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誰にも話していないというのに、なんであの子はわかったのだろうとドキドキしながら廊下を歩いているとどこからか悲鳴が聞こえた。その間にどこかで見たことのある人影とすれ違ったような気もしたが、今はその悲鳴にはっとして辺りを見回してみるも、発生源が見当たらず代わりに見つけたのは廊下の窓から見える黒い小さな飛行物体だった。
「……なに……? あれ?」
青空に突如現れた黒い物体に眉を潜めながら、シャウラは最近届いた情報を思い出した。それは、封印に綻びができたという知らせだった。通常、封印というのは十二星座の力によって堅く守られているのだが、それに無数の綻びが生じ、その綻びから悪しき存在が流れ込んできているというものだった。それを確認したときのシャウラは「まさか」という一言で終わった。しかし、それがもし本当だとしたらあの黒い物体は……妙に辻褄があってしまうということに気が付いたシャウラはこうしちゃいられないとばかりに悲鳴が聞こえたであろう箇所へ向かおうとすると廊下の曲がり角で急に前から強い衝撃を受け尻餅をついた。
「きゃっ!」
「わぁっ!」
何事かと思い視線を落とすと、そこには同じ学園に通う十二星座の皇子であるシャウラだった。シャウラはなにやら急いでるようで、呼吸がとても荒かった。
「しゃ、シャウラ先輩? どうしてここに?」
「シェラハちゃんこそ……なんでここに?」
理由を尋ねると、シャウラと同じでどこからか悲鳴が聞こえたからだった。それと同時にアマテルも悲鳴を聞きどこかへ行ってしまったという。どちらを優先していいか困っているシェラハに、シャウラは残念な報告をした。
「シェラハちゃん……落ち着いて聞いて。あのね……封印に……ほころびができたみたいなの」
「…………え?」
一体何の話をしているのとばかりにきょとんとした様子のシェラハに、シャウラは言葉の通りだと告げるとシェラハようやくその意図を理解したのか、首を何度も横に振った。
「もしかして、さっき見た黒い影人間みたいものってまさか……」
「シェラハちゃんもみたのね。あれ。そうよ、あいつが封印の隙間からやってきたもの。そいつら、あたしたちを狙っているみたい。あたしたち……というか、あたしたちが持っているコアをって言った方が正確かしら」
「コア?」
報告によれば、十二星座の皇子を狙っているのはもちろんだが、それ以上に十二星座の皇子が持っている武器に埋め込まれているコアが目的だということらしい。そのコアには封印を守るのに欠かせない力が宿っていて、そのコアがあるからこそ何気ない日常があるというのだが……どうやらそのコアに宿る力が弱まっているらしい。それで、今のような状況に陥っていると推測。もし、コアが破壊されれば封印を守る力は弱まり、それが全部となると……最悪なことを想像したシェラハは思わず体をぶるりと震わせた。
「……! アマテル君は? アマテル君を見ませんでしたか?」
はっと顔を上げたシェラハはアマテルの行方をシャウラに尋ねた。突然のことに戸惑いながら、シャウラはさっきすれ違ったのはアマテルだったのかと思うと、確かあの方向は……。
「あ、アマテル? ああ、そういえば……校門の方にって、シェラハちゃん? シェラハちゃんってば!」
多分、そっちへ向かったであろう場所を告げるとシェラハはシャウラが引き留めるのも聞かず、何も言わずに校門の方へと走って行ってしまった。一人廊下に取り残されたシャウラはぎりりと唇を強く噛みながら窓の外を睨んだ。
校内を走り続けてどのくらいが経過しただろうか。気が付けば校内にもあの黒い物体が入り込んできていて、ぐにゃぐにゃとくねりながら歩いているのを目撃した。逃げ惑う生徒にも容赦なく襲い掛かるその黒い物体は、徐々に数を増やしながら校内をうろついていた。シャウラはなるべく見つからないよう、物陰に隠れながら助けられる生徒がいないか見て回った。しかし、見つけて手を伸ばそうとしたとき、どこからか黒い何かが飛んできて生徒の体を貫いた。
「そ……そんな……」
目の前で起こったことに動転しながら、シャウラは残っている気力でなんとかその場を去った。荒ぶる呼吸を押し殺し、物陰に隠れるシャウラ。自分の心臓の音が爆音で耳を打ち、今にも悲鳴が口から零れてしまいそうだった。
(お願い。通り過ぎて……お願い……!)
目を強く閉じながら念じたことが幸いしたのか、黒い物体はくるりと向きを変えどこかへと行ってしまった。黒い物体がどこかへ行ったのを確認すると体中を束縛していた緊張感が緩み、思わず大きな声が出てしまった。慌てて口を塞ぎ、再び辺りの様子を伺うとどうやら誰もその音を聞きつけてはいないようで、黒い物体はいつの間にか姿を消していた。
「はぁ……まったく……もうなんなのよ……」
小声で悪態をつきながら、シャウラはほかに無事な生徒がいないか再び校内を走り回った。体力は既に限界を迎えているはずなのに、緊張感や恐怖心が足を止めることを許してはくれなかった。教室や各準備室、職員室など見て回っても誰もいなく、あるのは散らかったプリントやノート、出欠簿、そして……。扉を開ける度に広がる嫌な光景に思わず吐き気を催しながら、それでもシャウラはほかに生徒がいないか懸命に探し続けた。
これで何個目かわからない扉を開けると、そこには教室の隅で縮こまっている女子生徒がいた。ゆっくりと近付きよく見ると、その子はお昼を共にしたクラスメイトだった。
「だ、大丈夫?」
「ひっ!」
シャウラの問いかけに体をびくりと震わせたクラスメイトは、ゆっくりと振り返った。その顔は不安という色に塗りつぶされたようなそんな顔だった。そしてその顔が見知った人の顔だとわかると、ほんの僅かだが頬が緩みしまいには顔をくしゃくしゃにしながらシャウラに抱き着いた。
「しゃ……しゃうらぁ……ごわがっただよおおお」
「あああ。もう。よしよし……ここで何があったの?」
クラスメイトの頭を優しく撫でながらシャウラは尋ねると、クラスメイトは声を震わせながら教室の入り口を指さした。そこには本来、扉があったはずなのだが妙に風通しがよくなっていた。
「あそこから、なんか黒くてぶよぶよしたものが入ってきて、それで……みんな……」
ここでもほかの教室や準備室と同様、あの黒い物体が入ってきてみんなやられてしまったようだった。幸い、クラスメイトは小さな掃除用具入れに隠れていて助かったのだが、目の高さがちょうど通気口がありそこから見える光景に何度も叫びそうになっていたのを必死に堪えていたそう。目を閉じても音は聞こえるという逃げられない異常事態に精神は崩壊寸前だったらしい。
「そっか……辛かったね」
「うん……うん……」
クラスメイトが落ち着いたのを見計らい、シャウラはとにかく学園から脱出することを目的とした。そして広いところに出れば何かあるかもしれないと思い、立ち上がるとクラスメイトも遅れて一緒に立ち上がった。何度か深呼吸をしてからふうと息を吐き、潤んだ目でまっすぐシャウラを見ながらクラスメイトは決心したように言葉を紡いだ。
「わ……わたしも行く。もう一人は嫌だ」
「うん。一緒にここを出ましょ」
シャウラとクラスメイトはなるべく物音を立てないよう、教室から出るとその勢いのまま校舎裏へと向かった。その間にも、そこかしこから悲鳴が聞こえていた。




