんじゃあいつは……」
「予定より早かったですね」
スゥが目を凝らした先に見えたのは、黒い点々としたものだった。月明かりに照らされ最初はわからなかったが、それが段々とこちらへ迫ってきていることに気が付いたスゥは思わず顔をしかめた。
「あの黒い点々……こっちに来ておるぞ。それに……増えてきておる」
黒い点々が一つまた一つと増えていき、次第にその数を増やしていった。やがて闇夜を覆いつくさんばかりの数の点がこちらへ向かってきており、その様子にスゥは小さく悲鳴をあげた。
「な……なんじゃ……あれは……」
「あれが、封印を破ろうとする存在─悪しきモノです。悪しきモノたちは、封印の動力源であるこのコアを狙っています。このコアがなければ我々は力を発揮することができないただの人へとなります。そんな状態で悪しきモノたちの襲撃を受けたら……どうなるかわかりますね?」
「か……カマリ! お主も無事では済まんぞ! それでもいいのか!?」
「構いません。今回はこのような結末なのかと思えば、大したことはありません」
「……っ!!」
あまりの物言いに、スゥは怒りの感情を露わにしたままベランダを出ると大事な大きな壺を抱えながら出口へと向かった。怒りが頂点に達したスゥはただではやられまいと、自身の中にある力を少しずつ呼び覚まし始めた。じわりじわりと湧き上がってくる力を実感しながら、カマリの居城出入口付近にて、どんと胸を張り、声を発した。
「悪しきモノたちとやら。ちょっと、妾と水遊びをせんか? なぁに、ちょっとした戯れよ」
蠱惑的な笑みを浮かべながら壺を優しく撫でると、壺から清らかな水が音もなく零れ始めた。やがて薄く水が敷かれていき、歩くと軽くつま先が濡れるくらいまでに地面が潤うとスゥはくすくすと笑った。
「今日はいつもに比べて暑くてのう? お主たちもそう思わんか?」
手で顔をぱたぱたと仰ぎながら悪しきモノたちに問いかけているスゥ。言葉が通じるかは不明だが、もし通じるのであればそれでよし、通じぬのならそれもまたよし。悪しきモノたちはべちゃりと音をたてながら乱暴に着地をしてからゆっくりとヒト型に形成を始めた。ゴム人形のようにぶるぶると体を震わせながら不規則な動きをするという、なんとも不気味な光景が目の前にある中、スゥはまるで子供のようににかーっと笑い、壺を悪しきモノたちに向けた。
「暑い日には、水浴びと決まっておる。これは揺るがぬ事実じゃ」
圧縮した水を悪しきモノたちに向けて発射すると、前列にいた悪しきモノたちは音もなく吹き飛んでいった。吹き飛んでいく悪しきモノたちを見たスゥは「おぉ」と嬉しそうに声をあげたかと思うと、今度はお腹を抱えて笑い始めた。
「なっはっはっは。これは愉快。愉快じゃのう」
吹き飛んでいった仲間を見て怒りを覚えたのか、それとも攻撃態勢へと切り替えたのかはわからないが、悪しきモノたちはスゥ目掛け一斉に走りだした。スゥ一人に対し、相手は数えるのも大変なくらいの数をスゥは顔色一つ変えずに壺を構えていた。むしろ、喜びに満ちていた。
「うむ。遊んでやろう」
そう言うや否や、スゥは構えた壺から大量の水を放出させた。先ほどよりも水の量を増やし、圧力も更に増した水を前に数の暴力は無力でしかなかった。次の波が来てもその度に強烈な水を放出し、後退させまた迫ってくる悪しきモノたちを吹き飛ばすというなんとも悪戯をしているようでスゥは笑いが止まらなかった。
あれから数時間が経過した。数は減るどころか、より密度を増しながらカマリの居城の前にいた。それを何度も何度もスゥが吹き飛ばしていくもきりがなく、次第に雲行きが怪しくなってきた。
「あいつらに体力という概念はないのか……!」
普通であれば何度も水に吹き飛ばされれば、それなりに体力を削られるはずなのだがこの悪しきモノという存在はそういった概念がないためか、変わらぬ速さでスゥ目掛け突進をしかけてくる。いくら無尽蔵に高圧の水が出るとはいえ、終わりの見えない吹き飛ばしにスゥは段々と嫌気がさしてきていた。
「しつこい奴らじゃのう……こうなったら……」
一旦放水を止め、今度は壺の中に手を入れ少量の水を掬いぱらりと撒いた。月明りに反射し、きらきらと煌めきながら零れていく水から眩い光が発せられた。
「サダルメリクを与えよう」
視界が白く染まる程の眩しさに、悪しきモノたちは一瞬にして浄化されていった。一塊あった悪しきモノたちはあっという間に消し飛ばしたことに、スゥはすっきり感を覚えた。また数を増やしてきそうな予感がしたスゥは今度は地面に水を撒くと、そこにはまるで天の川を思わせる煌めきを出現させた。
「清らかな星の恵みだ」
天の川に一歩足を踏み入れた悪しきモノは、踏み入れた足が一瞬にしてなくなりやがて全身を飲み込まれていった。天の川は次第に広範囲へと広がり、次から次へと悪しきモノたちを煌めく星々の流れに沈めていった。最後の悪しきモノが沈んでいくのを確認したスゥは小さく溜息を吐き、やれやれといった様子で肩を竦めた。
「ふう。ようやっと終わったか。お主ら、もっと計算を積んでまいれ」
これでやっと終わったと思い、壺を片手に帰ろうとしたときスゥの背中に悪寒が走った。それは先ほどとは比にならないくらいの悪しきモノたちがカマリの居住付近を占拠していたのだ。
「い……いつの間に……っ!」
咄嗟に壺を構えるも、どこからか現れた悪しきモノに弾かれてしまい落してしまった。ごろごろと転がっていった先は既に悪しきモノたちが待ち構えていて、取りに行こうとすればその前に自身がやられてしまう。
「……これはどうかのう」
壺へ意識を向け、今度は壺の口を悪しきモノたちに向け水を最大限に圧縮し、一気に放出させるとその勢いでなんとかスゥの手元に戻すことはできた。しかし、戻すことができたとはいえこれ程もにも増えた悪しきモノたちをどうにかできるとは思えなかったスゥは、悔しいがここは撤退を余儀なくされた。
「落ちた星の軌跡を辿り、見つけたのはただ一つの真実のみよ。これを記憶に残せんのが実に悔しい……」
スゥは急いで壺の中に身を潜め、天秤宮から脱出した。ふよふよと浮かぶ群青色の壺を見ながらカマリは冷たく言い放った。
「アルカ。次の指令です」




