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もう何杯目かも数えるのを忘れるくらい、カマリの淹れてくれた紅茶が美味しくてお代わりをしてしまったスゥ。久しぶりの会話にも花が咲き、自然な笑みを浮かべる二人。そして自然にクッキーがのせてある皿に手を伸ばしたとき、スゥの手がぴたりと止まった。皿の上にクッキーが残っていなかったのだ。
「あ……」
「おや、なくなってしまいましたか。新しい物をもってきますね」
クッキーがなくなってしまっていることにショックを受けているように見えたカマリは、穏やかな笑みを浮かべながら新しいクッキーを取りに席を外した。カマリが席を外している間、スゥはベランダから見える景色に目を移した。温かい太陽はもう沈みかけ、空にはちかりちかりと星の瞬きが見え始めていた。心なしか少し肌寒く感じたのか、スゥはさっきカマリが淹れてくれた紅茶を飲みながら暖を取った。ほのかに香る柑橘系の香りが体だけでなく、心まで温めてくれるのは気のせいだろうか。
「お待たせしました。追加のクッキーです。それと、紅茶にも味に変化をと思いましてミルクとレモンもお持ちしました」
「ほう。これは気が利くのう。ちょうどそんな気分じゃった」
小さなミルクピッチャーとスライスされた太陽色のレモンが小皿にのせられ運ばれてきた。さっそくスゥはミルクピッチャーに手を伸ばし、残っている紅茶にゆっくりと流しいれた。くるくると渦を巻きながらミルクと紅茶が交じり合うのを楽しそうに眺めながらスゥは、飲み心地になったミルクティーに舌鼓を打った。
「うむ。やはり美味いのう」
「お口に合って良かったです」
新しく運ばれたクッキーにも手を伸ばし、まるで子供のようににこにこ笑顔を零しながら食べているスゥにカマリは思わずくすりと笑った。
「? 何が可笑しい?」
「いえ。あまりにも美味しそうに食べているもので、つい嬉しくて」
「? 美味いものを食べると顔に出るのは普通ではないか?」
「あはは。そうでしたね」
何か引っかかるような気もするが……そこは敢えて気にしないで今は目の前にある美味しいクッキーと美味しい紅茶に集中するスゥであった。
「ふう……もうお腹いっぱいじゃあ……」
「新しい紅茶を用意しておきますね」
「ああ。頼んだ」
お腹をさすりながらスゥは満足気に空を仰いだ。空はすっかり暗くなっており、星の瞬きもさっきよりもはっきり見える時間帯になっていた。普通であれば帰宅しなければならないのだが、特別スゥもカマリも決まったことをしているわけではないので、そこは互いの共通点ともあってか時間を持て余している。だからこうして夜にお茶会などができるのであった。
「お待たせしました。今度はセイロンを用意しました」
「おおセイロンか。シンプルな茶葉だが本来の味が楽しめるので妾は好きだぞ」
大きなティーポットに淹れられたセイロンティーは湯気を出しながらスゥのカップに注がれ、芳醇な香りをこれでもかとアピールした。それはまるで舞踏会で麗しくスピンをする淑女のようだった。並々と注がれたセイロンを鼻で楽しみ、それから味で楽しんだスゥは何も言わず何度も頷いた。その様子にほっとしたカマリは自分のカップにも少量注いだ。しばらく無言の時間が過ぎたあと、先に切り出したのはスゥだった。
「のう。一つ、聞いていいか?」
「はい。なんでしょうか」
カップを静かに置きながら尋ねるスゥ。ようやく話さなければならないことを思い出したスゥは、今しか聞く機会はないと思い、話を切り出した。それは、さっきの聞きなれない女性との会話のことだった。たまたま耳にしてしまったとはいえ、どういうことかを聞くことくらいはできるだろうと思ったスゥはちらりとカマリに視線を投げた。投げかけられたカマリは一体なんのことでしょうと言わんばかりの澄ました表情でスゥを見ていた。
「率直に聞こう。さっき、そなたは女性と何やら会話をしておったな? 何について話をしていたか聞いてもいいか?」
「ええ」
まさかすんなり話してもらえるとは思っていなかったスゥは心の中で肩透かしをくらいながら、でも実際は平然を装っていた。カマリは「どこから話しましょうか」と前置きをしながら、まっすぐスゥを見ながら口を静かに開いた。
「彼女は……もう一人の皇子─真白といいます」
「もう……一人?」
「ええ。実は我々十二星座の皇子には、もう一人の皇子がいます。それが、へびつかい座の皇子、真白なのです」
「?? 一体どういうことじゃ?」
「これはあなたにも話していなかった部分なのでわからないは当然だと思います。簡単にではありますが、説明をさせていただこうかと」
