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無事に小川のアーチを使い、カマリの居城へと到着したスゥは軽く手を叩くと小川はまるで後退していくかのように引いていき、元にあった川へと帰っていった。ここまで運んでくれた小川に小さく手を振り、スゥは正門を潜ろうと大きな取っ手をしっかり握り、軽く引いた。すると扉は自動でゆっくりと開き、ここを訪れた者を中へと招き入れた。中に入るとまず目に入ったのは真っ赤な絨毯だった。塵ひとつないその絨毯の両端には金色の刺繍が施されており、シンプルでありながらその華やかさに息を飲む者は少なくない。スゥもそのうちの一人で、ここに何度も訪れているはずなのだがこの絨毯の出来の良さに何度もぐうと息を飲んでしまう。そしてその絨毯を境界に左右には大きなステンドグラスと、それを永遠に灯し続ける蝋燭が等間隔で置かれていた。
「……相変わらず綺麗好きじゃのう。まぁ、あいつらしさでもあるか」
綺麗すぎる絨毯の上を歩くのも憚られてしまうが、この上を歩かないと先へとは進めないためスゥは意を決し一歩を踏み出した。
(皺になってすまん!)
そんなことを思いながら一歩また一歩城の中を進んでいくと、木製の扉がありそれを開くと美しい花が飾られた花瓶が等間隔で置かれた廊下に出た。花瓶の等間隔の間には飾られている花とはまた別の花が題材となった絵画が飾られていた。中にはふたご座の皇子であるポルカが描いたものと思われる作品もあり、スゥは思わず頬を緩めた。
「ほほう。だいぶ上手くなってきたのう。カマリめ。教え上手が発動しおって」
十二星座の長であるカマリは他の皇子たちはもちろんなのだが、中でも最年少のポルカにはやや過剰と言われてしまうほどに世話を焼いている。それは最年少ということもあるのだが、カマリにとってポルカは少し年の離れた妹のような存在に映っているのかもしれない。カマリの接し方を見てきたスゥはあまり口にはしないのだが、きっとそうなのだろうと思い遠くから見守っている。
花の香りが楽しめる画廊を抜けると、ステンドグラスから夕陽が差し込むホールへと出た。オレンジ色の光に照らされたステンドグラスに息を漏らしながら、上へと続く階段を上ると今度は左右にいくつかの扉がある廊下へと出るとスゥは静かに歩を進めていると、どこからか女性の声とカマリらしき声が聞こえた。耳を澄ませると少し通り過ぎてしまっていたようで、スゥはなるべく音を立てないように戻り扉に耳をあてた。
「……そんなこと……」
「でも、そうするしかないんです」
「……でも……私だって戦えます!」
「戦われてはむしろ困るんですよ」
「っ!」
「それはあなたが一番わかっているはずです」
「そう……でした。すみません……」
「これは均衡を保つためでもあるんです。わかってもらえるとありがたいのですが……」
「はい……わかって……います」
「その代わり、あなたにしかできないことをお願いしたいのです」
「はい……なんでしょうか」
「それは……」
そこから先はいくら耳を澄ませても聞き取ることができず、スゥは何とも言えない表情でいると廊下の先で何やら大きな物音が聞こえた。何かが落ちたのだろうか。それが気になったスゥが音が聞こえた場所へ向かうと床には砕けた花瓶の破片が散らばっていた。幸い花は生けられてなく、花瓶だけが落ちただけだった。素手で触るのは危ないと思ったスゥはここでも水の力を借りて掃除をすることにした。手にしている瓶から拳大の水のボールを作り破片の上に優しくのせた。スゥが小さく人差し指をくるくる回すと水のボール内部で小さな渦巻を発生させ、破片をそのまま水の中へ留まらせた。それを手にし一旦手にしている瓶の中へと放り、その場はなんとか片付けることができた。あとは、この破片をどうしたものかと尋ねればいいだけだが……スゥはさっきの会話が気になっていることもありやや速足でさっきの部屋まで戻り耳を澄ますと、もう既に中から気配を感じることはできなかった。
「出て行ってしまったのかもしれんのう。カマリだけなら、きっとあそこにいるかもしれん」
さっき話していた女性も気になるが、今はまずカマリに挨拶をすることが先だと思ったスゥはカマリがいるであろう場所へと向かった。向かう途中、廊下に飾られた花から漂う爽やかな香りがスゥの鼻を楽しませていた。
「おや、いらしていたのですね」
「邪魔しておるぞ」
カマリがいると思われる場所。それは夕日を拝めることができるカマリ自室のバルコニーだった。屋根がなく、天気のいい日は眼下に広がる緑豊かな景色と夕日を拝むことができるカマリお気に入りの場所である。なんとなくここだろうと思ったのは、きっと自室だろうという極めてシンプルなロジックだった。そこまで少し迷ってしまったものの、こうして無事にカマリと挨拶ができたことをスゥは素直に喜んでいる。
「さ、夕日をバックに何かお茶でも淹れましょうか。最近、ダージリンに凝っていまして。いかがですか?」
「ほう。ダージリンとな。どれ、一杯いただこうかのう」
「わかりました。少々お待ちください」
くすりと笑いながらカマリはお気に入りのティーセットをキッチンへ運びながら準備を進めた。その間、スゥは夕日を眺めながらぼんやりと考えていた。
(さっきの会話、あれは聞いたほうが良いのだろうか……)
カマリの声と聞いたことのない女性の声。そしてスゥが気になったのは「戦われては困る」という言葉だった。戦われては困るということは、女性は戦える人である。だけど、戦ってはいけない。そしてその理由は聞き覚えのない声の女性自身が一番わかっているという……一体どういうことなのだろうと思考をぐるぐる巡らせていると、目の前にふわりとした柑橘系の香りが運ばれてきた。
「お待たせしました。ダージリンとクッキーをお持ちしました。少し遅いですが、アフタヌーンティーを」
「ほう。これまた美味しそうな菓子じゃのう。どれ」
丸い形をしたクッキーを一口かじると、サクッとした食感にスゥは目を輝かせた。バターの風味が口の中一杯に広がり甘くまろやかな風味に目をとろんとさせた。
「これまた美味じゃのう。よくこんなに美味い菓子を見つけられるのう」
「ははは。たまたまです」
「それと……こっちはレーズンパイかの……」
「あ、スゥはレーズンが苦手でしたね。失礼、では代わりにこちらをどうぞ」
レーズンがたっぷり入ったパイをジト目で威嚇していると、それを察したカマリは代わりのレモンフィナンシェを棚から取り出し、スゥに差し出した。
「……んむ。レモンがきいてて上手いのう。今度、カマリに土産選びのコツを学びたいものじゃ」
「ははは。いいですよ」
美味しい紅茶と美味しいお菓子にすっかり満たされたスゥは、何かを言おうとしたのだがすっかり頭から抜け落ちていた。