カマリは先ほどスゥが聞いた女性の声の主を、十二星座の皇子とは別のもう一人皇子がいることを告白した。そして彼女は十二星座の皇子同様戦う力を有していること、だけど彼女にはそれを諦めてもらうことを順を追って説明を始めた。スゥが聞いたとき、確かにその女性には戦うなという言葉聞こえたスゥはそのことについて突っ込みを入れた。
「なぜ、妾達同等の力を有していながら戦ってはならぬのだ? 戦力は多いに越したことはあるまい。それに、彼女自身も戦うことを望んでおったようにも聞こえたが?」
するとカマリはすっと目を薄め、息を細く鋭く吸い込んだ。
「確かに彼女の戦力はこちらにとっても有難いことです。しかし、もし彼女がこちらへ入ってしまうとどうなってしまうか……それは、戦力が偏ってしまうからです」
「偏り……とは?」
「ええ。一年の周期を十二等分できれいに分けられ、自身の力を十分に発揮できるのですが、真白一人が加わることで一部周期がおかしくなってしまいます。その部分というのが、シャウラがいる天羯宮─さそり座なのです。そうなると、シャウラの負担が大きくなり封印を壊そうとする奴らの攻撃には長時間耐えることができません。そのため、真白には加わってはいけないと告げたのです」
「……ふむ……」
確かに今の十二星座の区分けであれば、各自の宮にいれば恩恵を受けられ本来の力を発揮することができのだが、もしそこで真白が入り一人分のスペースに二人分入るとしたら……? 窮屈で動きにくくなってしまうことは想像できる。それが十分に自身の力を発揮できないという理由になるというのなら納得できる。しかし、そこでもう一つ疑念が浮上してしまう。
「真白とやらはどこへ行ったのだ?」
さっきまで話していた真白は忽然と姿を消していた。まるで人目から逃げるように。存在を知られてはいけないかのように。だが、こうして真白の存在を知ってしまった以上、もう隠し通すことはできない為、カマリはただありのままの事実を口にした。
「柱になっていただきました」
一瞬、何を言っているのか理解が追い付かなかったスゥはしばらく固まったまま動くことができなかった。聞き間違いでなければ……嘘でなければ……冗談であれば……ぐるぐると疑念と現実が交じり合い口を開くのもやっとのスゥが口にしたのは「柱?」とたった一言だった。その問いにカマリはただ静かにスゥを見ていた。それが答えだと判断したスゥは乾いた笑いをしながら肩を震わせた。
「は……柱……だと? それがどういうことか……わかっておるのか?」
「ええ。わかっていますとも。でなければ、こういう判断はしません」
怒りに震えるスゥに対し、カマリは終始落ち着いた様子だった。カマリは今、恐ろしいことを口走ったというのに、ここまで落ち着いていることに恐怖を感じたスゥは更に言葉を射た。
「それが……彼女の臨んだことなのか? 彼女だって本来はこちらで妾達と戦いたかったはずなのに……それを……お主は……お主は……」
「先ほども言いましたが、真白は我々と同等の戦闘力を有しています。もし封印を壊そうとする輩が現れれば排除は容易でしょう。今、こうして会話ができているのは真白がいるからと言っても過言ではありません。しかし、他の宮が排除に失敗したり、それより先に他の宮がやられてしまっては手に負えません。そうなったとき、真白は他の宮が受けた代償をその身に刻み、世界が滅ぶ前に儀式の座にてその身を生贄に捧げることにより、世界は一度滅び再生します。それを何度も何度も繰り返しているのが、今この時間なのです」
スゥはカマリの話の内容があまりにも突拍子すぎて、まるで頭に入ってこなかった。何度もカマリと会って話をしていたというのも、笑いあっていたのもまるで一つの欠片の断片であるかのような扱いにスゥはどんな表情をしていいかわからないでいた。怒っていいのか、泣いていいのかはたまた笑っていいのか……。
「つまり……こうして話しているのも、一つの欠片ということ……なのか……?」
「平たく言えばそういうことになりますね」
「だが! こうして話しているのに、なんで記憶がないんだ? それに、ほかの奴らにだって真白の存在は最初からなかったようなものではないか! それについて説明は受けてないぞ?!」
「先ほども言いましたが、真白が儀式の座へ身を投げた時、世界は一度滅びます。そして再生すると。それはつまり、一度身体や記憶なども全部消去してから、再構築しているということです。なので、その時の記憶というのは蓄積されたものがあるだけです。真白がみんなに認知されていないのは、そういうことです」
「なっ……!」
「なので、真白が生贄になる度に世界は生まれ変わるのです。そして、新しい結末を迎えるのです」
衝撃的な事実を聞かされたスゥは、もう言葉を発することを忘れていた。




